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俺と亮太は、生徒会会議が終わったあと一度寮に戻って何の曲にするか少々悩んでから、結局なかなか決まらず、学校から一番近いところにあるCDレンタルショップに来ていた。


「俺結構レゲェ好きなんだよね、1曲レゲェ入れていい?」

「レゲェは無理。俺ロック派。」

「まじかよー、優とは音楽の趣味合いなさすぎ!!あ、じゃあさ、1曲くらいウケ狙ってこういうの歌ってみる?」

そう言って亮太が手にしたCDは、子供が好みそうなアニメソングのCDだった。


「発声練習的なノリで歌っていいなら俺は構わねぇよ。」

「え、まじ?優なら絶対断ると思った!!じゃあ1曲目決定ー。」


ウキウキとCDを持つ亮太に、数時間前の俺なら確実に断っていたな、なんて思った。でも今は、完全に開き直っている感じだ。
どっちみち歌うなら、お気楽に歌えた方がいい。


「なぁ優、1曲すんげぇハモって、泣かせる系でいかね?」

「文化祭で泣かせてどうすんだよ。」

「いいじゃんいいじゃん!1曲目アニソン、ラストはバラード!」

「…もう亮太に任せるわ。」

「じゃあ2曲目はレゲェだな。」

「レゲェ以外でよろしく。」

「ちぇっ」


『ちぇっ』ってなんだ『ちぇっ』って。俺はあの、独特なレゲェのリズムで歌うのは絶対に無理だ。


「じゃあもうしゃあねぇからレゲェ以外で俺が曲選ぶから、それでいい?」

「おう、頼んだ。」


俺の返事を聞き、亮太はCDをあれやこれやと物色しだしたから、俺は大人しく亮太の後をついていった。

その後、亮太が選んだCDをレンタルし終えて、しばらくクーラーの効いた店内でたっぷり涼しんでから、俺達は夏の暑い日射しを浴びながらだらだらと寮に帰宅した。


そして翌日から、生徒会出し物の練習は始まった。

亮太が選んだ曲を戸谷先輩に伝えれば、意外にも先輩は『1曲目にアニソンを歌う』という亮太の案が気に入ったらしく、さっそくCDを部屋に流してギターを持ち出した。
ギターを持つ戸谷先輩は、なかなか様になっている。


「あ、そうだ。俺考え直したんだけどな、やっぱタンバリンいらねぇわ。」


ふと戸谷先輩が思い出したように口を開く。


「照明とか音響とかいると思ってな。照明2人、音響1人。3人で話し合って決めとけ。とりあえず誰か、このCDの曲パソコンに入れといて!」


そう言って戸谷先輩は、俺達が借りてきたCDを向井先輩に手渡した。完璧に向井先輩や他の先輩は、戸谷先輩のパシりみたいになっている。なんだか見ていて可哀想な気もしないこともない。


「なあなあ優!見ろ!マイクだ!」

「あ、ホントだ。どこから出てきた。」

「刈谷先輩が音楽室からキーボードと一緒に借りてきてくれたんだって!ちょっと歌おーぜ!」


「ハイ」とマイクを亮太に渡され、マイクに向かって「あー」と軽く言ってみた。


「わ、響く!」

「そりゃマイクだからな。おい戸谷ー、もっかい最初から曲流してー。」

「タメ口の次は命令か?ほらよ。」


亮太に文句を言いながらも、言われた通りに従う戸谷先輩。

教室内には先程戸谷先輩が聞いていたアニソンが、はじめから流れ出した。


隣でノリノリでアニソンを歌う亮太に軽く笑いながらも、俺も歌詞カード片手に幼い頃よく聞いたなぁ。なんて懐かしながら歌い始める。


サビになり、俺の調子も少しずつ乗ってきたところで、戸谷先輩が大声をあげた。


「イカン!イカンイカンイカン!!」


そして、勢いよく立ち上がり、こっちに向かって歩み寄ってくる戸谷先輩。


「なんだよ戸谷、人が気持ち良く歌ってんのに。」

「ダメだ!やっぱり優にボーカルはダメだ!!」

「……え、」


なんですか突然。そんなストレートに言わなくても…さすがに酷くねぇか、戸谷先輩。


「あかん、ファンが増えてまうやんけ、あかんあかんあかーん!!!」

「なにお前、優の歌声に惚れたってか?」

「俺は優のすべてに惚れている。」

「…あー、そーでしたネー。」


俺の前で会話を繰り広げる亮太と戸谷先輩に、俺だけ置いてけぼり状態だ。


「つーか優、歌うと結構ハスキーボイスだな!」

「へ?ハスキー…?」

「まぁいいや、とにかく戸谷まじ邪魔すんなよ!お前は大人しくギター弾いとけ!」


シッシッと戸谷先輩を虫を追い払うようにあしらう亮太。


「大人しくとか無理だろ、興奮して手が震える。」

「バカだろ。」

「俺だけのボーカルであって欲しい。」

「まじ黙れよ。」

「寧ろ優を俺だけしか触らないように閉じ込めたい。」

「キモ、お前それ監禁じゃん。お前が閉じ込められるぞ、牢屋に。」


2人が俺を置いてけぼりにして会話するから、俺は1人黙々と紙に何か書き込んで作業している刈谷先輩の元へやってきた。


「どうした?」

「2人が仲良く言い合いしてるので。」

「あぁ、俊哉邪魔しに来たんだ。」


刈谷先輩が作業を止め、呆れた表情で戸谷先輩の方を見る。


「俺、戸谷先輩にボーカルダメだって言われました。マラカスに転向した方が良いんでしょうか。」

「俊哉の言うことはあんまり気にしなくていいぞ。あいつ独占欲強いんだよ。」

「独占欲…ですか?」


今独占欲とこの話とどう関係が…


「あ、別に日高は意味わからなくていいよ。とにかく日高は自信持って歌えよ、歌うの上手いんだから。」

「え、俺まだ、アニメソングちょろっとしか歌ってませんよ?」

「でも上手かったぞ?あ、もちろんお世辞じゃねぇから。」


そう言い終えて、刈谷先輩は再び机の上にある紙と向き合った。

やべぇ、刈谷先輩に褒められた!嬉しくて今すぐにでも、刈谷先輩の頭を撫でくり回したい心境に陥った。
でもさすがにそれは失礼だな。と思い、そこはグッと堪える。


「ゆうー!!何してんだよ、続き歌うぞ続き!!」


刈谷先輩の頭を撫でくり回したい衝動を堪えているそんな時、亮太の俺を呼ぶ声が聞こえて、再び亮太の居る方に戻る。



その日の俺と亮太は、一通り曲を流して歌う、という練習から始まった。

そんな俺達に合わせて戸谷先輩がギターを弾いたり、刈谷先輩がキーボードを弾いたりと、今日1日の練習は、すべてが無計画で、勢いのままの練習で。

結構テキトーだな…なんて思ったが、案外それも悪くない。





文化祭準備や生徒会のこと、夏休みの宿題などを順調にこなしながら時を過ごして、3週間程が経過したある日。

生徒会室でいつものように、舞台発表の練習をしていると、俺の携帯の着信音がけたたましく鳴り響いた。


「あ、俺の携帯だ…、ちょっとすみません。」


練習中に申し訳ないが、携帯を持ってしばし廊下に出る。携帯画面に表示された人物の名を見て、「げっ」と小言を漏らした。

いつか電話がくるなとは思ったけど………やっぱり母さんは、俺に電話をかけてきた。


「もしもし?」


出ないわけにもいかず、俺は憂鬱な気持ちになりながら、母さんからの電話に出る。


『ちょっと優いつになったら帰ってくるのよ!!連絡もないし!!優この前、絶対帰ってくるって言ったわよね!?』


電話越しに聞こえる母さんの声は、明らかに機嫌が悪い。

「ごめんごめん、文化祭準備とか生徒会の事とかで結構毎日忙しくてさぁ。ひょっとしたら帰れねぇかも」

『もうすぐお盆休みじゃない!お盆休みにまで文化祭準備するつもり?優ったらそんなにやる気ある人間だったかしら?とにかく1日くらい家に顔出しなさい!どうせ優の事だから、ちょっと休みができてもメンドクサーイとか言って寮に籠る気でしょ!?そんなのママが許しませんからね!ったく、陽は休みの日には何回も家に帰ってきたのに、優ったら一度も家に帰ってきてないじゃない!たまには陽を見習いなさい!陽はママによく、電話やメールくれるんだからね!もうっ!!』

「ちょ、そんなに一気に喋るなよ。俺だって家帰ろうとは思ってるんだけどさ…」


母さんの言う通り、メンドクサイんだよ………とはとても言えない。

そして、兄貴を見習えって言われても…。兄貴は好きで家に帰ってるんだから見習うもクソもねぇだろ。


『どっちみち文化祭で使う浴衣取りに来ないといけないでしょ!!だからお盆休みに絶ッッ対帰って来なさいよ!!絶対よ!』

「あ、そうだ…家に浴衣取りに行かねーといけねぇのか。…だりぃな…」

『ちょっと!!!今小声で呟いたの聞こえたわよ!!家に帰るのがだるいですって!?「ああぁぁあぁー!!!そんなの言ってねぇよ!!お盆だろ!帰る!帰るから怒んなよ!!」…あら、ママ別に、怒ってるわけじゃないわよ。じゃ、帰る前日に連絡ちょうだいね。』


俺が『帰る』と言ったのを聞いて満足したのか、母さんは自分から電話を切った。
…母さんから電話を切ってくれたのは、非常にありがたいんだが。


「戸谷先輩、お盆休みに練習とかってありますか…?」


部屋に戻り、とりあえず戸谷先輩にお盆休みの事を聞いてみる事にした。


「ん?お盆休み?どうした優、急用か?」

「いや…、急用ってか…母さんが家帰ってこいって煩くて…」

「あぁ、なるほどね。心配しなくても大丈夫だよ。お盆休みは3日間だけ学校完璧に閉鎖されるから、その日に帰ればいいよ。」

「まじですか!あー、よかった…。」


3日間家に帰れば、母さんも文句は言わないだろう。と、ホッとひと安心する。


「えー、優家帰んの?」

「あぁ、亮太どうする?ずっと寮居るんだったら鍵預けとくけど。」

「え、ちょっと何だその鍵預けるだのなんだのって会話!優!畑野に鍵預けるなんて、無用心だろ!!」


俺と亮太の会話を遮って、戸谷先輩が口を挟んできた。


「あ、大丈夫っす。亮太は俺の部屋の居候なんで、寧ろ部屋に居てくれたら番犬の役割にもなるんじゃないですか?」

「おいおい優さんよ、番犬ってのは失礼だろ、俺に。」

「…な、な、なにっ!?居候だって!?畑野、お前ずっと優の部屋居んのか!?」

「わっ、ちょ、んな鼻息荒くして近付いてくんなよきもちわりぃなぁ!!」


今にも掴みかかりそうな勢いで、戸谷先輩は亮太に近付いていった。


「お前取り乱しすぎだろ!嫉妬か?男の嫉妬は醜いぞ!」

「黙れ!まじで居候してんのか!?」

「してるけどなんだよ、戸谷には関係ねぇだろ!」


俺の部屋に亮太が居候しているということについて、亮太と戸谷先輩は言い争いを始めてしまった。
この人たち相性すげぇ悪いよな。とか呑気に思いながら、俺は2人のそんな光景を眺める。


「あるに決まってんだろ!俺は会長だぞ、生徒が他の生徒の部屋に居座ってて、見過ごすわけにはいかねえ!すぐに自分の部屋に帰れ!!」

「それは絶対に無理。」

「なんでだ!!!」

「変態が住んでるから。それに今ではもう、優の部屋は俺の部屋だし。」

「優の部屋は優の部屋だ!畑野の部屋じゃねぇ!!」

「戸谷先輩、大丈夫ですよ。俺が亮太の居候を認めてますから。」


部屋が散らかること以外、亮太が俺の部屋に居座っていてもたいして問題はない。と、2人の会話を遮って口を挟む。


「優がそう言うなら……って言いてぇところだけどダメだっ!四六時中優と一緒にいるとか許せねぇ!!」

「ひひっ、悪ぃな!みんなの憧れ優様と、ずーっと時間を共にして。」


そんな台詞を言いながら、亮太はガハガハと笑い声をあげた。


「何言ってんの亮太…。」

「いや〜こいつちょー羨ましそうな顔で俺の事見てくるから。なんかからかってやりたくなる。」


こいつ、と戸谷先輩を指差して楽しそうに笑っている亮太に、俺の眉間には皺が寄る。


「優様ってなんだ、優様って。亮太今完全に、戸谷先輩じゃなくて俺のことからかってんだろ。」

「からかってねぇよ、ほんとのことだし。もう戸谷諦めろよ。わーわー喚いても居候やめねぇって。」

「じゃあ畑野が居候やめると決心するまで、俺はわーわー喚いてやる!!」

「あーもう!うぜえから便所に逃亡。」

「逃がさねぇ!!」

「うわ、来んなよ変態!!」


バタバタと忙しなく、部屋を出ていった亮太と戸谷先輩。

2人が出ていった後の静かになった室内に、「はあ。」と誰かのため息が聞こえた。

ため息が聞こえた方を見れば、刈谷先輩が呆れ果てたような…疲れきったような…。そんな表情をしていた。


「刈谷先輩…大丈夫ですか?」

「チッ…あいつら練習する気あんのかよ。」


わわっ、刈谷先輩が舌打ちした!


「ん?どうした?日高。んな鳩が豆鉄砲食らったような顔して。」

「いや…、刈谷先輩でも舌打ちするんだなぁっと思って。」


俺の癒しである刈谷先輩が…舌打ち。
まぁよくよく考えてみれば刈谷先輩って、結構やんちゃな顔付きしてるけど。


「あ、俺今舌打ちした?わりぃ、無意識だ。イライラすると俺舌打ちしちゃうらしい。友達に言われた。」

「なるほど…舌打ちしたらイライラ中…っすね、覚えときます。」

「そんなこと覚えといてどうすんの。そんときは日高が癒してくれんの?」


へらっと笑いながら、冗談ぽくそう話す刈谷先輩。申し訳ありませんが、俺に刈谷先輩のような癒し能力は、持ち合わせておりません。

そうこうしているうちに、廊下からはバタバタと足音が聞こえてきて、ゼェハァとしんどそうに息する亮太が部屋の戸を開けた。


「亮太、そんな息乱して、どんな運動してきたんだ?」

「まじあいつしつけぇ…!シャトルランしてるみたいだった…。」


な…、…何故にシャトルラン。


「あれ?畑野、俊哉は?」

「俺に敗れて今、廊下でへばってます。」

「あ、そう。じゃあ俊哉は放っといて、そろそろ練習切り上げるか。」


刈谷先輩の言葉に、俺達は帰る支度を始める。
しばらくしてから戸谷先輩も、亮太が部屋に帰ってきた時みたいに、しんどそうに息を乱して帰ってきた。

一体どんだけ走り回ったんだか。


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