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次の日の朝、富田先生は新しい上靴をさっそく買っておいてくれたらしく、亮太にそれを手渡した。
「おぉ!タミオやることが早いな!サンキュ〜」
亮太はお礼を言いながら富田先生から上靴を受け取り、さっそくスリッパを脱いでいる。
「上靴の事は全クラスの担任に伝えておいたから。とりあえずやった奴が名乗り出るのを待とうな。」
「まあぶっちゃけ、上靴なんかどうでもいいんだけどな。」
「え、どうでもいいって?」
てっきりまた今日も、慰謝料がどーのこーの言うのかと思っていた俺は、予想外の事を言う亮太に聞き返した。
「えー、だってなんかしょうもなくね?あんな低レベルないたずらに付き合ってるほど俺暇じゃねえし。でも犯人見つかんねーと上靴代弁償させれんのがムカツクけど。」
どうでもいいとか言ってるけど全然どうでもよくねえじゃん。亮太のムカつきが残ったままだし。
けれどその話をこれ以上亮太が口にすることはなく。
今日の時間割は1限から体育のため、HRが終了した後、教室で体操服に着替えてグラウンドに移動した。
「あ、日高くん!もう体調良くなったの?」
「あ!おまえ!!」
目の前にひょっこり現れた田沼が俺に話しかけてきて、亮太があからさまに敵意を剥き出しにしている。
「優に馬乗りになってた野田の元カノ!」
「うるさいなお前!僕は日高くんに話しかけてるんだ!あっち行けよ!!しかも元カノじゃなくて元カレ!」
田沼を指指して叫ぶ亮太に、ちゃっかり元カノを元カレと修正しているところがちょっと笑える。
「てか田沼体育一緒だったんだな。」
「えぇ!今更!?僕3組って言ったでしょ!それより、田沼じゃなくて真琴って呼んでよ!」
「あ、そっか。1、2、3組は体育合同だったっけ。」
「ねえ、スルーしないで?真琴って呼んでって「あ、優。もうチャイム鳴るからあっち行こーぜ。」…ちょっと!!!」
亮太に促され、グラウンドの集合する位置に向かう。背後で田沼が何か言ってた気がするが聞こえないふりをしてしまった。
実は俺、ちょびっとだけ馬乗りになられた事を根に持っているのだ。男に馬乗りなんて屈辱的ずきる。
「『元カノじゃなくて元カレ!』だって。まじうける。」
集合場所に着き、地面に腰を降ろした亮太が、先程の田沼の真似をして馬鹿にしている。
「畑野っち誰のマネしてんのー?」
「お前の元カノ。」
「ぅわッ!!!畑野っち何すんの!!」
チャイムが鳴るギリギリの時間に現れた腰パンして半分トランクスが見えている野田のハーフパンツの裾をぐいっと引っ張りずらす亮太に、野田が慌ててハーフパンツを持ち上げた。
「その醜いパンツをしまえ!」
「えぇ!しまえって言うならずらさないでよ、もう。」
「何が『もう。』だよキモ。」
「いてっ!畑野っち酷い!!って優ちゃんまで!!!」
野田に向かって砂を投げる亮太に便乗して、俺は石ころを投げた。
「パンツは見苦しい、まじで。」
「ガーン、知樹くんちょーショックなんですけどー。」
野田はそう言ってムンクの叫びのように叫んでいる。そんな野田に亮太はゲラゲラ笑っていて、既に体育の授業が始まっていたらしく、「そこの3人!静かにしろ!」と何故か俺まで注意されてしまった。
俺そんな大声で喋ってないのに…。
これも全部腰パン野田の所為で、ムカッときた俺は何食わぬ顔をして野田に向かって石ころをポイ、と1つ投げた。
「ぃてっ。」
痛がりながら後ろを振り返る野田は、亮太に顔面をはたかれて渋々前を向いた。
ふふふ、野田おもしれえ。
ひっそり笑いながら、俺は体育教師の声に耳を傾けた。
「今日は再来週行われる球技大会の種目決めと、その種目の練習をする。」
体育の教科担当の富田先生と、もう1人の体育担当の他学年の先生が前に立って話している。
爽やかな富田先生に比べ、もう1人の先生は、筋肉が自慢のマッチョな人で、皆からマッチョ先生と呼ばれている。
「種目はサッカー、バレー、ドッジボール。サッカー10人、バレー10人、残りの奴はドッジボールな。今から20分以内に、クラスで仲良く決めてくれ。」
マッチョ先生の合図で、クラス事に並んでいた列がバラけた。
「はいはいはい!俺ドッジ!!!」
バラけたと同時にクラスで円になりつつある雰囲気の中、亮太が最初に手をあげた。
「えぇ、畑野っちやめときなって!ドッジボールって残り物だよ?けっこう地味だよ?」
中学時代の球技大会の経験を言っているのか、野田が亮太を止めている。
「えー、ストレス発散にもってこいじゃん?俺のマシンガン左腕が唸る。」
「マ、マシンガン左腕…?なにそれこわ、ってか亮太右利きじゃん?」
「俺左投げだから。てか優もドッジにしよーぜ?」
「いや、いいや。俺昔サッカーやってたしサッカーがいい。」
昔っていうか小学校の時だけど。サッカーはわりと得意な方だ。
「えー優サッカーかよ!つまんねぇじゃん。拓真は?」
「僕もドッジがいいな。球技は苦手だから、すぐに当たって外野で応援しとくよ。」
「いや、俺がコートにいる限り、誰一人当たらせねぇ!」
亮太は、凄い意気込みで話している。これはなかなか見物だな。
「決め終わったらサッカーの人はゴール前、バレーは体育倉庫前、ドッジはグラウンド中央で各自練習始めろ〜。」
2組の俺たちのクラスは半ば強引に決め終わり、マッチョ先生の指示に従って、指示された場所にそれぞれ向かう。
「日高ー」
亮太や拓真とは別れたから1人でゴール前に向かおうとしたら、野田のマブダチの1人に声をかけられた。
「おぉ、マブダチ。お前もサッカー?」
「おう!サッカーサッカー。俺元サッカー部だし!ってかマブダチって呼ぶのほんとやめてくれよ。」
「えー、じゃあ何て呼べばいいの?」
「てか日高、俺の名前知らねぇだろ」
「…坂田だっけ?アレ?松本?」
マブダチ2人の名字はなんとなくで覚えていた。けど、マブダチの片割れを目の前にした今、どっちがどっちか分からない。
「松本だし!いい加減覚えろよなー。」
「わかったわかった、松本な。」
「てか日高とこんなに喋るの初めてだな。まじ畑野が怖くて全然日高と喋れねーし。」
そう言って松本は苦い表情を浮かべた。
「亮太毒舌だからな。でも亮太は自分に危害加える奴以外には基本いい奴だよ。」
「あぁ、知樹な。」
「そうそう、野田野田。」
「あいつはウザキャラだからなー。」
「あれ、マブダチがそんな事言っちゃっていいの?」
「いいのいいの。まぁあいつはあいつでいい奴だけどな。」
まあ確かに、野田はうざいけど悪いやつではないもんな。松本はなかなか話のわかるやつのようだ。仲良くなれそうな気がする。
残りの体育の時間は、松本とリフティングの続けられる回数をずっと競っていた。
が、俺も松本もリフティングは上手いらしい。競い合いは授業が終わるまで続いた。
「松本って結構いい奴だな。」
「え、日高って俺の事どんな奴だと思ってたわけ?」
「野田のマブダチ。あと、男好き?」
「…男好きって。俺一応女の子も好きだぞ?」
「あれ?そうなんだ。」
「でも日高はやっぱタイプだなー、顔。」
「うわ、でた。男好き発言。」
「この学校の奴はだいたいみんな日高の事好きだろ。」
「何を根拠に…つーか嬉しくねぇな〜。」
「あ、知樹が猛ダッシュでこっち向かって走ってきた。」
松本とだらだら会話をしながら校舎の入り口まで歩いている時、松本が向いている方に目を向けると、野田が一直線にこっちに向かって走ってくる姿が見えた。
「なにあいつ…意外と足速ぇな。」
「知樹はあぁ見てえ運動神経いいよ。」
「へぇ。」
チャラくてウザキャラなだけじゃないんだな。…って、そんな事を考えているうちに、野田は俺達の目の前まで迫っていた。
「おいまつもとぉ!!お前畑野っちが居ない隙狙って優ちゃん口説いてんじゃねぇよ!!」
「野田、お前と一緒にすんな。俺らさっき仲良しになったから。な?松本。」
俺は野田に向かってそう言いながら、松本の肩に自分の腕を回した。
「お、おう…!!!」
「マツずりぃ!俺も!優ちゃん俺にも腕!!」
「えー、お前は嫌。」
「えー!マツにはやって俺にはやらないとか狡い狡い狡い狡い!!!」
「なにしてんのおまえ。」
俺の肩を掴み前後にガクガクと揺らす野田の背後から声がして、なんだかブリザードが吹くような気配がした。
「は、畑野っち…!!」
後ろにいる亮太の存在に気付き、野田は瞬時に俺の肩から両手を離した。
「お前、隙あらば優にナンパか?」
「ナンパだなんて滅相もない!!」
「ったく、しょうがねえ奴だなお前。……どりゃあ!!」
「ぁうッ!!!」
亮太は野田の尻に、目にも留まらぬ速さで跳び蹴りを食らわした。
亮太は野田の股間と尻を狙うのが好きだな。
「ねぇねぇ優…」
側で亮太と野田を眺めていた拓真が、チョンチョンと俺の体操服を引っ張った。
「ん?どした?拓真。」
「…亮太ね、すっごく怖いんだ…僕ほんとに亮太と同じチームでよかったよ…。」
「あ、ドッジボールの話?」
「うん、…亮太の左腕はやばい。ほんとやばい。自分でマシンガンって言ってただけあるよ…。」
拓真は、野田の首を絞めながら揺さぶっている亮太を眺めながら、その時の光景を思い出すかのようにそう呟いた。
「まじ?そりゃ球技大会が楽しみだな。」
「僕たちのクラス、絶対勝つよ。」
拓真のその言い様は、どこか確信めいた話し方だった。
*
「は!?!?」
体育の授業が終了し、運動靴を下駄箱にしまおうと戸を開けた亮太が、辺りに響き渡るほどの大声で短く叫んだ。
「ん?なんだ大声出して。」
「ない!!!俺の上靴とローファー!!!」
「え、……まじ?」
自分の下駄箱で合っているのかと、開けた戸をまた閉めて名前を確認する亮太の隙間から俺も下駄箱の中を覗く。
俺達の学校の下駄箱は、2足分の靴が入るスペースがある。
だから、ローファーと真新しい上靴を下駄箱に入れていたらしい亮太は、空っぽになっていた中身を見て唖然としていた。
「上靴はまだしもローファーまで……まじ許せん。」
「亮太、とりあえずそのへん探してみようぜ。」
「優と拓真は早く教室戻れよ、授業始まるぞ。俺一人で探せるし。」
「亮太一人で探させるわけないだろ、別に授業とか良いって。ほら、行くぞ。」
呆然と下駄箱前に突っ立っている亮太の腕を掴んで歩き出す。
「僕、まだグラウンドにタミオ先生がいると思うから、このこと伝えに行ってくる!」
俺より賢明な判断で行動する拓真は、そう言ってまたグラウンドの方へ走っていった。
「亮太、黙り込んでるなんてらしくねえぞ?もっと悪態ついていいんだからな?」
黙って俺に腕を掴まれ、引っ張られたまま歩く亮太に声をかける。
「まじやったやつ殺す。」
「…あ、うん。そうだな…」
しまった、俺としたことが。亮太の無言こそ、恐怖だった。
体育館裏に着いてから、亮太の腕を離した。何故体育館裏に来たかと言うと、こういう場所に大抵隠されたり捨てられてたりするんじゃないかと思った俺の推測からだ。
「暗ッ!なんかここ気味わりぃよ…誰もこんなとこに靴隠さねえよ…。」
「あれ、もしかして亮太ホラー系嫌い?」
「ぅるせーな!今それ関係ねぇだろ!!!」
お、やったぁ。亮太の弱点見〜っけ。
体育館裏はほとんど日は当たらず、木々が生い茂っていて亮太の言う通り気味が悪い。
さっき離した亮太の腕に、今度は逆に掴まれてしまった。珍しく亮太が怖がっている。
結局怪しいところを見てみても、上靴とローファーは無かった。骨折り損の草臥れ儲けだ。
あ、亮太の弱点見つけたけど。この情報はでかいな。
キョロキョロと無駄にキョドってる亮太を引っ張って、とりあえず体育館裏を出る。すると、前方から拓真が走ってくるのが見えた。
「あ!2人ともこんなところにいた!タミオ先生に言ってきたから、とりあえず無断欠席にはならないよ!亮太安心してね!」
「まじ?サンキュー拓真。つーか2人ともまじごめんな…。」
「謝るなよ、亮太は悪くねぇだろ?」
「…おう。…俺は全っ然悪くねえ!!」
そう言って亮太は、俯き気味だった顔をバッと上げた。その瞬間に亮太の表情は、怒りの表情に変わっている。
3人で手分けしてくまなく探した結果、真新しい上靴とローファーはなんと持ち主の亮太によって見つけ出された。
見つかった場所は普通のごみ捨て場だったらしい。段ボールなどが捨ててあるところにポイと放られていたようだ。
「よかったな亮太、もうこれからは靴類は持ち帰れよ。」
「なんで俺がそんなめんどくせえこと。じゃあ優が持って帰ってくれよ」
「なんで俺が。」
「拓真でもいいけど。」
「え、僕?…別にいいよ?」
「いや冗談だって。つーかまじ誰だよ俺に嫌がらせする奴殺す。」
どうやらこの2度目の嫌がらせで、亮太に火をつけてしまったようだ。
その後、未だに体操服のままの俺達が授業真っ只中の教室に入れば、物凄く目立ってしまった。
「あぁお前ら、話しは富田先生から聞いてるぞ。とりあえずトイレでも行って制服に着替えてこい。」
先生の有り難いお言葉に従って、俺達3人は制服を持ってトイレで着替えを済ませる。
「あ、俺いいこと思いついたー。」
教室に戻る最中、亮太が無駄にニコニコしながら口を開いた。ちょっとその笑顔が怖い。
「いいことって…?」
「後で教える。昼休みな。」
えぇ、気になる。俺は亮太にお預けをくらってしまったような気分で、かなり気になってしょうがないまま昼休みになるのを待った。
*
さぁーて、亮太に“いいこと”とやらを教えてもらおう。と思ったところで、亮太はガタンと勢いよく席を立った。
「よっしゃ!優、行くぞ!!」
「え、どこに??」
「生徒会室!!」
あれ、今俺耳悪くなったかな?
生徒会室って言った?
「優早くしろよ!昼休みなくなるだろ!!」
考えてる間も無く、亮太に促されて俺は亮太の後を追う。
少しの時間をかけてついた場所は、やっぱり俺が聞いたとおりの生徒会室だった。
何の躊躇いも無くガラリと教室の戸を開ける亮太。
そして俺の視界には、相変わらず金の髪が眩しい戸谷先輩と、ダックスフンド的な癒し系、刈谷先輩の姿が。
「わぁ!!!どうしたのハニーとジョニー!!今日は召集かけてないのに!まさか僕に会いに来てくれたのかい!?」
大きく手を広げて、戸谷先輩が歩み寄って来た。
「いや違う。ちょっと戸谷にお願いがあるんだよね。」
「僕にお願い?それはそれは嬉しい事だね。なんだい?何でも言ってくれたまえ。」
さりげなく俺の尻に手を回しながら、戸谷先輩がニコニコ顔で言い放った。
「先輩…、俺の尻撫でて楽しいですか?」
「ハニーはお尻の形まで綺麗だね!」
「オラオラオラオラ!セクハラしてんなよ会長の分際で!!!」
そう言いながら俺と戸谷先輩を引き離す亮太。ありがたいが、勢い良すぎてぶっ飛びそうになった。
「ジョニーは相変わらず厳しいね。で、お願いとやらは一体何かな?」
「それなんだけどさ、生徒会専用の放送室ってあるだろ?」
「あぁ、隣の部屋にあるよ。僕が呼び出しの時に使ってる部屋だよ。」
そこまで聞いて、亮太はニヤリと笑った。これこそまさに、何か企んでる時の笑い方だ。
「ちょっとその部屋使わせてもらうわ。」
「え!一体何に使うんだい!?」
「隣の部屋って言ったよな。よっしゃ、優行くぞ!!」
「え、あ、うん。」
亮太が何を考えているかわからないまま、流されるままに俺は亮太の後ろをまた追いかけた。
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