23 [ 25/47 ]

お盆休みが終わり、夏休みもあっという間に残り僅かとなっていき、文化祭準備や舞台発表の練習は仕上げに近い状態となっていった。

そして夏休みが終わる一週間前から俺たち生徒会メンバーは、体育館が空いている時間を利用して、ステージを使った練習を始めていた。


「うわ、やばい。俺やっぱ絶対緊張するぞこれ。ここで全校生徒の前で歌うんだよな。…まじでやばい。」


体育館のステージに立ちマイクを持ってみれば、生徒会室で練習していた時とは全く違った雰囲気で、足がちょっとすくんだ。


「なんだよ、優びびってんのか?全校生徒とか考えんなよ、“ここにいる人はみんなかぼちゃだ。”とかよく聞くじゃん。あれ想像しろよ。」

「無理。人は人だし。かぼちゃになんか見れねぇよ。」


しかももしかぼちゃだと思えたとしたら、俺は逆に笑ってしまうかもしんねえからどっちみちダメだ。


「じゃあもう練習繰り返して慣れるしかねえよ。」

「…亮太は余裕だな。」

「おう、まぁな。歌詞間違えないかは心配だけど。ま、大丈夫だろ!」

「頼りにしてるからな。」

「優、俺も隣に居るから安心しろよ。」

「…あ、…ハイ。」


ギターのチューニングをしていた戸谷先輩が俺と亮太の会話を聞いていたらしく、体育館によく響き渡る声で口を挟んできた。まぁ頼もしいっちゃ頼もしいけど…安心はできねえかな…。


「じゃあ皆さん、曲流しますよー」


音響担当の先輩が俺達にそう呼び掛け、1曲目に歌う曲であるアニメソングの前奏が体育館に流れ始めた。

曲が流れたのなら、歌わないわけにはいかない。と練習通りに歌ってみるが………

生徒会室の何倍もの広さがある体育館で自分の歌声が響き渡るのは、緊張、照れ、不安はもちろんあるが、気持ち良さも少しだけあった。

こんな経験をするのは初めてだなぁ、となんだか少しだけ胸が熱くなった。





「じゃあ俺らこれからクラス準備の全体集合あるんで、失礼します。」

「おー、お疲れ。明日はいつもより早めの9時から練習な!畑野遅れんなよ。」

「うるせえ!注意すんの俺だけかよ!まじ癇に障る野郎だなお前!」


舞台練習を始めて1時間程が経ち、俺と亮太はクラス集合があるため、先輩に断りを入れ、戸谷先輩に歯向かう亮太を宥めながら体育館を後にした。


教室に着けばクラスメイトは既に集まり作業をしていて、俺達は若干遅刻気味だった。


「優ちゃん畑野っち!見て見て!知樹くん作、お祭りうちわ!」


教室に足を踏み入れると、“祭”とでかでかと太い筆で書かれたうちわを持った野田が、勢い良く俺達の目の前に現れた。


「お前いきなり現れんなよ、暑苦しいな。あっちいけ!」

「暑い?じゃあこれで扇いだげるよ、ほらパタパタ〜」

「うわっ、野田それ水糊くせえぞ。」


怖いもの知らずな野田が、亮太の顔の前でパタパタとうちわを扇ぎ出したが、野田がうちわを扇ぎ出すと共にもの凄い糊の臭いがした。


「あ、まだ乾いてなかったみたい。うちわの上から水糊で画用紙貼ったんだよね〜」

「そんな半端なうちわで扇ぐなよ!」

「だって畑野っちが暑いって言うからぁ。」

「お前が暑苦しいって言ったんだよ!!」


亮太に邪険に扱われながらも、まったく堪えない野田に呆れながら、俺は近くでクラスの宣伝のような看板を作っていた拓真を見つけて、歩み寄った。


「あ、優!今ね、優が宣伝する用に持つ看板作ってたんだよ!」

「…ん?もしかして、俺がこれ持って歩くのか?」

「そうそう!まだ途中だけどね、最後に持つところちゃんと付けるから!」

拓真が作っている看板には、『焼きそば400円』『フランクフルト100円』などと目立つように書かれていた。
見たところ縦30センチ、横1メートルくらいの、ベニヤ板で作られた看板。俺が文句を言える立場じゃねぇが、段ボールか何か軽い素材で作って欲しがったな………なんて。


「サンキュー、拓真…。」

「うん!」


文句を押し殺してお礼を言えば、笑顔で頷いた拓真に免じて。…頑張るかな、宣伝。


「日高〜!だいぶ前に言ってたチラシできたんだけど、これでいいか一応確認して!オッケーだったらいっぱい刷るから!」


拓真の看板作りを眺めていた俺の元に、1枚の紙を持って委員長がやって来た。


「ノー。……って言ったらどうする?」

「…え。それは困るかな。」


俺と亮太の写真が載っている紙を見てから、チラリと委員長の顔を見て言う俺に、委員長は苦笑した。


「じゃあチラシ掲載料にいくら貰おうかな。」

「…日高最近畑野の性格移ってきたんじゃねぇ…?掲載料って…。」

「俺は亮太ほどえげつなくねえよ。それに今の冗談だし。」


亮太は冗談じゃなくて本気で金取るからな。


「俺が何って?あ!これ、あんとき撮った写真のチラシ?」


野田から逃れた亮太が、俺の持っていたチラシを横から覗いてきた。


「あ、畑野ちょうど良かった。今日高にこれ配っていいか確認してたとこなんだよ。畑野もそれでいいか見てくれ。」

「おー、いいぞ!なになに、『イケメン2人組も大歓迎!1年2組でお祭り騒ぎ!』…は?俺までイケメン呼ばわり?いやいや、こりゃダメだって、委員長。」


亮太が写真の横に書かれた文字を読み上げて、眉間に皺を寄せた。


「なんで?良くない?だいたい客ってのはさぁ、『イケメン』って単語に寄り付くんだって!だからイケメン2人で相乗効果アップ!」

「えー、でも俺優と並ぶと俺劣等感やべえよ。」

「何言ってんだよ。亮太かっこいいぞ。特に今日の寝癖はかなりイケてる、このへん。」


そう言いながら亮太の後頭部の髪の毛を、グルッと一周円を描くように指差した。


「あ、今日の寝癖だろ?俺もちょっと今日のは気に入ってんだよ。なんかさ、跳ね具合絶妙じゃね?だから直さんかった!」

「うん、良い感じ。なんかワックスつけてるみたい。」

「だろ〜?」

「…2人共、話飛んでるから。」


亮太の寝癖について話す俺達に、委員長は突っ込みづらそうに口を挟んだ。


「あ、わりぃ委員長。でもさぁ〜『イケメン2人も大歓迎!』はちょっとなぁ。俺まずイケメンじゃねえし!」

「でもさ、実際畑野認めたくないだろうけど、この学校で結構人気出てきてんだから、このチラシ結構いけると思うよ。まぁまず日高ファンは永久保存だな。」

「…委員長あんたなに言ってんだ。」

「なに!?ホモの生け贄になるのは優1人で十分だ!」

「おい亮太、そりゃどーいう意味だ。」

「まぁまぁ落ち着けよ畑野。」


…委員長も亮太も、俺の問い掛けスルーしながら会話すんな。


「拓真ぁ。亮太と委員長が俺の事無視する。俺可哀想。」

「あ、優!もうちょっとで看板完成だよ!ほら見て見て!」

「あー…うん。そうだな…」


黙々と看板作りに励んでいる拓真に話し掛けたのが間違いないだったかな。うん、俺はもう黙っておこう。


特にする事のない俺は、あっちでふらふら、こっちでふらふらと、準備に黙々と励むクラスメイトを眺めていた。

それを暇そうにしてて可哀想とでも解釈したのか、委員長が俺にお金を渡して、買い出しを頼んできた。


「…大判木工用ボンド1個、絵の具白と赤と青、ガムテープ3個「違う、2個だ。」……めんどくさ。」


委員長に買うものを確認中、ついつい本音が出て、委員長と俺の間に暫し沈黙が生まれた。


「…ゴメン委員長…、冗談だよ。」

「……リアルすぎる冗談だな…。」

「ははは、…行ってくるよ。」


苦笑いする委員長に、作り笑いを浮かべながらそう告げ、教室を出た。

学校を出て少し歩いたところにある文房具屋までのお使いを頼まれた俺は、校門に向かおうとだらだらと蒸し暑い廊下を歩く。


「あ、日高!」

「………ん?」


背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、ゆっくりと振り向いた。


「あ、えーっと、…森…ん…?」

「森岡ね。」

「あーそうそう、森岡な。どうしたんだ?」


同じクラスの森岡が、俺の横まで小走りでやって来た。因みに名前を知らなかったわけではない。忘れてただけだ。


「日高が教室出てくのが見えたからさ。どっか行くの?」

「おう、委員長に買い出し頼まれたんだ。文房具屋まで。」

「買い出し?……俺も行っていい?」

「え?何か買うものあんのか?」

「あー…いや、日高とちょっと話したいなぁと思って。」

「そう?じゃあ別にいいけど。喋り相手いた方が良いしな。行くか。」


同じクラスでも滅多に話した事のない森岡と、何話せばいいんだ。とか思いつつ、2人肩を並べて文房具屋に向かうことになった。


「日高はさぁ、好きな人とかいる?」

「好きな人?………いや?別に。」


歩き出した途端に森岡は俺に聞いてきた。これはアレだろうか……、恋話とやら。


「………畑野、とかは?」

「亮太?普通に好きだけど。」

「…うん、だよな。日高ならそう言うと思ったよ。仲良いもんね。」


…どんな答えを俺に求めてるんだ。


「…俺さぁ、畑野の事好きなんだよね、恋愛な意味で。」
「そうなのか?…って。えぇ!?恋愛!?」


普通に聞き流しかけたけど…この人、今すんげぇ爆弾発言したんじゃねぇか?亮太の事を…好き、しかも恋愛な意味で…?


「…それはまずいな。森岡…、今はまだ告白とかは考えてねぇよな?亮太の事だから自分に好意持ってると思った相手は野田みたいな扱いしそう…。」

「そっか…そうだな。やっぱり日高はよく分かってんね、畑野のこと。」

「んー…あー……そう…?」


そりゃ朝から晩まで一緒に居りゃ、亮太の性格も分かってくるわな…。って、言いたいとこだけど…これは森岡には言わない方がいい…よな。

男同士なのに会話が難しいな。


「あ、日高、よかったらさぁ、俺の相談相手になってくんねぇか?」

「え?いいけど…俺恋の相談されても全然わかんねぇよ?話聞くくらいならできるけど。」

「うん!聞いてもらえるだけで十分!あ、今度部屋遊びに行っていい?」

「…あー…まぁ、いいよ。」


返事に渋ったが、亮太の事が好きなら調度良い。と、森岡の誘いに頷いた。

亮太と森岡が話せるチャンスになるんじゃないか、と思った俺の判断だ。


「やった!じゃあさ、アドレス教えて?またメールするから!」

「あぁ、うんいいよ。」


次から次へと、社交性のあるやつだな。なんて思いながら、俺は森岡と連絡先を交換した。


「サンキュー、日高!じゃあまたメールするよ。」

「おう。俺あんまメール返さねぇけどな。」

「あ、なんかそれっぽい!」


…それっぽいってなんだ。
俺はチマチマとメールすんのが嫌いなんだよ。


「…日高と畑野はメールとか電話したりすんの?」

「俺と亮太?…まったくねえな。する用事もねえし。」

「え!しないのか!?あれだけ仲良いのに!?」

「亮太とメールとか今さらだろ。俺も亮太もメールって柄じゃねぇよ。」

「そっかぁ。畑野メールしないんだ…。」


…あれ、俺もしかして、落ち込ませてしまった感じ…?やべぇ、まじでやりづれぇなこの人。



「おい優どこ行ってたんだよ!」

「ちょっと買い出しに。」

「言ってくれたら俺も一緒に行ったのに!」

「ついでにアイスでも買う気だろ?」

「あ、バレた?てか優ちょっとこっち来いよ、優の法被用意できたってさ。」


買い出しを終えて教室に戻れば、亮太が教室の奥の方に集まっている人の中から、俺に向かって呼び掛けた。


「はい、ちょっとこれ着てみ?」


そう言って亮太に渡されたのは、白地の布でできた青い縁の入った法被だ。
それを受け取り、制服のシャツの上から袖を通した。


「おい優ちげーよ!!何で服の上から着んだよ!」

「はぁ?なに?痛ぇな。」


亮太の言う通りに従って法被を着ようとしたのに、亮太はペシンと俺の頭を叩いて動作を止められた。


「シャツは脱げよ!!」

「は?バカじゃね?嫌だし。腹冷えるだろ。」

「じじぃかよ!いいから早く!」

「だから嫌だって。何の為に脱ぐ必要があんだよ。俺冷え症なんだよ。」

「真夏に何言ってんだよ!シャツ着て法被なんて、面白み無さすぎなんだよ!!良いから早く脱ぎやがれ!」


そう言いながら亮太は、俺の着ているシャツに手を出してきた。だから俺に面白さ求めんなって言ってんだろ!


「うわ、ちょ、やめろって、腹冷える!」

「腹冷えたら便所ゴー。」

「やだし。」

「じゃあそれが嫌なら海パンで宣伝してもらうぞ!」

「それ変態じゃん。…はぁ、じゃあわかった。今日の晩飯は亮太の奢り。」

「な…!!」

「当然だ」


俺にだけ変な格好させやがって。


「わお!優ちゃんなにその格好!ちょー良い!!写メ撮っていい!?」


シャツを脱いで法被を着れば、遠くに居たはずの野田が目にも止まらぬ速さでやって来た。来んなあっち行け。


「写真撮るなら1シャッター1000円俺に払え!」

「なんで亮太になんだよ。てかその金で晩飯奢る気だろ!」

「うーん、もうちょっと腹筋あった方がいいな。よし、優。今日から毎日腹筋な!」

「無視かよ!話反らしてんな!てか野田も写真撮ってんなよ!」


あーもう!俺ストレスで頭ハゲそう。


「日高、セクシーな格好のとこ悪いんだけど、頼んだ買い出しのものとお釣り…」

「あ、わり。忘れてた……って、セクシーな格好ってなんだ!委員長まで俺をおちょくるのかよ!」

「ごめんごめん、ちょっとした出来心だって…。」


法被の試着をしていた俺の元にやって来た委員長に、ズボンのポケットに入れたお釣りを返しながら委員長を責める。


「てか委員長がこの格好したら良くない?なぁ、亮太。」

「とか言ってなに逃れようとしてんだよ。委員長は腹出したらほんとに腹冷えそうな感じするからダメだな。」
「畑野ひでえな。俺アイス10個食っても腹壊さねぇ自信あんのに!」

「お、俺と勝負するか?」

「張り合わなくていいから。もうこれ脱いでいいか?さっきから野田の視線キモいんだけど。」


椅子の背凭れを正面にして座りもたれ掛かりながら、野田は頬杖をついてずっとこっちを眺めている。だらしなく頬を緩ませた表情をしている野田は、まじでキモい。


「えへー。ねぇ優ちゃん、腹筋触らせ「野田しばくぞ。」…畑野っちこえぇよその笑顔…あはは、ジョークジョーク!」

「お前の場合ジョークに聞こえねえんだよ!優の腹筋えろい目で見てんなや!」

「…亮太。そう言うなら俺にこんな格好させないでくれよ…。」


俺の切実な願いを、1度くらい聞いてくれても良いと思うんだけどな。


「だっておもしれーもん、優いじるの。知ってるか?優、本気で嫌がってるときここピクピクって動いてんの!」

ここ、と言いながら亮太は、自分の目元を指差した。


「うわ、亮太悪趣味だ。俺が嫌がってんのわかってておもしろがってんのかよ。」

「ちげえよ!俺そこまで性格悪くねぇって!ピクピクなったらやべえなって思っていじるのやめてやってんだよ。俺まじいい奴!」

「自分で言うなよ。てかピクピクなる前にやめてくれ。」

「ひひっ。」


ひひっじゃねぇよ!笑ってんなこのやろう!




[*prev] [next#]

bookmarktop


- ナノ -