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「9時半になったら客来るからな!みんなあと1時間で最終準備と着替えな!気合い入れてこー!」

「オー!!!」


時刻は午前8時30分。委員長の言葉にみな、気合いを入れて声を出す1年2組。今日は文化祭2日目だ。


「優〜!見ろ、髪の毛!」


早くも浴衣を着て準備万端な亮太が、ピョインと上を向くように前髪を結んだ状態で、俺の目の前に現れた。


「うわ、なにそれ亮太バカっぽい。」

「は?誰がバカだって?優もやれよ。ヘアゴムあるから。」

「は?やるわけねえだろ。」

「いや、やれっておもしれーから。」

「やらねえし。しかもおもしれーからって理由が意味わかんねえし。」

「あっそ。んじゃあ力ずくでやってやる。」

「わっ、おい!やめろよ!いてぇ!髪の毛引っ張んな!!」


ヘアゴムを持った亮太が勢い良く俺の前髪に手を伸ばし、ガシッと髪の毛を掴んだ。しかもヘアゴムにピンクのボンボン付いてるんですけど。バカ亮太め、どこでそのボンボン付いたヘアゴム入手したかしんねぇけどまじでふざけんな。


「じっとしろよぉ、結べねーじゃんか。あ、おい野田ぁー!ちょっとこっち来い!」

「はーいこの俺をお呼びですかい?」

「おう、呼んだ。優の身体おさえろ!」

「え!?そんなおいしい役を俺がしていいの!?」

「うん、今日は俺が許可する。」

「何様だよ!!あっおい来んな野田!あっちいけ!ちょ、亮太髪の毛離せッ、いてぇ!!あーもう!!たまには俺の言うこと聞いてくれよ!」


はあ。と盛大にため息を吐き、亮太と野田の所為で身動きが取れなくなった俺は、しばらくは抵抗していたものの暴れることすら面倒になり、大人しく事が終わるまで大人しくすることにした。


数分後、亮太の手によりボンボンの付いたヘアゴムで額にかかっていた前髪ががすべて結ばれ、目の前には肩を震わせて笑いを堪えるやつが1名。


「…おい亮太なに笑ってんだよ。」

「…ぶふっ。ひひひっ。」

「優ちゃんちょーかわいい!!!知樹くんよだれが出そう!!!」

「野田キモいから喋んな。…ぶふっ!」

「まだ笑うか!?亮太がやったんだろ!もう取るし!うわっ、固ぇ!!おい亮太!!なに固結びしてんだよ!!全然取れねえし!!」


ゴムを取ろうとしてもボンボンが邪魔してなかなか取れず、無理矢理引っ張って取ろうとすれば髪の毛が抜けそうなくらい痛い。亮太のやつわざと固く結びやがったな…!


「日高まだ浴衣着てねぇの?早く着ろよ…ってどうしたのその髪形。あ、畑野もしてる。…お前らほんと仲良しだな。」


ゴムを取ろうと必死の俺の元に、朝からせっせと働いている委員長がやってきた。


「あ、委員長…。俺もう帰りたい…。」

「似合ってるぞ?それ。日高と畑野はうちのマスコットボーイだからな。その髪型で丁度良いよ。」

「…なにマスコットボーイって。委員長って慰めてくれてるようで実は全然慰めになってないからな。」

「え、俺別に慰めてるわけではないけど。」


………グサッ。

今俺、委員長の言葉にグサッときたぞ。慰めてくれてねえのかよ。それはそれで悲しいな。

つーかみんな俺のことぞんざいに扱いすぎだろ。


「あ〜やっと笑いおさまった。まじおもしれー。優まじ最ッ高!」

「…もういいよ。もうなんでもいいよ。亮太に笑われるのは着ぐるみで馴れたもん。んじゃ、笑った罰として浴衣着るの手伝え。」

「あーはいはい、しゃあねえなぁ。」

「あれ、てか何で俺にはボンボン付いてんのに亮太には付いてねえんだよ。」


ふと亮太の髪を見て疑問に思い問い掛けると、亮太は、ケロリとした表情で答えた。


「何でって、優のは特別に衣装係が優用に用意したやつだし。」

「なんで俺だけ!?」

「え?オモシロイから。俺の提案〜」

「…はあ。だろうな。」


絶対そうだと思ったよ。


「そういや野田黙ってたけどさっきから携帯で写真撮ってんの気付いてんだからな。いい加減やめろよ。」

「あっは!バレてた?今日から待ち受けにするね!」

「待ち受け1週間1万円俺に払えな。」

「おい!」


なんで俺じゃなくて亮太になんだ。そもそも待ち受けすんなバカ。



「おぉ日高!やっと着替えたか!みんな日高が着替えんの待ってたんだよ。」

「え、待たせてた?ごめん。」


準備室で浴衣に着替えて教室に戻れば、委員長が待ってましたとでも言いたげに俺の元に歩み寄ってきた。
委員長の言葉に、俺は一応謝罪する。


「いや違う違う!そーじゃなくて、見ろ、このクラスメイトたちの希望に満ちた眼差しを!」

「はい?」


見ろ!と言いながら教室の中をぐるっと指差し始めた委員長。


「優ちゃん!!…ちょーステキ…。」

「日高やばー…男として憧れるよ。」

「でもなんか前髪縛ってるから可愛いらしいぞ。」


間抜けにもポカンと口を開けて呆けていると、野田と松本を筆頭に、俺をジロジロと眺めながらクラスメイトが口々に話し始めた。


「亮太…俺なんか悪いことしたかな?」

「あー。優の顔が悪いんじゃね?」

「………。」


自分の行いを考え直しながら亮太に聞けば、亮太はニヤニヤとした笑みを浮かべて俺にサラッとそう言った。

…顔が悪いって…。ちょっとくらいオブラートに包んで言おうとは思わないのか。


「いひひひひひっ。」

「…なに笑ってんだ。人の顔悪く言ったうえに笑うとか。亮太、さすがに俺挫けそうだぞ。」

「顔悪いとか言ってねぇし。優の勘違い…、

‥‥‥…は?」

「…ん?亮太どうしたんだ?」


突然亮太が顔色を変えて、つかつかと何かに向かって一目散に歩いた。


「お前、今写真撮っただろ。ポケットに入れたもの見せろよ。」


何事かと思い亮太の行動を眺めていれば、亮太は教室の奥にいた森岡の前で立ち止まった。


「…ぇ、なにも、してないよ。」

「は?嘘つくなよ?」

「亮太、…どうした?」


森岡に強い口調で話す亮太に、俺はまったくもって状況が分かってないが、とりあえずヤバめの雰囲気だと思い亮太に近寄った。


「こいつ今、絶対優の写真撮ったぞ。」

「え?…いや、それはないと思うぞ?…なぁ、森岡?」

「……ぇ、…うん。」

「なんで優そいつのこと庇うんだよ。俺見たんだぞ、こいつがデジカメこっちに向けて持ってんの。信じれねえの?俺のこと。」

「信じれるよ、信じれるけど……とりあえず今はみんな見てるから…。」


亮太が嘘を言っているなんてことは到底思えねぇし、おそらく森岡は亮太を撮ったんだと解釈した俺は、亮太にコソッと耳打ちした。


「…わかった。じゃあお前、とりあえずポケットの中のもんだけこっち渡せよ。」


そう言って、森岡に向かって手を出す亮太に、森岡は顔色を真っ青にしながらおそるおそるポケットからデジカメを取り出した。

…うわ。ホントにデジカメ入ってた。でも普通に考えてこの状況ってやばいよな。

デジカメの中の写真を亮太が見る。中には自分の写真がいっぱい……。おいこらなにしてんだてめえ!
………ってなるんじゃねぇの?

告白して怒られるとかそんなレベルじゃねぇよ…。


「…待って…、でもさ、…写真くらいみんな取ってるよね…?ほら、…野田とか…!」


デジカメを亮太に渡すのを渋りながら、森岡がたどたどしく口を開いた。


「は?今撮ったのはお前だろ?俺はこそこそ隠すようにお前が写真撮ってっから言ってんだよ。いいから早くそれ寄越せよ。」

「………ごめん…。」


ぽつりと亮太に謝罪を言ってから、森岡はデジカメを亮太に手渡した。


「なんの謝り?それは俺にじゃなくて優にだろ?ま、これは預かっとくから。」


「…畑野、何かあった?もう文化祭開始時刻になるけど。」

「あぁ、ごめん委員長。なんもねえよ。んじゃ俺、優と校舎内の宣伝行ってくるわ。」

「あ、うん。いっぱい客集めてこいよ!」

「おう!コイツが女の子引き連れてくっから!んじゃ行くぞ優。」

「うわっ、ちょっ、引っ張んなよ。」


亮太の側でぼーっと突っ立っていた俺の首根っこを亮太にグイッと引っ張られ、俺達は教室を出た。

浴衣なんだから首根っこ引っ張るとかやめてくれ。



教室を出てから人気の無い方へ移動し始めた亮太の後を黙って俺は着いていく。


「前からあいつなんか怪しいと思ってたんだよなー、俺。デジカメ持ってる時点でこえーよ。とりあえず中の写真消すか。」


亮太はそう呟きながら、森岡から預かった…っつーか奪った?デジカメを手に持ち、それを弄り始めた。


「…は?これがさっきの写真か?」


そう言ってデジカメの画面を俺にも見えるように向ける亮太。

画面を覗けば、浴衣を着た亮太がでかでかと写っている。そんな画面を見て亮太は固まる。まぁ当然だよな。亮太は自分が撮られてるだなんて、微塵にも思ってなかっただろうし。


「…は?……は?なんだこれ。」

「すげえよく撮れてんな。」

「そういう問題じゃねぇよバカ。」

「…うん、そうだけどさ。」


事情を知っている俺は、亮太の様に驚き呆れる事はなく。うまい具合にアップで亮太を撮ってある写真の感想しか出てこない。


「あっおい、また俺の写真…ちょっと待てよ、あいつ……俺に何か恨みでもあんのかよ!?」

「いやいやいや!亮太鈍感!!」


亮太の発言に気が抜けてガクッとなった。
なにを言い出すかと思えば恨みって…、どっからそうなるんだ。


「は!?ド鈍感の優に鈍感とか言われたくねえよ!俺のどこが鈍感なんだよ!!」

「ド鈍感…?まぁとにかく、鈍感ったら鈍感だよ。普通恨みあるやつの写真とか撮らねぇだろ?」

「じゃあなに?俺の事好きとか?」

「…そうなんじゃねえの?」


俺がそれ言っちゃダメだろうけどさ。この状況は言わざるをえないよな。…てことで。許せよ、森岡。これも全部自業自得だよ。


「今のはボケたんだって。真面目に返事すんなよ。」

「え、ボケになってねぇよ?」

「…うるせえな。」

「認めたら?森岡は亮太の事が好きなんだよ。」


はっきり言っちゃったけどもういいよな。だって弁解のしようもねぇじゃん。


「ヤ、ダ、ネ。ぜってー認めねえ。ありえねえし。」

「…まぁなんでもいいけど。俺関係ねえし。」

「は?なに無関係気取ってんだよ。」

「え?俺無関係じゃん。」


明らかに森岡と亮太の問題だろ、これは。


「俺が関係してたら優も関係してんだよ!自分だけ逃れられるとか思うなよ!?」

「はぁ?」


……なんだその亮太論!!!


「じゃあ俺どうしたらいい?」

「そうだな、とりあえずこのデジカメ預かっといて。」

「…え。なんで俺が?」

「気持ちわりぃから持っときたくねぇ。」


そう言って亮太は、グイッと押し付けるように森岡のデジカメを俺に渡した。


「俺だって持っていたくねえよ。」

「はぁ…。もう宣伝行こうぜ。こんなとこでせっかくの文化祭の時間潰したくねえし。」

「えー…。」


俺としては寧ろ全然良いんだけどな。人混み嫌いだし。早く文化祭なんか終わればいいのに。


こうして、不穏な空気の中文化祭2日目が始まってしまった。





( ※委員長視点 )


日高と畑野が教室を出ていってから俺は、呆然としながらその場に立ちすくむ森岡を見た。


「なんか知らねぇけど、ちゃんと謝って解決しとけよ…?日高の事になると畑野は容赦ないからな。」


何気なしにそう言えば、森岡は下を向いて表情を曇らせた。


「…やっぱり畑野って、日高の事が好きなのかな…?」

「え?…あー…さぁ?」


ぽつりと呟くように話す森岡の声に俺は首を傾げた。
『好き』を『恋愛で』って意味で森岡が俺に聞いていることは、考えなくても分かる。しかし、誰が見ても一目瞭然で日高と畑野は仲が良いが、あの2人にそんな恋愛事情があるだろうか?


「もしかして森岡って日高のこと好きなの?」

「…うぅん、違う…。」


…あれ?違うんだ。

てっきりそうなんだと思って訪ねたが、森岡はフルフルと首を左右に振った。


「じゃあ、畑野…?」

「………うん…。」


おっと、そうきたか。

最近では大概、日高が好きなやつ7割、畑野3割くらいで割れるんだよな。

そうか、森岡は畑野が好きなんだ。


「…球技大会のドッジの時に畑野、俺がボール当りそうになったとき、取ってくれたんだ。かっこよかったなぁ…。それから俺、畑野の事すっごい好きになってた…。」

「あ…、そうなんだ…。」


顔を赤らめて話し始めた森岡に、とりあえず相槌を打っておく。俺が森岡に話を吹っ掛けたんだから、やっぱ最後まで聞かないと失礼だよな。


「…でももう、俺ダメだ…。畑野に絶対嫌われた……。」

「えっと…、なんで…?」

「……………。」


理由を聞くと、床を見つめて黙り込んだ森岡。これは聞かない方がよかったかな。


「まぁ、せっかくの文化祭なんだから暗い顔してんなよ。畑野は凶暴な性格してっけど、話せばわかってくれる奴だって!」


森岡にそう言って、俺は森岡との会話をそこで終了させた。





「すいませ〜ん!あのぉ、このチラシ見てここに来たんですけどぉ、この人たちどこに居るんですかぁ〜?」


高く緩い声が聞こえて振り向けば、女の子2人組が日高と畑野が写っているチラシを指差して俺に訪ねてきた。

さっそく女性客来ちゃったよ。作戦通りだな。…と思ったのは、おそらく俺だけでは無いだろう。


「あー、この2人ね。今校舎内の宣伝行っちゃってていないんだよね。」

「え〜、なんだざんね〜ん。じゃあまた来まぁす!」


俺の返事を聞いた2人は、さっさとその場から立ち去っていった。

なんだか俺、今すっごい切ない気持ちになった…。
俺という男が此処に居ながら…。


「女の子帰っちゃったな…。」

「うん。なんか悲しいよな。」

「うん。かなりな。」


近くで俺と女の子の会話を聞いていたクラスメイトも、どうやら俺と同じような事を思っていたようだ。


数分後、日高と畑野が宣伝から返ってきたと同時にゾロゾロと2組の教室にやってくる女性客。


「委員長…俺もう疲れた。」


文化祭はまだまだ始まったばかりなのに、既にげっそりと疲れた表情をしながら話しかけてくる日高を、俺はちょっと殴りたくなった。

この贅沢者めが!

『人気者は辛いよ…』って?
一度くらい俺だって味わってみてぇよ!


「日高は準備しなくてよかった分今日はいっぱい働くんだからな!疲れるにはまだ早いぞ!」


そう俺が話している間にも、日高の回りに近付いていく女の子たち。


「畜生…俺の優ちゃんと畑野っちに色目使って近付いてんじゃねぇよ…!」


若干1名はすごい殺気を出しながら女の子たちを睨んでいた。言わずもがな、女の子を睨んでいる人間は野田である。


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