矢田さんのお弁当 [ 55/87 ]


「矢田〜、飯行くか!」

「あ、すみません、俺今日弁当なんです…。」


いつも上司から昼食に誘われている矢田さんだったが、今日は鞄の中からお弁当箱を取り出し、上司からの誘いを断っていた。


「お?珍しいな。自分で作ったのか?」

「…いや、その、恋人が作ってくれて…。」


恥ずかしそうに話す矢田さん。
照れ臭そうで、頬が赤く染まった。
つまり愛妻弁当か。

周囲でそれを聞いていた女性社員たちが「愛妻弁当ですか〜!?愛されてるぅ!」だなんて言いながら矢田さんの元へ集まってくる。

…が、本音は『どれどれ、料理のレベルを見てやろう…』とでも言ったところか。

彼女たちは、常に矢田さんのことを狙っているから、料理下手な彼女なら付け入る隙間があるはずだと考える。


巾着袋の紐を緩めた矢田さんの手元からは、ラップに包まれたおにぎりがゴロゴロと入っているのが見えた。

いびつな形だ。三角形でもなく、俵型でもない。
なんなんだこのおにぎりの形は…。


「見てください、ハート型です。」

「…お、おう…。」


嬉しそうに矢田さんからおにぎりを見せられた上司が、反応に困っている。…それ、ハート型だったのか…。

周囲で見ていたものは、何一つ口を開かず、無反応だった。


「いびつなハート型ですなぁ。」


矢田さんは嬉しそうに呟きながら、おにぎりを机の上に置き、お弁当箱を取り出して蓋を開けた。

中身を見ればこれまたびっくり。

ぐちゃぐちゃな卵焼きに、少し焦げ気味なウインナー。そして、アスパラをベーコンで巻きたかったのだろうか?アスパラの隣にはベラベラとベーコンが散らばっている。

お弁当箱のど真ん中にプチトマトはあるし、ぐちゃぐちゃな卵焼きにブロッコリー刺さってるし、正直見た目は最悪だ。


周囲でそれを見ていた女性社員は、あまりの出来の悪さのお弁当にドン引いている。


自分のお弁当を差し出したい…、そう思って、手にお弁当を持っている者も。


「おお、あいつがんばったなぁ。」


しかし矢田さんは嬉しそうにそんな感想を漏らした後、「いただきます。」と丁寧に手を合わせてお弁当を食べ始めた。


おかずとおにぎりを交互に食べながら、おにぎりをがぶっと食べた時、矢田さんは「ん?」とおにぎりの中身を見てふと動作を停止する。


「おぉ…!おにぎりの中に梅干し…!しかもタネが入ってない!」


矢田さんは感動したようにそう言って、またガブガブとおにぎりを食べ始めた。
なんでこんなことで感動しているんだろう…。おにぎりの中に梅干しというのも、タネが入っていないのも、普通…というか当たり前だと思うのだが。

「えらいえらい。」と謎に褒めながらお弁当を完食した矢田さんは、丁寧にまた手を合わせた。


「ふぅ、ごちそうさまでした。…あ、お弁当の感想言っとかなきゃ。」


食後は缶コーヒー片手にスマホで文字を真剣に打っている。好きなんだろうなぁ、彼女さんのこと。あんなぐちゃぐちゃなお弁当でも、矢田さんはかなり幸せそうに食べていた。


こうして、矢田さんの昼食は三日間お弁当が続いたのだが、四日目には「あいつ三日坊主だからなぁ。」と呟いて、矢田さんは上司と昼食を食べに行くのだった。


三日坊主の彼女…

それって大丈夫なのか?



やはり矢田さんの彼女は自分で無ければ。と、今日も元気に女性社員は矢田さんのことを狙っている。


矢田さんのお弁当 おわり

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