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球技大会が終了してから待ち構えていたのは、テスト週間だった。

あと2週間で期末テストだということを、休み時間に早くもテスト勉強を始めだしている拓真を見て気付いた。


「やっべ、どうしよ。俺授業中ほとんど寝てるから勉強全然わかんねぇ…。」

「あぁ、そっか。もうすぐテストなんだっけ。」


俺の呟きに、亮太は何の焦りも見せず、余裕そうな表情をしている。


「なんだよ、亮太余裕そうだな。」

「いや?ぜーんぜん余裕じゃねぇけど。」

「あ、そう。」


亮太の返事に、少しホッとした。だって、俺は焦ってんのに亮太が余裕とか何かムカつく。


「つーかテストとかどーでもよくね?最終的に進級できたらいいんだよ。」

「え、でも赤点取ったら夏休み補習だぞ?」

「……まじ?」


“補習”と聞き、亮太は目を見開き、驚いた。もしかして知らなかったんだろうか。


「教科によっては追試もあるらしい。」

「まじかよ!?」


“追試”と聞いて、亮太はさらに驚いた。…ホントに何も知らなかったんだな。


「だから俺焦ってんの。」

「…なるほど。そりゃ俺も焦らねぇとな。夏休みに補習とかまじ無理。」

「俺も。だって夏休みって、ただでさえ生徒会の用事も何回かあるみたいだぞ?」

「はあ!?無理!俺行かねー!」


今度は“生徒会”と聞き、亮太はまたもや驚いた。何も話聞いてねぇな。


「まぁとにかく。俺今日から勉強すっから、俺の部屋でゲーム禁止な。」

「えー!!」

「えー!じゃねえよ!嫌なら自分の部屋帰れ!」

「それはもっと嫌。」


亮太は勉強する気あるんだろうか。


「つーかさ!陽さん呼ぼうぜ?」


パッと何か閃いたような表情を浮かべて、亮太はいきなり兄貴の名を出した。


「は?なんで…?」

「だって陽さん、頭良いだろ?」

「そりゃ俺よりは良いけど…って何で亮太が兄貴が頭良いってわかんの?」


ふと亮太の話に疑問を感じ、聞き返した。


「ん?あぁ、この前優が風呂入ってた時に、『俺は頭良いのに、何で優はわりぃのかな〜』って言ってたから。」

「…なに俺がいない間にそんな話してんだよ。失礼だな。」


やっぱりこの前、兄貴を泊めるんじゃなかった。


「まぁまぁ!とにかく陽さん呼ぼうぜ、家庭教師にさぁ!」

「…やめといた方がいいぞ。兄貴結構スパルタだし。」


俺が中3の冬休みの時、寮から帰ってきていた兄貴に、受験勉強で散々しごかれた事を思い出した。

その時から俺は、もう兄貴には一生勉強を教わりたくないと思ったのだ。

しかし、兄貴の恐ろしさを知らない亮太は、それでもいいとしつこく言うから、俺は仕方なしに【勉強教えて】と、たった5文字だけのメールを兄貴に送った。

その後、授業中に返ってきた兄貴からのメールに、俺は苦笑いを浮かべた。


――――――――――
From 陽
Sub <件名なし>
添付ファイル:1
――――――――――
優が俺にメールなんて
珍しいな(^-^)/
今日さっそくそっちに
行くよ。

――――――――――


そんな内容に、添付ファイルが1枚。
何だと思って開けてみれば、兄貴が自撮りしただろう顔写真が貼り付いていた。

いらねーもん送ってくんな。


その日のHR終了後、鞄に教科書を入れながら、何故だか物凄く廊下が騒がしい事に気付いた。

何事だろう。と思ったのは、ほんの一瞬。

俺の視界に入った人物を見て、すぐに騒がしかったが理由がわかった。


「優〜!喜べ、兄ちゃんのご登場だぞ!」


私服姿の兄貴が堂々と現れたことが、どうやら騒がしかった原因のようだ。


「ちょっ、なに教室まで来てんだよ!つーか学校着いたら校門で待っとけってメール送っただろ!!」

「あれ?そうだった?あ、亮太久しぶりだな!」

「陽さん!!!久しぶりっす!!」


あーダメだ。兄貴、俺の言うことなんて聞いちゃいねーよ。

廊下を見れば、うじゃうじゃと野次馬が集まっていてげんなりした。


「あーあ、やっぱ兄貴なんて呼ぶんじゃなかった。」

「悲しいこと言うなよ!俺喜んですっ飛んできたのに!」

「あ、つーか兄貴、この前俺が風呂入ってる間に俺の頭悪いとか言ってたらしいな!?」

「だって優ホントに頭悪いじゃん?あ、俺が頭良いだけか!」

「うざ、兄貴うざい!やっぱ帰れ!」

「ごめんごめん!謝るから帰れとか言うなよ〜!優には赤点取らせねぇように、ちゃんとわかりやすく勉強教えるから!!」


兄貴は顔の前で手を合わせ、必死になりながら俺に謝ってきた。
つーかいつのまにか兄貴に頼まれて仕方なしに勉強教えてもらうような立場になっている気がする。

が、言わせてもらおう。

兄貴に勉強を教えてもらいたいのは、俺ではない。紛れもない、亮太だ。

俺はもう、あんなスパルタな兄貴に勉強を教わろうなんて思っちゃいねぇ。





視線を浴びながらも、兄貴を連れて寮に帰れば、さっそく机の前に座らされた俺と亮太。

俺は備え付けの勉強机、亮太は折り畳み式の小さなテーブルに。


「じゃあまずは世界史。はい、教科書出して!暗記物は早めからちょっとずつやるに越したことはねぇ!特に物忘れの酷い優は、一度に覚えようとすればすぐ忘れるからな!!」

「…なんだよ。人を年より扱いしやがって。」

「私語は謹め、赤点取りたいのか?」

「………。」


兄貴が勉強を教え出すと、まったく人に話をさせない。

そして、お腹が減っても『あとこれとこれとこれやってから』って言って、お腹はずーっと鳴りっぱなしだ。

兄貴は『集中力が途切れるだろ』と言っているが、俺からしたらお腹が減った時点で既にアウトだ。


「ちょっとトイレ。」

「早く済ませろよ。」


さすがにトイレは行かせてもらえるから、まだ堪えられる。



『ピーンポーン…』


「あ、俺出る。」


インターホンが鳴る音が聞こえたから、俺はシャーペンを置いて立ち上がった。…が、


「優はそれ解いてろ、俺が出るから。」

「は?いやいや、俺の友達かもしんねえじゃん。兄貴が出たらややこしくなるだろ!!」

「とか言って勉強中断しようとすんのなしー。」


誰もそんな事思って言ってねえよ!………いや、ちょっとだけ思って…、いや思ってねえよ!!


「つーかまだ2週間前だしそんな気合い入れて勉強する必要ねぇだろ。」

「優のその油断が、頭の悪さの原因だよ。」


兄貴の言葉に、言葉が詰まった。


「あーもうわかったよ!!勉強すりゃいいんだろっ!!」

「そうそう、わかればいいんだよ。」


満足そうな表情を浮かべて、兄貴は部屋を出ていった。


「優…、陽さんまじすげぇな…家庭教師さながらのわかりやすさじゃね?」

「ただのスパルタ野郎だ。」

「いいなー、俺もあんな兄貴欲しい。」


そう言い終わり、亮太は止めていた手を再び動かして、問題を解いていた。


兄貴が部屋を出てから間もなくして、部屋のドアが開かれる。


「優、なんかこの子が話あるって。」


兄貴に背を押されて入ってきた人物に目を向ける。


「あ、田沼…。」


入ってきた人物に先に反応した亮太が、ポツリと名前を口にした。


「畑野…ここにいたんだ…。畑野の部屋行ったら知樹がここには居ないって言うから…」

「ああ…うん。俺、優の部屋に居候してっから。あ、何言われても居候はやめねえぞ?」


亮太の言葉に驚いたのか、田沼はやや目を見開いた。が、すぐに視線を下にずらした。

そして、ゆっくりと話し出した。


「僕はやっぱり…畑野が憎くて憎くて仕方ないよ。羨ましいんだ、畑野が。
でも、僕がやった事はちゃんと謝らないといけないと思ったから、謝りにきた。反省してる、ごめんなさい。」


そう言って田沼は、小さい茶封筒を亮太に差し出した。


「僕、日高くんに嫌いだって言われて、かなりショック受けたよ。自分がどれだけ非常識な事をしたか思い知った。意地張ってないで、さっさと畑野に謝っときゃよかったって思った。本当にごめん。」


田沼は亮太に謝りながら、頭を下げた。


「うん。最初からそうやって金払って、謝っときゃよかったんだよ。 よしよし、うん。もういいぞ、許してやる。」


茶封筒の中を覗き、満足気に話す亮太。ローキックは結局しねえのか。


「なに?亮太カツアゲ?」

「ちげぇっすよ!俺こいつに上靴1個破損されたんす!!」


『こいつに』と田沼を指差す亮太に、田沼は苦笑いを浮かべた。


「へぇ、田沼くんは優の事が好きなのか。よしよし、さすが俺の弟。相変わらずモテるな、優は。」


兄貴が突然、田沼を眺めながら口を開いた。


「え!?あ!やっぱり!あなた日高くんのお兄さん!?」


田沼が兄貴の言葉に、赤面しながらあたふたと驚いている。


「あれ?俺、言わなかった?まさしく俺が優の兄、陽くんでーす。俺ブラコンだから優の事可愛くて可愛くてたまんねぇんだよねー、だから優に呼ばれてすぐ飛んできたってわけ。まぁ奈々の可愛さにはいくら優でも負けるけどな!」

「兄貴なに語ってんの?つーか兄貴ブラコンじゃねぇだろ、良い兄貴演じてんじゃねーよ。」

「いてっ、何投げつけとんじゃいコラ!」


兄貴の頭を目掛けて消しゴムを投げつけたら、見事にヒットした。いい気味だ。


「…かっこいいね、2人とも…。」

「ん?」

「田沼くん何か言った?」


聞き取り難い田沼に声に兄貴と俺が聞き返せば、田沼は亮太に目を合わせて口を開いた。


「畑野、僕諦めないからね。日高くんのこと、畑野には負けない!」

「…は?」


ポカンと口を開けて、意味がわからなさそうに田沼の話を聞く亮太に、田沼は続けて話す。


「今日から僕と畑野はライバルね!もうずるはしない!正々堂々と勝負だ!」

「は?ライバル?なんの勝負だよ。」

「日高くん!また部屋に遊びに来るね!」

「あっ、無視しやがったな!うぜー!」

「お兄さん!僕、田沼 真琴って言います!よろしくお願いします!ではまた!」


笑顔を浮かべながら小さくお辞儀をして、田沼は部屋を出ていった。


「なにあいつまじでうぜえ!俺のこと無視しやがったぞ!!!」

「まあまあ亮太、落ち着け。田沼くんは亮太には勝てないよ。さ、じゃあ勉強が少し途切れたからその分、プラス30分延長な。」

「まだ勉強すんの?兄貴もう帰っていいよ。てか帰れよ。」

「何言ってんの。俺が居ないと優勉強しないだろ?言っとくけどまた来るから。」


そう言って、俺が帰ってもいいと言ってるのになかなか帰ろうとしない兄貴は、結局夜になるまで俺と亮太に勉強をやらせて、食堂が閉まる数十分前に飯を食べてから、ようやく兄貴は帰っていった。

こうなる事を分かっていて、兄貴を部屋に呼んだ俺がバカだった。

どうせなら、切羽詰まったテスト1週間ほど前に呼べばよかったと、俺は今さら後悔した。


それからテストまでの数十日、暇さえあれば部屋に訪れる兄貴に、げんなりしながらも勉強を続ける俺と亮太には、まず補習と追試はないだろうな、と確信した。

それと、田沼も度々俺の部屋に顔を出すようになり、事ある事に亮太と言い合いをしていて、結構うっとおしかったりする。


狭い部屋の中に、俺と亮太と兄貴と田沼。

あーあ、早く夏休みにならないかな。なんて思いながら、俺は苦手な勉強に励むのだった。



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