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兄貴と別れ学校に向かい教室に入れば、クラスメイトから兄貴のことについて質問されまくりで、朝っぱらからかなり疲れた。

何故昨日学校に来ていたのか。

元生徒会長ということは本当か。

何歳で名前は何なのか。


兄貴は気分で此処に来た、そして生徒会長だったということを俺も昨日知ったばかり、年は19歳名前は陽。


俺の変わりにほとんどの事を亮太が話してくれた。それも何故か自慢げに。俺は亮太が兄貴の知らない事を、補足程度に述べるだけ。

まあありがたかったしほとんど亮太に任せていた。


あぁ…頭が痛い。首も痛いな。そして眠い。これもすべて兄貴の所為だ。


その日午前中の授業は、机に伏せてほぼ居眠った。

時々先生に注意された気もするが、まじで眠っていたみたいで記憶が薄い。


昼休みになってようやく、亮太に体を揺さ振られて目を覚ました。


「優お前寝すぎ!もう昼休みだぞ?飯食おうぜ。」

「あー…そうなんだ。」


寝起きでボーっとする頭のまま亮太に返事をし、ロッカーに今朝購買で買った飯を取りに行こうと立ち上がれば、クラッと体が傾いた。


「うわっ、優大丈夫かよ!?」

「あれ…、なんか体だるい…」


亮太に支えられ、もう一度椅子に座り直す。


「俺、寝すぎ…?」

「ちげーだろ、風邪じゃね?いや、熱?わかんねー、とにかく保健室行くぞ!」

「え、大丈夫だって。寝てりゃ治るし。」


保健室はなんか薬臭くて嫌だ。

俺の腕を掴み保健室へ連れていこうとする亮太をやんわり断る。


「寝てて今こうなったんだろーが!ほら行くぞ!」

「えー…俺保健室嫌い…。」

「わがまま言うなよ!!!」

「………すみません。」


亮太にはいつも反発できない。

仕方ないので渋々亮太に腕を引かれながら、保健室に向かう。

亮太に腕を引かれる俺を、何事かとすれ違う生徒にジロジロ見られているが、その視線すら気にならないくらい頭がぼーっとしている。

今なら悲劇のヒロインのように、ふらりと倒れられそうだ。


「せんせー、病人っぽい生徒を連れてきました。見てあげてください。」


保健室に入るなり俺を丸椅子に座らせる亮太は、奥の方で何やら作業をしていたらしい保健の先生を呼び、自分も近くにあった椅子に腰を下ろした。


「あ、君たちは…新しい生徒会役員の2人じゃないか。日高君体調悪いの?」

「先生、俺の前で生徒会の話は禁句で。俺認めてないんで。」

「あれ?そうなの?じゃあ日高君は熱測ろうか。はい、体温計。」


そう言って先生から手渡された体温計を受け取り、大人しくそれを脇に挟む。


「亮太、先に教室戻って飯食べてていいよ。俺後からすぐ戻るから。」

「は?そんな状態で何言ってんだよ。戻んねえよ。」

「…えぇ。」


そんな会話をしてるうちに『ピピピピッ』と電子音が鳴り響き、体温計を脇から引き抜けば、素早くそれを亮太に引ったくられた。


「38度2分。熱あるじゃん。」

「…それ、俺の平熱…。」

「なわけねえだろ。」

「平熱の、ちょっと高め。」

「往生際が悪い!ベッドで寝てろ!」


ビシッとカーテンに囲まれたベッドを指差す亮太。


「日高君これ書ける?」

「あ、俺書きます。」


先生に紙を挟んだバインダーと鉛筆を差し出され、それを受け取ろうとすれば横から亮太の手が伸びてきた。


「俺、別に大丈夫なんだけど…」


ぼそっとそう言えば、ギロッと鋭く睨み返された。


「じゃあ日高君、ベッド入りな?今氷枕用意するから。畑野君は放課後申し訳ないんだけど日高君の荷物持って、迎えにきてもらっていいかな?」

「あ、はい、そのつもりっす。優早くベッド行けよ!それとも何、まだ教室戻ろうとか思ってんの?」


丸椅子にずっと座ったままの俺に、眉をしかめる。まるで亮太に内心を読まれてしまったかのようだ。


「じゃあな優。HR終わったらすぐ来るからな!もう良くなったからとか言って教室戻って来んなよ!」


仕方なく布団の中に入ると、亮太がそう言いながらピシャリと保健室の戸を閉め、教室に帰っていった。

…読まれている。俺の心の中を。


「畑野くん友達思いだね。いい子にしてなきゃ畑野くんに怒られちゃうね?」


そう言って先生はクスリと笑い、ベッドを囲うカーテンを閉めてくれた。

先生が用意してくれた氷枕が気持ち良い。

机の上で眠るよりは布団の中のほうが当然、遥かに眠りやすい。けれど先程じっくり眠った所為で目は覚めている。

頭は痛いし体はだるい。

おまけに眠れないなんて。

しかも、ちょっとだけお腹も減っているような、減っていないような…

そういや昼飯食べてないな。

亮太もきっと、食べる時間無かっただろうな…。

そう思えば、物凄く亮太に罪悪感が込み上げてきた。


はぁ…なんで熱なんて出ちゃうんだ。

中学の頃は全然熱なんか出してないのに。

風邪は何度もひいたけど。


あーもういいや。

眠れそうにないけど、とにかく眠ろうと俺はギュッと目を閉じた。





「ひーだーかくーん。」


浅い眠りの中で、俺を呼ぶ声がした。

身体に何かが重くのしかかった感じがして、目をそっと開ける。


「……え!?誰だ!?」


びっくりした。何かが体に乗っていると思えば、なんと小柄な少年が、布団を挟んで馬乗りになって乗っかっているではないか。

起き上がろうと体を起こせば、ズキンと頭が痛んだ。

おまけに、少年は俺の体の上から退こうとしてくれない。


「あの、……なに?」

「日高君の寝起きを襲ってんの。」

「………はあ?」

「ねぇ日高君、僕とエッチしない?」

「…………………は?」


いやいやいや、今なんと?

とうとう俺も頭がおかしくなってしまったかな。いやな夢でも見ているのか?


「今ならここ、先生もいないから大丈夫だよ?もう放課後だから人が来る事はないし。」


意味がわからずに呆けている俺をおいて、この馬乗りの少年は1人ベラベラと喋っている。

あぁ、だめだ。頭痛が激しい。

そして誰だか知らんが重たい。
早く退いてほしい。


「…あのさ、俺そんな趣味も元気もねえからさ、はやく退いて…?」

「えぇー。せっかくのチャンスなのに?僕、日高君が保健室で寝てるって聞いて飛んできたんだよ?」


唇を尖らせて拗ねるように話す少年が、やらしい手付きで俺の腹に乗っかる布団の上を撫でている。ゾワリと鳥肌が立った。


「何のチャンス…?てかあんた誰…?」

「えぇ!僕の事覚えてくれてないの?選択授業が一緒で一度日高君に名乗ってるのに…。」


ショックーと言いながら布団の上でクルクルと円を描いている少年。

だが俺は、まったくその少年に見覚えがないのだ。ショックーと言われても俺は本当に彼を覚えていないし、っていうか重い。

今なら認める。

俺は38度2分の熱がある病人なのだ。

病人を少しでも気遣おうという思いやりが、この少年にはないのか?

亮太なんか、睨みながら俺に寝とけと言うんだぞ?

そんな事を思い、俺はハッと思い出した。放課後に亮太が来ると言っていた事を。


「あ、そうだ。もうすぐ俺の友達がここに荷物持ってきてくれるんだった。」

「へぇ、それって畑野亮太?」

「そうだけど…?」


少年の問いかけに頷けば、少年が黒い笑みを浮かべた。


「僕あいつ嫌いなんだよね。日高君独り占めしててなんかずるくない?」

「はい?」


ずるいもなにも、亮太がいつ俺を独り占めした?
友達に独り占めもくそもあるか?


「ねぇ、それよりさぁ…」


徐々に少年の顔が俺に近付いてきた。

身動きが取れなくてどうしようか悩んでいた時、ガラリと保健室の戸が開く音がした。

これこそまさに、救世主のご登場だ。


「おい亮太!おせえよ!!!」


カーテンが閉じていて誰かも確認できないまま叫んだが、保健室に来た人は予想通り亮太で、シャッと亮太によってカーテンが開かれた。


「…は?お前なにやってんの?」

「ちぇっ。もうちょっとだったのに。」


少年は亮太が来たことで、さすがに俺の上から渋々ながらも退いてくれた。


「日高君、僕1年3組の田沼 真琴(たぬま まこと)。次は忘れないでね?」


そう言って手を振りながら、保健室から出ていった。


「なに襲われちゃってんだよ。」

「…寝てたらアイツが乗っかってたんだよ。」

「…大丈夫か?ごめん、タミオに雑用させられて来るの遅れた。」


持ってきてくれた俺の鞄をベッドの上に置きながら、亮太が申し訳なさそうに謝ってきた。


「亮太が来てくれないと俺、貞操の危機だったよ。サンキュー。まじしんどかった…」


はぁ、と息を吐きながら上半身を起こす。


「帰れるか?なんならタミオに寮まで車で送ってもらうように頼んでみるけど。」

「帰れる帰れる。もう十分寝たから治ったよ。」

「嘘つけ、じゃあ熱計ってみろよ。」


亮太に言われるがままに、ベッドの横に置いてある棚の上に置かれた体温計を手渡され、脇に挟むのを躊躇っていると亮太の目がギロッとこっちを見た。

この目に俺は逆らえない。


「38度か。あんまり下がってねぇな。まぁいいや、優言うこと聞きそうにねぇから歩いて帰るか。」


またもや電子音が鳴ると亮太に体温計をひったくられてしまった。

自分の上の布団を剥がし、軽く畳む。


「あ、俺自分の鞄持つから。」

「は?持たせるわけねーだろ。」


亮太が持つ俺の鞄に手を伸ばせば、ひょいと俺の手から鞄を遠ざけられてしまった。


「俺そんな柔じゃねえよ?」

「は?フラッフラのくせに何言ってんの?痩せ我慢してんなよ。」


亮太に肩を支えられながら上靴を履き、立ち上がる。

ズキンと頭が痛んだが平然を装った。

これ痩せ我慢なのか…。


寮に帰る道のりを、亮太がゆっくりと俺の歩調に合わせてくれる。


「優、あの田沼ってやつに会ったら次は気を付けろよな。」


ふと亮太がこちらに視線を向けて話し出した。眉間には深い皺が刻まれている。


「…あぁ、うん。」

「お前絶対わかってねぇだろ。」


さっきの馬乗りになられた事を言ってるのだろうと返事を返せば、さらに亮太の眉間に皺が増えた。

あぁ、せっかくのカッコいい顔が台無しですよ亮太くん。


「優は自覚無すぎんだよ。分かってんの?あいつに性的対象に見られてんだぞ?」

「…みたいだな。」

「なんだ、わかってんじゃん。」


そりぁもう…。現に誘われちゃあ嫌でも分かってしまった。


「まぁあいつチビだったし、優なら一発殴って追い払えるだろうけど。」


眉間の皺は消えたものの…サラッと恐ろしい事を言う亮太だがその表情は真剣だ。


「てかもう男に馬乗りなんか一生させねえから。」

「まぁそうだな。病人相手に最低だなあいつ。やべえ、俺が殴ってやりてえ。」

「おいおい…。」


亮太だから本当に殴りそうで怖い。

できる限り亮太と田沼を引き合わせちゃいけないな、と深く思った。





「大人しく寝とくんだぞ。俺、コンビニで飲み物とか買ってくるから。」


寮に帰ってきてすぐスウェットに着替えてベッドに入るよう促され、俺がベッドに入れば亮太がそう言って鍵を持って部屋を後にした。

熱出した友達の世話を当たり前のようにしてくれる亮太に、なかなか面倒見がいいな。と、ぼーっと天井を見つめながら感心する。

てか俺のことは完璧ガキ扱いだな。
『大人しく寝とくんだぞ。』って、言われなくてもちゃんと寝とくってば。


亮太が部屋を出ていった後はシーンと静まり返った部屋で、何度も楽な体勢を見つけようと寝返りを打ったりしてしばらく過ごしていると、部屋の外から誰か言い合っているような騒がしい声が聞こえてきた。

大人しく寝とけとは言われたものの、さすがに少し気になり、よいしょ、と身体を起こして自室を出て玄関の扉を少々開けてみた。


「あ!優ちゃ〜ん!!」


しまった。俺としたことが。

扉を開ければ、そこには亮太が立っていて、亮太と言い争いでもしていたのだろうか野田とマブダチも何故か亮太と対面する形で立っている。
開けた扉の隙間から顔を覗かせた俺と野田の目が合ってしまい、ギクっとした。


「バカ!寝てろって言っただろーが!!」


案の定、ギロリと亮太に睨まれ、怒られる羽目に。だって仕方ないだろ、廊下が騒がしければ気になるもんは気になるんだし。


「でも廊下が騒がしかったから。」

「いいから早く部屋入って寝とけよ!!」

「…はーい。」

「あ!ちょっとちょっと、俺ら優ちゃんの見舞いに来たんだよ!」


亮太に返事をして渋々扉を閉めようとすれば、野田が慌てて扉を閉じさせまいと声をあげる。


「だから来なくていいから!!お前優に熱移されてえのか!?」

「あーそれもありだな!」

「ねえよ!バカだろお前まじ帰れよ!!」


シッシッと亮太にあしらわれてもまったく動じない野田はやはり兵だ。
しかしマブダチは少し帰りたそうな気もする。それが普通の反応だよな。だって亮太こえーもん。


「…まぁ、とりあえず部屋上がれば…?近所迷惑だしさ。」


恐る恐る扉を開けながらそう言えば、瞬時に笑顔になる野田と、恐ろしい視線を俺に向ける亮太。
だって俺がそう言わなければ埒明かなさそうだし。まじで近所迷惑だし。


「んじゃ、お邪魔しま〜す!」


野田を先頭に部屋に入ってくる3人を、眉間に大量の皺を寄せて眺める亮太。
後で亮太になにか言われるだろうな、と思いながら3人を部屋に招いた。


「スポドリとゼリー。」

「あ、わざわざありがと。後で金払うよ。」

「…別にいい。」


ぶっきらぼうの声で話す亮太に、ビニール袋に入ったそれらを受け取る。てかやばい、亮太の機嫌がかなり悪い。


「あ!優ちゃん、俺らも差し入れ!ビタミンドリンクと冷却シート!」

「おぉ、サンキュー。」

「早く貼って貼って!あ、なんなら俺貼ろうか?」


冷却シートの箱を開けて野田がじりじりと寄ってきた。


「きめえよお前!」

「いてっ!畑野っちひでぇよ!」

後頭部に亮太の拳骨を食らい、野田が蹲った。物凄く痛そうだ。


「ったく…お前といい田沼といい。お前らまじ変態だな。」


ハァ。と亮太がため息をたっぷり吐き出した。


「田沼って、真琴?なに、あいつ俺の優ちゃんになんかしたのか!?」


おいおい“俺の優ちゃん”ってなんだ、“俺の優ちゃん”って。俺は野田のもんじゃねえぞ。


「つーか真琴ってお前の元カレじゃん。」


不意にマブダチの1人が野田にそう言った。


「へ?まじ?」


あんぐりと口を開けて聞き返す亮太。


「ちょっとまっつん!!優ちゃんと畑野っちの前で過去の話はすんなよー!」


「やーねぇもー」とかおばさんくさい事言いながら否定しないとこからすると、どうやら話は本当らしい。
へぇ〜、あの馬乗りの田沼と野田がねぇ。


「へえ?お似合いじゃん?」


あ、今俺が思っていた事をそっくりそのまま亮太が言ってくれた。


「お似合いじゃねーし!畑野っち、そんな事言ったら襲うよ?…………あ、いや、うん、冗談だよ。」


亮太の睨みで野田の表情がカチリと固まった。襲うだなんてよく亮太に言えるな。冗談でも下手すれば殴られるぞ。


「つーか用済んだらさっさと帰れよ!お前優に寝かせてやろうとか思わねえのか?てか優もう部屋入って寝とけ!」

「あ、うん。」


亮太のありがたい気遣いに、快く頷かせてもらう。


「じゃあな、野田とマブダチ。見舞いサンキュー。」


一応3人に礼を言い、「お大事に〜」という声を聞きながら自室に入った。

隣の部屋から聞こえる亮太たちの話し声を聞きながら、俺はベッドに入り目を閉じた。

頭痛と身体のだるさがベッドに入れば少し楽になったことにより、すぐに眠りにつくことができた。



次に目が覚めたのは、窓の外が真っ暗になった頃だった。
ガチャッと誰かが部屋に入ってくる音で目が覚める。


「あ、わりぃ起こした?」


お盆を持った亮太と、両手が塞がった亮太の代わりにドアを開ける拓真がそこにいた。


「食堂でおばちゃんに頼んでお粥作ってもらったけど、食えるか?」

「あー、ありがと。亮太たち飯食ってきたのか?」

「俺ら優が寝てる合間に済ませてきた。」

「そっか。わざわざごめんな?」


2人に謝りながらベッドから出て折り畳み式の小さな机に置かれたお粥に手をつける。


「気にすんなよ、それより熱下がった?」

「…計ってないからわかんねぇや。多分下がってんじゃない?」


先程よりは幾分、頭痛はマシになった気がする。が、亮太は疑う目付きでこちらを見てきた。


「優結構いい加減だしな。それ食ったら熱計れよ。」

「…うん。」

「もしかして、明日学校行こうって思ってるでしょ?」

「…え、行くけど?」


拓真の言葉に、一旦お粥を食べる手を止めてそう返事をする。だって俺もう平気だし。


「言うと思った。けど明日は行かせねえよ?つーかまず行くか行かねぇかはせめて熱計ってから言えよ。」


「そうだよ、優無茶しそう。」

「えー、大丈夫だって。」

「はい、じゃあ熱計れ。」


お粥を食べ終わった事を確認した亮太に、体温計を渡された。


「僕、器返しに行ってくるね!」

「あ、拓真いいよ、俺行くから。」


お盆を持とうとする拓真を制すれば、亮太に盛大にため息を吐かれた。


「ハァ〜。お前は本っ当に、大人しくできねえやつだな。」

「もう、僕に任せてくれればいいのに。」


そう言って拓真はお盆を手に部屋を出る。

なんだか迷惑かけっぱなしで、居たたまれないな…。




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