37 [ 39/47 ]

「酒井!俺8個も出る体力無い。」


ピシリと高く手を挙げながら酒井に抗議した。


「えぇ!日高持久走ランキング上位だったじゃん!俺知ってるよ。」

「あれは気まぐれ。」

「寝言は寝て言え。」


亮太の鋭い突っ込みに「うっ」と怯む。亮太は機嫌が頗る悪いご様子。そりゃそうだ、9種目も出ないといけないのだから。でも亮太なら余裕だと俺は思う。


「寝言じゃねぇよ。酒井、俺に8種目はキツい。3つ減らして。」


酒井に頼めば、酒井は「うぅっ」と悩んでいる。腹黒く見えて実はお願い事に弱いのかもしれない。

『お願いします、酒井様!』というような目で酒井を見続ける。

「うっ…日高の頼み…仕方ねぇ、「酒井、俺の種目は?俺は9種目で、優は5種目に減らす気かよ?」…滅相もない!」

「うわ、亮太ひでぇ!今完璧に酒井が折れそうだったのに!」


亮太が余計な事言うから…!


「俺が9種目で優が5種目とか不公平すぎる。」

「亮太がリレーにも出たいとか言うから!」

「あれはそこの腹黒が誤解したからだろ!」


『そこの腹黒』と亮太に指を指された酒井は、「えっ?俺?腹黒?」と苦笑いを浮かべた。


「もー畑野っちも優ちゃんも、往生際が悪いぞ〜!」


前から気の抜けた声が聞こえたと思ったら、野田がヘラヘラした表情を浮かべて振り向いた。


「黙れやお前うっぜえな!」

「うわ、ごめんごめん許して!!」


亮太が野田に拳を向けると、自分の顔を腕でガードし、凄い勢いで謝罪の言葉を口にした。

謝るのなら、始めから余計なこと喋らなけりゃいいのに。と野田を眺めていると、


「わっ、優ちゃんがちょー冷めた目で俺を見てくる!どうしよう、知樹くん溶けそう。」


野田はまたバカな発言を繰り返した。


「だから黙れって言ってんだろ!いちいち発言がきめえんだよ!!」


ドカッと亮太に椅子を蹴られ、ようやく野田は大人しくなった。


「とにかく酒井!今晩俺の部屋来いや!じっくり説教してやるよ!」


いきなり話が飛びましたよ亮太さん。そして『俺の部屋』とは正しく言い直すと俺の部屋ってことですよね。

いや別に酒井が部屋に来たところで差し支え無いけど部屋の所有権は俺にあるってことをわかっていただきたいのだ。


「え!畑野の部屋とか無理無理怒られる!」

「は?誰にだよ。」

「いろんな奴に!!!」


あ、俺わかった。
いろんな奴ってアレだ、亮太ファンだ。


「酒井、心配しなくても大丈夫だぞ。亮太の部屋イコール俺の部屋だから。」

「はっ!?なにそれ!じゃあ尚更無理!!俺だけ抜け駆けできねぇ!」

「お前何しに俺の部屋に来ると思ってんだよ。説教されに来るんだぞ?」

「ハッ、…そうでした。」


そんなこんなで今晩、亮太は酒井を部屋に呼びつけた。





「お、酒井来たか。んじゃま、座れや。」

「ハッ、はひ!」


あ、酒井が噛んだ。そして酒井が「ハイ」と亮太に渡されたものは、テレビゲームのコントローラー。

いやいや、説教は?


「もー優ったらヘボくてさぁ!酒井変わりに相手しろよ。」

「亮太、酒井に説教するんじゃねぇの?なんでゲーム?」

「説教?何の?」


うわ、亮太ゲームするために酒井呼んだのか?

こうして亮太の気紛れで始まった亮太対酒井のゲーム大会は、夜遅くまで続いたのだった。


俺はと言えば。必殺ふて寝攻撃だ。俺のベッドに腰掛けてゲームに集中する酒井の真横で、堂々と寝てやった。

あーあ、ここは俺の部屋なのにな。





そもそも何故こうなった?

何故俺は畑野とゲームをしている?

その前に、何故日高の部屋の、しかも日高のベッドに俺なんかが腰かけているんだ?

つか、畑野と日高は一緒に住んでいるのか!?

考えれば考えるほどよくわかんねぇ状況で、とりあえず目の前のテレビ画面に集中しよう。

…しようと思った。

けど、これで集中とか、どう考えても無理だろ!

だって日高が俺の隣で寝っ転がって寝てんだもん!!!寝顔ちょー可愛いんだもん!!!

あぁ〜、日高の事やっぱ好きだなぁ。

ヘラヘラ。って顔がにやけてる俺を、畑野は見逃さなかった。


「はぁ。お前も好きだねぇ〜。つーか酒井よっわ。ま、優よりマシだけど。とりあえず顔のニヤケどーにかしろよ。」


畑野に言われ、ハッと顔を引き締める。いや、でもやっぱ無理。


「なぁ、日高の寝顔写真ってい?」

「は?好きにしろよ。」

「あ、いいんだ?じゃあ撮ろっと。」


『カシャ』

うん。いい。皆に自慢しよう。


「金取って写真ばらまいたりはすんなよ。」

「え!そんなことするはずねぇし!これは俺のもんだ!」

「あっそ。ならいいけど。」

「やっぱそーゆーの心配なんだ?」

「は?なんで?」

「いや、別に。聞いてみただけ。」


やっぱ2人はただの友達なんかなぁ。
恋愛感情ちっともないんかなぁ。
うーん…多分2人ともなんも考えてないんだろうなー。畑野とか女の子しか興味なさそうだしなー。
ま、俺のイメージで言えばね。

日高はなぁー…実際いつも何考えてんのかな。

俺って、日高のこと何も知らねーしなぁ。それで日高のこと「好き」とか言えねぇよなぁ。
いや好きだけどね。


「まぁこいつ、のほほんと過ごしてるわりにはいろいろと考えて、苦労してっからな。結構俺、心配してんのかも。」


…わぁ、なんか畑野が優しいなぁ。あ、俺にじゃなくて日高にだけど。こういう面に触れた奴らが、畑野の事好きになるんだろうなー。


「そりゃあんだけかっこいいんだから苦労もするよなぁ。日高、告白とかでいっぱい呼び出されてるもんな〜。あー俺も告白されてぇな〜!」


俺の発言に、畑野は冷めた目を俺に向けてきた。

因みにテレビゲームはとうに終了した。俺が弱いから畑野が飽きてしまったっぽい。表情が『飽きた』と言っている。


「酒井はバカだな。」


はぁ。とため息を吐きながら畑野が言った。

え、俺一応これでも成績良い方なんですけど。


「そういう苦労じゃなくてさぁ。お前自分とよく一緒にいる友達が、自分といるせいでぴーちくぱーちく文句言われてたら気分いいか?」

「え、いいわけないけど……あ、もしかして滝瀬の件言ってる?」

「なんだ、酒井知ってんだ?」

「あーうん。滝瀬が何か言われてるとこ見たことあるし。」

「…今の悩みはそれなんだよなぁ。」


ボソリと畑野が呟いた。

確かに滝瀬って、なんか日高の特別って感じがして羨ましい。滝瀬に文句言いたい気持ちもよくわかる。でもそれで滝瀬に文句言うのは筋違いだよな。


「そっか。それで日高悩んでるんだ。」

「何も考えてなさそうな顔してて、実はすっげぇ悩んでんだろうな。」

「…なんか俺、体育祭種目のことで日高に悪いことしちゃったな…。」


ただでさえいろんなこと悩んでる日高に8種目って…重荷だったかな。…と俺ががそう思って反省していたが。


「それはまた別の話だろ!てか優はいいんだよ!出しまくってやれば!でも俺はダメだろ!!」

「…へ?」


いやいや、畑野、さっきまでの日高への思いやりはどこに?


「だいたいなんで俺が9種目なんだよ!」


やばい。俺畑野のスイッチ押しちゃった感じ?

あ、でもそもそも俺が今日ここに来た理由は、これを言われに来たのだった。


「んん…りょーたうるせぇ…。」


あ、日高が起きた。寝起きの声最高です。


「あーわりわり。てお前言い忘れてたけど風呂入ってから寝ろよ。」

「…そっか。俺風呂まだだったんだ。入ってこよ。」


のそっと起き上がった日高は、俺の肩を掴んで「よいしょっと」と力を入れ、ベッドから降りた。

わー!日高に肩掴まれたよ!今日は良い日だな。


「じゃあ俺もそろそろ帰ろうかな。」


ほんとはもうちょっといたいけど。


「ちゃんと俺と張り合えるまで鍛えろよな。そしたらまた部屋に呼んでやるよ。」


ニヤリとした笑みを浮かべた畑野。俺の内心、畑野にはお見通しなのかもしれない。


「おう。また部屋来れるように頑張るわ。」

「じゃ、また明日な。」

「酒井ばいばい。」

「うん。2人ともまた明日。」


日高の部屋を出て自分の部屋に帰るまでの短い道のりを、知らぬ間にるんるんとスキップしていた。



[*prev] [next#]

bookmarktop


- ナノ -