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「うわっ!なんだこの部屋汚ねっ!!」
それが、俺の部屋に入った時の兄貴の第一声だった。当然の反応だな。
辺りには漫画や衣類が散乱している。
そして何よりベッドの隣に敷きっぱなしの布団一式が凄まじさを目立たせている。
俺はそれらの持ち主である亮太を睨み付けた。
すると亮太は、慌ててササッと布団を畳み、散らばった漫画を積み重ねだす。
「こいつ居候のくせに容赦無く物増やすんだよ。しかも散らかすし。」
兄貴にそう言いながら、ハァとわざとらしくため息を吐けば、より一層焦る亮太にちょっと笑えた。
「あ、エロ本発見!お前エロ本読むようになったの?」
落ちてたエロ本を拾い上げてペラペラと捲る兄貴に、再びハァとため息を吐く。それも深々と。
「それ俺のじゃないし。あーもう!!亮太!!エロ本くらい見えねえとこしまっとけよ!」
そう言って、落ちていたもう1冊のエロ本を亮太に向かって投げつけた。
「あぁっ俺のお気に入りが!!」
「ぶふっ亮太おもしれー。」
笑いながら亮太に持っていたエロ本を「ハイ」と渡す兄貴に「あっ、どうも。」と受けとる亮太。
なんなんだよこのやりとりは。
「んで兄貴、見ての通り寝る場所も布団もねえんだけど。どうすんの?」
「優のベッド半分借りるから問題無い。さ、んじゃ食堂行こーぜ!俺腹減ってきた。」
1人で勝手に決めて俺達を食堂へ行こうと促す兄貴に仕方ない、と素直に従う。我が兄よ、ちょっと自由すぎるだろ。
「あれ、そういや拓真は?」
「あ、さっき部活終わってから濱崎とかと食堂行くってメール来た。」
「拓真って?」
「俺の同室で友達。つーかさ、兄貴、まじで会長だったんだな。」
「あぁ、慕われてるだろ?俺人気者だったから。あ、今もか!」
そう言ってガハガハと笑っている兄貴に呆れながらも内心驚いた。
食堂へ向かっている最中、おそらく上級生だと思われる生徒が兄貴に気付き、驚きながらも律儀に挨拶しているからだ。
「日高会長じゃないっすか!!ひょっとして1年の日高って、会長の弟だったんすか!?」
晩御飯の時間帯である今、多くの生徒が食堂を利用している。
生徒に紛れる兄貴を見て、さっきからこんな質問ばかりだ。
兄貴がいる事に驚きつつ、その隣に俺がいる事にまたもや驚いている生徒が多い。
「あぁそうそう。自慢の弟だぞ〜、良くしてやってくれな〜。」
「ハイ!!もちろんです!!」
「兄貴、余計な事言うなよな。」
元気よく返事をして去っていく生徒を眺めながら、兄貴に少しだけ文句を言う。
「なんで。いいじゃん。兄弟愛じゃん。」
「はぁ…なんか兄貴が居ると疲れる。」
「うわ、優ったら酷いなぁ。亮太もそう思わない?」
「そーっすね!」
亮太に話を振る兄貴に、話を合わせている亮太。
「ふぅん。亮太までそんな事言うんだ。」
「え、いや、まあ、冗談だって。」
横目で亮太をチラリと睨めば、アハハとわざとらしく笑いだした。
「もう今日の晩ごはん奢ってやんない。」
「あ!ひでえぞ!!お詫びだろ!?」
「ちょっと待った!何の詫か知らんが、今日は2人に俺が奢るぞ!」
俺と亮太の会話を割って入る兄貴が自らそう言いだして、せっせと財布を取り出した。
兄貴に遠慮する理由もないし、いつもより値段が高めの唐揚げつきとんこつラーメンを頼む。
「お兄さんいいんすか!?」
「おうよ。久しぶりに会う弟の前でちょっとはかっこつけてえんだよ。」
そう言う兄貴に亮太は意気揚々と、オムライスとプリンを頼んでいた。お礼を言う亮太に兄貴は始終笑顔だ。
「つーか“お兄さん”ていいよね。優も亮太みたいに兄貴じゃなくてお兄さんて呼んでみ?」
「は?嫌だし。亮太もこいつの事お兄さんとか言わなくていいから。調子のるし。」
「え、でも俺優のお兄さんの名前知らねーし…ってか、聞いてませんよね?」
亮太が問うと、兄貴が「そういえば」と今思い出したように口にした。
「確かに俺名乗ってなかったな。俺、陽(よう)ってゆーの。陽くんと優ちゃん。よろしくね。」
「は?何で兄貴が“くん”で俺が“ちゃん”なんだ。」
「なんかいいな。男兄弟。」
「亮太一人っ子?」
そういや今まで、亮太と兄弟の話なんてしなかったな、とここで俺たちの間で兄弟の話題が始まった。
「いや、俺4つ上と2つ上の姉ちゃんがいる。」
「へぇ、亮太末っ子なんだ。」
「俺らには妹もいるぞ!奈々っていうんだけどこれまた可愛い妹でな〜。」
亮太の姉ちゃんがいる発言から、次に兄貴の妹自慢が始まってしまった。奈々とは、俺の1つ下の妹だ。
奈々を必要以上に可愛がる兄貴は、奈々の頼み事なら喜んで頼まれるため、奈々に良いように扱われている。だから兄貴は、奈々という自分の妹の事を実はあまり分かっていないのだ。
奈々はそれはもう腹黒く、図太く、そして要領の良いやつで、それを知ってるのはおそらく俺と母さんだけ。
兄貴が本格的に妹自慢に入る前に、俺はさりげなく兄弟の話題を終わらせた。
*
俺達が食堂から部屋に帰ってきて数分後、ガチャ、と玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
「あ、拓真帰ってきたんかな。」
「ぽいな。」
「拓真って優の同室の?俺ちょっと脅かしてみよ。」
何か楽しい事を見つけたような顔をして、兄貴が部屋のドアノブを握った。
「わっ!!!!!」
「え!?!?誰!?」
大声とともに部屋の扉を開ける兄貴に、驚く拓真の声が聞こえた。
開いた扉からチラリと顔を覗かせて見ると、玄関の扉に背をべったりと貼りつけて目を見開きながら驚いた様子で固まる拓真の姿が。
「あはは、びっくりしてるー!」
「えっと、どちら、さま…?」
笑う兄貴に、拓真は警戒心剥き出しだ。
「笑ってないで早く名乗れ!」
俺は怒鳴りつけながら、兄貴の尻をガツンと蹴る。
「いてっ、おい優。お兄ちゃんになんて事するんだい?」
「お兄ちゃん!?え!?もしかして優のお兄さん!?」
「兄貴キモいよ。拓真ごめんな?こいつがいきなり脅かしてきて。」
尻を撫でながらキモい口調で話す兄貴を適当にあしらいながら、拓真に謝る。
「ごめんね拓真くん、俺優の兄の陽って言うんです。陽くん優ちゃんだよ〜。」
「いやもうそのネタいいから。てか兄貴初対面なのに馴れ馴れしすぎ。」
「あ、いいよ優。初めまして、僕優の同室の日野 拓真です。」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をする拓真。
兄貴も拓真を見習ったらどうなんだ。
「じゃあ俺ちょっくら風呂入ってくる。優、タオルと部屋着貸して?」
「はぁ?風呂まで入んの?図々しいな。一日くらい我慢しろよ!」
泊めさせてあげるだけでも感謝してほしいのに。いちいち勝手なんだよ兄貴は。
「亮太〜、優が風呂入るなって言う〜。ひどくね?」
「はい、ひどいっすね!」
「あーもう、そこ2人!グルになんのやめろ!!貸せばいいんだろ貸せば!!」
もう俺はだんだん兄貴がうっとおしくなってきて、洗濯物の山からバスタオルとスウェットを取って兄貴に向かって投げつけた。
鼻歌混じりで風呂に向かう兄貴に、今日何度目かのため息が出る。
「いや〜、それにしても陽さんかっこいいなぁ。俺もあんな男に生まれたかった!!」
「うん、すっごくかっこいい!優とはまた違ったかっこよさだよね!!」
兄貴が風呂に行ってすぐ、亮太と拓真がここぞとばかりに兄貴を褒めだした。
「優の家族ってみんなそんな感じ?」
「そんな感じって、どんな感じ?」
「あ、いや、みんな美形な感じかなって。」
「はぁ?美形の基準なんか知らねぇよ。けど兄貴が父さん似で俺と妹が母さん似。多分な。」
「うわぁ、優の家族見てみたいなぁ!」
興味深そうに話す拓真に、苦笑いが浮かんだ。
「見なくていいよ。みんなキャラ濃いから。俺が一番まともだし。」
「え、優が一番まとも…?」
信じられないとでも言いたそうな目で亮太が見てきた。いやいや、本当だから。
兄貴はアレだし奈々は腹黒だし、両親は……ただの熟年カップルだ。
俺、まじでどんだけまともなんだよ。
そうこうしているうちに、タオルでガシガシと頭を拭きながら兄貴が風呂から出てきたことにより、この話は終了した。
「ふぅ〜スッキリ。優ビールねぇの〜」
「あるわけねえだろ!風呂入ったんだから兄貴はさっさと寝ろよ!」
あほな事言ってる兄貴を適当にあしらって、俺もとっとと風呂に入る事にする。
でも俺が風呂から出れば、3人仲良く円になってトランプしているので、なんかもうさっさと眠りたくなって、髪の毛乾いてないとかそんな事考えずに布団に入った。
*
朝、携帯のアラームが鳴る少し前の時刻に、何故かいつもより寝心地が悪くて目が覚めた。
「うわっ!!!!!」
俺は驚いて飛び起きた。
目を開けた真ん前に、なんと亮太の顔面アップがあるではないか。それはもう、口と口がくっつくくらいの近距離に。
「んぅ…なに優、うるせぇぞ…。」
俺の驚く声で起きたらしい亮太が目を擦りながらこちらを睨んできた。
そもそも俺はベッドで寝ていたはずなのに。
何故亮太の布団で、しかも亮太の真横で寝てるんだ。
疑問に思ったのはほんの束の間。
俺のベッドに目を向ければ、答えはすぐに分かった。
ベッドの上で大の字に寝ている男が1人。こいつが俺を蹴り落としたに違いない。
「このクソ兄貴!!!」
「ぁゔっ…」
怒った俺は、兄貴の腹をぐいっと足で踏んでやる。痛そうに呻く兄貴に、片足で踏むだけマシだと思っていただきたい。
「なんだよ優〜、変な起こし方すんなよ、腹かなり痛かったぞ…。」
あれから数分後、洗面所で顔を洗っていた俺のもとに、腹を擦りながら兄貴がやってきた。
「兄貴が堂々と人のベッドで寝てたのが悪いんだよ。自業自得だな。」
「てか優、なんで朝からそんな大声出したんだよ。俺15分も早く起きる羽目になったじゃん。」
洗面所から出ると、不機嫌を丸出しにした亮太に睨まれる。何もそんなに怒らなくても…。
「目開けたら亮太の顔面アップがあったんだよ。キスしそうな距離だぞ?あれは驚いた。」
「なっ!!」
“キス”という単語に反応したのか、亮太の顔が瞬時にボボッと赤くなった。
「キスとか言うなよばかやろう!!」
「え、だって本当の話だし。亮太だって起きて目開いた途端に俺の顔面アップじゃ驚くだろ?」
だから俺は、大声を出してしまったんだ、と言いたいのに亮太は顔を赤くして固まっている。
「あれ、亮太どうしたの?顔赤いよ?もしかして熱あるんじゃ「ないっ!!」…そう?」
自室から出てきた拓真が、顔の赤い亮太を見て焦って駆け寄ろうとするが、亮太の声によって阻まれる。
「亮太照れ屋だからな。」
「うるせえ!!!」
おっと、ツンデレのデレが一瞬にしてツンに変わってしまったな。恐ろしい子だ。
「陽さんはここから直で大学に行くんですか?」
スウェットから元の自分が着ていた私服に着替える兄貴に、早くも学校の用意ができている拓真が問いかける。
「んー。今日は昼から講義だから、一回家帰ろうかなぁ。」
「は?じゃあ泊まる必要なかっただろ。」
「いや、あるだろ。独り暮らししてたらさぁ、たまに寂しくなるじゃん?」
じゃん?って聞かれましても…
独り暮らしの奴の気持ちなんて俺が知るわけない。
「もういつでも来ちゃって下さい!歓迎しますから!」
「そう?亮太がそう言ってくれるなら俺、毎週来ようかな。」
「亮太余計な事言うなよ!歓迎するなら隣の部屋でどうぞ。亮太の部屋で泊まれば?もちろん亮太もな。」
隣は野田の住みかと化してるけどな。亮太もさすがに、それを聞けば何も言えなくなって黙り込んだ。
学校に行く準備が整い、兄貴も連れて食堂へ行けば、やはり視線は凄かった。挨拶の量も半端ない。
何故か俺まで、知らない人に挨拶されて困ってしまった。
寮を出たところで兄貴とは別れ、3人で学校に向かう。
やっと肩の荷が下りた感じだ。
そう何度も来られて堪るものか。
「はぁ…なんか寝違いで首痛い…。」
「え、大丈夫?なんか凄い寝方でもしたの?」
「兄貴にベッドから落とされた…。」
「あぁ…それで俺の顔面アップってわけか。」
「そういうこと。」
あのまま俺が誤って亮太にキスしてたら、俺は亮太に殴り殺されたかもしれないな。
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