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相手側のコート内で、田沼は真っ直ぐ俺を睨んでいる。俺の事が憎くて憎くて仕方ないような、そんな表情だ。
俺はそんな田沼に、ニヤリと笑って見せた。まぁ存分に睨めよ。今にお前の余裕を無くならせてやる。
3組の奴らにはわりぃけど…って、ぶっちゃけた話あんまわりぃなんて思ってねぇけど、手加減するつもりなんかねぇから恨むなら田沼を恨め!と、手にしたボールを田沼の真隣にいる奴に向かって投げつけた。
うん。ナイスコントロール、俺。
敵の体にボールが当たり、ボコッと鈍い音が鳴る。
チラリと田沼の表情を盗み見た。
…つもりだったが、田沼はバッチこっちを見ていて、盗み見もくそもなかった。
やべぇ、おもしろすぎる。
田沼の顔が。
「田沼ぁー、俺に屈辱的な思いさせた事、たっぷり後悔しろよー」
「は!?何言ってんの?後悔なんかするはずないだろ!!」
一瞬びくっとしながらも、強気に言い返してくる田沼。
飛んでくるボールを受けとめ、再び田沼の真隣にいる奴にボールを投げつける。
田沼の盾となる人間を片っ端からアウトにしていく。っていう俺のちょっとした作戦だ。
田沼には最後の最後まで、ドッジボールを楽しませてやる。
「ぉ、おい!畑野っ!!お前、なんだよ、僕の周りばっかり狙って!!喧嘩売ってんの!?」
半分近くの敵が減ったところで、田沼が顰めっ面をして俺に向かって叫んできた。
「先に喧嘩売ってきたのそっちだろ?」
俺はそう返事しながら、田沼に軽くボールを放れば、田沼はそれをキャッチした。
「ふざけんなよお前っ!!」
「…ぉぃ、田沼、あんま畑野くん怒らせんなよ…。」
顔を赤くして俺を睨む田沼に、田沼の隣にいた奴が、何か言ってる声が聞こえる。次、自分が狙われるとでも思ったのだろうか。
…狙うつもりはしてたけど。
田沼は腕を大きく振りかぶって、ボールを思いっきり俺に向かって投げてきた。
………………緩ッ!!!
あまりのボールの緩さに俺びっくりしちゃったよ。
すんなり俺の腕に納まったボールを見て、田沼は顔を歪めた。
田沼を避けながら敵にボールを当てていくうちに、相手側のコート内はスカスカになっていき、とうとう田沼1人だけがコートに残る。
「うわぁ、亮太こえーよ。田沼、もう意地張らねぇで謝っとけよ。亮太怒らすと厄介だし。」
側でドッジを見ていた優が、コートに1人残った田沼に届く声で話しかけた。
田沼は口を噛み締めて、今にも泣き出しそうな表情だ。
うわ、なんか俺がいじめっ子みたいじゃん。
泣かれちゃ困るんだけど。
「おい優!!俺別に怒ってねえよ!楽しんでんの見てわかんねぇ?しかも厄介てなんだよ!」
「その楽しんでる姿がこえーんだよ。ガキ大将みたい。」
「……ッ……ック…ヒッ…」
……あらー?あらら?あらららららら…!
泣いてるし!!!!!!!
俯きながら目を擦る田沼は、堪えるようにして泣いている。
いくら泣き出しそうになっていたとしても、泣く事は無いだろ。と思っていた俺は、内心1人で焦りだす。
まじで俺、泣かれんのだけは苦手なんだって!!!
「…拓真。後は任せた。」
俺がボールを当てればもっと大泣きするんじゃねぇかと思った俺は、持っていたボールを拓真に渡した。
「え!?僕が当てるの!?」
「おう。」
拓真は俺の返事を聞くと、渋々田沼に向かって軽くボールを投げ、田沼の体にボールが当たり、2組と3組の対決は呆気なく終了した。
*
2組と3組の勝負がついたところで、俺と亮太は俯いて涙を流している田沼を、人気の無いところに連れていった。
「わりぃ、悪ふざけが過ぎた。」
ポリポリと頭を掻きながら苦笑いを浮かべて謝る亮太。田沼は何の反応も見せず、ひたすら俯いたままだ。
「亮太は謝る必要なんかねぇよ。泣いてるからって気も使うな。田沼は文句言えねえ立場なんだし。自業自得ってやつだよ。」
「…おい、なんか優機嫌悪くね?」
田沼に向かって続けざまに話す俺に、亮太が不思議そうにこっちを見た。
「別に普通。ただ俺は、いつも強気な亮太が弱気になってんのと、田沼が泣いてんのが不快でたまんねぇだけ。」
「え、俺弱気になってる?」
「うん。なってる。」
「………ふぅん。」
ほら、俺が断言しても全然言い返さねぇじゃん。いつもの亮太なら『なってねーよ!!!』とか言って怒鳴りそうなのに。
「とにかく田沼、泣き止めよ。亮太に一言くらい謝ったらどうなんだ?」
きつく田沼に話しかければ、田沼はビクッと肩を揺らした。
「……ぼく、…うらやましかった、んだ……、畑野が…日高くんと、いつも、一緒にいる、畑野が…」
時折嗚咽を漏らしながら、田沼がようやく口を開いた。
「…だから僕…、むかついて、畑野に、嫌な目に合わせたくて…、「だからあんなくだらねぇ真似したって?」…。」
田沼の話を遮って口を挟めば、田沼は口を噛み締めて黙り込んだ。気にせず俺は話を続ける。
「言っとくけどな、亮太の神経は図太いから、上靴をどうこうしようとか、そんな事したって無駄だぞ。
上靴代はもちろん、あわよくば慰謝料、手間賃まで取ろうとしてるほどだ。ていうより、亮太は金払うまでずっと上靴の事根に持つぞ。」
「すげぇ言い様だな。俺そこまで神経図太くねえって。」
「まぁとにかくだ。田沼、お前反省してんの?」
「え?…ぅ、うん…。」
田沼は、俺の問いに吃りながらも頷く。
「ならなんで謝罪を口にしねぇんだ。」
そう言えば、またもや田沼は俯き、黙り込む。これじゃ埒が明かない。
「…俺は常識のねぇ奴は嫌いだ。ちゃんと反省し直してから亮太に謝りに来い。
亮太行こーぜ、次の試合始まる。」
「ぉ、おう…」
亮太の返事を聞く前に、既に俺は田沼に背を向け歩き出した。
「優、意外と言うねぇ。優に“嫌い”って言われたらあいつ立ち直れねぇんじゃね?」
田沼から大分距離が離れると、亮太はいつもの調子で喋り出した。
「誰の代わりに言ったと思ってんだよ。亮太が泣いてる田沼見てウジウジしてるからだろ?」
「ゥ、ジウジって…!!」
「事実だろ?ったく、亮太は変なところで甘いんだよ。」
「そう言う優はいきなり鬼になるよな。」
「いつも鬼の亮太に言われたくない。」
「俺のどこが鬼だ!天使のような俺に向かって!」
「ぶふっ。」
冗談にも程があることを亮太が言うから吹いてしまった。
「じゃあ天使のような亮太くん。ドッジボールで優勝して、田沼にギャフンと言わせちゃいなさい。」
「おう!天使のような亮太くんに任せちゃいなさい。」
亮太とそんな軽口をたたきながら、俺たちは次の試合場所に向かった。
その後、バレー組とドッジボール組はどんどん試合に勝ち進んでいき、午後の他学年混合トーナメントの試合に出ることとなった。
俺達サッカー組は、残念ながら3勝3敗で上には上がれなかったから、次から全力でバレーとドッジボールの応援だ。
それにしても…やっぱり亮太は凄かった。持ち前の左腕は伊達じゃない。
亮太は一躍有名人になり、本人の知らないところで『不敗の男』だなんて呼ばれていたのを、俺はちらっと小耳に挟んだ。
そんな亮太はと言えば、これまたバレーで素晴らしい活躍を見せている野田の昼飯である、カツ丼のカツをパクっていた。
食堂で亮太と拓真と昼飯を食べている時、野田が何処からともなくやって来て、亮太に茶々を入れたことが原因である。
「あーっ!!俺のカツ!!せっかく次の試合も勝てるように、カツ丼にしたのに!!」
野田はどんぶりの中に入った、カツの面影が残っている白ご飯を眺めながら嘆いた。
「男は実力で勝ちやがれ!カツに頼るな!」
「…カツ……俺のカツ……」
よっぽどカツを食べたれたのがショックだったようで、ずっとどんぶりの中身を見つめてうわ言のように呟く野田は、なんだか少し可哀想だ。
「…野田、カツじゃねぇけどコロッケでよけりゃ俺のやるよ。」
そう言って俺は、購買でさっき買ってきた弁当を野田に差し出した。
するとどうだろう。飛び付くように目の前にやってくる野田に、若干身を引いた。
「優ちゃんが俺にくれんの!?まじ!?いいの!?」
「え、うん。」
「やったー!!!優ちゃんまじ大好き!!」
嬉々を剥き出しにしながらコロッケを箸で掴む野田を見てから、亮太はまじまじと俺に視線を向けた。
「優がそんな事したら、こいつがまた付け上がるじゃん。」
そう言って亮太は、顔を顰める。
「でも今日は野田もなかなか頑張ってたからさぁ。あ、亮太もなんか欲しい?唐揚げならあるよ。」
「唐揚げ?いるいる!!」
唐揚げという単語を聞きテンションを上げた亮太の口元に、箸で掴んだ唐揚げを持っていけば、亮太はパクりと唐揚げに食い付いた。
「え!優ちゃんなんで俺には『あ〜ん』てしてくれなかったんだよ!!」
「なんだよ『あ〜ん』て。」
「今畑野っちにしたやつだよ!!」
「お前きめぇよ、あーんとか変な言い方すんなや。ご飯口に突っ込むぞ。」
亮太のその台詞に、身の危険を感じたのか、野田は静かに口を閉じた。
亮太が言えば冗談に聞こえないから恐ろしい。
「亮太、窒息死だけはさせんなよ。」
「当たり前だ。野田如きで殺人犯になんかなったらシャレになんねーよ。」
「2人共…話の内容が物騒になってきてるよ。」
俺と亮太の会話に、呆れた表情をしている拓真の言葉を最後に、この話は終わりとなった。
その後、昼飯を食べ終わり食堂を出てから、グラウンドで昼休みが終わるまで、近くに落ちていたサッカーボールで暇を潰した。
*
午後のトーナメント戦が始まった。
俺は当然亮太と拓真の応援で、ドッジボールの試合観戦だ。
野田が出るバレーと時間が被っていて、バレーを見ることができないのが少し残念だが、まぁ仕方ない。
野田には一言「がんばれよ」と声を掛ければ、妙にやる気を出してくれてたから良いとしよう。
問題はここからだ。
「ジョニー!君は随分活躍しているみたいだね?僕の耳にもジョニーの情報が入ってきたよ!」
1年2組との最初の対戦相手は、なんと戸谷先輩が属する2年6組だった。
「うわ、また妙なのが敵だなおい。」
「もうジョニーったら、相変わらずの言い様だね会長に向かって。君は生徒会会議をサボりすぎだよ!君がサボるとハニーまでサボるから、僕はハニーに会えなくて困ってるんだ。だから、賭けをしようよ!僕のクラスが勝ったら、君は生徒会会議をさぼらない。」
試合開始前の僅かな時間に、戸谷先輩は亮太に賭けを吹っ掛けた。
「じゃあ俺が勝ったらその気持ち悪ぃ猫被り外せよ。」
「え!?猫被り!?何の事だい!?」
「あ、しらばっくれるんだ。じゃあ俺賭けに参加しねぇ。」
「まぁ待ちたまえ。…わかった、君のクラスが勝ったらね。」
「男に二言はねえぞ。」
ニコニコとした笑みを亮太に向ける戸谷先輩に、対する亮太はニヤリとした笑みを向けた。
ドッジボールが始まり、流石と言うべきか2年生の上位クラスなだけあって、いくら亮太が凄くても午前の1年と戦うように軽く勝てはしないようだ。
今までは軽く当てていた亮太の玉を、2年生は避けていた。キャッチはできないものの、器用に体を動かして避けている。
「ジョニー!君の玉速すぎだよ!ちょっとは先輩に遠慮したらどうなんだい?」
そう言いながらボールを投げる戸谷先輩だが、先輩もなかなか良い球を投げている。
クラスメイトの1人がそのボールに避けられず、アウトになった。
白熱したバトルに、 亮太の表情は楽しそうだ。見てる俺まで楽しくなってきた。
「化けの皮ぜってー剥がしてやる。」
戸谷先輩に味方を当てられ、亮太の闘志は益々みなぎっていき、戸谷先輩に集中攻撃し始めた。
「ジョニー!穏便にいこうじゃないか!!」
「だまれクソハゲ!!」
「僕はフサフサだよ!!」
「失せろウンコヤロー!!」
「下品だよジョニー!!」
「てめーの面の方が下品だ!」
変な言い合いをしながら攻める亮太と逃げる戸谷先輩に、観客は物凄い盛り上がり様だ。
戸谷先輩が避けたボールは他の先輩に当たり、亮太は着々と敵をアウトにしていく。
「あ!優がハラチラしながら腹扇いでる!!!」
「え!?ハニーはどこだい!?『ボコッ』………なッ!!」
ボールを持った亮太が俺を指差しながら叫ぶ声に、戸谷先輩が反応した隙を見て、亮太は戸谷先輩にボールをぶつけた。
「酷いよジョニー!ハニー、ハラチラなんてしてないじゃないか!!」
『え、怒るとこソコなんだ。』
と、その場に居た誰もがそう思っただろう。
つーかハラチラって何だ。俺がそんな事するはずねえだろ。
ブツブツ言いながら外野に移動した戸谷先輩を見て笑いながらドッジを続ける“不敗の男”は、やっぱりこの試合も負ける事は無かった。
*
「次はドッジボールの表彰です。1年2組、3年4組、2年6組の代表者は前に出てきてください。」
マイクを持った司会者が、球技大会の閉会式を進行している。
「亮太、前に出てきてくださいだって。早く行ってこいよ。」
当然、うちのクラスのドッジボールの代表者は亮太だ、と思った俺は、亮太に後ろから話しかける。
「えー、なんで俺?こういうのって普通体育委員じゃね?」
嫌そうに顔を顰めながら話す亮太。
しかし、そんな事思っているのはおそらく亮太1人だけだ。クラスメイトは皆、亮太に視線を向けている。
「はぁ〜?めんどくせぇなぁ…ったく。」
クラスメイトから視線を向けられ、渋々前に向かう亮太。
「ドッジボールの部、1年生が総合優勝は、実に7年ぶりです!1年2組の皆さん、おめでとうございます!!」
そんな事を言われながら準備された表彰台にのぼり、賞状を貰う亮太に、盛大な拍手が送られた。
その隣の台にのぼっていたのは、総合3位の2年6組である戸谷先輩だ。
金髪がやけに目立っている。
「代表の畑野くん、一言どうぞ。」
そう言って司会者は、亮太にマイクを手渡した。
「最初から負ける気は無かったんで、当然の結果っすね。」
全校生徒を目の前に、堂々とそんな台詞を吐く亮太は、かなり肝が据わっている。
我ながら、凄い友人と仲良くなってしまったな。
なんて、亮太を見ながら思っていれば、表彰台に立つ亮太と目が合い、ニヤリとした笑みを向けてきたから、俺もニヤリと笑い返した。
ドッジボールの決勝戦は、3年相手にも関わらず遠慮無しに先輩にボールをぶつけまくる亮太の圧勝だった。
野田率いるバレー組は、総合5位だったらしい。
『表彰台のぼれねぇじゃん!』って野田がさっき嘆いていたっけ。
でも1年の中では余裕の1位だ。俺はそれだけでも充分凄いと思うが…野田本人は、表彰台にのぼりたかったらしい。目立ちたがりだからな、野田は。
そんなこんなであっと言う間に時は過ぎ、閉会式が終わった後に、クラスメイトみんなで亮太が持つ賞状を中心に、グラウンドで写真を撮り、球技大会は幕を閉じた。
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