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体育祭出場種目を決めた翌日のホームルーム。
教室内はざわざわと騒がしい。
今は何の時間かと言うと、体育祭出場種目のあれこれを決める時間だった。が、皆思い思いに教室内を移動しまくりの喋りまくりで、自由時間みたいになっていた。
「蓮くんと一緒の種目は騎馬戦と二人三脚かぁ。じゃあ俺が、蓮くんを担ぐ馬な。」
俺の席までやって来た蓮くんと、そんな話をする。
すると蓮くんは、目をぱちくりと開けながら、俺の言葉を否定した。
「え?違う違う!俺が優を担ぐし!」
え、なんか蓮くんの上に乗るとか、不安定そうな感じがするから嫌なんだけど。…なんて、蓮くんのプライド傷付けてしまいそうだからとてもじゃないけど言えないが。
「蓮くん昔とは違うってところ、俺に見せてくれるんだろ?じゃあ上に乗って勇ましく戦う姿見せてよ。」
そう言うと蓮くんは、「うーん。」と暫し考えている。そこまで真剣に考えなくても。
「じゃあ俺、優の上に乗「日高ー」……。」
蓮くんが決心したように口を開いたところで、体育委員酒井がにこやかな笑みを浮かべてこっちに来た。
「なに、酒井。」
「あ、騎馬戦の事なんだけど、日高に大将やってもらおうと思って。」
「…大将?」
なんだそれ。よくわかんねぇけど、大将と聞いて当てはまるのは亮太では?
そう考えている俺に気付いたのか、酒井は口を開いた。
「畑野は嫌だって。俺も畑野がぴったりだと思ったんだけどなぁ。」
「あれ?そういや亮太は?」
「あぁ、畑野ならあっちでリレーの走順で揉めてる。」
「あ、ホントだ。てか大将ってなに?絶対亮太にするべきだと思うんだけど。あ、俺はやらねぇよ?」
先にきっぱり断っておく。
でないと、流れ的にやらされそうになるから。
「えー!畑野か日高くらいしかやれるやついないのに!まじで頼むよ!」
「だから大将ってなんなんだよ。」
頼むだけ頼んで大将の説明をしてくれない酒井に、少し声を荒げる。
「あぁ、ごめんごめん。大将が被ってる帽子は皆と違う色してんの。で、大将の帽子取られたらそのクラスは失格なんだ。だからかなり重要な役だよ。」
「うん。よくわかった。…是非その役に、俺は亮太を推薦するよ。」
俺は絶対に嫌だ。
どう考えても亮太がやるべきだろ。
「えー、日高だったら絶対取られないと思うんだけどなー」
「なにを根拠に…。」
と呟いたところで、ムスッといかにも不機嫌な表情を浮かべた亮太が自分の席に戻ってきた。
「俺はやらねーぞ。」
「あ、亮太。リレーの方は決まったのか?」
「なかなか決まんねぇからジャンケンで決めた。」
「で、ジャンケン負けてアンカーになったと。」
「………。」
あ、当たりっぽい?
「アンカーは普通より50m長いんだと!!まじ最悪!!!」
ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻きむしりながら亮太が叫んだ。
「いいじゃんアンカー。亮太足速いんだし。」
「良くねえよ!運動部に敵うはずねぇだろ!俺は一帰宅部だぞ!」
「んー、まぁなー。」
「あのー日高、話はぐらかさないでほしいな。」
「あれ?酒井、何の用だったっけ。」
別に忘れてませんけど。
ちょっと酒井をからかってみたくなった。
「だーかーらー大将のは・な・し!」
「あ〜思い出した。亮太、酒井が困ってんじゃん。大将やってやれよ。」
「は?だから俺は嫌だって言ってんだろ!お前がやれ。」
「俺も嫌。」
「じゃあ蓮がやれよ」
「えっ!?…俺!?」
突然話を振られて驚く蓮くん。
「え、滝瀬が大将?それ大丈夫か?」
「大丈夫だろ。要は帽子取られなきゃいいんだろ?取られねーように蓮を守ればいいんだよ。優が。
「……………俺かよ!」
だから俺、上に乗るのは嫌だって!
「それならいいかも…。優守ってくれる?」
「…え。」
なんてことだ、蓮くんはやる気だ。
「そっか!日高と畑野が先に敵の大将の帽子取っちゃえばいいんだ!うん。オッケ、いいね。じゃあ大将は滝瀬で!」
「いや待てよ、全然オッケーじゃねぇし!俺は上に乗んねえよ!?」
「俺も俺も。」
亮太の言葉に便乗する。
「でもなー…畑野も日高も結構細身な方だろ?騎馬戦出場メンバー見てみろよ。後藤、山下、橋本、あっ、あと最強なのが宮野! 柔道部、柔道部、ラグビー部、ただのデブ!その他の奴らもそれなりにゴツいよ。畑野も日高もあいつら担げる?」
「「………。」」
なんだ、この饒舌男。そして今俺は、またもや酒井の口車に乗せられそうな状況だ。
後藤も山下も橋本も、…宮野も、俺なんかが担げるのか?と不安になるくらいゴツい。
「…なんだこれ、いじめ?」
「いや俺だってゴツいし!!」
「…亮太、変な意地張らなくていいから。」
「はーい、ってことで決定な!あと決まってないのはー、二人三脚と借り物競争の走順か。じゃあこれ決まったら今日は解散〜!」
今日もまた、体育委員酒井に勝手に決められてしまった。なんでいっつもこうなるんだ。
「じゃあ明日から体育の授業は体育祭練習に入るんで!みんな頑張ろー!」
酒井の張り切った声を最後に、本日のホームルームは終了した。
寮への帰り道、やはり機嫌の悪い亮太を引き連れて帰る最中、数メートル前方を歩く生徒4名の会話が聞こえてきて、俺の目がギョッと開いた。
「あ、知ってる?日高くんが騎馬戦の上に乗るんだって!」
一人がそんな話題を持ち出してきたのだ。
『何でさっき決まった事を、君が知っているのですか?』と聞きたい内容である。
「嘘!僕騎馬戦上!!どうしよ!」
前方を歩く生徒の1人がテンションを上げて話し始める。「どうしよ!」って、それを悩んでどうすんの?
真後ろに俺と亮太が居ることを知らない4人組は、騎馬戦の話題で盛り上がり始めた。
「もしさ!日高くんに狙われるのを想像してみたらさぁ!…やばくない?真っ正面!しかも間近!うわ〜、無理無理無理!」
「お前妄想してんなって!つーか心配すんな、お前なんか狙われねーから!」
「妄想じゃなくて想像だって!わからないよ?僕だって眼中に入ったら狙われるかもしれないし!」
「あ〜でも確かに真っ正面、間近はキツいな。見惚れるっつーの!」
「でしょでしょ?てか勝負とかどうでもいい!とにかく僕は狙われたい!」
………だから俺にどうしろと。
なんか気まずくなって、なんとなくチラリと亮太の表情を窺ってみる。
するとどうだろう。なんとも素晴らしいほどの黒い笑みを浮かべているじゃねぇか。
「こりゃ楽勝だなぁ。」
小さく呟いた亮太は、前方の4人組を眺めながら、ニヤニヤし始めた。
「いっちょ全員ぶっ倒すか、優!」
「は!?」
「やべ、なんか燃えてきたわ!」
…うわ、亮太の中のやる気スイッチが、カチッと鳴った気がした。ていうか、さっきの4人の会話を聞いて、一体どこに燃えられるような部分があるんだ。
俺がそう思っていると、俺の疑問に答えるように亮太が話し始めた。
「優に狙われたいだけのやる気の無い奴らばっかだったら、俺らが勝ったも同然だろ。」
「…ごめん、意味がわからん。」
「優は居てくれるだけでいいんだ。」
「…なにそれ照れる。」
「言っただろ、優はモテるんだよ。」
「うん。…聞いた。」
「たぶらかしまくれよ?」
「は?」
「騎馬戦の勝利は俺らがもらったぁー!!」
亮太が叫んだ。
それはもう、腹の底から。
すると前を歩く4人組が、4人揃って勢いよく振り返った。
「わわっ、ちょっと!後ろに日高くん居たの!?僕たちの会話聞かれた!?」
「うん、それっぽいな。」
…はい、その通りでございます。ばっちり聞いておりました。
「ギャー!恥ずかしい!!」
「おい、ちょ、待てよ!…ったく。」
1人が走って寮に向かって行った後を残りの3人も追いかけた。
「なんだ今の…。」
「優はやっぱ、無自覚すぎだな。」
呆れた亮太の声に俺は首を傾けたが、俺のその反応に今度はため息を吐かれるのだった。
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