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「ピンポンパンポン。えー、生徒会からのお知らせです。」

「「「は!?」」」


その場にいた俺、戸谷先輩、刈谷先輩の声が見事重なった。ピンポンパンポンってこの人自分で言っちゃったよ…


「今日1限から2限の間に、1年2組畑野亮太君の、真新しい上靴とローファーが盗まれ、ゴミ捨て場に捨てられていました。

下駄箱前、もしくはゴミ捨て場付近で怪しい行動をしている人物を見かけたと言う方は、1年2組、畑野亮太もしくは日高優まで報告をお願いします。」


オホン。と咳払いを1つしてから、亮太は無駄にかしこまった口調でマイクに向かってそう言った。


「でもさ畑野、それデマ言いにきた奴がいたら問題に繋がるぞ。」


刈谷先輩が正論を述べる。

確かにそうだ、遊び半分で言いに来るやつだっているかもしれない。

だが、亮太は刈谷先輩の言葉にはまったく動じていなかった。


「みなさん、犯人探しの参考にするだけなんで遠慮せずにどしどし報告お願いします。

畑野君はこういった被害に合ったのは今日で2度目でして…っていうか畑野君は気が短い方でして。

つーか犯人腹括って待ってろよ!犯人見つかったらローキックだけじゃ済まさねえからなクソが!!!

…って畑野君が言ってました〜。

以上、生徒会からのお知らせでーす。」


プツリ。そこで亮太はマイクを切った。

「はぁ、すっきりした。」と、晴れやかな顔を浮かべる亮太に、呆れた表情を向ける先輩達。


「よーし!じゃあ優教室戻ろうぜー俺腹減った!」

「…はぁ。なんか亮太ってほんと自由人だな。見てみろよ戸谷先輩の顔が引き攣ってるぞ。」

「そりゃあんだけ日頃から猫被ってんだから引き攣るだろ。」


…今回はそれが原因じゃないと思うんだけどな。


先程の放送は全校放送だから、ほとんどの生徒が聞いているはずだ。

俺達は生徒会役員になったことで、大抵の生徒に顔が知られている。

実際、教室に戻る最中、向けられる視線は凄かった。皆、亮太を指差してこそこそと話している。


「あ、亮太!!さっきの放送聞いたよ!!あの放送、喋ってたの亮太でしょ!?」


教室で濱崎らとご飯を食べていた拓真が、俺達が帰ってきたことに気付き駆け寄ってきた。


「畑野くんに嫌がらせなんて…一体誰が?」

「普通こわくてできないよな…。」


教室にいるクラスメイトたちが、口々に亮太にチラチラと目を向けながら話している。


「あれ?バレてた?」

「バレバレだよ!なにどさくさに紛れて啖呵切っちゃってるの!!僕もうハラハラしたよ!」

「てかさ、ローキックがなんとかかんとか言う前に、今謝ったら許す。とかの方がよかったんじゃねぇ?」


その方が自ら名乗り出るんじゃないか。と思ったものの今さら言ってももう遅いが。


「いーや、俺許さねぇもん。ローキック必須だし。金もちゃんと取るし。そんなあまっちょろくねえのよ。」


俺の考えはどうやらあまっちょろいらしい。ていうより亮太のハートが手強すぎなのだ。





「ひーだかくーん!」


そうやって俺を呼ぶのは、ほとんどが誰だか知らない他学年の生徒だった。

もう何人目だろうか、休み時間になれはこうやって名前を呼ばれる。


「おい亮太!!亮太の所為でいろんなやつに話しかけられるんだけど!?」


そう、知らない生徒が俺を呼ぶ理由とは、亮太が放送で流したことが原因だ。


「えー、俺の所為?嫌がらせした奴と優が無駄に人気な所為じゃね?」

「亮太が『畑野亮太か日高優まで報告お願いします』とか言うからだろ!」

「いいじゃん別に。で、誰かいい報告しにきた?」

「いい報告どころか、遊び半分で声かけられまくりだよ!!!」


『犯人見つかった〜?』って…、俺に言わないで亮太に言えよな。つーか別にわざわざ聞く必要ねえだろ。



「あ、でも今んとこ1人だけ優が喋りかけられてる間に情報っぽいこと俺んとこに言いにきたぞ。」

「え、どんな内容?」

「んーなんかなぁ、体操服着た生徒が1限の時にゴミ捨て場で彷徨ってたって。授業サボったらしい先輩が教えてくれた。」

「は!?それかなりの有力情報じゃん!!!体操服ってことは俺らの学年の1、2、3組に絞られたくね!?」

「そうなんだよねーまじどーしよ、なんか俺楽しくなってきちゃったぁ。」


うわぁ…この子ったら笑ってるよ。犯人、亮太を楽しませちゃってどうすんの。


「ねぇねぇ畑野っち!俺も心当たり1個あるんだよね。」

「あ、そういやお前、前にもなんか言ってたよな。勘とか確信とかなんとか。」

「そうそう、その事なんだけどな、俺の友達が中学時代に、真琴に今日みたいな嫌がらせを何回かされた事あるんだよね。」

「は?真琴って、お前の元カノのアイツだよな?」

「うん。元カレね。」

「そこどーでもいいんだよ!詳しくその話聞かせろ!!」


亮太の目がギラリと光った。さっきより希望に満ち溢れた目をしている。


野田の話によれば、当時の田沼は野田の事が好きだったらしい。うげ…、趣味悪いな。…っていうのは今は置いといて。

そして田沼が野田に告って晴れて2人はカップルに。…うげ、まじか。

カップルになったのはいいが、野田には常に一緒に連るんでいた友達がいて、田沼はその友達に嫉妬したらしい。

そして、田沼はその友達に嫌がらせを始めたという。


「うわー、なにあいつかなりバカじゃん?つーかこれで合点いったな。犯人は田沼だ!!!」


亮太は野田の話を聞き、確信したとばかりにそう言った。


「え、でも田沼がなんで亮太に嫌がらせを?」

「…はぁ。優はほんとにマヌケだな。」

「なんだとっ!?」


失礼な!俺のどこがマヌケなんだ!


「優ちゃんが畑野っちと仲良いからだよ。」

「……はっ、もしかしてあいつ、………俺の事好き?」

「「うん。」」


亮太と野田は、2人同時に頷いた。


「……そうか。それであの時上馬乗りされたのか」

「馬乗り!?!?なにそれ!!」


俺の呟きに、耳元で野田が大声で聞いてきてかなり煩い。


「優が熱出して保健室のベッドで寝てたとき、田沼に乗っかられてたんだよ。馬乗りになってな。あん時の優、かなり顔青白かったし可哀想だったわ。」


それを思い出しながら話す亮太。
俺にとっては思い出したくない出来事だ。


「許せねぇな真琴のやつ…俺の優ちゃんに…。」

「うん、お前のもんでもないけどな。」





そうと分かればすぐ行動派な亮太は早くも行動に出た。


「よっしゃ、行ってこい優!俺あっち行っとくから。」


そう言って亮太に背中を押され、俺はお使いを頼まれた。

あの校内放送を流した次の日の昼休みの事だ。


「まずやんわりと、あいつに気のあるフリして話しかけろ。ニコッと笑顔向けろよ!
んで昼飯に誘え。優の頼みは断らないはずだ。誘い出したら教室連れてきて俺の席に座らせろよ!

あ、『畑野は?』って聞かれると思うから『今は居ない』って答えるんだぞ!俺は後から現れるから。」


ヘッヘッヘッヘッ。と楽しそうに笑いながら、亮太は俺に作戦らしい事を説明してきた。とても断れそうにない雰囲気で。亮太曰く、田沼を陥れる作戦だとか。


仕方ないから俺は田沼のクラスである3組の教室に足を踏み入れた。途端に教室内がざわりと騒がしくなった事に、少々躊躇う。

教室を見渡せば、田沼は窓際の席で4人と向き合って御飯を食べていた。

うわ…、あの中から誘い出すのかよ…。

と憂鬱になって引き返したくなったが、引き返したら亮太に何言われるかわからない。

意を決して、俺は田沼の席へと歩みを進めた。


「た、…田沼……!」


やばい、思いっきりどもった。
が、特に問題はなかった。


「日高くん!?どうしたの!?」


どもりながらも名前を呼べば、田沼は俺に満面の笑顔を向けた。

あ、そうだ、俺も笑顔笑顔………ニコリ。とりあえず亮太の言われた通りに笑顔を向けてみた。

あ、田沼の顔が赤くなったぞ。作戦成功ですか?亮太さん。


「あー…えっと、昼飯誘おうと思ったんだけど、その様子だとお連れさんがいたみたい、か…?」


4人の様子を窺いつつ、控え目に誘ってみた。うんうん、順調だ。


「え!?昼ごはんを僕と!?全然いいよ!!…あれ、でもそう言えば今日畑野は…?」

「…あぁ、…今は居ないんだ。」


目付きを少しだけ鋭くしながら亮太の事を聞く田沼に、お約束の返事を返す。


「そうなんだ〜、それは良かった!じゃあ一緒にごはん食べよっ!」

「あ、俺、教室に昼飯、置いてある、…んだよね?」


あ、やべ。ちょー不自然になったかも。


「そうなんだ〜!じゃあ教室行こっか〜!」


そう言って田沼は、俺の手を握った。…うげ。

どうやって教室に誘い出そうか悩んでいたのに、あっさり自分から教室に行くと言ってきたぞ…。ちょろいぞあんた…。

…やば、なんか手汗掻いてきた。


「じゃあねみんな!今日は日高くんと御飯食べてくる!」


呆然と俺を眺めている3人に、田沼は昼飯が入った袋を持った手で陽気に手を振った。

馬乗りされた奴に手を握られるなんて我慢ならないが、とりあえず教室までは我慢しよう。


「俺の席ここだから、この席座って…。」

「うん、ありがと!」


さりげなく亮太の席に座るように促せば、笑顔で返事が返ってきた。

俺は、…ほんの少しだけ、同情し、そして、罪悪感を感じた。



「はっはっはっはっはっはっ、よく来たな田沼!」


亮太が恐ろしいほどの笑みを浮かべて、教室に入ってきた。

その瞬間、教室がシーンと静まったのはおそらく気のせいではないだろう。


「………畑野、なんだよ。僕たちに何か用?」


表情を固まらせ、強気に発言する田沼は、亮太のいきなりの登場に驚いている。


「田沼に聞きたい事があるんだけどさぁ、お前、心当たりあるよな?」

「な、なんのことだよっ!心当たりってなんだよっ!僕たち今からごはん食べるんだから邪魔するな!」

「へぇ〜、しらばっくれるんだ?」


亮太は、俺の机に両腕をついて、椅子に座る田沼と目線を合わせる。

亮太の口調は幾分穏やかな気もする。が、多分亮太は楽しんでいるからだ。


「べっ、別にしらばっくれてないし!畑野、何の話してんの?わけわかんない!!」


田沼は亮太の視線から逃げるように顔を背け、声を上げた。


「でもお前、前科があるだろ?」

「なんのこと?」

「そうやって今までしらばっくれて過ごしてきたんだ?」

「…………。」


亮太の言葉に田沼は黙り込む。


「昨日俺の上靴とローファー隠しただろ?正直に言えよ。」

「……は?僕やってないし。だいたい、何を根拠に僕だって決めつけるんだよ!」

「1限の授業サボった先輩が、体操服着た生徒がゴミ捨て場に彷徨ってたんだって。」

「それだけでやったのが僕って決めつけるの!?お前ほんといい加減にしろよ!!」


田沼が声を張り上げる。が、亮太はそんなことでは動じない。


「えー、一応俺今いい加減で物言ってるんですけど。てかやったのお前にしか思えねえんだよね。」

「なにそれひどい!!畑野本気で最低!!日高くん、もうやめなよ、こんな奴と仲良くするの!」


ガタッと音を立てて立ち上がった田沼が、今まで2人の会話を聞きながら黙々とメロンパンを頬張っていた俺に話を吹っ掛けてきた。

咄嗟の事でビクッとする俺に、亮太が『プッ。』と吹き出す。余裕綽々かよ。


「…なぁ田沼、お前ほんとにやってねぇの?やってないならやってないで、キッパリ今ここで否定して?俺はそれを信じるから。」


立ち上がった田沼をもう一度座らせて、やんわりとした口調で田沼に話しかける。


「…………僕はやってない…。」


田沼は俯いて、ポツリとそう口にする。

それを聞いた俺は、『ハァ』と大袈裟にため息を吐いた。


「なぁ、1個聞いていいか?

お前、なんでずっと俯いたままなんだ?田沼自分で気付いてる?お前肝心なとこ全部、目逸らして俯いたりしてんぞ?亮太はお前の事1度も目逸らさず話してんのにさ。」


今度は俺が、田沼と視線を合わせようと田沼の顔を覗き込んでそう言えば、田沼は勢いよく顔を上げた。


「なんだよ日高くんまで僕を責めて!!

…僕がやったって言えばいいんだろ!あぁそうだよ!僕がやったよ!!全部僕がやったよっ!!だって僕お前嫌いなんだよ!!ずっと日高くんと一緒にいて!!みんなお前の事、邪魔だって思ってるよ!僕だけじゃないし!!お前だってちょっとは反省すればどうなんだよ!!!」


開き直ったのか、田沼が亮太をきつく睨みつけ、捲し立てた。


「へー、やっぱお前がやったんじゃん。で?謝らねぇの?俺に。」

「は!?僕がお前に謝るわけないだろ!?身の程を知れよ!!」


教室内はいつの間にか、亮太と田沼の話声しか聞こえなくなっていた。

クラスメイトは皆、亮太相手に無茶苦茶な事を言っている田沼にハラハラしている。


「あー、そーゆー事言っちゃう?なら俺、もう容赦しねえよ?」

「別に僕、お前なんか怖くないし!!」

「まぁとりあえず俺優しいから、しばらく時間やるよ。反省したら俺のとこ来れば?」

「誰が反省なんかするか!!!お前が反省しろ!!!」


田沼は亮太にそう言い残し、教室を出ていった。


「なぁ優、今の俺ちょー優しかったくね?」

田沼が立ち去った後のシーンとした教室内で、ヘラッとした亮太の声がやけに目立った。


「うん、亮太優しい。」

「ここからが本番だからな〜。」


そう言って、ニヤリと笑う亮太。

本人からすれば、今さっきの出来事なんてほんの序章にすぎないようだ。


……田沼、お前はほんとうにバカだな。





「なぁ、亮太さぁ、田沼にあんな事言われてなんともねえの?」


俺はその日の夜、既に布団に入って寝かかっている亮太に話しかけた。


「あんな事って?…あぁ、嫌いとか邪魔とか?」

「…うん。」


俺だったら、例え言われたのが嫌なやつでもちょっとは傷つくし、気にする。

でも今日の亮太はあの後ずっと笑顔で過ごしていた。俺はその亮太の笑顔が少し気掛かりだった。

けれど、亮太の返事は俺の予想に反していた。


「俺が落ち込んだり怒ったりすると、自分の所為だと思って優が謝るだろ?」


亮太の言葉は、俺を気遣ったものだった。


「俺、田沼とか他の奴にやっかみに思われても優と仲良くするし、離れるつもりもねえからさぁ。居候もするし。
でも『亮太がこんな事されるのは俺の所為だ!』とか言って優に謝られても俺が困んじゃん?」

「…でも亮太が靴隠されたりすんのはおかしいだろ…。」

「うん。そこはあれだよ、田沼の頭がイカれてんだよ。」

「イカれてるって…凄い言い様だな。まぁ確かにそうだけど…。」


イカれてると聞き、俺はぱっと2日前の亮太の変わり果てた上靴が頭に浮かび、苦笑いした。


「まぁ俺はさぁ、大抵の事は味方が1人居りゃ乗り越えられんだよ。」


そう言って亮太はヘラッと笑った。


「大丈夫だよ。俺や拓真はもちろんだけど、富田先生とか野田とか、クラスメイトはみんな亮太の味方だから。田沼が亮太を嫌っても、俺は亮太の事好きだよ。」



………え、なんだこの沈黙。



「…亮太?もう寝たのか?」

「……お前なぁ!!男相手にさらっとそーゆー事言うなよ!!」

「あ、…亮太照れてんだ?」

「照れてねーよ!!もう寝るっ!!」


亮太はそう叫んで、ガバッと顔まで布団を被った。


「おやすみ、亮太。」

「………おやすみ。」


小さい声で返ってきた亮太の声に、ちょっと笑えた。



次の日から、亮太の上靴が無くなったり、嫌がらせをされたりということは無くなった。

結局持って帰らずに下駄箱に入れて帰った上靴が、登校してきて何もされていない状態で下駄箱に入っていた事に気を良くした亮太は、朝から頗る機嫌が良い。

かと言って亮太は田沼を許したわけじゃない。

どうやって田沼をギャフンと言わそうかという作戦を、暇さえあれば常に考えているようだ。

果たして、田沼が亮太に非を認めるのだろうか?

…ていうより、本気で怒った亮太を前に、田沼はいつまで澄ました顔をしていられるだろう。

老い先が楽しみだな。


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