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体育祭を1週間後に控えた放課後、生徒会会議が行われた。


「みんな、今日の会議の内容は当然何かわかるよなー。畑野、言ってみろ。」


会議が始まり戸谷先輩が話し始める。
いきなり戸谷先輩に目を向けられた亮太は、不機嫌な顔を前に向けた。


「知るかハゲ。」

「そう、体育祭についてだ。」


そう、って誰も何も言ってないけど。
戸谷先輩は構わず話を進めた。


「文化祭の時と同様に、体育祭でも俺たち生徒会委員には仕事が割り当てられてる。」

「まじかよ!?」

「畑野うるさい。説明続けるから文句は後で言え」


驚きのあまり声を上げた亮太を、戸谷先輩が鎮める。


「まじあり得ん!仕事とかまじあり得ん!!」

「俺らただでさえ出場種目いっぱいなのにな。」

「まじそれだし!!!」


ぶつぶつ文句を言う亮太に俺も一言ぼやけば、亮太が激しく頷いた。


「ん?優なんか言ったか?」

「あ、いえ別に。」

「何かあったら聞くぞ?」

「あー、はい。俺と亮太他と比べて出場種目が結構多いんですよ。だから、…忙しくなるなーと思って。」

「あー…なるほどな。」


俺の私情を聞いてくれた戸谷先輩は、何か考えるように黙り込み、しばらくしてから口を開いた。


「よし、わかった。じゃあそのへんは一応考慮しよう。」

「あ、そうですか。ありがとうございます。」


別に言っても言わなくても同じだと思って言ったけど、考慮してくれるんだったら言ってみてよかった。


「優の頼みなんだ。考えるに決まってるだろ?」

「…俺別に何も頼んでませんけど。」

「ゴホン。…話を続けよう。」

「ぷ。」


咳払いをする戸谷先輩に吹いた亮太を一睨みしてから、戸谷先輩は話を再開した。


「俺たち生徒会は、体育委員を纏める役でもある。各係りに生徒会1人か2人ずつ付く、という形だ。」

「は?」

「意味わかんねぇ。ってか?畑野。」

「………。」

言おうとしていた台詞なのか、戸谷先輩に先に言われてしまい亮太が黙り込んだ。


「とりあえず何も言わずに聞いとけ。畑野が喋ると話が進まん。」

「戸谷まじうぜえ。」

「はいはい。で、さっきの続きだけどまず俺達の仕事は大きく分けて5つ。本部テントに2人、スタート、ゴール付近に各1人、道具出し入れ指示係りに2人、ピストル係りに1人だ。これを俺達7人でローテーションすることになる。」


うわ、なんかすげえめんどくさそう。亮太なんてもう顔にめんどくさいと書いてあるような顔してる。


「と言っても、これを上手いこと振り分けるのが結構難しいんだ。とりあえずみんなの出場種目を聞いた上で、考えていきたいと思う。」


戸谷先輩の説明を聞き、プログラムが書かれた紙に俺達の出場種目をマークするという作業から始まった。


「うわ、畑野も日高も確かに出場種目いっぱいだな。畑野とか9個もあるし。」


刈谷先輩が出場種目を書き込んだ紙を見ながら口を開いた。


「そうなんすよ!!うちのクラスの体育委員が余りもんの種目全部に俺と優の名前書きやがったんすよ!!まじ酷いっすよね!?」

「それは酷だな…。」

「刈谷先輩は話がわかる人だ!!」

「はいそこ!勝手に俺抜きで盛り上がるな!今から役割分担していくから席着け!優はこっち。」


戸谷先輩に手招きされ、シカトするのも失礼だから無言で戸谷先輩の元へ向かう。


「なんですか。」

「優は俺の側。」

「俺にも座らせて下さい。」


と言いながらも勝手に椅子を持ってきて座った。


「よし、じゃあまずは優と畑野から。2人は主に2、3年の部の種目のゴールとスタート付近、それから本部テントを頼む。出場種目の時間が迫ってきたら代わりが来るように考えよう。」


戸谷先輩がつらつらと話す内容を、まるで他人事のように聞き流す俺。あれ?今までの体育祭ってこんなに忙しいものだったか?


「翔太と向井は主に1年種目時のスタート、ゴール付近と3年種目時の道具出し入れ、あと2年種目時も少し頼む。後の2人は4人の穴埋め頼む。あ、あとピストルも。」


うわ、亮太の顔がもう死んでる。

そして俺も今、この忙しそうな話を聞いて、ピクピクた目元が痙攣した。


「ん?優どうかしたか?」


横から戸谷先輩に声をかけられ。


「生徒会を辞めたくなりました。」


あ、口からとうとう本音が。


「…いくら優の頼みでも、その頼みは聞けねぇなあ。」


いやだから。別に俺は戸谷先輩に何も頼んでませんけど。


今日のところはとりあえずそんな感じで、役割分担だけ決めて生徒会会議は終了となった。





「日高くん日高くん!騎馬戦で上に乗るってホント!?」


体育祭が3日後に迫った日の休み時間、暇で時間を持て余しているのか、田沼がそんなことを聞きに俺の元にやってきた。


「あー…うん。…いや、乗らねぇよ。」

「え!?乗らないの!?」

「うん。」

「なんで嘘付く必要があんだよ!」


亮太が俺の発言に、びしっと突っ込みを入れた。別に嘘つく必要はねぇけどさ。なんとなく?


「え!?嘘!?どっち!?」

「お前ピーピーうるせえなぁ。」

「畑野には聞いてないだろ!」

「てか俺が騎馬戦上に乗るか乗らないかとかどーでもよくねぇ?」

「どーでもよくない!!!」


田沼がフンフンと鼻息荒くして大声を出した。
五月蝿いぞ田沼。


「僕チビだからって騎馬戦上にさせられてさぁ!もう嫌で嫌で体育祭サボろうか考えてたんだけど、日高くんが上ならいいかなって!」

「あ、そうなんだ。じゃあ俺が田沼の帽子さっさと取って戦線離脱させてあげようか。」

「いいのぉ!?」


俺が軽い冗談のつもりで言った言葉に、田沼は物凄く嬉しそうに表情を緩ませた。


「え、なんでそんな嬉しそうなんだ。ちょっとはクラスに貢献しようとか思わねぇの?」

「全っ然!ていうか日高くん!絶対僕を最初に狙ってね!?約束だよ!」


そう言って田沼は、フリフリと手を振って帰っていった。

そして俺は見てしまった。
ニヤニヤと絶対何かを企んでいるような、亮太の楽しげな表情を。


「優はほんっと、いい仕事してくれるな。」


そう言ってポンポンと俺の肩を叩く亮太は、間違いなく何か企んでいる。


「優!俺たち手組もうぜ?」

「なにを今更。どうせ亮太が何か企んでることくらし知ってるし。好きにやれよ、従ってやるから。」

「さっすが優!聞いてくれるか、俺の作戦!」

「はいはい、授業始まるからまた後でな。」

「おう!」


声を弾ませて返事をした亮太は、生徒会での役割のことや出場種目についてなど、なんだかんだ文句を言いながらも、体育祭は楽しみらしい。

亮太らしいな。なんて思いながら、俺だって人のこと言えないかも。騎馬戦をやるのだって嫌だったのに、今ではちょっとだけ楽しみだ。

なんでだろう?

悩む間もなく、答えはすぐに出た。

亮太が楽しそうにするからだ。

そうと分かれば、前の席で機嫌を良さそうにしている亮太を見て、無意識にフッと笑みがこぼれた。


『亮太が楽しければ、俺も楽しい。』…か。


「あ、そうだ。おい優、今日放課後二人三脚の練習しよーぜ!」

「は?練習?」


あのめんどくさがりの亮太がわざわざ練習?


「どうしたんだいきなり。」

「俺はやるからには1位がいいんだよ!それになんか優、二人三脚下手そうだし。だから練習!」

「は!?二人三脚に上手いも下手もねえだろ!」


俺が下手だったら、それは相手と息が合ってないってことなんじゃねえの?


「お、言ったな?じゃあ今日の放課後、それを証明してみろよ。」

「やってやろうじゃねえの!」


メラメラ。俺は燃えてきた。

それが、俺の二人三脚ヤル気スイッチに火がついた瞬間だった。





ホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた。
放課後になり、皆帰りの仕度を始める頃。

俺も鞄に教科書を入れ、帰る用意をしていると、亮太が体育の授業の時に使っていた汗でよれよれになったスポーツタオルを、俺の足首と自分の足首に結びつけてきた。


「は?亮太なにしてんだよ!」

「なにって、二人三脚の練習。」

「は?まさかこれで帰るとか言うなよ?」

「これで帰るつもりだけど?俺って天才。効率良すぎな!この練習法。」

「良くねぇよ!二人三脚しながら帰るやつなんかいねーよ!」

「よし完璧。優、早く立てよ。」

「俺の話を聞け!!!」


と怒鳴りながらも、席を立ち上がってしまった俺がバカだった。固く結ばれたタオルは暫くほどけそうにない。


「最初の一歩は俺が左足で優が右足な!右だぞ右!」

「え、なになに!?優ちゃんと畑野っち何してんのー!?」


亮太に言われた通りに一歩足を踏み出そうとしたところで、野田が勢い良く俺らの元に現れた。


「何もしてねえよ!こっち来んな!今秘密特訓中なんだよ!」

「なにそれ!俺もまぜて〜!」


秘密特訓って…。もはや大公開だろ。
亮太くんあなたバカですか。


「お、畑野も日高もやる気になってくれたんだな!」


野田を邪険に扱いつつ、今度は酒井が俺たちに話しかけてきた。


「だから今特訓中だって言ってんだろ!話しかけんな!」

「誰でも突っ込みたくなるって…。」


今度は誰だ。と声が聞こえた方を見れば、委員長が呆れた表情でこっちを見ている。


「うわっ、なんだこれ歩きにくっ!」

「当たり前だろ!嫌ならほどけよ!」

「優、ちゃんとやれよ!」

「まじでバカだろこれは。」


亮太は気づいてないのか。この、あらゆる場所から突き刺さる視線たちに…!本人は遊び感覚なのだろうけど傍から見ればこれはまじでバカだろ。


「第一関門は階段だな。」

「…いや、この人混みをこれで抜ける事だろ…。まじで恥ずかしい…。」

「第二関門は寮の階段だな!」

「俺の話を聞いてくれ…。」

「第三関門はどっちが部屋の鍵を開けるか。」

「どっちでもいいから!!!」


いっちに、いっちに。1歩1秒のペースで進む。


「日が暮れちゃうぞ。」

「ペース上げるか!」

「ヤメテ。こける。」


やっと教室を出た。


「あっ!日高くん発見!って何やってんの!?畑野、日高くんにくっつきすぎ!離れろよ!!」

「第0.5関門、田沼か。」


亮太が舌打ちしてから呟いた。
…0.5関門ってなんだよ。


「は!?意味わからないんですけど!」

「田沼…今日のところは何も見なかったことにして見過ごしてくれ。」


俺は早くこの帰宅ラッシュを抜けてしまいたいんだ。足止めしないでくれ、田沼。


「日高くんがそう言うなら…。でも畑野!僕はお前を許さないからな!」

「はいはい。優、右足な。進むぞ〜。」


ムキー!と猿のように怒っている田沼を背に、俺達は再び足を踏み出した。


「ぐわっ、」


廊下を1歩1歩踏み締めるように歩いていた時、亮太が突然立ち止まったせいで、足が止まり蛙のような鳴き声が出た。


「いきなり止まんなよ亮太!」

「あ、わり。」


どこか一点を見つめながら謝る亮太に、俺もそこに目を向けた。


「…あ、蓮くん。」


見れば、蓮くんを前に、何か言っている小粒のような生徒が3人。

「またあのクソチビら、蓮になんか言ってんのかよ。」

「え、『また』ってなに?」

「前言ってたじゃん。優のファン、」

「あー、はいはいわかったからそれ以上言うな。…よし、行くぞ。」


いざ、蓮くんの元へ!と思いきや、思い通りにいかない自分の足にイラッとした。


「今日は日高くんと一緒に帰ってもらえなかったんだ?」

「そろそろ愛想尽かれたんじゃない?」

「いつもつきまとってるからだよ。」


少しずつ蓮くんに近付いていくと聞こえてくる小粒たちの声。その不快感極まりない内容を聞いて、ぷちっと頭にきた。

とにかく何か一言小粒らに言ってやろうとして駆けつけようとしたが、勢いよく動かした足がもつれて、亮太と共にそのまま床に突っ伏した。


「ぅわっ、痛ッて!いきなり足動かすなや!」

「ごめんごめん。立ち上がるぞ。」

「待て!2人同時に立ち上がらねーとまた倒れるだろ!」

「あ、そっか。」


よっこらせ、と立ち上がるだけで必死になる俺たち。…まじで何やってんだこれ。

そして立ち上がって目線を上げれば、…なんてこった!ジロジロと蓮くんと小粒を含むやつらの目が、俺たちを凝視していた。


「あ、優と亮太。…何やってんの?」

「ぉ、おぉ蓮くん!迎えにきたぞ〜!」


その場凌ぎでつい、過保護みたいなこと口走ってしまった。


「蓮、丁度よかった。俺らの鞄持ってくれ。」


亮太ナイスフォロー!
って、今のはフォローか…?


「…っひ、日高くんと畑野くん!…何やってるの!?」


タオルで結ばれた俺と亮太の足下と俺の顔を交互にチラチラと見る小粒1人に声をかけられ、チラリと小粒の方を見る。


「小粒に答える義理はねえよ。」

「小粒ってなんだよ。」


決め台詞のように言った俺に、亮太の鋭い突っ込みが入った。おっといけね、心の中で呼んでいた呼び方が。


とりあえず蓮くんに鞄を持ってもらったら、かなり楽になった。足に集中できるっつーか。


「あっ!…鞄なら僕が持ってあげるよ!」


しかし、さて帰るか。と歩きだそうとしたところで、小粒の一人がそう言って、蓮くんの持つ俺たちの鞄に手を伸ばしてきたではないか。


「あ、必要ねえから。俺ら蓮くんと一緒に帰るし。蓮くん行くよ。」

「ぅ…、うん!」


小粒の手を掴み、そのありがた迷惑な言葉を拒否したところで、掴んでいた小粒の手を離して、小粒3人に背を向けた。


「お前、あんなファンサービス、あいつにすることなかったのに。」


再び二人三脚を再開させたところで、亮太がそう言ってきた。は?ファンサービス?


「あいつもあいつでバカだよな、断られてんのに顔真っ赤にしちゃって。」

「あー…そう言えば赤くなってたな。まじ切れしちゃってんの?でもそれは自業自得だろ。」

「は?お前そのボケわざと?…あーもういいや、日が暮れる。」


はぁ、とため息を吐いた亮太が、俺との会話を断念した。おい、勝手に会話を終わらせるな。

そもそも日が暮れる原因はどう考えても二人三脚の練習とかいうバカなことしてるからだろ。…と思いつつ、亮太は止める気無さそうだから俺はもう何も言わない。


「蓮くんごめんな、鞄持たせて。」


いっちに、いっちに、とゆっくり足を進めながら蓮くんに謝ると、蓮くんは首を横に振りながら笑顔を見せた。


「ううん。俺、寧ろ嬉しいから。さっき迎えに来たって優が言ってくれたとき、すっごい嬉しかったよ。
それに鞄持つとかさ、なんか友達っぽいじゃん。」


そう言いながら蓮くんは笑うけど、俺は少し納得がいかない。


「…そうか?なんか俺と亮太が蓮くんパシってるみてぇじゃん。」

「失礼な!俺は仲良い奴にしか頼み事はしねえぞ!」


俺の言葉に大きく反応を見せた亮太が、大声で反論してきたことにより進めていた足が止まった。


「ふふっ。嬉しいなぁ。」


蓮くんがそこで、ヘラッとした笑みを浮かべる。言葉通り凄く嬉しそうに綻ばした蓮くんの表情を見て、俺も自然に笑みが浮かぶ。


「でもさ、何で蓮くん言い返さねぇの?蓮くん何も悪くねぇのに絡まれてさ。なんかムカつかねぇ?」

舌打ちの一つや二つが出てもおかしくねぇと俺は思う。
でも、どうやら蓮くんは違うらしい。少し苦笑いを見せてから、蓮くんは話し始めた。


「みんな、俺に嫉妬するほど優のことが好きなんだ。気持ちはよくわかるよ、優はかっこよくて、優しいもん。亮太ならわかるだろ?」

「は!?俺に話し振るなよ!!!」



あ、亮太の顔がちょっと赤い。照れてるんだ。照れる必要ないのにな。わかってるし、亮太が一番俺の事知ってくれてるって。


「てか蓮くん、俺の事良く言い過ぎ。俺かっこよくもなけりゃ優しくもねぇよ。あ、でも蓮くんには優しいのかもな〜、俺。幼馴染み贔屓ってやつ。」


そう言いながら、ぐしゃぐしゃ。と蓮くんの頭を撫でる。大人しく俺に頭を撫でられてる蓮くんは、猫みたいだ。


「これだから優は嫌なんだよな。」

「…へ?」


突然ツンとした態度で言った亮太に、間抜けな声が出た。


「…無意識に人を誑し込む。」


ボソッと何か口にした亮太は、その後黙って足を動かした。てかこれ、ほんとに練習になってんのかな。


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