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文化祭準備が終わり寮への帰り道、ズボンのポケットに入れていた携帯がブーブーと震えた。
「あ、メール。…森岡だ。」
「森岡?」
…やべ、亮太隣に居るのに無意識に名前を呟いてしまった。
「森岡ってうちのクラスの奴だろ?優メールするほど仲良かったっけ?」
「あぁ…、今日ちょっと買い出し一緒に行って仲良くなったんだよ。」
…別に間違ったこと言ってねぇよな?なんかあんなこと聞いたから、まじでやりづれぇな。
「へえ。でもさぁ、森岡って優と連むタイプじゃねくね?大人しそうだし、喋った事もねえし。」
「…いや?結構いろいろ喋ってたぞ?
主に亮太の事をだけど。
「…なんか怪しいな。好きなんじゃね?優のこと。」
…いやいや、好かれてんのアンタなんですけど!?…とは言えなくて。
「それは有り得ねぇよ。人懐っこい奴なんだよ、多分。亮太も喋ってみれば?案外話合うかもよ?」
怪しまれないように言葉を考えて亮太に言いつつ、チラッと携帯のメール画面に視線を落とした。
そして俺は、その瞬間立ち止まりかけてしまった。
「俺はいいわ。見たところ話し続かなさそうだし。…ん?優どうしたんだ?」
「…あ、いや。何でもねえ。」
…とりあえず、メールの返事は後で返そう。見てなかったっていう事で。
「まぁとにかく気を付けろよな。森岡が田沼みたいな奴だったら俺また嫉妬の対象にされんだから。まじ嫌がらせはうぜえからなぁ。あ、別に優が悪いって言ってんじゃねぇぞ?」
俺の内心も知らず、ベラベラと話している亮太に、俺はどう反応していいのか悩む。
つーか“嫉妬”って単語にピンときたけど…俺ってもしかして森岡に嫉妬の対象にされてるんだろうか。
「うわ、どうしよう俺…。」
「は?」
「…あ、なんでもねえ。こっちの話。」
「どっちの話だよ。」
あー俺ってば失態だらけ。
よし、話を変えよう。
「あ!そう言えば明日の舞台練習何時からだっけ!?」
「9時だけど?」
「…あー!そうそう、9時な!」
「なんか優変じゃね?さっきから動揺してねえか?」
「…普通だけど。」
もっと話の続く話題にすれば良かった。
「あ!ひょっとしてメールで森岡に告白されたとか?」
「…なんでそうなるんだよ。まじでそれだけは有り得ねえから。」
「有り得ねえ方が有り得ねえだろ。この学校の奴が優に告白とかざらな話だからな。男子校まじこえーわ。」
…もう俺ほんと、何て亮太に返事すりゃいいんだよ。森岡が好きなのは亮太だ。って言えたら、どんなに楽なことか…。
「…そんな事言ってて、亮太だって誰かに告白されるかもしんねえぞ?ほら、委員長言ってたじゃん。亮太最近人気だって。」
「は?まじ無理。俺、優みてーにお人好しじゃねぇから。告白とかされたら蹴り飛ばすわ。」
…森岡…頼むから早まるなよ。
亮太に蹴られるぞ……。
「…蹴り飛ばすのは止めといた方がいいぞ。亮太の脚力やべぇからな。野田がまじで凄いと思う、亮太にいっつも蹴られてて。」
「あいつゴキブリだからな。」
…いや、亮太さん。
それは意味わかんねぇです。
野田は人間だよ、そこは認めてあげようぜ。
寮に帰ってきたら俺は、亮太には腹が痛いフリしてトイレに入った。もちろんの事、携帯をトイレに持ち込んで。そして、先程届いた森岡からのメール画面を開く。
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From 森岡 聡史
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森岡です。さっそくメ
ールしました〜!今日
は文化祭準備お疲れ!
畑野、日高のシャツす
っごい脱がそうとして
たな。じっくり眺めて
しまった…。笑
あ、今日夜遊びに行っ
ていい?話したい事い
っぱいあるんだよね!
返事待ってるな!
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…本文長ぇよ。女子かよ。シャツ脱がそうとしてたとかどーでもいいから。つーか名前聡史かよ。今知ったわまじで。
うわ、何て返事返そう?
夜遊びに行っていい?って…
展開早くね?今日まともに話したとこだっつーの。しかも部屋に亮太居るんだけど、うわ、まじどうしよう…
断ったら何か変に思われるかな。
それか森岡が部屋に来たら、丁度今、亮太が遊びに来てたとこなんだ。…とでも言っておこうか。居候してる、だなんて言ったらどんな反応されることか。嫉妬で狂われても困るし。
…あー。めんどくせー事になったな、森岡の野郎。…ってのは俺の本音だ。さすがに亮太みたいにそんなこと口に出したりはしねぇけどな。
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To 森岡 聡史
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お疲れ。
9時頃までならいいよ
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うん。これでいいや。
時間決めといたら長居される事もねえよな。それに俺だって早く寝たい。
よし、送信。
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From 森岡 聡史
Sub <件名なし>
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わかった!
じゃあ行くときメール
するな!
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…返事返すの早っ…!行くときメールしなくていいのに。めんどくせえな。
もういいや、飯食いに行こう。飯。
森岡のメールをブチり、トイレを出た。部屋に入れば亮太は部屋着に着替えて俺のベッドで寛いでいる。
自分の布団で寛ぎやがれ。
「亮太、ちょっと早いけど晩飯食いに行こうぜ。俺腹減った。」
時刻は5時。晩飯にしては早いが、俺はいらん労力を使って腹が減ったのだ。おまけに、今食べに行けばいつ森岡からメールが来ても、それに備えられる。
「えー、こんな時間に晩飯食ったら夜中絶対腹減るじゃん。」
「じゃあ夜食買えよ。」
「優の奢り?」
「なわけねえだろ。あ、てか晩飯今日は亮太の奢りだったな。よし、食いに行くか!」
俺も部屋着に着替えて、亮太がぶつぶつ言ってるのを聞き流しながら、着替え終わったと同時に部屋を出た。
余談だが、夏休みに入ってから拓真は部活動が忙しいらしく、まったくの別行動で、最近はほとんど亮太と2人で食堂に行っている。
因みに拓真の部活動は、濱崎とかと一緒の吹奏楽部で、文化祭の舞台発表にも出るようだ。
文化祭準備が終わった後も、少しミーティングがあるらしく、部屋にも帰ってきていない。
気が進まないようで、頭をポリポリと掻きかったるそうに歩く亮太に、購買でアイスを1個奢れば機嫌は良くなり、食堂ではきっちりと晩飯を奢ってもらった。
奢って奢られでよくわかんねえが、まあ亮太の機嫌がこれで良くなるならいいや。
早めに晩飯を食べ、夜食を買うという亮太に頷いて、購買に寄ってから部屋に戻れば6時ちょっと前。森岡からメールも来てないし、まだ部屋には来ないだろうと俺はベッドに寝っ転がった。
食堂にはもう行ったから、いつ森岡が部屋に来ても留守ではない。居候の亮太は、とりあえずタイミング良く遊びに来ていたと言うことにして。
うん。後はメールを待つだけ。
待つだけなのに。飯食って満腹で満足な今、俺は眠らずには居られなかった。
そして、バカな俺は森岡のメールにも気付かず、ぐっすりと眠りこけてしまったのだ。
『ピーンポーン…』
インターホンの音なんて、眠りこけている俺に届くはずもなく。
「おい、優起きろ!誰か来たぞ!…ったく。俺が勝手に出るからな!!」
亮太の声が聞こえたような気が…したようなしないような……
うっすら目を開ければ、煌々とつけられた部屋の電気がやけに眩しくて。
部屋に居るはずなのにそこに居ない亮太の布団の上には、読みかけの漫画が開かれた状態で置いてあって。
目を完璧に開けた時、俺の携帯のランプがチカチカと光ってメール受信を知らせていて。
玄関からなにやら会話が聞こえてきて…そこで俺は、ハッと気付いた。
やべぇ、俺………寝てた……!
そぉっと部屋の扉を開けて玄関を覗けば、向き合う亮太と森岡が。……やべえ、俺としたことが。
「今優寝てんだけど。何の用?伝言なら言っとくけど。」
「…ぁ…えっと、ちょっと、日高と、ゃ、約束…してたんだけど…。」
まさか亮太が現れるなんて、微塵にも思っていなかっただろう森岡は、亮太を目の前にして酷く動揺しているようだった。
やべぇやべぇと内心で連呼しまくり、慌てて玄関に向かった。
「わりぃ森岡!完っっ璧に寝てた!ごめん!!」
「優!人来るなら言えよ!俺一応起こしたんだからな!」
玄関に両手を合わせて謝りながら現れた俺に、森岡よりも先に亮太が反応した。ていうより、森岡は放心状態だ。
「あぁ、わりぃな…。ま、森岡…とりあえず部屋入れよ。」
「ぁ、…うん。お邪魔します…。」
玄関でずっと立ち話もあれだと思い、森岡を部屋に入れたのはいいが…。
ここで俺はもう1つ、大きな自分の失態に気付いてしまった。
それは、ベッドの隣にぐしゃぐしゃに敷かれた亮太の布団だ。
だが、森岡は布団の事など気にしていないのか、チラチラと亮太の顔を窺いつつ口を開いた。
「畑野は…、なんで日高の部屋に居んの…?」
「は?何でって、俺優の部屋に居候してっから。あ、もしかして今俺、出てった方が良い感じ?」
「ぁ、ぃゃ、…出ていかなくていいよ…。」
亮太ストレートに居候って言っちゃったよ。…嫉妬されるよ俺。つーかこの状態…俺が出てった方がいいのかな。
「…ちょっと俺、自販機で飲み物買って来るよ…。」
「あ、じゃあ俺が行ってやるよ。お茶でいいだろ?」
「…あ、うん。後で金払うよ…。」
「おー。」
亮太が部屋を出ていき、森岡と2人きりになった空間。『キィィ…バタン』と玄関の扉が開いて閉じた音が、やけに響いた。
「…びっくりした…、いきなり畑野出てきたし!俺、めっちゃ焦っちゃったよ。」
亮太が部屋を出ていき、平常心を取り戻したのか、森岡は自分から話し出した。
「わりぃ、睡魔にやられた…」
「…あ、布団…これ畑野の布団だよな。…本当に居候してるんだ…。」
「…あーうん。ちょっと訳ありで…」
「そうなんだ…。あ、1個聞いていいか?」
「…なに?」
1個だろうと何個だろうと、『聞いていいか?』と聞かれても『ダメだ』って言えるような人間でありたかった………そう、亮太のような…。
「いつから畑野ここに居候してるんだ?」
「…あー…。入学式の日から…?」
嘘でも、夏休み入ってからとか言っておいた方がよかっただろうか。まじで嫉妬とかやめてくれよ、森岡。
「入学式…じゃあもう、ずっと一緒に過ごしてるんだな……。ずっと一緒に居て、好きになったりしねぇの?畑野のこと…。」
「好き…って、恋愛でだよな。…わりぃけどそれはちょっとよくわかんねえや。亮太の事は普通に好きだけど…親友として、かな。」
「…そっか、親友か。…よかった!」
俺の返事を聞き、森岡はホッとしたように微笑んだ。
そんな森岡の表情を見て、チクリと何か、ほんの小さな見えないくらいの針が、胸に刺さったような…
痛みすら感じないくらいの、僅かな心の変化に気付くのは、まだまだ先の話らしい。
「ただいまー、茶ぁ買ってきたぞ。」
「あ、おかえり。サンキュー。」
亮太が部屋に戻ってきたのは、亮太が部屋を出ていっておよそ15分後ぐらいだった。
明らかに自販機に行って帰ってくるには長すぎる時間だから、俺達に気を使ったのだろう。まさか森岡が自分の事を好きだとか思わねぇもんな。
「俺もうちょっとどっか行っとこうか?そのへんうろうろしてくるけど?」
「いや、別にうろうろしてこなくてもいいよ。なぁ、森岡?」
「あ!うん!全然いい!」
俺の問い掛けに、森岡は焦りつつ大きく頷いた。
よし、ここはちょっくら俺が恋のキューピッドになってやろうかな。なんて、内心でいい人ぶりながら、俺は少々腰を屈めて、手でお腹をおさえた。
「いってー、痛ぇ、やべ、腹壊したかも。ちょっとトイレ!」
「は?優大丈夫か?さっきから体調悪くね?」
「あー…大丈夫大丈夫、ただの腹痛。森岡ごめんな、せっかく来てくれたのに。」
そう言いながら、森岡とアイコンタクトをとる。すると森岡は、小さくコクンと頷いた。
亮太さん。嘘ついてわりぃが、ちょっくら俺はトイレに籠らせてもらうよ。
……………………
……………
………
(※亮太視点)
お腹を押さえながら部屋を出ていった優を目で追った後、部屋に突っ立った状態で居る森岡を見た。
「座れば?」
「…あ、うん…。」
俺の声に、びくっと反応する森岡。構わず読みかけの漫画を手に取った。
「……なに?」
森岡から視線を感じて、睨みながら問い掛ける。するとまたもや森岡は、びくっと体を揺らして、『なんでもない』と視線を逸らした。…うぜ。
まじでなにしに来たんだこいつ。
優に気があるのばればれなんだけど。
「…畑野、…あの、さ、」
「あぁ?」
「あ…、ごめん…」
「は?何に謝まってんの?」
「…いや、読書中邪魔して悪かったかな、って…思って…。」
「あぁ、うん。」
つーか優便所なげえな。
下痢か?こりゃ重症だな。
あ、もしかして俺が無理矢理裸で法被着せたのが原因か?腹冷えるって言ってたよな。あれまじだったのか?
「畑野っていつもここで漫画読んだりしてんの…?」
「あぁ、うん。まぁ。」
「他には、何してんの…?」
「は?…何って…いろいろ。」
つーかまじで優便所なげえよ。下痢ピーかよ。やべぇよ、俺の所為じゃねえか。
「畑野はさ、文化祭、浴衣着る…?」
「あぁ、うん。着るんじゃね?」
「そっか…、楽しみだな…。畑野の浴衣姿…」
…え、…ぞぞっ。鳥肌立ったぞ、今。
なにコイツ、なんかきめえんだけど…
「…俺の浴衣姿のどこが楽しみなんだよ。お前意味不明…」
「だって畑野、絶対浴衣似合うって!」
「………へぇ。」
やべぇ、キモくて顔が引きつりそう。つーか引きつった。
「ふぅ〜、スッキリスッキリ。」
俺がぷつぷつと鳥肌立ちそうになっている時、ガチャと音がして優がお腹を擦りながら部屋に入ってきた。
「あっ優!!お前便所なげえよ!!つーかごめん!俺の所為だよな!?」
「………へ?」
「法被だよ法被!!あれで腹冷えたんだろ!?」
「え…、いや、違うけど。」
「は!?じゃあ何でそんなに腹壊してんだよ!」
俺の質問に、暫し優は黙り込んだ。
「……あーっと、いや、腹痛というか胃痛だったわ。うん。胃痛胃痛。」
「は?胃痛?心配して損したわ。…って、逆に大丈夫かよ!?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。もう治ったから。…さてと。風呂入るかな。」
「は!?」
便所の次は風呂かよ!?森岡と約束してたんじゃねぇのかよ!?放置するなら部屋に入れんなよ!!
「…あ、じゃあ俺、今日はもう帰るよ。…また来ていいか…?」
そう言って、俺と優を交互に見る森岡。よかった、自分から帰るって言ってくれて。さすがに『さっさと帰れ』とか言えねえしな。
…って、いやいや!何で優も俺の方見てくるんだよ!!どう考えても優に聞いてんだろ!!
「……あ、うん。またな。」
沈黙の後、優の返事を聞いた森岡は、「じゃあまた」と言いながら、手を振って部屋を出ていった。
は?あいつまた部屋来んのかよ!もう来なくていいから!って、俺が言える立場じゃねぇけどな。
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