prologue [ 68/87 ]


この世の中には、さまざまな能力を持った人類が互いに支え合いながら暮らしている。

例えば俺、ワタル・トモッカは、ふっ、と手に息を吹きかけると手のひらから炎を出すことができる。

人々はこの自分が手にしている能力を、必ず人助けに使わねばならない。仮に困っている人を見て見ぬ振りをした場合、この世の神、ダーヤ・ルイが決してそいつを放ってはおかないだろう。


ダーヤ・ルイは、空から雨を降らすこともできるし、雷を落とすこともできる。そして子分のダーヤ・リトに命令し、竜巻を起こさせることもできる。もう一人の子分、ダーヤ・リナに指示をし、突風を吹かすことだって。

3人揃えば台風だって起こせる、ダーヤは神の一族であった。



「うう…今日は寒いのぅ。バスが来るまでに腹が冷えて下痢がワシを襲ってきそうじゃ。」



俺はある日、バス停でバスを待つ一人の老人に出会した。

足をガタガタと振るわせ、いつ腹が冷えてもおかしくなさそうな老人の元に俺はゆっくりと歩み寄った。


「ふっ…」


老人の横で、俺は手に息を吹きかける。


「おお…なんと!青年よ…炎が出せるのか!」

「はい、ゆっくりあったまっていってください。」

「こりゃ助かる…恩に着るよ…。」


老人のお礼の言葉を聞いた俺は、スッと空を見上げた。

ダーヤ・ルイ…ちゃんと今の見ててくれてるかな。

良いことしたから、俺に幸運が訪れますように。







「おー、ワタル・トモッカは毎日良いことに炎を使ってるな。そろそろ彼の行先で温泉が噴き出す準備でもしておこうか。」

「兄貴あの炎使いをやたら気に入ってるよな。あんなちっさい手のひらの炎で下痢が我慢できるかよ。あのじいさんは残念ながらバスに乗ってからまた再び下痢が襲ってくるぜ。一時凌ぎで良いことした奴に温泉を与えてやるのはもったいねえだろ。」

「うるせえな、リト。ワタル・トモッカはこの前身体が冷えた子供を長時間暖めてあげていたこともある。心そのものが暖かいんだよ、そこを評価してやる必要があるだろ。」

「あ、今透明人間能力を利用して女子更衣室の覗きをしている奴がいるぜ。あいつは確かゾーモリ・キヤだな。罰を与えなくて良いのかよ?」

「なに?よし、やれ。この前の倍強い力でやっていいぞ。」

「うぃ〜。」


ダーヤ・ルイの指示に、リトは透明人間能力発動中だったゾーモリ・キヤの頭上に竜巻を起こした。


「ギャアアアアアア!!!!!!ダーヤさま!お許しくださいもうしませぇぇあああああ!!!!」


こうしてこの世の中は、悪人を始末するダーヤ一族により、平和が保たれているのである。





「なあなあワタル、タク・ヤク・ローセって人を知ってるか?」

「え、ううん、知らねえ。」


俺は友人のナチ・ベーアヤからとある噂を聞いた。


「その人を怒らせると、その人がいる場所が震源地となり、地震が発生するらしい!」

「なんだってえ!?!?」


俺は信じ難いベーアヤの話に目を見開きながら驚いた。地震を起こせる人間がいるなんて、考えただけでもこの世は終わりだ。


「まあ噂だからな。誰かが勝手に言ってるだけだろ。」

「そうだと良いんだけど…。恐ろしいな。」


俺はこんな小さな炎を出すことしかできないのに…この世の中はまだまだ驚くような能力を持つものたちで溢れている。


「あ、やっべ。俺もう帰んなきゃ。ユーヒと約束してるんだった。じゃあな、ワタル。」

「おう、またな。」


ベーアヤはマッハ速度で走れる足を待つその足で、一瞬で俺の前から去って行った。


いいなぁ。あの足があれば、バイクも車もいらない。羨ましいベーアヤの能力に、俺はなんだかだんだん自分の能力が少し物足りなくなってしまった。


そんな時、事件は起こった。


「キャー!助けて!!!!」


近くから女性の叫び声が聞こえてきた。

俺は咄嗟に周囲を見渡した。


「ハッ…!!!」


女性の身体が、ツタを手から生やすことができる男のツタに巻き付けられている。


「やめろぉ!!!」


俺はツタ男の前に立ち、ふっと手に息を吹きかけた。その手で男を殴ろうとして、ハッとする。もし俺がこの手で殴ってしまうと、女性にまで炎が渡ってしまう恐れがある!


助けたい、でも…!どうしよう…、

どうしよう、ダーヤ・ルイ…!!!


その時、ドン!!!とツタ男の脳天に一瞬青い光の筋が見えた。天から落ちてきたその光は…



「ダーヤ・ルイの…、雷の力なのか…?」


この世で雷を操れる人間は一人しかいないと言われている。

俺はふっ、と空を見上げた。


ツタ男はふらりとよろめきながら、女性をツタから解放し、地面の上にぶっ倒れる。


「ありがとう…ダーヤ・ルイ…俺、なんにもできなかった…。」


俺は悔し涙が目から溢れそうになった。

こんな小さな力じゃ、全然人を救えない…。


そんな時、眩い光とともに、美しい青年が俺の目の前に現れた。


「そんなことねえよ。ワタル・トモッカの勇気はしっかり俺に伝わってきた。」

「……だれ?」

「俺か?俺は…、うわっ!!!」

「ちょっとおにいちゃ〜ん?勝手に下界に降りたらダメって自分がいつも言ってるくせに!もう、早く戻ってきて!」

「あっ待て!俺はワタル・トモッカに話が…!」


美しい青年は、突如現れ、そして、突如姿を消してしまった。


今のは一体誰だったんだろう…


俺の頭の中にしっかり焼き付いてしまったあの美しい青年が気になって、俺はそれからというもの夜も眠れなくなってしまった。


あの美しい青年は一体…

また会える日は、くるのだろうか。


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