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お盆休みに入り学校が完全閉鎖される…つまり、俺が実家に帰る前日の夜、兄貴から俺の携帯に電話がかかってきた。


「もしもし?何の用?」

『あ、優?俺だけど!陽くん。』

「わかってるけど。」

『明日家帰ってくるんだよな?』

「うん。」

『何時に迎えに来てほしい?』


…ん?何時に迎えに来てほしい?


「え、迎えに来んの?もしや車で?」

『当たり前だろー?兄の勤めだ。』

「兄貴免許取りたてだろ?俺、そんな奴の車乗りたくねえんだけど…。」


つい最近、兄貴はわざわざ俺に電話をかけてきて免許を取ったことを自慢気に話してきたのだ。おそらく今の兄貴は、自分の運転する車に、人を乗せたくて仕方がないのだろう。


『免許取り立てとか関係ねぇよ、俺まじ運転上手いから!あ、なんなら亮太も家に連れてきたらどう?』

「は?なんでそこで亮太が出てくるんだよ!兄貴自分の運転テクニック人に自慢したいだけだろ!」

『お、よく分かってんじゃ〜ん。半分当たりだな。でもそれだけじゃねぇよ!奈々がね、亮太に会いたがってんの!』

「奈々が?じゃあ断固拒否。あいつ人の友達品定めすんのが趣味だぞ?」

『奈々がそんな事するはずねぇだろ?いいから亮太に聞いてみて!」

「い・や・だ。兄貴は奈々に甘い!だいたいな、亮太にだって用事があるかもしんねぇだろ!」

「俺が何って?」


だらしなく壁にもたれ掛かり、アイスキャンディーを舐めていた亮太が、自分の名前に反応して口を挟んだ。


「何でもねぇ。あ、アイス溶かして垂らすなよ、床がにちゃにちゃになるから。」

「はいはい。で、俺がなんだよ。」


亮太が興味津々で先を急がした。


『優〜、兄ちゃんママに言っちゃおっかな〜?優がママの居ないところで、“若作りしてんじゃねぇよ”って言ってたこと。』

「何?脅しのつもり?俺んなこと、言ってねぇよ。」

『言ったもんねー、陽くんの記憶力舐めんなよ?3秒以内に認めねぇと、ほんとにママに言うよ?』

「言いました。」

『早っ!認めるの早っ!』

「なぁ、もう電話切っていい?」


俺早く風呂入りてぇんだけど。


因みに亮太からの視線が痛い。ペロペロとアイスキャンディーを舐めながら、ずっと亮太はこっちをガン見している。


『いや、まだ話終わってねぇから!いいから亮太に早く聞けよ!』

「あ、命令口調になってる。なんかそういうのムカツク。」

『聞いてくださいませ、優ちゃま?』

「キモ。」


兄貴のキモさに堪忍して、俺は未だガン見を続ける亮太と向き合った。


「なぁ亮太、兄貴が家来いって言ってる。奈々が亮太に会いたいんだって。嫌ならはっきりと兄貴に向かって断われ!」


そう言って亮太の顔に、俺の携帯を近付ける。本人から断られれば、兄貴も諦めるだろうと。
しかし亮太は、あっけらかんと返事した。


「俺別に嫌じゃねぇけど。てか優の妹すげえ会いたい!!」

「…あ、そう。……だってさ、兄貴。」

『お、さすが亮太!じゃあ決定。明日は9時に2人を迎えに行くから。』

「9時…?」

『ん?都合悪ぃ?』

「亮太が寝てるかも。」

『がんばれ。』

がんばれ?…俺が?何をがんばるんだよ。亮太を起こすのを?


「12時頃で良くね?」

『“若作りしてんじゃねぇよ”』

「兄貴最悪。…わかったよ、9時な、9時!!」


ったく、何回も同じ脅し文句使ってんじゃねぇよ!!





次の日の朝、布団から大いに体をはみ出した状態でぐっすり眠っている亮太を、蹴り起こした。


「ん…ってぇ!!いてえ!何!?」

「もう8時半だし。あと30分で兄貴来るからそろそろ起きろ。」

「え、もうそんな時間?もっと早く起こせよー。」


ぶつぶつと文句を言いながら、寝巻きを脱いで洗面所に向かう亮太。文句言うなら自分でアラーム設定して起きろよ、と言いたいところだ。

起きた瞬間、爆発していた亮太の髪の毛は、水をつけて押さえつけたらしく、ある程度落ち着いていた。

身支度を済ませて昨夜準備しておいた荷物を持ち、部屋を出て車の中で食べる朝飯を買うために購買へ向かう。

おにぎりの中身を鮭にしようかツナにしようか迷っているとき、ポケットの中の携帯がブーブー震えた。

「もしもし?」

『あ、優?今学校着いた!』

「えっ、もう?兄貴来んの早くね?今朝飯買ってるんだけど。」

『朝飯?じゃあ俺はぁ〜、おかか味のおにぎりな〜。』

「…ハイハイ。じゃあ後でな。」


適当に返事をして、電話を切った。
結局鮭とツナ両方買う事にして、兄貴ご希望のおかかおにぎりも手に取る。ついでにお茶も買っておこう。


「亮太、お悩みのところ悪ぃけど、兄貴もう来たんだって。」

「まじ?わかった、じゃあもうサンドイッチでいいや。れっつごレジレジ。」

「なに亮太、朝からアイス食うの?」

「おう、朝の朝食アイスだ。」

「腹壊すなよ。」


亮太はサンドイッチとジュースとアイスを手に持ちながら、揚々とレジに向かって行った。


朝飯を買い購買を出て、寮の管理室に部屋の鍵を預けてから校門に出れば、車の隣でサングラスをかけた男が1人。俺達に気付いて手を振ってきた。


「わぉ、陽さんサングラス姿かっけぇ!イカス〜!」


そんな兄貴に気付いた亮太は、感嘆の声を上げた。イカス〜っていつの時代だよ。


「おぉ亮太!来てくれてサンキューな!さぁ乗れ乗れ、俺の車に!」

「家の車だろ」

「優、そこはシーッ!」


そう言いながら兄貴は口元で人差し指を立てた。


「お世話んなります!」


ご丁寧に兄貴に頭を下げて車に乗る亮太に続いて、俺も車に乗り込んだ。


「んじゃ出発進行〜!目的地はぁ〜?……日高家〜!!」

「兄貴、何でもいいけど安全運転で頼む。」

「任せろっ!」


兄貴は張り切ってハンドルを握り、車を発進させた。


学校から家まで、車でおよそ1時間くらい。

その間に購買で買った朝飯を食べ、家に着くまで暫し睡眠を取ろうと、腕を組んで目を閉じた。


「おい優!俺が運転中に寝てんじゃねぇよ!!」


運転席から聞こえる兄貴の声。無視していいかな。


「ママに言っちゃおっかな〜…“若作りしてんじゃねぇよ”。」

「…うっぜ〜いつまでそのネタ使うんだよ!つーか寝かせろよ!!」

「兄ちゃんがせっかく弟に運転姿お披露目してんのにさぁ。寝るとかひどくね?なぁ亮太!」

「ハイ!ひどいっすね!!てか陽さん運転まじうまいっす!」

「あ、やっぱり?俺もさぁ、自画自賛だけど自分運転うめぇっ!て思ってたんだよね。」


…亮太が兄貴を褒めるから、兄貴が調子乗り出したじゃねえか。兄貴が亮太を車に乗せたかった理由は絶対これだろ。


結局俺は家に着くまで、一睡もできなかった。あぁ、早くもストレスが溜まりそうだ。





『ピーンポーン……』

家に着き、自分で鍵を開けずにインターホンを鳴らすと、ドタバタドタバタと家の中から騒がしい足音が聞こえ、玄関の扉はすぐに開いた。


「優!」「亮太!!」


母さんと奈々が、勢い良く扉から顔を覗かせた。つーか奈々…、初対面でいきなり亮太の事呼び捨てやめろ。


「おかえり!」

「ただいま。」

「へぇ〜、あなたが亮太?」

「え、あ、はい、初めまして…畑野亮太っす。」


俺と言葉を交わす母さんの隣では、さっそく奈々がジロジロと亮太を眺めている。それはもう、爪先から頭のてっぺんまでジロジロと。そんな奈々に、亮太は恐縮しているようだ。うちの妹がすみませんねぇ。


「ふぅん、悪くないなぁ。でも奈々のタイプじゃなーい!あ、優にぃ久しぶり〜。」

「…お前俺の友達彼氏候補にすんのやめろよな。」

「え〜、だって奈々歳上がいいもん。陽にぃの友達は歳上すぎだからダメだしね〜。あ!亮太入って入って!」


そう言って奈々は、亮太の腕を掴んで家の中に入っていった。


「うわー…強引なやつ。」

「ん?優どうした?早く家ん中入れよ。」

「あ、うん。」


車を止めていたため遅れて家に入ってきた兄貴に促され、俺は久々に帰ってきた我が家に足を踏み入れた。


「あ、亮太。俺の部屋に荷物置きに行こーぜ。…って奈々、いい加減亮太離してやれよ。」


見れば奈々は、亮太をソファーに座らせ、亮太の腕を自分の腕でがっちりホールドしながら自分もソファーに座っている。


「え〜、せっかく寛いでたのに。」

「寛ぐのは後にしろ!」

「優にぃのばかやろう。」

「はいはい。亮太、こっち。」


奈々が亮太の腕を離して亮太が立ち上がるのを確認してから、2階にある俺の部屋に案内する。


「なぁ優、噂の奈々ちゃん…、やばくね?陽さんが可愛い可愛いって言ってる意味がわかったわ…つーか目元優にそっくりだし!!」

「可愛いかどうか知らねぇけど、見た目で騙されんなよな。」

「いや〜、ありゃ騙されても仕方ねぇよ!てか優の部屋物無さすぎ!!」


俺の部屋に入った亮太は、物色するように俺の部屋を見渡した。


「そうか?普通だろ。」


ベッドと勉強机とテレビとクローゼットと本棚と。


「いいや普通じゃねえ。俺の部屋なんか足の踏み場ねぇし!」

「あー…なんか大体想像できる。亮太の部屋。」


今の俺の寮の部屋から考えてみればすぐ想像できる。


「優にぃ〜!亮太ぁ〜!今から陽にぃの車で買い物行くことになったから準備して早く下降りて来てー!!」


寮から持ってきた荷物を置き、久々の自分の部屋で少しまったりしていると、奈々がリビングから何やらこちらに向かって呼び掛けている声が聞こえてきた。


「……買い物だって。俺ら行くこと決定済みかよ。許可くらい取れよなあいつら。亮太なんか悪ぃな、振り回してばっかで。」

「いや?俺は楽しいから問題ねえよ。」

「亮太がそう言うなら良いけど…。」


つーか買い物って、どうせ奈々が服買いに行くんだろ?そんなの兄貴と2人で行って来いよ。と俺は言いたいけどまぁ言ったところで奈々が言うこと聞かない事は分かってる。



「あー!優にぃ、なに亮太の隣座ろうとしてんの!?そこ奈々が座るんだからね!退いてっ!」


学校から家に来た時のように、車の後部座席に座ろうした俺を、奈々が押し退けてきた。その反動で、ゴンッと軽く車の入り口に、頭をぶつけた。


「いって…!おい奈々!頭打ったじゃねぇか!まじお前乱暴!!」

「優にぃは陽にぃの隣!」

「えぇ〜!奈々は俺の隣だろ?」

「陽にぃの隣とか暑苦しいから嫌!」

「ガーン、陽くんしょぼーん。」

「兄貴キモ。」


兄貴の台詞にドン引きしながら、運転席の隣に座り、シートベルトを締めた。母さんは用事があるから行けないらしく、俺と亮太と兄貴と奈々の4人で行くようだ。考えたらおかしな話だ。俺達兄弟3人と亮太で出掛けるだなんて。俺がそんな事を思っているうちに、兄貴は車を発進させる。

これから向かう先は、地元から大分離れた場所にあるショッピングモール街に行くらしい。
今流行りだとか、若者に人気の場所だとか言われてるらしいが俺にはさっぱり分からない。

目的地に着き車を止めて中に入れば、奈々は入り口付近に立ち並ぶ服屋に、大はしゃぎで向かっていった。


「俺なんかもう疲れた。ジュース買ってベンチで座っときたい。」

「優じじぃかよ!奈々ちゃんあっち行ったけど、追わなくていいのか?」

「あーいいのいいの。奈々のおもり役は兄貴がやるから。」


だから俺は、ジュースを買ってベンチに…


「優にぃと亮太何やってんの!早く来てよもう!今日は奈々の着せ替え人形になってもらうんだからね!!」


既に離れた場所にいる奈々が、こっちに向かって叫んできた。………最悪だ。

着せ替え人形イコール試着しまくり。脱いだり着たりの繰り返し。奈々は良いかもしんねぇけど、俺にとっては最悪だ。

「ほら行くぞ!」と亮太に引っ張られながら、渋々奈々に着いていった。





「うんっ!やっぱ優にぃが奈々の一番のベストモデル!!次こっち着てみて!!」

「奈々!俺に試着はさせねぇの!?」

「陽にぃの試着はもう終わったでしょ!それに陽にぃは、奈々が好きなタイプの服には合わないの!!って事で優にぃ、早くこれ着てみて!」


奈々に強引に服を持たされ、試着室に押し込まれる。買いもしない服試着ばっかさせてどうするんだよ。店員の視線がかなり痛いし…これで服買わずに立ち去ったら、どんな反応されるだろうか。

服を着替え終えて、シャッとカーテンを開く。


「うんうん!これもいいねぇ!」

「優って何でも似合うよな。」

「お客様、凄くお似合いですよ!」


奈々と亮太と店員にジロジロと眺められながら口々に喋り出すから、俺は頗る居心地が悪い。


「なぁ、もういいだろ?」

「うーん仕方ないなぁ。じゃあこの服、お会計で!」

「かしこまりました。」

「は!?買うのかよ!?」

「うん!ママに頼まれてるもーん。」


てっきり試着して終了かと思ったら、奈々は鞄から財布を取り出し、店員にお金を支払っていた。


「じゃあ次は亮太ね!どんな服着せてみよっかな〜」


ルンルンとスキップでもしそうな勢いで、奈々は違う服屋に向かって行った。


「次亮太だって。がんばれよ。」

「奈々ちゃんコーディネートの服、今なら金あるし俺も買っちゃおっかな〜。」

「亮太ノリノリかよっ!!…つーか兄貴なに拗ねてんだよ!!」


兄貴を見れば、買った服を奈々に持たされていて、不機嫌そうな顔をして口を閉ざしていた。




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