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気温はどんどん上がって暑くなっていき、早くも夏休みは間近となっていた。

文化祭準備中、先程委員長に言われた事を原因に、俺は携帯を握り締め、通話ボタンを押すのを躊躇っている。

『浴衣があるかないか、聞いてないのは後は日高だけ』

そう委員長に言われ、母さんに浴衣の有無を聞いていなかったことを思い出す。

母さんに“メールで聞く”という選択肢は俺の頭にはない。何故なら、母さんにメールを送ったところで、どのみち母さんから電話がかかってくるからだ。
そして、何故携帯を握り締めて躊躇っているかというと。

1度母さんに電話をかければ、話が恐ろしく長いのだ。いつだったか最高2時間、母さんと電話越しで会話をしなければいけなかった。


「…よし。」


自分の席に座り軽く意気込んでから、俺は通話ボタンを勢い良く押した。


『もしもし優?』


ボタンを押してから数秒後、久々に感じる母さんの声が、電話越しに聞こえた。


「あ、母さん?あのさぁ、文化祭で浴衣いるらしくて『ちょっと優!ママと喋るの久しぶりなんだからまずは元気だった?とか言いなさいよ!』…あ、うん、ごめん。元気だった?」

『ふふっ、ママは元気よ。』

「あーそう、そりゃよかった。それでな、『ちょっと!愛想ないわね!』…。」


なかなか本題を告げられず、次第にイライラが溜まっていく。


「俺いつもこんなんだって。」

『あ!優、夏休みは家帰ってくるんでしょ?』

「いきなり話飛んだなおい。お盆には帰るよ、多分な。」

『多分って何よ多分って!!』

「あーもう絶対帰るから!」

『ならいいのよ。で?何の用?』


母さん自身から用件を訊ねてくれたことに、俺は内心ホッとした。


「文化祭で浴衣着るんだけどな、『浴衣〜!?へぇ、いいじゃない浴衣!ママ、パパと一緒に文化祭見に行くわね!』それはやめてくれ!!」

『え〜、なによもう。耳元で大声出さないでよ、ママの鼓膜破るつもり〜?』

「んなつもりねーから!とにかく!!ゆ・か・た!!あるの!?ねぇの!?」


母さんが先に喋り出さないように、大声で捲し立てる。近くにいるクラスメイト数名からかなり視線を感じるが、気にしていられない。


『浴衣ならあるけど、何色が「あるんだな!あるならいいんだよ!じゃあな!!」あ、ちょっと優!!』


ブチり。通話を切ってやった。
そのまま携帯の電源も。
後で母さんに何言われるかわかんねえけど。


「…日高、何かよくわかんねえけどご苦労様。顔凄い必死だったぞ…。」


側にいたらしい松本が、俺の肩にポンと手を置いて、哀れみの目を俺に向けながらそう言ってきた。


「サンキュー、かなり必死だっただろうな…。」

「ちなみに誰と話してたんだ?」

「母さんだよ。浴衣あるかないか聞いてたんだよ。」

「へぇ、…母強し。」

「話し出すと長いからまじ困る。」


『はあ。』と深くため息を吐き、携帯をポケットに仕舞った。


立ち上がって、せっせと働いている委員長のところに向かい、浴衣の有無の報告をする。


「あ!日高いいところに来た!」

「ん?なに?」

「チラシにな、日高の顔写真載せようかって話してたんだけど、いいか?」

「は!?」


チラシに俺の顔写真!?


「いいわけねえだろ!!」


これは新手のいじめだろうか?


「だいたい何で俺の写真なんだよ!委員長のでもいいじゃねぇか!!」

「俺の載せたくらいで客は来ないよ。」

「意味わかんねえ、じゃあ俺の写真載せれば客来んのか!?」

「あぁ、来るな。」


いきなりぬっと背後に現れた亮太が、俺の問いかけに頷いた。


「はぁ、もうなんなのまじで。なんか文化祭準備始まってから俺だけみんなと扱い違くねえか?」

「それはずばり!優が客引きに持ってこいの良いカモだからだよ。」


そう言って亮太は、ビシッと俺を指差した。


「はい、てことで日高写真撮るから笑って〜。」


クラスメイトの1人が、俺に向けてデジカメを構え始める。


「ちょっと待て!俺まだ良いとか言ってねえぞ!!」

「諦めろ、優はそういう運命を歩むんだよ。」

「意味わかんねえ!別に俺じゃなくて亮太でもいいだろ!!てかそもそも写真貼る必要あんのか!?」

「優はほんっとに、往生際がわりぃよな。黒木、仕方ねぇから俺と優のツーショットでもいい?」

「え?畑野が良いなら俺は別に構わないけど。」


カメラを持った人物、黒木の返事を聞き、亮太は俺の肩に腕を回した。


「ちょっと、亮太なに?」

「ピン写じゃなけりゃ別にいいだろ?俺も写ってやっからよ!」

「はーい、じゃあ撮るよー。」


黒木の掛け声で、ピースを作り、カメラに笑顔を向ける亮太に、俺はおそらく呆れ顔だ。

デジカメのフラッシュが光ったと同時に、デジカメの音ではない、『カシャ』と派手な音がして、見れば野田が携帯を構えてこちらを向いている。

しかし、野田だけではなくその奥にも何人かが携帯をこちらに向けて写真を撮っているではないか。


「よっしゃあ!黄金コンビの写メゲット〜。」

「あとで俺にも送っといて!」

「はあ?やだし、自分で撮れよ!」


教室内では謎な会話が繰り広げられ、俺の頭には、たくさんのハテナマークが飛び交った。


「なぁ亮太、“黄金コンビ”ってなに?」

「さぁ?知らね。」

「球技大会が終わった頃からかな、日高と畑野2人揃って黄金コンビ、っていろんな人に呼ばれてるよ。」

「なんっだそれ!!!」


委員長の有難い説明に、亮太が大声をあげて驚いた。


「畑野っち知らねぇの〜?球技大会の活躍から畑野っちモッテモテだよ?だから優ちゃんと畑野っち、モテ男2人揃って黄金コンビ!もう、俺が1番に2人に目ぇつけてたのにほんと困っちゃう。」


野田がこちらに歩み寄ってきて、委員長に続いて話し始めた。てか野田口調がキモすぎる。


「嬉しくねえ!男にモテても嬉しくねえ!優はともかく俺は無関係だ!!」

「おいおい、それを言うなら亮太はともかく俺はモテちゃいねーよ。」

「優は黙っとけ!!!」

「…ひでぇ。」


俺が口を開けば、亮太はギロッとこっちを睨み、罵った。


「じゃあ畑野と日高…、この写真、チラシに載せるな…?」


遠慮がちに俺と亮太に訊ね、黒木は亮太の機嫌が悪くなっていったことを悟ってか、足早にその場を立ち去った。


「…まぁ、そういうことだよ。2人の活躍で、俺達のクラスが大繁盛するかもだから、2人共頑張ってね。
いやぁ、それにしても、畑野が自分から写真に写ってくれるとは思わなかったよ。」


そう言って委員長は、満足気な表情浮かべて、文化祭準備の作業を進めるのだった。


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