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「それでは、文化祭の総合順位の結果発表に移りたいと思います。」


紙を持って司会を務めるのは、開会式の時と同様に俺と亮太である。

しかしマイクを持って話す亮太の表情は、何故か悔しそうだ。


あれから俺と亮太は、校内の宣伝を一通り終えて教室に戻れば、委員長が「後は好きにしていいよ。」と自由時間をくれたから、テキトーに模擬店を回って時間を潰した。

そして今現在、文化祭の閉会式の最中なのだが。

生徒会役員である俺と亮太は、文化祭実行委員から回ってきた総合順位が書かれた紙に事前に目を通したため、もう既に文化祭の総合順位を知っている。


「第3位、2年6組…。」


棒読みで覇気の無い声の亮太だが、それでも周りは気にせず思い思いに喜んだり残念がったり。


「第2位、…3年1組…。」


会場内では『うぉー!』と雄叫びが上がる中、やはり亮太の表情は悔しそうだ。


「第1位…。3年4組…。」


さすがは3年生。高校最後の文化祭は、1、2年と比べて気合いの入り方が全然違うのだ。おまけに経験値も。

因みにチラッと文化祭実行委員から小耳に挟んだ情報によると、俺達1年2組の総合順位は6位だったらしい。
学年順位は堂々の1位なのに、亮太はそれではどうやらご不満のようだ。



「あああちっくしょー!!!俺の図書券がぁ〜!!」


文化祭が終了し、後片付けをしている時、亮太がめちゃくちゃ悔しそうに叫んだ。


「俺の図書券って。もともと亮太の図書券じゃねぇじゃん。」

「うるせぇ!俺が貰うはずだった図書券って意味だ!」


…ぷ。わざわざ言い直してるところが、なんか可愛いんですけど。

内心ひっそりと笑っていると、悔しがる亮太の背後に戸谷先輩が忍び寄った。

そして、亮太の目の前にヒラヒラ〜と図書券らしき紙をちらつかせた。


「ぬわっ!なんだよお前いきなり!」


そんな戸谷先輩の登場に驚く亮太。


「ん?いや、畑野が図書券欲しそうだな〜って思って。…欲しい?」

「は!?欲しいに決まってんだろ!何で図書券持ってんだよ!!」

「だって俺のクラス総合3位だし。総合3位のクラスは図書券1枚。」


そう言いながらまたヒラヒラ〜と図書券を亮太の目の前でちらつかせる戸谷先輩は、亮太を煽っているのか。

……………と思いきや、


「だから俺の図書券やるよ。」

「…は?お前なんか企んでる?」

「あっ、そんなこと言う奴には図書券はやらん。せっかく俺が文化祭で歌やら司会やらを頑張った畑野にご褒美をあげようと思ったのに。」

「ください!文化祭頑張った俺にご褒美ください!!」


戸谷先輩の言葉を聞いた亮太は、両手を差し出してちょうだいアピールに必死だ。


「まぁそんなにお願いされたらあげねぇわけにはいかんな。大事に使えよ?エロ本とかそれで買うなよ?会長様から頂いた図書券なんだからな。参考書買うときにでも使えや。」


図書券を手にした亮太は、もう戸谷先輩の話には興味がないようで。図書券を眺めてニヤニヤ。


「亮太、戸谷先輩にお礼は?」

「あ、そうだった。戸谷サンキュー。」

俺の言葉に頷いて、珍しく素直に戸谷先輩にお礼を言う亮太は、よっぽど図書券を貰えたのが嬉しかったらしい。


「優…、お前ってやつは…。俺はてっきり優も図書券を欲しがることを予想して構えてたんだけどな…、ホントに大人だなぁ優は。」


そう言って戸谷先輩は、妙に優しげな目で俺を見るから思わずじわりと後ろに後ずさってしまった。


「ご褒美と言っちゃなんだが、俺からのキス受け取ってくれるか?」

「ごめんなさい受け取れません。」


本気か冗談かわからない戸谷先輩の発言にきっぱりと断りを入れると、戸谷先輩の顔はガクリと項垂れた。

まさか本気だったのだろうか。


その後、何故かもう1枚図書券を持っていた戸谷先輩が俺にも図書券をくれて、刈谷先輩にさっさと後片付けしろと怒られ、俺にとっては長かった文化祭は、やっと終了したのだった。


あれだけ長いと感じた文化祭も、終わってしまえば案外短かったような気がする。

俺達のクラスの儲けは黒字だったみたいだから、儲けた分はみんなで山分け…っていうのも有りだけど、山分けするほどの額でもないし、せっかくだから乾杯しようか。と、お菓子とジュースを揃えてみんなで打ち上げを行った。


汚名返上でも狙っているのか、森岡は亮太にアピールすることに必死でそんな光景を眺めていると、俺の側に委員長がやってきて、「こういう行事が、好きな人を振り向かせる絶好のチャンスだからなぁ。みんな必死なんだよ。」と、何も聞いていないのに委員長は俺にそんなことを語った。


「とか言って、俺今いろんなやつに睨まれてるかもしれない。」

「え?なんで?」

「…日高と喋ってるから。」

「………俺と喋ってるから?」

「そう。日高とは文化祭中いっぱい喋ったな。」


委員長はむしゃむしゃとお菓子を食べながら俺にそう言ってきた。


「あ、そのチョコレート美味しそう。」

「うん、うまいよ。あそこに置いてあるから取っておいで。あとちょっとしか残ってなかったけど。」


委員長が持つちょっと値段が高そうな金色の包み紙のチョコレート。

これは食べたいなと思って、委員長が指差すチョコレートの箱が置いてある机に向かう。


「…あ、無くなってる…。」


チョコレートの箱を覗けば空っぽだった。早い者勝ちだからしょうがない。空箱を前に地味なショックが俺を襲う。

とその時、真横から誰かに声をかけられる。


「日高くん。」


いきなりのことで驚きながら振り向く。


「俺これ3つ持ってるからひとつあげる。」


クラスメイトからハイ、と差し出された金色の包み紙のチョコレート。

「え?くれんの?」

「…うん。」

「やった、サンキュ〜」


もらったチョコレートの包み紙を広げて、パクリ。さっそくチョコレートを口に入れた。

う、…うまい!


「あ!和樹が抜け駆けしてる!」

「ぅえっ、ばれた?」


チョコレートを味わっていると、クラスメイトの酒井が何か言いながらこっちに歩いてきて、和樹と呼ばれた俺にチョコレートをくれたやつはバツが悪そうな表情をした。


「なにお菓子で日高釣ってんだよ!」

「だって日高くん、このチョコレート欲しそうにしてたから。」

「俺だってそのチョコ持ってるっつーの!はい日高!俺のもあげる!」

「え?酒井もくれんの?やった。お前ら気前いいな。」


礼を言いながら包み紙を広げて、またチョコレートを口に放り込んだ。う〜ん、やっぱりこのチョコレート美味いな。


「わ、…コマーシャルみたい…。チョコレートの。」

「まじでソレ。」

「ん?なに?やっぱ返してほしいって言われてももう食べちゃったぞ。」

「言ってない言ってない!いや、美味しそうに食べるなぁと思って。」

「え、だってほんと美味しいし。美味しいもんを美味しそうに食べるのって当たり前だろ?和樹くん何言ってんだよ。」


俺が和樹くんにそう言うと、和樹くんは目をぱちくりと開けて何故かびっくりしたような顔をしていた。


「ん?どうした?」

「どうしよう酒井…、日高くんが俺の名前呼んだよ…。」

「…え、いや和樹って呼ばれてたから。」

「まさか日高くんに名前を呼ばれる日が来るなんて…!やばい、かなり嬉しいよ。



え…、大袈裟。

なにがそこまで嬉しいんだか…。

と疑問に思っていると、もぐもぐと口に何かを含みながらやってきた委員長。


「日高、言っただろ。こういう行事はいろんな人と仲を深めるチャンスだって。友達を増やすのはいいことなんだぞ〜」


そう言ってから委員長は、すぐにまたどこかへ歩いていった。もぐもぐもぐと口を動かしながら。

あれ?さっきは、こういう行事が、好きな人を振り向かせる絶好のチャンスだからとかなんとか言ってなかった?

さっきと言ってること違うぞ委員長。


「まあ確かに俺って、交友範囲狭いからなぁ。委員長気ぃ使ってくれてんのか?」

「え?日高くん、交友範囲狭いんだ?」


和樹くんが軽く驚いたように聞いてきた。


「おう。かなり狭い。仲良い友達上げていったら、亮太に拓真に、松本にー…委員長もかな。野田はなぁ…あれって友達に入る?」


………あれ、俺ってもしかしなくても……

友達かなり少ないんじゃねえの?


「うわぁ、俺って今まであんまり気にした事なかったけどまじで友達少ない。」

「そうなんだ…でも、日高くんと仲良くなりたがってる子とかたくさんいると思うよ?……俺とか!」

「あ、和樹がアタックモードに入りやがった!」

「酒井うるさい!!」


酒井の突っ込みに怒る和樹くん。

和樹くんは俺と仲良くなりたいと思ってくれているらしい。今まで関わったことなかったけど、なかなか良い奴そうだ。


「てかもう和樹って呼んでいい?俺も優でいいし。」

「えぇ!!!いいの!?」

「あ!また和樹だけ抜け駆け!!!俺は!?」

「酒井は酒井だろ?」


もう呼び慣れた呼び名を今さら変えるのは少し気恥ずかしいものがある。だから酒井は酒井だ。


そんな会話をしていた俺たちの元にやってきたのは亮太で、…なんか機嫌が悪そうなのは気のせいだろうか…。


「亮太、どうした?」


亮太の様子を窺いながら話しかける。


「…はぁ、疲れた。」


あぁ、なるほど。森岡の相手に疲れたのか。


「おつかれさん。」

「…お前、他人事だと思って楽しそうにしやがって。」

「うん。ほら、俺が口出しちゃダメだろ?また亮太と揉めるの嫌だし。な?」

「…まあそうだけど…。でもあいつしつけえんだよ!飴あげるとかチョコあげるとか言ってさぁ!自分で取りに行くっつってんのに。」


と愚痴る亮太の手のひらには、なんとあの金色の包み紙のチョコレートが乗っている!!しかも2個も!


「おぉ!亮太そのチョコレートちょうだい!」

「は?なんだよいきなり。」

「そのチョコレートすげえ美味いんだ!」

「へえ?じゃあ食べよ。」


パクリ。と亮太に食べられてしまったチョコレート。


「あ!!!亮太の意地悪!!!」

「いや美味いって言われたら食うだろ。」

「……亮太の意地悪。」

「めっちゃ拗ねてるし。うわ、まじこのチョコ美味いな。」


もぐつきながら話す亮太を、ちょっと睨んでみる。


「…あー分かった分かった、やるから!ったく、どんだけ食いたいんだよ。」

「やった。」


はいよ、と亮太からチョコレートをもらってさっそく包み紙を広げた。俺このチョコレート好物になりそう。どこで売ってんのかな?


「…なんか、この2人の間には入る隙間ないよね。」

「わかる。もう俺ら用なし?」

「ん?何か言った?あ、そうそう、亮太!俺の狭い交友範囲がちょっとだけ広がったんだよ。」

「はぁ?」


意味がわからない。と言うように眉間に皺を寄せる亮太に、俺は話を続けた。


「友達を増やすのはいいことなんだぞ〜。by委員長。」


委員長の受け売りを亮太に言ってみるが…


「…こいつバカだろ?びっくりした?いつもこんな調子なんだぜ?」


俺の台詞を無視して亮太は、酒井と和樹に呆れたようにそう言った。


「え、ちょっと。俺の話を無視したうえに、まさかのバカ扱い…?亮太酷くねぇ?」

「…なんか意外。日高くんってクールな感じだと思ってたんだけど、結構話しやすいタイプだね。」

「見た目に騙されんなよ?優はまじマヌケだからな。…でもまぁ、そこが優の良いところだけどな。」

「ん?」


アレ?最後の部分聞き間違いじゃなかったら今、『そこが優の良いところ』って言ったよな?


「…なんだよ。その締まりのない顔。」

「ん?いやぁ、普段俺のこと貶しっぱなしの亮太が珍しく褒めてくれから。嬉しくて。」


そう言うと亮太は、眉間に皺を寄せ、渋い表情をしたのだった。 


「…俺お前のことマヌケっつったんだけど?」


あれ?でも今そこが俺の良いところって。
たまには素直に褒めてくれてもいいのにな。


そんなことを思いながら、美味しいチョコレートに出逢い、友達も増え、亮太には褒められ、文化祭も悪く無いな。…って思えたのは、1日が終わろうとしていた時だった。

こうして、高校生になって最初の文化祭が幕を閉じた。


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