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「あー、滝瀬くんはっけ〜ん。お前相変わらず日高くんの周りうろちょろしてるんだってね?」


大縄跳びが終わった後、拓真と自分のクラスの休憩席に戻ろうと向かっていたところに、緑色のハチマキを巻いた男が俺を見るなりそう言ってきた。


「俺前にも言ったよねー?目障りだって。目の保養の日高くんの周りをお前がうろちょろしてたら、ちっとも保養になんないじゃん?」


男は笑みを浮かべながら話を続ける。俺は何も言い返さない。何を言われたって、俺は優から離れるつもりはないんだから。


「目の保養って…!それで優を見るのは勝手だけど、だからって蓮に文句言うのはおかしいよ!」

「拓真、いいから。」


何も言わない俺を心配してくれる拓真には申し訳無いが、拓真の言葉を制止する。


「でも…!」

「拓真、行こ?」


納得いかないというような表情の拓真の腕を引くように掴み、先を促すが、男はそんな俺を止めるように口を開いた。


「えーっと、あんた誰だっけ。…日野君?確か日高くんの同室者。お前も結構目障りかな。いい気になんなよ?」

「別に僕、いい気になんかなってないよ…!」


今にも泣きそうになりながら男に言い返す拓真は、俺より遥かに強くて、男らしく見えた。

…俺は何も言い返せないヘタレ男だ。

何を言われたっていい、お前は邪魔だと言われても、優から離れるのだけは嫌なんだ。


「…拓真、行こ。」


もう一度拓真にそう言って、男に背を向ける。


「お前ってなーんにも言い返さないよな。傷付いたとこ見られて、心配されたい人?痛い目合った後じゃ済まないけどいいのかなー?」


男の声を気にせず、拓真の腕を引っ張りながら足を進めた。


「…蓮、いつもあんなこと言われてるの?」

「ううん、いつもじゃないよ?たまにだよ。たまに!」


心配そうに俺を見る拓真に、俺はヘラッとした笑みを浮かべて返事する。平気そうな顔して、ただの強がりだと思われるかもしれないけど、俺はまだ余裕がある。平気なんだ、何を言われても。優が俺の近くに居てくれるから。


「ごめんな、俺と一緒にいたから拓真まで余計な事言われちゃって。」

「蓮は悪くないし!僕は平気だから気にしないで?」

「…そっか。ありがとう。」


拓真は強いなぁとしみじみと感じながら、俺は拓真にお礼を言った。


俺も拓真を見習わないと。





体育祭は順調に進み、俺たちも生徒会の仕事を難なくこなしていった。

現在の種目は綱引きで、俺と亮太は綱引きのピストルやタイムの係りの最中だったが、二人三脚の出場者召集のアナウンスが流れたため、係りは次の役員にバトンタッチし、俺たちは召集場所に向かった。


「とうとう特訓の成果を出す時がきたな!!」

「特訓て。実際俺ら特訓らしき特訓してねえけどな。」

「よっしゃ、ウォーミングアップするべ!!」

「ウォーミングアップとかいらねぇだろ!それで最下位だったら笑えるぞ。」

「その時は優とコンビ解消だ。」


へえ。俺らコンビ組んでたんだ。コンビ解消ってなるとその場合具体的にどうなるんだ?


「あ!優と亮太!係りお疲れ様〜。二人三脚頑張ろうね!」


召集場所に着けば、拓真と蓮くんが揃ってその場に座っていた。


「なに2人とも座ってんだよ!ウォーミングアップウォーミングアップ!ほら立てよ!」


2人に立つよう促す亮太に軽い反抗心を抱き、俺は蓮くんの隣に腰を下ろした。


「おーまーえーはぁ〜!!!俺に喧嘩売ってんのか!やる気ねぇのかよ!」


そしたら亮太に、ベシッと頭を叩かれ睨まれた。まぁこういう反応するよな。とわかっててやる俺も結構ガキだな。


「ウォーミングアップなんかしなくても俺らだったら1位なんだろ?ほら、大人しく座っとけよ。」


そう言いながら亮太の腕を掴んで、地面に座らせた。


「うわっうまく丸め込みやがって!」


お、丸め込まれた自覚あるんだ。


「さすが優だね、亮太を丸め込むっていうスキルを身に付けてる。」

「そうそう。俺も日々成長してる。」


拓真の台詞に頷けば、またもや亮太に頭をベシッとしばかれ…そうになったが、咄嗟に腕でガードした。

「「おぉ!」」


拓真と蓮くんから感嘆の声と拍手。亮太舌打ち。

気付けは二人三脚に出場する生徒の点呼がすでに始まっていた。

足を結ぶ紐を役員の生徒に渡され、亮太の左足と俺の右足を結び付ける。


「ギュッと結べよ?」

「これで良い?キツくねえか?」

「ん〜、そんなもんかな。」

「うわ、動きづらっ。」


二人三脚のルールは、これで約80mの距離を競争する。しかも途中がカーブになっているからちょっと厄介だ。


「つーか俺すげえ睨まれてる。」

「へ?なんで?」

「『日高くんと引っ付いちゃってさ!ぷんぷん!』って視線だな、ありゃ。」

「…亮太が『ぷんぷん』って。ちょっとギャップあっていいぞ。…嘘。冗談。…冗談だって!」


「優!亮太!のんびりしてないで今からグラウンド中央に移動だよ!」


拓真からの言葉に周りを見渡せば、二人三脚出場者の生徒は二人三脚の状態で移動を始めていた。


「よし。じゃあウォーミングアップがてら、高速移動しようぜ。」

「…いやもう普通に移動しようぜ。」


亮太はウォーミングアップが好きだな。
やる前から疲れそうだ。


「もしこけかけた時はまず1度落ち着こうな。身体が倒れてしまっては後が大変だからな。」

「おー。」

「歩くように進む。じゃなくて、走るように進む。な!いいか?走るんだからな!」

「おー。」

「カーブで失敗した時のための保険に、最初と最後の直線はちょー高速な!」

「おー。……ふぁあぁぁ、」


あ、やべ。欠伸出た。亮太の作戦を聞きながら適当に頷いていると、すっげぇ眠たくなってきた。


「お前なー!俺が真剣に作戦立ててんのに欠伸すんなよ!」

「いやだって亮太の作戦なげえんだよ。そんなに作戦いらねぇって。ただ二人三脚で進むだけなんだし。」


“歩くように進む。じゃなくて、走るように進む。”って、亮太と二人三脚やると決まった時点で覚悟してましたよ。


「んな事言って。もし優が躓いて転けたら、どうなるかわかってるよな?」

「ん?どうなるんだ?」

「うどん1週間食うべからずの刑だぞ!!!」

「うわー、やっぱそうきたかー!!」


俺からうどんを取り上げられたら、昼飯夜飯には一体何を食えばいいんだ。


「優、亮太っ!次2人の番だよ!!」


後ろから拓真に呼び掛けられ、ハッとする。


「まじで?あ、まじだ。もう前の組スタートしてんじゃん。おい優!シャキっとしろよ!」


亮太のその声を聞き、俺は背筋をピンと伸ばした。


前の組は終了し、俺と亮太はスタートラインに立った。


「よーい。ドン!」


スタートの合図と同時にピストル音が聞こえ、俺は右足、亮太は左足を一歩出し、前に進み始めた。


「お、進んだな。」

「そりゃ進むだろ!!!」


一言呟けば、亮太に鋭く突っ込まれ。

いっちに、いっちに、と掛け声をかける亮太に合わせて懸命に足を動かした。


「おい、優のせいで写真撮られまくりじゃねーか。」


最初の直線で亮太に合わせることに必死になっている俺とは真逆に、亮太が余裕の表情で口を開いた。


「は?なんのこと。」


写真撮られまくり?
知らねーよ。俺の所為ではない。
俺は今、誰かさんが走るように進めとか言うから必死なんですけど。亮太くん、きみは余所見ができる余裕があるんですか。


「優のファンが写真撮りまくってるから、カメラ向けられすぎてまじ不快。」

「…それ俺に言われても。て、それよりファンって言うなって何回も言ってんだろ!」

「だってファンじゃん。日高優ファンクラブまであるくせに何を言ってんだか。」

「ねえよ!!!!!」


日高優ファンクラブ?
俺ごときであったら怖えーよ!


「大声出すなよ!ペース乱れんじゃん!」

「いやいや!亮太が変な冗談言ってくるからだろ!?」

「は?俺がいつ冗談なんか。」

「今言っただろ!!!」

「あぁ、日高優ファンクラブ?」

「言い直さなくていい!!」

「それ冗談じゃねえから。」

「嘘だろ!?」


俺がそんな大声を発したと同時に、お腹辺りに白いゴールテープが当たった。


「いえ〜い、1位〜。」

「え、なに?もうゴール?」


いつの間にか、亮太が言うことの受け答えに必死になっていて、気付けばゴールテープを切っていた。

係員に渡された1位の札を持って喜ぶ亮太とは逆に、俺の顔は多分疲れきってるはず。

でもまあ今は、今日もうどんが食える事に喜んでおこう。


二人三脚を終えた俺と亮太は、暫し休憩の時間をもらったのだが、クラスの休憩用テントに行くとクラスメイトたちが俺と亮太の周りにわらわらと集まってきた。


「日高!畑野!おつかれ!2人ともほんとにすげぇな!ぶっちぎりだったぞ!?」


興奮したように最初に口を開いたのは松本だった。


「すべて俺の作戦通り。」


ふふん。と鼻高々に話す亮太に、クラスメイトたちの盛り上がりは更に増す。
いやいやどこが作戦通りだ。大したことしてねえぞ。


「さすが俺の愛しの黄金コンビ!しっかり写真も撮ったことだし。体育祭サイコー!」


そう言ってデジカメを俺と亮太に向け、カシャリと音をさせた野田に亮太が一蹴り。


「男が男の写真撮って何が楽しいんだ。」

「わかってない!日高くんはわかってないよ!」

「へ?」


………なぜ田沼がここに。

俺がボソッと呟いていると、突然現れた田沼がはりきった口調で俺に話しかけてきた。


「日高くんはもっと自分の魅力を知った方がいいよ!僕をメロメロにさせる甘い笑顔に、時たま見せる真剣な眼差し。普段の気だるげな表情までもがかっこよくて、それを僕らは写真に納めたく「田沼、うるせえからお前とりあえず帰れ。」…なッ!畑野、またお前か!」


またお前か!はこっちの台詞だ。だいたい甘い笑顔ってなんだ。俺は田沼がメロメロになるようなそんな笑顔を見せた覚えはない。


「お前はいろんなところに現れて、優の追っかけか?」

「追っかけ?ふふっ、まあ否定はしないけど。畑野にだけは言われたくないよ。」


え、…否定しろよ。


「…優、コイツお前の追っかけだってさ。ストーキングされてる疑いがあったら田沼を警察につき出してやれ。」

「うん。そうするわ。」

「えぇ!今のは『そんなことしねーよ』って爽やかに言うところでしょ!?」

「俺爽やかじゃないからそんなこと言えねー。田沼は求める相手を間違ってるよ。」


俺の台詞に田沼は目をぱちくりと開け、言った。


「ふ…、ふ、…ふられた!日高くんにふられたー!でっ、でも僕は諦めないっ…!諦めないよっ…!!」


そう叫びながら走り去っていった田沼。


「え、どういうこと?」

「さあ?あいつの考える事は理解できん。」

「うん。俺も。」


なんだろう、台風のような奴だな。…って言ったら言いすぎだから、台風に巻き込まれて飛ばされてきた傘のような奴って感じかな。

何が言いたいかっていうと、つまりは可哀想なやつってこどだ。


「求める相手を間違ってるってさ、日高に言われると結構グサッとくるよな。な、知樹。」

「うん。今俺、言われたのが真琴でよかったと思ってる。」


隣で話す松本と野田の会話に、うんうんと頷くクラスメイト。


「みんな大袈裟。俺の言うことなんか真に受けるなよ。」

「うはっ、それ自分で言っちゃうんだ!あっはっは!」

「…何がおもしろいんだ。」


亮太の笑い声が2組のテント内に響き渡った。てか笑いすぎ。亮太の笑いのツボが俺には全然わからない。


「いいよなー畑野は笑う余裕あって。」

「うんわかる。」





体育祭午前は、早くも終了した。

二人三脚が終わってから玉入れと障害物競争に参加し、200m走の係りも順調にこなして、ようやく待ってましたの昼休みだ。

因みに障害物競争は余裕の1位だった。別に自慢を言ってるわけではない。同じ組で競争することになった生徒に体当たりとかボディタッチとかされ、必死になって逃げていると1位になったのだ。

そして、俺の次の組だった亮太は、俺のそんな姿を見て爆笑し、しばらく笑いがおさまらなかったらしく、俺の所為で最下位になったと笑いながら怒られた。


「俺は必死だったのに、笑うとかひでぇ。おまけに俺の所為で最下位とかもっとひでぇ。」


そう言ってムスッとしていると、笑いながらだけど「1位おめでと。」って亮太が言ってくれたからまあ許してやることにする。


「知ってるか?今日は体育祭限定メニューで、カツ丼大盛り定食っつーのがあるんだって。」

「へえ、そうなんだ。知らね。」

「だろうなー。お前うどんしか食わんし。」

「おう。安いしうまいし。でも今日は迷ってる。」

「は?何と何で?」

「きつねうどんか天ぷらうどんで。」

「あ、俺便所行くから先食堂行って席取っといてー。」


え?俺の話聞いてる?ひどくない?無視ですか。まあいいよ、亮太の席は取っといてやんねー。先にうどん食っといてやろっと。

…っていうのは嘘ですよー。はいはいちゃんと席取りますよー。俺ってなんて優しいんだ。

とか思ってたけど、俺が食堂に着いた頃には空いてるテーブルは1つもなかった。


「…やっべ、もう席ねえじゃん。」


ざわつく食堂内を一人呟きながら歩いて、どこか席が空いていないかと探し回る。そんな俺を、誰かが呼び止める声が聞こえた。


「日高くーん、席探してんの?」


声を聞き振り返れば、4人掛け用のテーブルに座った俺の知り合いではない生徒2人いるうちの1人が、俺を呼んで手招きしている。

…えーっと、誰?


「あ、俺5組の林って言うんだけどさ、よければ一緒にご飯食べようよ。席空いてるしさ。」


…あー…どうしようかな。とりあえず断っとくべきか。…なんとなく。


「あー…いや、俺連れいるからいいや。誘ってくれたのにごめん。」

「あ、畑野くん?いいよ、一緒で。」


おっと。一応俺断ったんだけど。
「いいよ、」って君は何様だ。


「あー…じゃあここ、座っていいか?」


あえて林くんではなく、林くんの連れに聞いてみた。
 
「もっ、…もち!」

「ぷっ…、ありがとう。」


吃っている林くんの連れに軽く笑いながらお礼を言えば、林くんの連れの顔が一気に赤くなった。
やべ、怒らしたか俺。ちょっと失礼だったかな。


「あ、いやごめん。バカにして笑ったんじゃねえよ。気を悪くさせてごめん。」

「えぇっ!してないしてない!寧ろ気分良いからっ!」


林くんの連れは手をブンブンと振りながら言った。

「はーい、そこまで!光(ひかる)、日高くんと勝手に盛り上がってんなよ。」

「…あ、わり。つい…」


『ひかる』と呼ばれた林くんの連れは、照れくさそうに頬を掻きながら林くんに謝った。


「あー優やっと見つけた。なんだ、相席かよ〜。」


ひかるくんの正面の席に座ったところで、亮太が不満そうに口を開きながらこっちへ歩いてきた。


「文句言うなよ、席空いてなかったんだから。嫌ならトイレ我慢して急いで席取りゃいいだろ。」

「はぁ、まぁいいや。お邪魔しまー…、…あ?なんかお前どっかで見たことある顔だな。」


いきなり何を言い出すのかと思ったら、亮太はそう言って林くんの顔をまじまじ見始めた。


「そりゃ同じ学校だからね。でも嬉しいなー、畑野くんに知ってもらえてるなんて。」


林くんの発言に、亮太のもともとそこにあった眉間の皺が一層濃くなった。


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