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「はいはいそこの子!写真撮るならうちの商品買ってからね〜。」


教室に並べられた椅子と机に、店員らしからぬ態度で座る俺に向けてカメラを構えてきた女の子に、亮太が店主の如く話しかけた。


「あっ、はぁ〜い、ごめんなさぁい!じゃああたしフランクフルト1つ買いまぁす!」

「まいどあり〜!」


そんなやり取りが俺の目の前で行われた後、亮太にペシッと頭を叩かれ。


「いてっ。」

「サボってんなや、商売道具が。」

「はい〜?商売道具?なにそれ。」

「優のことだっつーの。とにかく客用の椅子に座るな!怠けてっとそのチョンマゲ引きちぎるぞ!」


そう言いながら俺の前髪を引っ張り始めた亮太に危険性を感じ、俺は素早く椅子から立ち上がった。


「この文化祭で総合優勝すると何が貰えるか、優知ってっか?」

「ん?知らねえけど。何貰えんの?」


亮太の話に聞き返せば、亮太は俺の目をジッと見てから、鼻息を荒くして口を開いた。


「図書券1人2000円分だぞ!!」

「あ、そうなんだ。結構豪華だな。」

「『あ、そうなんだ。』……じゃねぇだろ!もっと燃えろよ!やる気を出せ!!」

「えー。俺本とか買わねぇし別にそんなに欲しいとか思わねぇよ。…あ、そっか。亮太はその2000円でエロ本でも買うんだろ、どうせ。」
「あたりめえだっ!漫画も買える!!だから優は俺のために頑張りやがれ!」

「亮太のエロ本のためになんで俺が頑張んねえといけねえの。」


そもそも俺がちょっと頑張ったところで、クラスの売り上げに貢献できねえって。そろそろ分かれよな。


よっこらせ。

とりあえず突っ立ってるのもアレだから…ってアレってなんだよって話だけど、教室の裏側に回ってレジっぽいことをしている松本の隣の空いてる席に座った。


「あれ?日高どうしたんだ?
あ、焼きそば400円ねー、ハイおつり100円。ありがとね〜。」

「うわ、松本が働いてる。」

「そりゃそうだろ!係なんだから!」

「あ、次のお客さん来たぞ。」

「…日高も働けよ…。あ、らっしゃいませー。」


ジーッと松本とお客さんのお金のやり取りを眺める。なかなか儲けてるな。松本が扱う小銭入れ用の缶の中には、徐々にお金が貯まっていく。


「こら優ッ!!!!!お前は何でそんなところで呑気に座ってんだよ!こっち来い、こっち!!」


亮太の目を盗んでこの場所に腰を降ろしたが、早くも亮太は松本の隣に座る俺に気付いたらしい。大袈裟な動作で手招きしている。


「俺この場所気に入ったんだけど。あ、松本、俺とその役交換しねぇ?」

「え、いや、無理だろ…とりあえず畑野んとこ行った方がいいんじゃね?」

「えー。でもなんか亮太の周り、女子だらけなんだけど。あそこに入ってく勇気、俺にはねぇよ。」

「優!!!こら!!!」

「うわっ、痛い痛い!分かったって、行くから!!前髪ハゲる!!!」


なかなか席から立とうとしない俺に痺れを切らしたのか、亮太が目の前にやって来て、俺の前髪を引っ張りながら耳元で俺の名前を叫んだ。亮太まじドS!!!


「日高…、まぁ頑張ってよ。」


呆れた表情の松本に励みの言葉を貰い、亮太に引っ張られながら俺は、女子の群れの中に連れていかれた。


「はーいお待たせー、2組のアイドル優くんとーじょー。」

「は?からかうなよ。」

「あっ、優のちょんまげぐちゃぐちゃになってきてんじゃん。ちゃんと直せよなー。」


俺の前髪にブツブツ文句を言ってきた亮太は、一度俺の前髪からヘアゴムを外して再び前髪を結び始めた。

いや、ぐちゃぐちゃになった原因って亮太が引っ張るからだろ。


「よし、完璧!じゃあ優、ここ立って。」

「なにすんの?」

「お客さんと写真撮影ー。」


はい!?!?
なんで俺が写真撮影なんか…!


「あいててて、急に腹痛くなってきたかも!」

「見え見えの嘘吐くなバカタレが。」

「チッ。…写真撮ってどうすんだよ。」

「いいから優は黙って笑っとけ!はいじゃあ1組目の人カメラ預かるな〜。」

「はいっ!お願いしまーす!!」


亮太にデジカメを渡したお客さん2名が、キャピキャピとはしゃぎながら俺の真横に並んできた。

黙って笑えと言われましても。
笑えって言われて笑えるかよ。

と顔を引き吊らせていると…


「あのぉ…、肩抱いてもらっていいですか?」

「………はい?」


こちらのお客様、一体何を言っているのでしょうか。『肩を抱け』だと…?


「優!ファンサービスだファンサービス!!」


何がファンサービスだ!!亮太、女の子好きなんだから自分がやれ!!

…とはお客さんの前で言えるわけもなく…。俺は恐る恐る隣に並ぶお客さんの肩に腕を回した。


「きゃー!!!あたしもやってほしー!!」

「お客さん、落ち着いて落ち着いて。心配しなくてもやらせますから!そのかわり、いっぱい買ってってねー」

「はぁーい!」


あら、良いお返事。…って、笑えるかっ!





とりあえず列に並んでいたお客さん全員と写真を撮り終えて一段落済んでから、教室の裏側に回って一息ついた。


「…まじ疲れた…。」

「おつかれさーん。」

「誰の所為だか…。」

「え?何の話?」

「なんもねーよ。」


亮太に何言っても無駄な事は俺が一番よく知っている。だって亮太に口で敵うはずねえし。

なんか俺、亮太の下部みてぇじゃん。


「あー!!!ここだよ陽にぃ!」


……………………………ん?

今なんかよく知ってる声が聞こえたな?


「あれぇ?優にぃ居ないよ!!」


………やっぱり。

奈々の声が聞こえたと思い、物陰に身を潜めてこそっと様子を窺えば、教室には奈々と兄貴が入ってきた。

またうっとしいのが来たなおい!!


「あ、奈々ちゃんと陽さんじゃん!奈々ちゃーん!陽さーん!!」

「あっ、ちょ!おい亮太!!!」


亮太は奈々と兄貴を大声で呼び、2人の方に向かっていった。せっかく俺、面倒だと思って隠れてたのに…って言っても亮太が居る時点で隠れても無駄なんだけどな…。


「あの可愛い子もしかして日高の妹?てか何で隠れてんの?」


先程と同じ場所に座ってお金を勘定していた松本が、隠れる俺を不思議そうにしながら問いかけてきた。


「うん、そう。妹。アイツらと喋ると疲れるから隠れてんの。」

「まじか!やべぇ、超可愛いんだけど!やべぇ!俺タイプ!!どストライク!!紹介して!!」

「松本鼻息荒いしちょっとキモいぞ。」


松本悪趣味だな。
奈々はやめておいた方がいいのに。


「あー!亮太だ!髪型かわいー!浴衣も似合ってるよー!」

「まじ?なんか奈々ちゃんにそう言われるとすげえ嬉しい!」

「ホントー?奈々も亮太にそう言われると嬉しい〜!」


兄貴と奈々の元に向かった亮太に、さっそく奈々が絡み始めた。


「ちょちょちょ!なにあの関係!日高の妹、畑野にべったりじゃん!!」


そんな奈々と亮太の様子を窺っていた松本は、俺の隣で焦ったように声を上げる。


「あーうん。亮太のこと気に入ったみたい。」

「ダメダメダメ!絶対ダメ!!」


そう言いながら松本は、ブンブンと首を振り始めた。


「優、マツどうしたの?」

「あ、拓真。俺もよくわかんね。」


ひょっこりと現れた拓真が松本を不思議そうに眺めている。


「てか優にぃは!?今居ないの?せっかく奈々が来てあげたのに!!」

「え?優なら居るぞ?あそこに。」


…ギクッ。

聞こえてきた奈々と亮太の会話にギクリとし、視線をそっちに向ければ、亮太は俺を指差していた。


「なんだ、優にぃ居るじゃん!わぁ〜前髪亮太とオソロー!優にぃも可愛い〜!」


教室の奥に潜む俺に気付いた奈々は、たたたっと駆け足で俺の居る場所にやって来てしまった。


「ここ部外者禁止なんですけど。」

「奈々関係者じゃん!」

「客だろ?ここ、客は入れねぇよ。」

「じゃあ優にぃがこっち来ればいいじゃん!」

「俺は今休憩中なんだよ。わかったらあっち行け。」

「うわあん亮太ぁ〜!優にぃが奈々に酷い事言う〜!」


シッシと奈々に向けて片手を払うようにすれば、奈々は泣き真似をしながら、兄貴と話していた亮太の元へ走っていった。


「…紹介してって言ったのに…。」

「え?あれマジで言ってたのか?」

「大マジだし…。」


俺の隣で奈々とのやり取りを見ていた松本が、ボソリと小さく呟いた。そんな松本にごめんと軽く謝っていると、今度は兄貴が何か言いながらこっちに向かって歩いてくる。


「優っ!奈々を泣かせる奴は兄ちゃん許さねぇぞ!」

「はあ?なに言ってんの、奈々が泣くわけねぇだろ。もう兄貴奈々連れてさっさと帰ってくれ。」

「お!拓真ぁ!!久しぶりだな!」

「あ、ハイ!お久しぶりです!」


…シカトか…!?シカトかよ!!!


「うーぜーえ〜!」

「優なに唸ってんだよ。」

「痛ッって…!亮太やめろよ!」


バチコンと不意に後頭部に衝撃がきて頭を押さえ、デコピンをしてきた亮太を見る。


「じゃあサボんなよ。」

「サボってねえよ、休憩してんだ。」

「だから優に休憩時間はねえって。」

「労働基準法に従えよ!!」

「バカな優が難しい話してんなよ。」

「亮太がバカすぎだから難しい話に聞こえるだけじゃね?労働基準法ったら労働基準法なんだよ!」

「お、言うねぇ。マヌケのクセして。」

「言うよ、だって俺マヌケじゃねぇもん。」

「いい加減認めろって。優はマヌケだよ。」

「ちょっと優にぃ!亮太!くだらない言い合いしてないで奈々と一緒に文化祭回ろうよ!」


そう奈々が声を上げて俺と亮太の会話を遮った。


「俺つかれるから却下。亮太文化祭回ってきたら?」

「とか言って俺が居なくなった隙に昼寝でもしに行くんだろ?魂胆見え見えだっつの。そうは絶対させねぇからな!
奈々ちゃんごめんなぁ、陽さんと文化祭楽しんできてな!」

「え〜!陽にぃと回るの飽きたぁ!!」

「じゃあわかった、こうしよう。松本、俺が松本の役変わってやるから松本変わりに奈々と文化祭回ってこいよ。」

「へ?」


突然の俺の提案に、松本はあんぐりと口を開けて俺を見た。


「なんで松本なわけ?」

「俺が松本がやってる仕事を気に入ったから。」

「あ、会計のやつ?」

「そう。」

「ずっと座ってられるから?」

「そう。……じゃねぇけど。別に。」


…しまった。亮太にはお見通しだった。


「ま、いいけど。優がやりたいって言うなら。松本と優チェンジな。でも会計は休む暇無いんぜ〜?」


そう言って、亮太がニヤリと笑った。


「…そうなのか…?」

「あ、うん。無いね。」


今までその仕事をこなしていた松本に聞けば、松本はそう頷いた。


「…やっぱり俺、「じゃあ松本くん!奈々の案内役よろしくねぇ!」…あっ、ちょ、おい奈々!!」


「優、諦めろ。お前がやりたいって言い出した仕事だろ?心配しなくても隣できっちり俺が見張っててやるからな!優がだらけねぇように。」


ニヤリ。…亮太がまた笑った。


「陽にぃ〜!松本くんって人が奈々の案内役してくれるのー!だから陽にぃ適当にぶらついてていいよ〜!」

「は!?そんなのダメダメ!俺も一緒に行くから!!じゃあ優、またな!」


松本の腕を引っ張って教室を出ていく奈々に、兄貴は慌てて後を追って教室を出ていった。


「やっとうるさいのが出ていった。」

「早く位置につけよ。」

「………ハイ。」


たった今から、レジスター優のはじまりだ。


じゃらじゃらりん。

缶の中に入った小銭を、何気なく触ってみた。


「…優、楽しいか?」

「…うん。楽しい、かな。」

「これからもっと楽しくなるぞ。」


…こ、こえぇ!
何が怖いって、亮太の笑みがだ。


「あっれー!優ちゃん会計だっけ?」

「あ、野田だ。なにその風船。」


風船片手に教室に入ってくるなり俺の元へやってきた野田。


「ん?これー?6組でもらってきた!あ、優ちゃん欲しい?あげるよ?」

「いらん。」


何歳児だよ野田。


「でさ、優ちゃん会計だっけ?俺マツと交代しに来たんだけど?」

「あ、そうなんだ。さっきから俺がレジスターだから。」

「なんでレジスターなんだよ。レジでいいじゃん。」


横から亮太が、俺に突っ込みを入れてきた。


「あー!日高君はっけーん!遊びに来たよー!」


野田の次は誰だよ、と声がした方に目を向ける。


「うーわ。出た、田沼。」

「なに?僕畑野には用無いんだけど。てかゴキブリが出た時みたいな言い方しないでくれる!?」

「お前がゴキブリを語ってやるな。ゴキブリが哀れだ。」

「はぁ!?意味わかんないんですけど!え、待って?日高君その格好かなりイイ!僕心臓キュンキュンしちゃった、どうしよう!」

「キュンキュンとかキモ。田沼キモ。帰れ。」

「畑野は黙れよ!僕のときめきをバカにするな!」

「わはは、トキメキだって。まじキモ。田沼キモ。さっさと帰れ。」

「キモキモうるさいなぁ!!!バカの一つ覚えにしか聞こえないんだけど!?」


……田沼うるせー…。
亮太田沼の事からかいすぎ。

なんか次から次へと疲れる奴が現れるな。と、俺は小さくため息を吐いた。


そんなこんなで、朝から早く終われと願った文化祭2日目だったが、意外とあっと言う間に終了し、俺たちは明日の準備に取りかかっていた。


俺や亮太の周りをウロウロと付きまとう野田に、奈々や兄貴と別れて教室に戻ってきたきりニヤニヤふわふわと落ち着きのない松本、相変わらずちゃっちゃか働く委員長や、がんばり屋な拓真は散らかった教室の掃除をしていたり。


俺はといえば…未だ手元にある森岡のデジカメに困っていた。


「なぁ亮太、これどうすんの?」


チラリとデジカメを見せながら亮太に問いかける。…するとどうだろう。亮太はケロッとした表情で言った。


「ん?なんだそれ。」

「…なにって…。」


あなたが森岡に撮影されたデジカメですけど?ついでに言えば、森岡から預かった亮太の変わりに俺が持っといてあげてるデジカメなんですけど?


「まさかこれの存在忘れてたなんて言わねぇだろうな…?」

「…あぁ。あいつのデジカメ?」

「なにそのいかにも忘れてましたみたいな反応。」

「別に忘れてたわけじゃねえし。今思い出しただけだっつーの。」

「…同じだろ。」

「んーじゃあどうすっかねー。とりあえずアイツ呼び出すか。おい森岡ー、ちょっとこっち来いよ。」


俺達から離れた遠くの方でなにか作業をしていた森岡を、亮太は大声で呼びつけた。
その瞬間ビクッと肩を震わせて、森岡の表情は今にも泣き出しそうな表情になっていく。

そして、森岡がビクビクしながらも俺達の目の前にやってくると、亮太はデジカメを森岡に差し出して言った。


「はいよ、これ返すわ。写真消させてもらったから。もう絶対撮んなよ。」

「…え…?」


亮太の台詞に、森岡が気の抜けたような声を発した。
つーか俺もちょっとびっくり。てっきりキツく怒鳴りつけるのかと思った。


「なんだ?なんか文句あんのか?普通消すだろ、あんな写真入ってたら。」

「あ、いや…、そうじゃなくて…。」

「森岡、亮太に思いっきり怒鳴られると思ってたんだろ?」

「…ぅ、うん…。」


戸惑う森岡に俺が口を挟めば、森岡は小さく頷いた。


「なに?お前俺に怒鳴ってほしいわけ?言っとくけど次やったらまじ許さねえよ?」

「う、うん!もう絶対やらない!ごめんなさい、コソコソするような真似して…。畑野に嫌われたら俺もう…!」

「あーあー!もういいから!さっさとそれ仕舞ってこいよ。」

「うん…!」


亮太に返事をしながらズビッと鼻を啜って、森岡は俺達の前から立ち去った。


「えらく優しいじゃん、亮太にしては。」

「いや、なんかデジカメの中身が俺の写真ってわかって、怒る気も失せた。優の写真が入ってたんなら思いっきり殴ってやったんだけどな。」

「え?なんで?」

「は?なにが?」

「…あ、いや別に。」


あ、そっか。そうだ、亮太は友達思いの優しい奴なんだ。

もしあのデジカメに俺や拓真の写真が入っていたら、亮太はめちゃくちゃ怒ってくれてたんだろうなぁ。

と、一人うんうんと頷き、納得した。


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