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月日が過ぎるのは早かった。

まだ受験まで時間があると余裕をかましていた俺は、見事第一希望の高校で不合格になってしまい、すべりどめに受験しておいた男子校の、しかも全寮制の高校に入学しなければいけなくなった。


入学式の日。

周りに女の子1人いない事に、はぁ。と大きな溜め息を吐く。男だらけなんてむさ苦しすぎる。

そんで、俺の後ろの名簿の奴は、嫌味なほどかっこいい。こいつの顔を見て、初めてここが男子校で良かったと思った。でなければ、可愛い子みんなこいつに取られるところだった。

考えたところで女の子はいねえんだから、まあどうでもいいことだけど。


入学式最中、隣に座るイケメンは、何度も寝そうになっては起きてを繰り返していて、挙げ句の果て俺の肩に頭を乗せてスヤスヤと眠りだした。ふざけんな。


「ぉぃ!!!」


小声で何度も呼び掛けたのに、一向に起きないイケメンに、俺はその時間ずっと困り果てた。


一時はイケメンにムカッとしたけど、話してみれば案外そのイケメンは良い奴で。意外と話しやすかったりして。イケメンのくせに気取らなくて。

俺は、イケメン元い優とはすぐに仲良くなった。


常に行動を共にする仲になって、俺のわがままで部屋にも置いてくれている。今では優の部屋は、大半俺の私物ばかり。

つるみ始めてすぐわかったけど、優は何事にも無自覚だ。

自分がモテている事も全然わかってねえし、どれだけ自分の顔が良いかもわかってない。

故に俺がどれだけ困っているかも本人は知らない。


『日高君に好きな人いるか聞いてくれないかな』や、『日高君の選択科目教えて』なんて事を、俺がまったく知らない人間から聞かれたりしている事を、あいつはまったく知らない。


「そんなもん自分で聞け!」と怒鳴り散らしたら逆ギレされた事だってある。

一番質が悪かった事は、何を勘違いしてるのか『君は日高君と付き合っているのか!?』と問いつめられた事だ。あれには流石に手が出そうになった。


入学して僅か数十日でこの様だなんて。


しかし優が人気者な所為でただ優と仲が良いってだけの俺がこんなにも面倒な思いをしてるっていうのに、俺が優の友達を止めれないのは、やっぱり優はイケメンなくせに気取らないし、それでいてお人好しで、優の隣が落ち着くからだ。

けどやっぱり、面倒臭いもんは面倒臭い。

俺は面倒臭がりなんだ。俺に面倒な事押し付けんな。


そう思っていた矢先。

今までとは比べ物にならないくらいの最大級な面倒事に巻き込まれてしまった。

事の発端はあの戸谷とか言う先輩。

しかし今回の事は戸谷だけが問題じゃない。

俺を面倒事に巻き込んだのは、他でもない優だ。

壇上に呼ばれたのは優一人のはずなのに、なんで俺まで。ズルズルと優に引っ張られ、首は締まり、視線は痛い。

優を睨めば、苦笑いをしたものの、離す気はないらしい。

仕方なしに無茶苦茶な事ばっか話す戸谷に反論すれば、その調子だ!とばかりに頷く優。


しかし、俺の意見なんて戸谷には届いちゃいない。

どうしても戸谷は、優を副会長にしたいらしい。

結局俺は、戸谷の出しに使われてしまった。

意味わかんねえ。俺が書記だなんて馬鹿げてる。つーかどう考えても馬鹿だ。

あーあーあー馬鹿馬鹿しい。

俺が書記?なるわけねぇじゃん。

結局は選挙なんだし優にしろ俺にしろ票入んねぇと意味ねぇっつーの。


生徒会選挙が終了した時点で、俺は自分が書記候補者だということについての事を一切考えなかった。

だって俺が書記なんてあり得ねぇんだし。


とりあえず優に引きずられた事や首が苦しかった事などあれやこれやと怒鳴りまくった。

すると、俺が居候してるという話を持ち出してきて俺は言い返す事ができない。

何か言ってもし部屋を追い出されたら、俺はあの野田がいる部屋に帰らなければならない。

…それだけは勘弁だ。


その翌日、最大級な面倒事が、もっと凄い事になっていた。


【 副会長 日高 優(1-2)】


これはまあ仕方ないとしよう。


【 書記 畑野 亮太(1-2)】


こんなことがあっていいのか。


確かに書かれた俺の名前。

見間違いだと思いたかったけど、自分の名前を見間違えるはずがない。

字を書くのが大嫌い、故に破滅的に字が汚いこの俺が書記…。

今回ばかりは、優を憎まずにはいられない。

だって俺を巻き込んだのは優だから。

けど、優は優で副会長というなかなかに重要な役割を背負わされて沈んでるし、流石に今は責められなかった。





「あ、亮太、優。生徒会からの連絡で今日の放課後初召集だ。場所は特別棟の301教室。生徒会役員になった以上、頑張ってやるんだぞ!はい、じゃあみんな拍手。」


ホームルームで富田先生が、俺達にそんな事を伝えた。そして、パチパチと聞こえる拍手に苦笑いしか浮かばない。


「タミオ!俺認めてねえよ、生徒会だなんて。」

「亮太が認めてなくても、この学園の生徒は亮太を書記として認めたんだぞ?」

「そうだよ畑野っち!俺だって畑野っちに投票した理由は、「うるせえ!!てめーは黙ってろ!!」いてッッ!」


富田先生に続いて口を開く野田を容赦なく殴る亮太に周りは怯え気味だ。


「てかタミオさぁ、俺の字の汚さ知ってるだろ?」

「…あ、あぁ。まぁな。“お”だか“む”だかどっちがどっちかわからんくらいの汚さだな…。」

「だろ?」


亮太は、ほれみろと言わんばかりの得意気な顔をする。

この様子だと亮太は、なにがなんでも自分が書記になってしまったということを認めたくないらしい。

もう今さら弁解しても遅いんじゃないか?と思うが亮太には言わない。言ったら言ったで、後が恐ろしい。

どのみちもう決まってしまった事は仕方ないのだ。俺が何言っても無駄だ。

よって俺は、大人しく眠る事にした。





「まじありえねーよお…帰って漫画の続き読む予定だったのに…。」


特別棟への道のりを気だるげに歩きながら、いつにもなくテンションを落としぼやいている。


「なんか、ごめんな…。巻き込んで…。」


今さらながらに俺は亮太に謝った。

まさか本当に役員になるなんて、思ってもみなかったのだ。

いつもは亮太は、怒ったりキレたりしているだけに、落ち込んでいる姿を見て戸惑ってしまい、自分が凄く酷いことをしたように思ってしまった。


「うん、まじ優のろくでなし。今日の晩飯奢ってもらうし。プリンも。」

「…わかった、詫びるよ。」


そんな事で許してもらえるなら。と思いそう言えば暫し亮太が黙り込む。


「……でもまあ、別に俺、そこまで優のこと悪ぃと思ってねーから。」

「……ん?」

「そりゃ、俺を巻き込んだのは優だし、ふざけんなよって思ったけど。かと言って優だけ生徒会役員になってもなんか癪にさわるし。実際優だって無理矢理副会長任されたわけだし。」


俯いて話すから亮太の表情はわからないけど、多分俺は責められてはいないとわかった。


「俺一瞬、亮太に嫌われるかと思った。」

「は?なんでだよ!」

「お前は俺の足手纏いだ!とか言って。」

「は!?言わねえよ!」


やや声を張り上て言う亮太にポカッと頭を叩かれた。


「つーか俺、ここの校舎入んの初めてなんだけど。なんかやけに綺麗だな?」


特別棟に足を踏み入れ、キョロキョロと周りを見渡しながら話す亮太に、同じく俺も辺りを見渡す。

確かに俺達が使う校舎より幾分綺麗だ。

如何にもこの校舎があまり使われていないという事がわかる。


「あ、亮太見ろ、女子トイレだ!」

「わっ、本当だ!!!」


ふと見れば、俺達の校舎には職員用しか無い女子トイレがあり、亮太に言えば笑えるくらい食いついてきた。


「ちょっと入ってみよーぜ。」


好奇心からかそう言ってスライド式の戸に手をかける亮太に若干焦る。いいのか、入っちゃっても。いや、良いか別に。女子いねえもんな。


「何してんの?」


ガラッと戸が開く音と、背後から声がかかるのはほぼ同時だった。

声の方へ振り向けば、拓真くらいの背をして、茶髪に制服を多少着崩した小柄な男が、首を傾げてこちらをみていた。


「日高優と…畑野亮太、だっけ?」


つかつかと歩み寄り、まじまじと俺と亮太の顔を交互に見られる。

とりあえず俺は、亮太が開けた女子トイレの戸を閉めた。


「そうだけど。あんた誰?」


女子トイレ拝見の邪魔をされたせいか、亮太の機嫌が一気に悪くなった。


「あんたって失礼だな。俺先輩なんだけど。」

「「え!?」」


先輩と聞いて驚いて声をあげる俺と亮太に、その人は顔を顰めた。


「え!?って。そんなに驚かなくても。まぁ自己紹介はあとでいいや。あとちょっとで生徒会始まるから早く行こうぜ。」


呆気に取られていると、どうやらこの人も生徒会役員らしく、携帯画面の時計を見たのか、そう言いながら、スタスタと歩き始めた。その後ろを俺達は渋々ついて行く。



そのおかげですぐに目的地に到着し、前を歩いていた先輩がガラリと音をたてて教室の戸を開けた。

瞬間に教室の中から派手な金髪と、ニコニコと顔を緩ませる戸谷先輩が視界に映る。


「お、優来たか。久しぶりだな!」


それと同時に、確かに聞き覚えがある声に話しかけられ、声がする方に目を向ければ、なんてことだろう。


「うわ、兄貴だ…」


そこには、大学進学と共に一人暮らしをしたはずの兄貴がいた。


「え!?優の兄ちゃん!?」


俺の呟きに驚く亮太に「うん。」と頷く。


「へぇ、こうやって見てみりゃあんま似てねえんだな。会長と会長の弟くん。」


そう言って兄貴の隣にいる人に俺と兄貴を交互にまじまじと顔を見られた。

この人の顔には見覚えがある。確か…前生徒会長だったか。


「ってか……え?会長?」


思わず聞き流しそうになった。

この人今、兄貴の事会長って呼んだか?


「あれ?優、知らなかったか?俺これでも元生徒会長だぞ?」


あっけらかんと兄貴はそう言う。


「え、嘘…、初耳。」

「つーかなんか納得…」


ポカンとした表情の亮太が呟いた。


「で、正樹から優が副会長になったって聞いたから今日は大学帰りに様子見にきたんだ。相変わらずだな、優よしよし。」

「ちょ、やめろって!!」


兄貴に頭を撫でられた。こんなに人がいっぱいいるのに、よしよしとかまじで勘弁してほしい。


「おーい、前会長と前前会長さん達ぃ〜そろそろよろしいでしょうかぁ?みんな席について!今の生徒会長は僕だよ!」


「はい、注目!」と戸谷先輩がパンパンと手を叩いた。


「お、俊哉みたいな分際が一丁前に仕切りやがって。誰のお陰で会長なれたと思ってんだぁ?」


前会長が、ニヤリと笑いながら戸谷先輩にジリジリと詰め寄った。


「勿論、正樹様と僕様の人望の厚さのお陰でございますねえ。」


アハハハと笑いながら当然と言わんばかりに話す戸谷先輩に、前会長は、「どりゃあ!」とタイキックを繰り出した。


「いだぁぁぁッ!てめ、ぶっころすぞ!?」

「「…………え、」」


俺と亮太の呆ける声が、見事にシンクロした。

戸谷先輩が、普段と似てもにつかない口調で話し、前会長の首を絞めている。


「なぁ、優…あいつあんなキャラだったか…?」

「……いや、もっと馬鹿っぽかった気が…。」

「だよな。」

「俊哉は正樹と幼馴染みで長い付き合いだから、ってつい素が出ちゃうらしいよ?」


俺と亮太の会話を聞いていたらしい兄貴が、横から口を挟んだ。正樹とはおそらく、前会長の事らしい。


「え、じゃああいつ猫被りかよ?」

「みたいだな…。なんか、戸谷先輩が急に恐ろしい人に見えてきた。」

「ははっ、俺も最初びっくりした。ところで…君が亮太?」

「あ、はい。畑野 亮太っす。」


戸谷先輩の話をしていたかと思えば、いきなり兄貴が亮太と向き合った。 亮太は亮太で、滅多に使わない敬語で名乗る。


「優からのメールでよく亮太って名前が出てきてたからどんな奴か気になってたんだよ。こいつ馬鹿だけど仲良くしてやってな?」

「は、はい!こちらこそ優には世話になってるんで。」

「そっか。優よかったな〜!良い友達できて。」


そう言ってまた俺の頭を撫でようとした兄貴の手をさっと交わした。


「あ!俺の愛情から逃げたな?」

「そう何度も撫でられてたまるか!」

「ったくもう。」


素直じゃないなぁ。とぼやく兄貴を軽く睨む。


「ハニーにジョニー!始めるから席に着いてね!」


パッと戸谷先輩が、先程とは打って変わってニコニコと笑みを浮かべてやってきた。


「なんだよハニーとジョニーって。この猫被りヤロー気持ち悪ぃな。」


亮太が顔を顰めて言い放った。


「ジョニー、失礼だな!僕のどこが猫被りなんだい?おっと、もうこんな時間じゃないか。ささ、始めるよ!日高会長もここに居るのなら早く座って下さいね〜。」


ニコニコしながら鼻歌混じりで、戸谷先輩は教卓へ向かった。


「兄貴まだ帰んねえの?」

「うん。今日は優の部屋泊まってくわ。」

「はあ?部外者立ち入り禁止だろ!?」

「俺、顔利くから。」


そう言って兄貴は、教室の一番後ろの席に座った。

いやいや、泊まってくって……俺の部屋寝るとこもう無いから。

はぁ。とため息を吐きつつ、俺も大人しく席に座った。


僅か数人が集まり、席に着いた事により、生徒会が始まった。

兄貴と前会長は、後ろの席でその光景を眺めている。


「ではこれから、第一回生徒会会議を始めたいと思います!最初なので今日は自己紹介です!じゃあまずは僕から!」


教卓に立った戸谷先輩が、イキイキと話し出した。


「僕が会長の、戸谷 俊哉です。皆さん今日から僕についてきて下さいね!」


言い終わり、バチンとウインクする戸谷先輩にシーンと教室が静まり返った。亮太に至っては、興味すら無さげに机で隠しながら携帯をいじっている。


「じゃあ次は、副会長日高優くんカムヒア!」


そう言って俺に向かって手招きをする戸谷先輩。


「あ、いや、ここでいいです。1年2組の日高 優です。よろしくお願いします。」


立ち上がり、なんとなく副会長とは名乗りたくなかったからそれだけ言って席につく。


「ん〜もう。ハニーったら控えめだね!」

「…それほどでも。」


ハニーってなんだハニーって。まじでこの人、意味がわからん。これが猫被りだなんてほんとに意味不明な人だ。


「はい、じゃあ続けてジョニー!」

「…………。」


パッと視線を亮太に変る先輩に、その視線を知ってか知らずか亮太はひたすら携帯画面に目を向けている。


「ジョニー、わかってるんだよ携帯で遊んでいる事は!さ、早く!スタンダァップ!」

「おい、亮太…多分お前の番だぞ?」


コソッと耳打ちすれば、亮太はパタンと携帯を閉じ前を向いた。


「は?俺ジョニーじゃねえし。」

「ジョニーだよ君は!ささ、自己紹介したまへ。」

「まじであいつキャラ意味不明だな。まぁいいや、1年2組畑野亮太。 書記とか認めてません以上。」

「え、もう認めなよ。ジョニーは書記だよ。
はいじゃあ次、翔太。」


翔太と呼ばれた人物が立ち上がり、見れば女子トイレ前で会ったあの小柄な体つきをした先輩だった。拓真がチワワなら、この先輩はダックスフントのような雰囲気だ。


「2年5組の刈谷 翔太、会計っす。よろしく。」


淡白に自己紹介を終えた先輩を見ていたら目が合い、ニコッと笑顔を向けられた。

やばい、今のなんかキュンてきた。一見やんちゃそうに見える先輩がいきなりニコッて。これはあれだ、ギャップにやられる。

そんな事を思ってる間にも、着々と自己紹介は続いていく。


生徒会役員は、俺を含み7人。

俺、亮太、戸谷先輩、刈谷先輩以外の他3人は、雑務が2人と亮太の他に書記がもう1人いるようだ。

書記が2人いると知った亮太は、「俺何もやんねぇし。あいつに任せるし。」と、またもや携帯を取り出した。

あいつとは、眼鏡をかけた真面目そうな見た目をした先輩のことだ。

先輩に仕事押し付けるとはさすが亮太。となぜか感心してしまった。てか俺と亮太以外は皆先輩だった。


「毎週月曜日は放課後この教室で生徒会活動!昼休みは召集時以外は自由!ってことでこれから1年間、このメンバーで頑張って学園を作り上げていこうではないか!

はい、じゃあ今日の生徒会はこれで終わり!」


ほとんど1人で喋りまくった戸谷先輩が、スッキリした表情で締め、本日の生徒会は終了した。


「やっと終わったな。俊哉喋りすぎだろ。」


伸びをしながら大きく欠伸をする兄貴。

前会長は途中で飽きて帰っていった。

兄貴も帰ればよかったのに。最後まで居たということは、やっぱり俺の部屋に泊まるらしい。

仕方ない。兄貴には玄関で座布団でも敷いて寝てもらうか。


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