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ダーヤ・ルイは、炎を操れる青年、ワタル・トモッカに未知なる可能性を感じていた。

あの炎は、まだまだ大きくなる、と。

彼の暖かいその心が、ダーヤ・ルイの心を鷲掴んで離さない。ダーヤ・ルイは、天空から今日も彼を見下ろしながら、影ながらワタル・トモッカを応援していたのだった。


そんなことなど知りもしないワタル・トモッカは、手のひらに収まる自分の小さな炎を眺めて、「はぁ…」とため息を吐いた。


微力すぎる…。
もっと、もっと力をつけたい。
もっと力をつけて、苦しんでいる人を助けたい。


ワタル・トモッカはそう思いながら、自身が生活している学生寮の自主トレーニングルームで、もっと力をつけるために、と筋力トレーニングを行っていた。


「お、今日も頑張ってるな。」

「…あ、えっと…おつかれっす。」


誰だろう?


突然長身の男に声をかけられ、ぺこりと会釈する。タンクトップのその人は、ゴツゴツとした腕に、がっしりとした身体付きの強そうな男だった。

しかし眼鏡をかけていて、まるで顔を隠すように帽子を深く被っている。怪しげな男をあまりじろじろと見るわけにはいかず、目を逸らす。


「さっき炎を出してただろ?炎を操れるのか?」

「操れるって言うか、そんな大層な力じゃないんすよ…。」

「へえ?そうか?俺は普通にすごい力だと思うけど。」


お兄さんにそう言ってもらえて嬉しいけれど素直に喜べはしなかった。だってやっぱり、俺の力は弱すぎる。


「どうやったらもっと強くなれるんすかね…。」

「強くなるために筋トレしてるのか?」

「…まあ、そうっすね。身体が強くなれば、力も強くなるかなぁって。」

「俺は、あんまり関係ねえと思うぞ。“力”は、“心”で強くなるんだ。」

「力は…心で…?」


お兄さんは俺にそう教えると、ポンポンと俺の頭を叩き、ニッと笑って去っていった。


「がんばれよ。」


そのお兄さんの帽子の下から覗かせた顔が、とてもかっこよくて思わず見惚れてしまったのだった。…一体誰だったんだろう…。

あのお兄さんは、どんな力を使うのだろう。


俺は、お兄さんの教えを胸に刻みながら、ポッと自分の手のひらに収まる炎と向き合った。

俺の炎よ、もっともっと、大きくなれ、と願うように。



「ワタル知ってる?ゾーモリがまたやらかしたんだって。」

「はあ?あいつまたかよ。」

「ダーヤ・リトの竜巻を食らったらしいよ。それも前よりかなり強い竜巻らしい。」

「あいつ自分から死にに行ってるよな。」

「ほんとそれな。」


ベーアヤとゾーモリの話で笑っていると、友人クサカ・ベ・ハルキ、あだ名はクソカベが俺たちの会話に加わってきた。


「あいつ全然懲りてなくて、リナ様の突風を食らいたかったとか言ってたぜ。」

「まじかよ?どこまでもバカだな。」

「俺はこの前落とし物してる人を見て見ぬ振りしたらリナ様の突風食らえたけどな。」

「うわ、クソカベうっぜー。落とし物気付いたんなら拾ってやれよ。」

「申し訳ないと思ったが俺だってリナ様の突風を食らいたかったんだよ。」

「そういうこと言ってる奴にはいずれダーヤ・ルイの雷を食らうことになるぞ。」

「それだけは勘弁してほしい。」


この世の人間は皆、ダーヤ・ルイの雷を恐れているのだ。だから、それを避けたければ常に善人でいなければならない。

ダーヤ・ルイは、いつも人々を空から見下ろしているのだから。





俺、タク・ヤク・ローセは、ガキの頃から必死に“怒ること”を封印している。何故なら、俺が怒ると地上が揺れることに気付いたからだ。


まだ俺が小さな赤ん坊の頃、オムツの中でお漏らしをしてしまったその不快感から大泣きをし、俺がいるベッドが揺れていることに気付いた両親が教えてくれた。


『あなたはとんでもない力を持ってしまったかもしれない』と。


成長するにつれ、その力は強くなった。


『肉が食べたい!魚より肉が食べたい!』


晩飯で魚の日が続いた日、俺は我慢できなくて親にそんな不満を漏らした。


ガタガタガタ…

揺れる室内、焦る両親。


『分かった分かった!明日は牛肉にしてあげるからタクちゃんお願いだから落ち着いて!』


俺が心を落ち着かせると、室内の揺れが止まったことに気付いた。この時俺は、自分の力を自覚したのだ。


しかし魚より肉が良いと言う不満なんて、そこまで大きな怒りではなかったはずだ。それなのにあの揺れ方。


俺は自分が怖くなった。


この力は、俺自身を自滅させてしまうんじゃないか、と、俺は常に自分で自分を恐れている。





「タク・ヤク・ローセはこの世の脅威だな。なあ兄貴?」


なにが面白いのか、リトがにやにやとしながら俺にそう言ってきた。ジロリと睨みつけるようにリトを見ると、リトは憎たらしく俺を見ながらヘラヘラと笑っている。


「だってあの人、ぶっちゃけ兄貴の雷効かねえだろ?」

「タク・ヤク・ローセが悪人にならなかったら良いだけの話だ。」

「なったらどうする?」

「俺らの力を全部出してでも奴を仕留めるしかねえだろ。奴の頭上に雨、雪、雹を降らし、お前が竜巻を起こす。」

「お〜なるほど。」

「…まあ、そんな必要は無さそうだけどな。」


タク・ヤク・ローセは自分の力を常に抑えようとしている、その努力を、ダーヤ・ルイは気付いているのだった。


「それよりゾーモリ・キヤをなんとかした方がいいな。あいつまったく反省してねえぞ。」

「そうみたいだな。俺の竜巻じゃ不満だったらしいな、舐めてやがる。もう一発いっとくか?」

「いや、次の悪事に出た場合は俺があいつに雷を打つ。」



ダーヤ一族がそんな話をしている頃…

ゾーモリ・キヤの背筋がヒュッ…と寒くなった。


「やべえ、…そろそろ本気で大人しくしてた方が良いかもしれん。」

「ん?どうした?ゾーモリ。」

「今急激に背筋が寒くなった。」

「あ〜、さてはダーヤ・ルイに監視されてるな〜?お前ほんとにそろそろ大人しくしてた方が身の為だぞ。」

「…そ、そうみたいだな。」


ゾーモリ・キヤは、ようやく自分の行いを少しばかり反省したのだった。


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