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翌日、俺は亮太にベッドから出させてもらえず、学校を休むことになった。

熱は37度ちょいくらいまで下がったのに、亮太はぶり返したらどうするんだと言って俺がベッドから出ることを許してくれない。

せめて朝ごはんを食べるために、と食堂へ行く事すら許されなかった。亮太ってば、厳しすぎる。

しかも今日に限って俺より早く起きていた。

パリパリになった冷却シートまで夜中に張り替えてくれていたらしい。亮太ってば、普段とのギャップが激しすぎて惚れそうだ。


「じゃあそれ食って、それ飲んで、昼にはそれ食って大人しくしてるんだぞ!もう大丈夫だからとか行って学校来んじゃねえぞ!」

「じゃあ僕達、行ってくるね?」

「…俺鍵閉めようか?」

「いらん気遣うな!いいから寝とけ!」


亮太のそんな声を最後に、部屋の扉がバタンと閉められた。


仕方ないからとりあえず、亮太が買ってきてくれていたオレンジジュースだけ口にした。

食欲はあまり湧かないから今はいいや。

起きたばかりで眠気は既に覚めている。


頭痛は大分マシになった。

体のだるさも昨日ほどじゃない。

熱も平熱より多少高いってだけだ。

学校………行けんじゃん??


なんて考えたけど、すぐにその考えを頭ん中で消去した。仮に学校に行ったら亮太になにを言われることか…。


とりあえず、昼になるまでベッドで大人しく過ごしてみた。

時には寝たり、時には携帯でニュースを読んだり。

今朝は湧かなかった食欲も出てきて、亮太が用意してくれていたサンドイッチをむしゃむしゃ食べた。


「あー…暇だ。」


呟いてみてなんか寂しくなった。


「よし、やっぱ学校行こっ。」


思い立ったら即行動派の俺は、さっそくスウェットを脱ぎ始める。


そこで、『ガチャ』と、玄関から鍵が鳴る音が聞こえてきた。

え、もしかして泥棒?なんて思ってしまうのは仕方のないこと。だって最近の世の中は物騒だからな。


パンツにシャツを羽織っただけの状態で、念のため防御用の枕を手にして自室の扉をそろりと開いた。


「え、優なにやってんだよ?」

「……あ、なんだ亮太か。」

「なにその格好。」


……ゲッ、まずい。


「お前、寝惚けてる…?大丈夫か?」

「いや、正常。大丈夫。」

「あ、お前制服に着替えてたわけ?それでカッターシャツ…」

「そうそう、もう暇過ぎてさぁ。熱も下がったし学校行ってもいいかなって。」


何故か寮に帰ってきた亮太が、俺を変なものを見るかのような視線を向ける。


「…まぁ、いいんじゃね?なんか元気そうだし。」

「あれ?怒らないんだ?てっきり『寝とけって言っただろ!』って怒鳴られるのかと思った。」

「いやーなんか優いないとまじつまんねえからさぁ。無駄に野田に絡まれるし。うぜーから昼休みに学校抜けてきた。」

「お、嬉しい事言ってくれるな。じゃあちょっと俺用意するから待ってて。」


亮太に学校に行っても良いというお許しをもらったので、これで心置き無く学校に行ける。

…って、これじゃあまるで俺、学校大好きっ子みたいだ。


すぐに学校に行く用意をして、昼休み終了15分前に寮を出た。

学校に到着して、下駄箱から上靴を取り出す。

そして、ふと気になった事が1つ。

亮太が何故か自分の下駄箱から来客用のスリッパを取り出した。


「え、なんで亮太スリッパなわけ?」


俺がそう問うと、亮太が僅かに眉を顰めた。なんか触れてほしくなさそうな感じだ。


「…バカがカスみたいな事しやがったんだよ。まじ低レベルで呆れる。」

「え、なにされたって?」


もう一度聞いたら亮太は「後でな。」と言ってムスッと機嫌が悪そうな顔をして歩いていった。


教室に着けば、拓真や野田が俺の登場に驚きながら駆け寄ってきたが、体調は良くなったと伝えて、さっさと自分の席に着いた亮太の後を追いかけた。


亮太が徐に机の横に掛けた中に何かが入っているスーパーの袋を渡してきて、それを受け取って中を見る。


「…え、 なにそれなんか芸術的。」


スーパーの袋の中には、色取り取りの油性マジックで落書きされていて、ハサミか何かで刻まれている、本来の姿ではない上靴が入っていた。


「まじ幼稚じゃね?」

「え、うん…誰がこんなこと。ある意味尊敬なんだけど。亮太相手に…」

「おいおいそりゃどういう意味だ。」

「恐ろしくて俺ならできねえよ。」

「いや、こんなバカな事するやつはあいつしかいねーな。」

「うわ、ちょ、野田!いきなり顔近付けてくんなよ!」


袋の中を覗く俺の頬っぺたに密着しそうなくらいに顔を近付けて、野田も袋を覗きこんで、意味有り気な事を言ってきた。


「お前の勘なんて当たんのかよ?」

「あぁ、これは確信だ。」

「ますます疑わしいな。」


真面目な顔して話す野田に、亮太はまったく信じていないようだ。

そりゃそうだよな、だって野田だし。


「で?誰よ、そのあいつって。」

「あ〜、確信っつーかぁ〜予想っつーかぁ〜、…実はそんなに自信はねぇんだけどぉ。」

「は?うっぜ。」

「あ、チャイム。」


亮太と野田の会話を裂くように、チャイムが鳴り響いた。

間もなく5限を担当する先生が教室に入ってきて、授業が始まってしまった。


「てか優、体調ほんとに大丈夫なんか?」


授業中、くるりと後ろを向いて亮太が聞いてきた。未だに俺の体調を心配してくれているらしい。


「あぁ、全っ然平気。てか俺亮太の上靴の方が心配。誰があんなこと。」


自分が数時間前まで熱を出していた事を忘れていたくらいに平気で、今は上靴の犯人の方が気になってしょうがない。

ああんな嫌がらせ一体誰が何の目的でやったんだろ う。しかも亮太相手に。意図がわからなさすぎる。

亮太に殴られたいのか?


「まじ犯人分かったら口に蛙突っ込んでやる。んで俺の必殺、股間蹴り上げてからのローキックだな。あ、犯人の上靴にゲロ吐くなんてのも有りだな。上履き返しな。ちなみに野田のゲロな。うわー、俺だったらソレかなりのダメージだわ。」

「俺がなにって?」

「あぁ?何もねえよ前向けや!」

「いてっッ!!!」


いつも以上の強い力で、後ろを向いてきた野田の後頭部を亮太がグーで殴った。

今のはかなり痛かっただろうなー…完全に八つ当たりだ。ちょっと野田に同情した。

てか本当にそれやられたら俺なら立ち直れない…。口に蛙突っ込まれた時点で失神するかも。





「はい!タミオ!俺今日嫌がらせされました!」


その日のホームルームが始まってすぐ、亮太が手を挙げて堂々と申告した。


「え、どうした亮太いきなり。なにされたって?」


何事かと亮太に視線を向ける富田先生に、周りも皆亮太に視線を送る。


「これが証拠の物っす。」


と、スーパーの袋の中からあの上靴を取り出して、先生に見えるように上靴を掲げた。


「うわぁ、ひどいな…。このクラスの生徒?…じゃない、よな?一体誰がこんなことを?」

「知らねー。かなりの低能バカなやつ。でさタミオ、俺新しい上靴買いたいんだけど、こーゆーときって金貰えねーの?」

「うーん、そうだなぁ。とりあえずこれやった人を見つけ出す事が先で見つかり次第弁償って形かな。先生が上靴代は立て替えておくよ。」


富田先生が亮太の席に寄っていき、上靴を手にとってじっくり見る。

このクラスの生徒がやってないという証拠はないが、クラスメイトたちは皆、亮太の上靴を興味深そうにまじまじと見ている反応からしてその確率はなさそうだ。


「まじ?タミオサンキュー!じゃあ犯人見つかったら上靴料金プラス慰謝料と手間賃請求しねえとな。」

「え、慰謝料はまだしも手間賃まで?」


亮太の発言に思わず聞き返した。富田先生や周りの生徒は苦笑いだ。


「当たり前だろ、俺の心をズタズタに傷つけた上に面倒事増やされたんだぞ?朝に俺、わざわざ職員室までスリッパ取りに行ったんだぞ?くそめんどくさかったんだぞ?」

「わ、分かった分かった。…ズタズタに傷ついてるようには全然見えねえな…。」


寧ろ傷ついてるというよりはキレてる気がする。そして、金貰う気マンマン。タチ悪いなぁ。


「じゃあ亮太、この上靴預かっとくぞ?他のクラスも当たってみるから。」

「あ、もし犯人名乗り出たら上靴代、慰謝料、手間賃持って俺んとこ来いって言っといて。もれなく股間蹴り上げてからのローキックが待っている。うははははは!!!!!」

「…亮太、その笑い方こわいからやめてくれ。」


まるで笑えないこの状況で不自然に笑う亮太は、とてつもなく恐ろしかった。


「…多分、わざわざ礼儀正しく『俺がやりました。』だなんて名乗りでないだろうな…。」


上靴を眺めながら冨田先生が呟く。


「誰も名乗り出なかった場合俺のこの報復は、余儀無く野田に向けられる。」

「えぇー!そんなぁ!俺股間蹴られちゃやだよ!おい誰がやったんだ、早く名乗り出ろやごるぁぁあ!?」


野田が机の上に片足を置き、珍しく野太い声を出して教室を見渡した。


「お、いいぞいいぞ。たまにはやるなお前。その調子で他のクラス乗り込めよ!」


ケラケラと笑いながら亮太は野田に指図した。他のクラスメイトたちも亮太と同じように野次を飛ばし始め、教室の雰囲気はいつのまにかお祭り騒ぎとなっていた。


「ねぇ優…、僕、今さらだけど、亮太を敵に回してなくてよかったと思ったよ…。」


後ろから拓真が、俺にだけ聞こえる声でそう言ってきた。うん、その通りだと思う。


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