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今日の空は快晴だった。
まさに体育祭日和だ。


体育祭前日の放課後は体育祭準備で大忙しで、おかげで体育祭当日である今日、準備での疲れが残り、俺の身体と精神はすでにクタクタである。

その上生徒会役員は皆よりも早く学校に行かなければならない。目覚めてからのろのろと体操服に着替え、まだグースカ気持ち良さそうに眠る亮太を叩き起こして、身支度を済ませて食堂に向かった。


「プログラム1番は100m走だから、味噌汁は絶対食うなよ!」


なにを食おうか悩んでいると、横から亮太にそう言われ、途端に味噌汁が食べたくなってきてしまった。


「食うなって言われたらなんか食べたくなってきたんだけど。」

「腹チャポチャポになって走れなくなるぞ!」

「味噌汁1杯飲んだくらいでチャポチャポになんねえだろ。」

「甘いな。そんな心意気じゃ1位にはなれねーよ。」

「…いや、俺1位いらねーし。」


無難に2位か3位に入れたら、俺はそれで満足だ。と思いながら、食堂のおばちゃんに味噌汁をちょびっと入れてもらった。


「はあ!?お前、やるからには1位狙えよ!」

「うわっ、ちょ、びっくりした。いきなり耳元で大声出すなよ!!」


今、絶対俺の顔に唾飛んだって。


「1位目指さねえなんてあり得ねえからな。」

「あーもうわかった目指す、目指すからちょっと黙って。」

「よーし。あ、やっぱ俺も味噌汁飲も。優の見てたら食いたくなってきた。」


食うのかよ!!!なんなんだよもう!

まだ体育祭は始まってもいないのに、俺はもう疲れてしまった。


朝食を食べ終えて、無駄にテンションが高い亮太の話しに相槌を打ちながら、学校へ向かう。


学校に着くとまた俺たちは、慌ただしく動くことになる。

白線を引いたり、用具の最終チェックを行ったり…
そういうのはできれば体育委員たちだけで頑張っていただきたい。


「あ、日高と畑野発見。」


俺たちに与えられた仕事が終了し、グラウンドにはたくさんの生徒たちでざわつき始めたところで、酒井が歩み寄ってきた。


「おぉ、酒井おはよ。」

「あれ?お前なに持ってんの?」


亮太の視線の先には、酒井が片手に持つ何かの赤い固まり。


「あぁ、これ?ハチマキ。2人にも渡しとくよ。はい、ちゃんと頭につけろよ〜。」

「他にどこにつけるんだよ。つーか赤かよ!俺青が良かったわ!」

「悪かったな!くじ引きで赤になっちゃったんだから我慢してくれ!」

「酒井使えねー。」

「いいじゃん、赤。強そうだし。かっこよくねぇ?いいと思うけどな、情熱の赤。」


「…日高ぁあ!」

「ぅえっ」


酒井に飛び付かれ、首がしまった。やめてくれ、苦しい。暑苦しい。


「やっぱ俺、日高好きだぁぁ!」

「え、こんなタイミングで告白されても…。」

「酒井、見ろ。今お前はいろんな奴からすんげぇ睨まれている。」

「………しまった!」


なんだよ。
酒井が凄いスピードで俺から距離をとった。

よく分からない酒井に首を傾げながら、赤いハチマキを頭に巻く。


「どう?」

「…かっこいい!」

「…いや、そういうの聞いてるんじゃなくてさ…。てか酒井見すぎ!あっち行け!」

「ハッ…!そうだった。クラスの連中にハチマキを配らねば。」


なんでまだ仕事残ってんのにぼーっとしてんだよ。


「さっさと仕事しろ!じゃ、また後でな!」

「おう!今日は日高の活躍に期待してるから!」

「はい?」


何の期待ですか酒井さん。


「俺には期待してねぇのかよ!」

「畑野の場合、暴走楽しみにしてるよ、ってとこかな。」

「ほほう?」


亮太、なんだその怪しい笑みは。





「優、畑野、トイレは済ませとけよ。15分後開会式始まるからな、本部テントに5分前集合でよろしく。」


戸谷先輩からの言葉に頷き、亮太と共にトイレに行くことにした。俺たちはどうやら、一般生徒には混じれないらしい。生徒会って面倒だ。


「わわわ優ちゃん!なにその素敵スタイル!イカス〜!」

「うわ、別の便所にすりゃよかったな。」


トイレに着けば、いきなり視界に入ったのが野田だった。亮太がウザそうに顔をしかめる。


「イカスって。お前何言ってんの?てか何語?」

「野田くん語。」

「はい野田黙れー。」


素敵スタイルってなんだ。
情熱の真っ赤なハチマキの事?


「体操服着ててそのかっこよさは優ちゃん反則〜!ハチマキ姿とかちょ〜プレミアム!」

「…野田まじキモ。お前さっさとクソして立ち去れよ。」

「俺は今坂田のクソ待ち中〜。」


……あっそう。

俺も亮太も、もう何も言わずに用を済ませてその場から立ち去った。




「こんにちは、生徒会長の戸谷俊哉です。」


体育祭は戸谷先輩の挨拶から始まった。俺たちは今日も司会進行役として、マイクを握り立っている。


「次に、体育委員長の挨拶です。お願いします。」


淡々と話す亮太の隣でうとうとと寝そうになっていたら、爪先をむぎゅっと踏まれ目が覚めた。痛いんですけど。


その後、ラジオ体操をしてから1年は全員100m走の招集がかけられた。

招集場所に着いた者から、1から6組に分かれて順番に並ばされる。横一列に並んだものと走る、アバウトなルールだ。


「あ!日高君いたっ!ねぇねぇ、僕と一緒に走ろ〜っ!」


招集場所に着けば、田沼がスキップしながら近づいてきた。田沼のテンションは今、高すぎるくらい高いようだ。


「いいけど、一緒に走ろうと思って走れるか?もう列ぐちゃぐちゃじゃん。」

「大丈夫!日高君の隣をちゃんとキープしとくから!」

「そうですか。好きにして。」

「またお前、優の周りちょろちょろしてんのかよ。飽きねぇなあ。」


俺の前に並んでいた亮太が振り向き、俺の隣にぴったり張り付く田沼を見下ろしながら、そう口を開いた。


「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ!いつも僕の恋路を邪魔して楽しい!?」

「うん。ちょお楽しい。」

「むっか〜!お前いつか覚えてろよ!大どんでん返しやっちゃうんだからな!」

「うはは、そりゃおもしれーな。」

「おもしろくないし!僕は本気だ!」

「まあがんばれや。」

「キーッ!もう頭にくるっ!」

「うはは。」


今日も亮太と田沼は仲良しだな。
喧嘩するほどなんとやら。


2人の会話を聞いている間に、100m走はすでにもう始まっていた。

『パンッ!』と聞こえるピストルの音が、体育祭が始まったことを感じさせる。


「はい、次の人位置について。」

「あ、もう俺の番だ。」


役員の人の声に亮太が反応し、位置についた。


「亮太がんばれよ。1位取れなかったら後で笑ってやるよ。」

「おう、笑え笑え!1位取れなかったら味噌汁のせいにしてやる。」


走る前から言い訳を決めるな。


「そこの3組の人、おーい君だよ君。早く位置について。」


…ん?

声がして見れば、役員の人がこっちを見ている。いや、正確に言えば俺の隣にいる田沼を、だ。


「え?…え?僕?……嘘ぉ!?」


いくら田沼が俺の隣をキープしていたとは言え、列はズレる。

どうやら亮太と一緒に走る3組の生徒は田沼らしい。


やっぱりというか、まあそうだろうなとは思ったけど、亮太がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

亮太が楽しそうでなによりだ。



いちについて。よーい、ドン!

の合図で走り出す亮太と田沼、その他4人の生徒たち。


「うわー、畑野はやっ!」


そんな声が聞こえたと思えば、何故か1年の中に紛れて俺の隣に刈谷先輩が立っていた。


「うわっ、先輩なんでここにいるんですか!」

「あぁ。俺スタート地点の係り当たってるから。次日高の番だろ?がんばれよ。俺、黄組だけど日高は応援してやるよ。」

「え、まじですか。なんかそれ嬉しいです。」


刈谷先輩のおかげでちょっとやる気出てきた!


亮太は言うまでもなく1位でゴールし、次は俺の番。あれ、田沼は何位だ?見てなかった。


役員の合図で位置に着く。

よーい、パンッ!とピストルの音が鳴り響いて、俺は走った。


「わぁぁっー!日高くんが走ってるー!!!」

「ホントだ、日高くんが走ってるー!!!がんばれー!!!」

「日高くんかぁっこいいー!!!」


…これは応援か?いろんな場所から名前を呼ばれた気がした。『日高くんが走ってるー』ってそりゃ走るわっ!!と、走りながら聞こえた声に内心突っ込まずにはいられない。

しかしそんな事を言っている場合ではなく、隣の奴は走るのが速い。

やべぇ、負ける!と感じたのはゴールまであと30mくらいの距離。

そんな時、ゴールの奥から亮太の叫び声が聞こえた。

「ゆうー!負けたら田沼がチューするだってー。」


人間、やろうと思えばやれると分かった瞬間だった。


ゴールテープを無事切れた俺は、係りの人に1位の札を貰って、1年2組の箱の中に入れた。


「お疲れ、優。すげーなお前、そんなに田沼からのチューが嫌だったか。そうかそうか。」


ポンポンと俺の肩を叩きながらニヤニヤとした表情で話す亮太のその隣には、田沼が不機嫌そうに立っている。


「僕、体育祭始まっていきなりトリプルショッキングだよ。日高くんと走れなかった上に、畑野にボロ負けするわ日高くんにチュー嫌がられてるわでホントもう泣きそうだよ…。」


ぼにょぼにょと話す田沼には申し訳ないが、『負けたらチュー』って言うのが冗談には聞こえなくて、かなり本気になって走ってしまった。


「ははっ、でも田沼のお陰で1位取れたよ。サンキュー。」

「…えへへ、なんかそう言われたら悪い気しないなぁ〜。」

「うーわ。こいつバカだな。」


聞こえていないのだろうか、亮太の声に、田沼が反発することはなかった。



「あ、亮太!俺ら走り終わったら確かスタート地点に戻って2年生並ばせるんだよな。行こーぜ。」

「うわ、そうだった!だっりぃ!」


そうだ、俺らにウカウカしてる暇は無いんだった。


「じゃあ田沼、またな。」

「うんっ!…わぁ、日高くんが僕に『またな』って…!これってもしかして、脈有り!?」


田沼が一人でなんか言っているが、聞こえないふりして構わず亮太とスタート地点に戻った。


「2年生100m走の召集始まってまーす、左から1組、2組、3組の順番で列に並んでって下さーい。」


プログラムを丸めてメガホン状にしたものを口に当て、大声で叫ぶ。


「ある程度並べたら点呼取るんで、並べたら腰下ろして下さーい。…戸谷先輩もちゃんと並んで下さいよ…。」


叫ぶ俺の隣で何故か腕を組みながら俺を眺める戸谷先輩を注意する。ジロジロ見ないで下さい。
そしてちゃんと並んで下さい。
仕事が進まなくて困ります。


「ちょっと、そこの先輩。あんただよあんた。列からはみ出てんだよ、ちゃんと並んで下さい。」


亮太は亮太で、映画監督みたいにプログラムを筒状にして、2年生を苦労しながら並べているようだ。
それにしても…先輩に『あんた』はねぇだろ…とひっそり苦笑した。


100m走が終了した後、次のプログラムは大縄跳びだ。走った後にジャンプ…。朝飯大食いしなくてよかったとホッとする。


「おっ、来た来た!日高、畑野。生徒会の仕事おつかれさん。つーことで、これ。」


大縄跳びの召集場所に辿り着けば、酒井が待ってましたとでも言いたげな顔で俺たちを待っていた。
そして「ハイ」と手渡される大縄。

ん?なんですかね。これ。亮太も俺と同じように、俺の手の上にある大縄を不思議そうに見た。


「あぁ。縄、2人が回してね。やっぱ息が合う2人、尚且つクラスの中心人物が縄役っしょ!それに2人供お疲れだろ?だから縄役。頼んだ!」


いやいや、『頼んだ!』じゃねえよ。縄回すのだって結構しんどいだろ。頼むなら頼むで事前に言ってほしかった…。


「うはー、こういうのって燃えるよな!優、ちょっと練習しよーぜー。」


縄の持ち手を片方持ち、縄を伸ばしながら話す亮太は、なんだか楽しそうだ。これのどこが燃えるんだ。ただ責任が重い役割なだけじゃねぇか。


「あ、優100m走見てたよ!1位おめでと!…あれ?優と亮太が縄回すんだ?」

「あ、ほんとだ。引っ掛かったら亮太に何言われるかと思ったら、必死にならないとね。」


テンションがた落ち状態の俺の側に、蓮くんと拓真が駆け寄ってきて、2人はそう話しかけてきた。


「おお、蓮くん、拓真。俺はもう疲れた。」

「早い早い、体育祭はまだまだこれからだよ!頑張ってよ!」

「そうだよ、優の活躍にみんな期待してんだからな!」


…えぇ、期待?されても困るな。


「いーち、にー、さん!で思いっきり回すぞ!」


そう言う亮太の指示で縄を回してみれば、中央の部分の縄がバチンと地面に打ち付けられた音が響いた。


「うぉっ、今のいいんじゃね!?」

「今のでいいんだ?」


どうやら亮太的には今のでオッケーらしい。よくわかんねえけど亮太の言う通りにしておこう。


「クラスの奴みんな揃ったか?ちょっと1、2回練習しよーぜ!時間ねぇから早く!!」


亮太の声で、サッと縄に集まるクラスメイトたち。みんな亮太の指示に従順だな。あ、俺もか。


「優いくぞー!せーの、で回すからな!」

「はいはい。」

「みんな引っ掛かんなよー!」

「「「「うぃーす」」」」


亮太の「せーの!」の声に合わせて、皆目一杯ジャンプした。


「それでは今から大縄跳びを始めます。1年生の皆さんは指定の位置に着いてください。」


司会者の声に、グラウンド中央の至る所から雄叫びが聞こえる。どのクラスもやる気満々のようだが、うちのクラスだって負けてはいない。


「おっしゃーあ、みんな跳べよ!」

「「「おう!!!」」」

「目標は20回!!!」

「「「おう!!!」」」

「引っ掛かるなよ!!!」

「「「おう!!!」」」

「引っ掛かった奴は優が口きかないらしいぜ!」

「「「おう!!!…………へ!?」」」


亮太の声に合わせて返事をしていたクラスメイトたちだが、その台詞に皆間抜けな声を出した。



そんなこと俺はひとことも言ってないんですけどね。亮太め、なにを勝手なことを。俺すげえ嫌な奴だろ。


「ルールは1分間に跳べた回数かける2セットで数を競います!それではよーい、始め!」


さっきの亮太の台詞に文句を言うタイミングもなく、大縄跳びがスタートした。


「せーの!!」


亮太の声に合わせて俺は縄を回し、クラスメイトはジャンプする。


「「「ああぁあ!!!」」」


1発目は誰かが引っ掛かって縄が下で止まってしまっあ。


「大丈夫大丈夫、落ち着いて。」


焦り始めるクラスメイトたちに、軽くそう声をかけると、俺の目の前にいたクラスメイトがコクコクと必死に頷いた。


もう1度、亮太の声に合わせて縄を回す。いち、に、さん、と声を合わせて数を数えた。




「はーい、終了でーす。それでは集計係り結果の方お願いします。」


1分間かける2セットの合計2分間は、あっという間だった。

「お疲れ」と、近くにいた松本の肩をポンポンと叩く。


「おぉ、日高もお疲れ。これ俺ら結構いい感じじゃねぇ?」

「うん。いい感じ。合計5回しか引っ掛かってねぇじゃん。まじおつかれ。」


俺らのクラスは1セット目は3回、2セット目は2回しか引っ掛かっていないという上出来だった。


「日高と畑野の回し方が上手かったからじゃねぇ?」

「松本褒めすぎ。上手いって言われるようなことしてねぇから。」

「いやホントまじで!タイミング取りやすかったよ。…それに、日高が口きかないとなると、やっぱみんな必死になるんだよ。」


笑い混じりに松本がそう言った。


「なんだそりゃ。あれは亮太が勝手に言っただけだぞ?」

「畑野が言うからみんな本気になったんだよ。」

「はあ?」


意味がわからずに首を傾げていると、「まあ日高にはわからないか。」と小声で言われた。

俺にはわからないってなんだ。


「ゆーうー!」


俺の名を呼びながら駆け寄ってきた亮太に視線を向けた。


「大縄1位、やったな!順調順調〜。」

「あ、俺ら1位?」

「なんだよ、結果聞いてねえのかよ?ギリセーフで俺ら1位!5組と2回差で勝ち!」

「お、やったな。」

「やったやった。って喜んでる場合じゃなかった!早く行くぞ!」


あっ、そうか。次は本部席に行く番だ。


「生徒会の仕事?」

「うん、そう。じゃあな松本。」

「大変だなぁ。頑張れよ!」

「おう、サンキュー。」


松本と別れて、俺と亮太は本部席まで走った。

まじで忙しいんだけど、これで最後までもつのだろうか?


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