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夏休みに入って初日、俺と亮太は嫌々ながらも生徒会室に来ていた。夏休み後の文化祭に向けての生徒会の仕事の量は、半端なく多いらしい。
終業式の日、俺達のクラスの教室にわざわざやって来た刈谷先輩が、サボらないでくれと必死になって頼んできた。
そんな刈谷先輩の頼みを無視できるはずもなく、俺達は渋々、生徒会室に足を運んだのだ。
ドッジボールで戦って以来、一度も会話をしていない亮太と戸谷先輩が、お互い黒い笑みを浮かべながら無言で見つめ合っている。
最初に言葉を発したのは、亮太からだった。
「よぉ、戸谷。球技大会以来だな?」
「そうだね、ジョニーの活躍はほんとに素晴らしかったよ。この僕が完敗なんてね。」
「お前、まさか忘れてるなんてことはねぇよな?」
「ん?何の話かな?」
「せっかく来たけどやっぱ帰ろっかなー。」
「あー!!それだけはやめろ!!」
「お、剥がれやがったな、化けの皮。」
亮太の発言に戸谷先輩は焦った表情を浮かべた。
余程さぼられては困るらしい。どうやら文化祭前は、それほど忙しいようだ。
「ったく。お前まじ生意気。」
「戸谷先輩、それが素ですか…?」
あまりにも戸谷先輩の口調が違いすぎて、ついジロジロと先輩を見てしまった。
「相変わらずかっこいーなぁ日高くんは。」
「…ハイ??」
突然笑みを深め、戸谷先輩が俺に近付いてきたから、無意識に後ずさった。
「俺1年前日高会長に日高くんの写真見せられてから、日高くんの事が好きで好きでたまんなかったんだよ。」
「…何言ってんですか先輩。」
「てか、日高くんってなんかよそよそしいから、もう優って呼んじゃっていい?」
「いいですけど…って、先輩ほんとに猫被りなんですね、なんであんな話し方…」
「猫被りっつーかぁ、おもしれえから?こんな寮制男子校で何か楽しみ見つけねーと、やってけなくね?」
先輩はそう言いながら、俺の髪を撫でだした。
「戸谷はおもしれーかもしんねえけど、傍からしたらすんげーキモいぞ。」
俺の髪を撫でている先輩に、横から亮太がそう言いながら、足を出した。
亮太に脛を蹴られたらしく、戸谷先輩は俺の足元でうずくまる。
「っ、こいつまじ生意気…!」
「俊哉、みんな揃ったから早く始めろよ。」
脛を撫でながら亮太を睨む戸谷先輩に、刈谷先輩が呆れた表情で会議を始めるよう促した。
「日高と畑野、お礼言うのも変だけど、来てくれてサンキュー。」
戸谷先輩が立ち上がるのを確認してから、刈谷先輩は俺達に笑顔を向けてお礼を言ってきた。
「わわ、稀にみる親切な人間!」
「亮太、感心してないでちょっとは謝れよ、サボってたの俺らなんだから。」
「あーまぁそうだな。先輩、スミマセンデシタ。」
ペコリと頭を下げる亮太と一緒に、俺も頭を下げた。
「なんか刈谷先輩に気使わせちゃって、ごめんなさい。」
「いや、気にすんな?今日来てくれたからいいよ。」
そう言ってニコリと笑い、軽くポンポンと俺の肩を叩く刈谷先輩。
うわー、前にもなんかあった気がするけど、刈谷先輩の笑顔にキュンときた。
刈谷先輩は俺の癒しだ。
「優!優は副会長なんだから、そっちじゃなくて、こっち。俺の隣な。」
亮太の隣の席に座ろうと椅子を引く俺を、戸谷先輩が呼び止めた。
つかつかと歩み寄ってきた先輩に手を取られ、そのまま教卓がある方へと連れて来られる。もしかしてこのままずっと、先輩の隣で立ったまんまか?
なんなんだこの状況。猫被りをやめた戸谷先輩は、なんとなくスキンシップが多い気がする。
「はい、じゃあみんなこっち注目ー。生徒会会議始めんぞー。今日から素でいくからよろしく。はい、そこ驚かなーい。」
明らかに口調が変わった戸谷先輩を見て、生徒会役員の先輩が目を見開いて驚いているのを、戸谷先輩が指差して指摘した。
しかし、そんな事は俺にとってはどーでもいい話。肝心なのは、俺の腰に回る先輩の腕だ。
「あの、先輩。腰に手回しながら話すのやめて下さい。てか俺も椅子に座らせてください。」
「優って結構細身だな。」
「何の話してんですか!!もう、俺も席に着いていいっすか?」
「何言ってんだよ、優は俺のとーなーり。」
………なんなんだこの人!!!
猫被りの時から変な人だとは思ってたけど、猫被りやめてからも変な人だ!!野田を越えられるかもしれない。
「戸谷きめえぞ!セクハラ反対!変態野郎失せやがれ!」
「畑野、俺前々から思ってたんだけどお前はなんで俺にタメ口なわけ?」
戸谷先輩を罵倒する亮太に、戸谷先輩が俺の腰から腕を離して、亮太にそう問い掛けた。
「変態だから。」
「俺、先輩だぞ?」
「でも変態だろ?」
「俺、会長だぞ?」
「でも変態じゃん。」
亮太は、先輩だろうが会長だろうが、変態ならば皆、扱いは同じのようだ。
「…優、俺ってそんなに変態か?」
「変態ですね。」
「そうか。じゃあそんな俺の事をどう思う?」
「それなんて答えりゃいいんすか。もう早く会議始めたらどうなんですか。」
亮太の斜め前の席に座ってる眼鏡の先輩なんて、暇そうに眼鏡のレンズ拭いちゃってるよ。
「そうだな、さすが優。」
「いや、普通の事言っただけですから。先輩、無駄に俺のこと持ち上げるのやめて下さい。」
「俺は優を褒めてぇんだよ。」
「…じゃあもう好きにしてください。」
溜め息混じりにそう言うと、先輩はどうプラス思考に捕えたのか、フッと笑みを深めて本日2度目の俺の頭を撫でだした。
「えーとじゃあ今日の会議の内容だが、優と畑野は知らねぇと思うけど、生徒会は毎年文化祭1日目の舞台発表で、何らかの出し物を催さなければならない。その出し物を、今日中に決めたいと思う。」
「は!?なにそれ!!」
「なにそれって、だから出し物。今説明しただろ?畑野、お前はバカなのか?」
「先輩すみません、俺も意味わかんねぇっす。」
亮太が目を見開きながら驚いているが、気持ちはよくわかる。バカなのは重々承知してます。てっきり俺、今日やるのは文化祭のパンフレット作りとかそういう系だと思って来たのに…出し物ってなに。
「悪かったな優、俺の説明不足だ。」
「いやいやいやちょっと待て!お前さっき、俺にはバカとかなんとか言ったよな!?」
「畑野うるせえぞ。今から詳しく説明するから黙れ。」
「戸谷まじうぜー!」
「畑野、まぁ落ち着けって。」
悪態つく亮太を、亮太の後ろに座っていた刈谷先輩が宥めている。この生徒会、刈谷先輩無しじゃやってけないと思うのは俺だけだろうか。
「文化祭1日目の舞台発表は、希望者と文系部に所属するやつと生徒会役員が、主な発表対象者だ。
まぁたまに、ただの物好きな運動部が遊び半分で何かするときがあるけどな。大半は希望者ののど自慢したりとかそんなんばっかだな。」
「のど自慢ですか。じゃあ戸谷先輩が演歌でも歌ったらどうすか。」
「優が望むなら俺は何でもするよ。」
「………冗談ですよ。」
俺の軽い冗談に、そんな真面目な返事しないでほしい。戸谷先輩が演歌だなんて。似合わなさすぎだ。…いやでもそのミスマッチが逆に良かったりなんかして。
「生徒会の出し物なんて戸谷一人でやっとけよ。」
「それは無理だな。生徒会役員は全員強制参加だ。」
「えー。だりぃ。」
頬杖つきながらぶつくさ呟く亮太に、俺もまったく同感だ。
ただでさえクラスの準備で面倒な思いをしているのに。って言っても、俺はほとんど準備に参加してねぇけど。
「因みに去年は何やったんですか?」
「去年はなぁ、全員女装してファッションショーだったっけ。」
「………。」
「あ、日高会長も参加してたぞ。『俺も出たい』とか言い出して。」
「………。」
聞かなきゃよかったかも。兄貴の女装なんて想像しただけで気持ち悪い。
「陽さんが女装!?まじで!?」
「そういや日高会長、結構な美人さんに変身してたから、会場大盛り上がりだったな。本人もノリノリでやってたし。」
驚く亮太に、刈谷先輩がそんな話をしているのを、俺は耳を塞ぎたい気持ちになって聞いていた。自分の兄の女装話なんて恥ずかしすぎる。
「じゃあ今年もそれにするか?女装ファッションショー。」
「絶対やめて下さい!俺嫌です!!」
「え、なんかおもしろそうじゃね?」
「ちょ、亮太っ!!」
なんでそんな乗り気なんだ!!
お願いだから、ここは嫌がってくれよ!
「そっか、優は嫌か。そんじゃ女装ファッションショーはやめ。」
「ぇ、ぁ、…ありがとうございます…。」
「おい戸谷!お前なんか優には甘くねえか!?」
「優が嫌がる事をするわけねぇだろ。はい、じゃあ誰か意見出して。」
なんだかよくわからんが、戸谷先輩のお陰で女装ファッションショーをやらなくて済み、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「ハイ。」
「なんだ、向井。」
眼鏡を掛けた向井という名前の書記の先輩が手を挙げた。
「普通に合唱でいいと思います。」
「合唱?却下。クソつまんねえ。」
1秒も待たずに戸谷先輩は、向井先輩の案を却下した。横暴だな。いいのか戸谷、自分だけの意見で却下して。
俺は良いと思うぞ、合唱。って言っても俺は口パクだけどな。
「俊哉、却下すんのはみんなの意見聞いてからにしろよ。」
「しゃあねぇな、じゃあ一応聞くけど合唱がいい人。」
刈谷先輩の言葉に渋々多数決をとる戸谷先輩に、3人の先輩が手を挙げた。俺、亮太、戸谷先輩、刈谷先輩以外の3人だ。
「戸谷先輩、もう合唱で良いんじゃないですか?手っ取り早いですよ。」
「…優の頼みなら断りたくねぇけど…ダメだ、合唱は地味すぎる。」
「地味でいいじゃないですか。」
「優合唱に決まったとしても絶対歌わねーつもりだろ!」
ギクっ、さすが亮太にはお見通しかよ。
「なに言ってんだよ、歌うに決まってんだろ。」
「そうだなぁ、合唱は嫌だけど優が歌ってるところは見てえな。」
「見なくていいですよ。何もおもしろくないっすから。てかまじまじと俺の顔見るのやめて下さい。」
俺の真横に立つ戸谷先輩は、さっきから無意味にこっちを見てくるから、そろそろうんざりしてきた。
「好きな子の顔を四六時中見てたいんだよ。」
「何の口説き文句ですか先輩。もう黙っててください。」
「おらおら戸谷!お前まじできめえから!早く出し物決めて帰らせろよ!」
「畑野はキャンキャン吠える犬みてぇだな。ちょっとは利口にできねぇか?」
「うるせえ!俺は既に利口だ!」
亮太が戸谷先輩に歯向かっているうちに、俺はこっそり空いてる席から椅子を持ってきて腰を降ろした。
「お、これもなかなか良いアングルだな。」
「ただ座っただけです。もうさっさと決めちゃいましょう。」
「そうだな、じゃあ合唱は地味だから、この生徒会メンバーでバンドでも組むか。」
「俺楽器系できねーっすよ。」
「じゃあ優はボーカル。」
「お、それおもしろそうだな!」
戸谷先輩の発言に、亮太が楽しそうに口を開いた。いやいや全然おもしろくねえよ。
「あれ、なんか雰囲気的にバンド組むってので決まってきた感じ?」
刈谷先輩が、俺達の様子を窺いながら問いかけた。
「異議ある人。」
「ハイ、僕も楽器系できません。」
「僕も。」
向井先輩ともう1人、大人しそうな先輩が手を挙げた。
「じゃあできねぇ奴タンバリンでも叩いとけ。じゃあこれで出し物決定。因みに俺ギターな。実は俺の特技でもある。」
「じゃあ俺はマラカス振っときます。」
「優はボーカルだろ?」
「ちげえよ。亮太がボーカル、俺マラカス。」
俺はボーカルって柄じゃねぇし。マラカスって柄だし。
「もう2人で歌えば?」
「え!?」
突然刈谷先輩が、どうでも良さそうにそんな事を言い出した。いつも俺の癒しであった刈谷先輩が!俺にとってネガティブなことを!
「刈谷先輩!俺はマラカスです!」
「日高、そんなにマラカスが好きなのか?それとも歌うの下手とか?」
「マラカスが好きっす、愛してます。」
「優、それじゃあダメだ。優にマラカスをやらせるわけにはいかねぇ…。」
そう言いながら戸谷先輩が、またもや俺の頭を撫で撫でと撫で出した。
「うわー…あいつまじやばくねえすか?マラカスに嫉妬してますよ。」
「…まぁ俊哉だからな。仕方ねぇよ。」
「まあなんてったって、キングオブ変態ですからね。」
…本人達、ひっそりと会話してるみたいだけど残念ながら亮太と刈谷先輩の会話がこっちに筒抜けだ。
「まぁとにかく、優はボーカル!畑野は………お前歌えんのか?」
「なめんなよ、俺の美声。」
「自分で言うなよ。じゃあ優と畑野がボーカル、俺ギター、翔太はどうする?」
「ちょっと待って下さい!!俺はマラカス「優、諦めろ。」…まじかよ…!」
…やべぇ、決まりつつあるこの雰囲気…まじやべえよ…
「俺鍵盤楽器なら得意だけど?」
「お、そりゃ良いな。じゃあ翔太キーボードな。んで後のやつらテキトーに好きなのやっとけ。」
いいのか戸谷…、そんな適当で。
舞台発表だろ?みんな見てるんだろ?
いいのかよそんな適当で!!!
「じゃあ明日から早速練習開始な。タンバリンとかは適当に入手しろよ、キーボードは…音楽室から借りるか。俺は自分のギターを使うとして。後は発表曲だ。発表時間は10分から20分くらい。ってことは、3・4曲くらいだな。後はまぁテキトーに時間潰しゃなんとかなるだろ。」
戸谷先輩がつらつらと述べていることを、俺はBGMのように聞き流す。
「ギターとキーボードでの演奏なんて高がしれてるから、一応軽くカラオケバージョンのCD流すか。優と畑野相談して、歌える曲のCD何枚か明日持ってこい。
あ、あと1つ言っとくけど生徒会役員の夏は本当に忙しい。舞台発表の練習、生徒会の仕事、各クラスの文化祭準備。それから夏休みの宿題もあるからな。舞台発表の練習は出来次第では数回で済むかもしれねぇからみんな、気合い入れて練習しろよ。
優、がんばれよ!」
「え、あ、はい。」
突然戸谷先輩が、こっちを向いて話すもんだから、思わず返事をしてしまったものの…俺は未だ納得していない。
なにがって、ボーカルの事だ。
頼みの亮太は、めんどくさがりのくせして今回妙にやる気満々だし。やべえ、どうしよう。
戸谷先輩が一通り話し終わり、本日の生徒会はそんな感じで終了した。
「優さっきからずっと真顔で何も喋んねぇとか怖いからやめてくんね?」
寮への帰り道、亮太が俺の顔を覗き込みながらそう言ってきた。
「…はぁ…ほっといてくれ…。」
「そんなに歌うの嫌なわけ?」
「歌うの、…ってか目立つのが嫌なんだよ。」
「それなら安心しろよ。もう既に優は物凄く目立っている。」
「いやいやなにそれ。安心できたら苦労しねえよ。」
そう言いながら歩みを止めた俺の方へ、亮太が振り返った。
「いいじゃん、たまには優も派手にやったろうぜ?優はいつも控え目なんだよ!心配しなくても舞台では俺も一緒だから!な?」
「でも俺、歌詞間違えるかも。音痴かも。緊張してカチンコチンになって何もできなくなったりして。」
うん、かなりあり得る。俺は結構、緊張しいで、人前に立つのは苦手なんだ。
「仮に優が音痴でも観客は喜ぶな。優が歌ってるー!って。歌詞間違えた時は俺がフォローすっから!大丈夫だって、隣には俺がいるんだぜ?緊張なんかさせねえよ!」
「それは頼もしいな。…そうだな、隣に緊張の欠片も見せない亮太が居りゃ、大丈夫かな。」
「おう、俺は厚顔無恥だからな。」
「それ自分で言うんだ。」
「ちょっと俺らの本気を見せつけてやろうぜ、全校生徒に!」
そう話しながら、楽しげにニヤリと笑う亮太は、ドッジボールの活躍中に見せた表情さながらだ。
「それでしくじったらどうする?」
「2人で笑い飛ばしゃいいじゃん。なんてことねーよ!」
「…ははっ、そうだな。笑い飛ばすか。うん、なんか俺もやる気でてきたかも。」
「お!でてきた!?おっしゃ、じゃあこの勢いのまま部屋戻って、歌う曲決めよーぜ!」
俺の返事も待たずに、亮太は寮まで残りあと僅かな距離をスキップし出した。
そんな亮太を見ていると、憂鬱だった俺の気持ちは次第に晴れていき、自然と自分の顔にも少しの笑みが浮かんでくるのがわかった。
亮太と一緒なら、なんでもできそうな気がした。
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