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「そうだ、食堂、行こう!!!」

「なにその、そうだ京都行こう。てきなノリ。」

「京都いいね。行く?」

「食堂行くんだろ。」

「うん。京都も行きたいな、…佑都と。」


あ、行ってくれるんだ。食堂。

佑都は俺の手を引いたまま歩きだした。

俺の佑都と京都行きたい発言はスルーされたが佑都にスルーされるのはまあいつものことである。


「…あ、風紀委員長忘れてた。」


そこでふと風紀委員長が来ていたことを思い出した俺は、風紀委員長の方へチラリと振り返ってみると、風紀委員長はちょっと怒ったようにムッと唇を尖らせて、こっちを見ていた。


やっぱりあの人めんどくさそうだ、と思った。俺はもう二度とあの人にはメールしない。あ、嘘。緊急事態の時はするかも。


「…実はちょっとだけ気まずい。」


風紀委員長の様子をチラリと伺っていたところで、佑都が徐に口を開いた。


「ん?なにが?」

「…だから光のとこに逃げてきた。」

「あ、あの勇大とかいうやつ?」

「友達と話そうとするとあいついるし。」

「ああ、うざいね。」

「やっぱ光といるのがなんだかんだ言って一番気楽なんだよ。俺。」


佑都は何気ない気持ちでそう口にしたのだろうが、俺は佑都の言葉に嬉しくって思わず足を止めてしまう。


「そりゃあ俺は佑都のことを一番に思って、佑都を優先的に考え、ものすごく優しい幼馴染みで、」

「気持ち悪いことばっか言ってくるのが難点だけど。」

「……気持ち悪い?」

「ん?」

「やっぱ、俺の言うことは気持ち悪い?」

「うん、基本的に気持ち悪い。」

「……そっか。」


俺は佑都からのストレートな返答に、さっき少し嬉しくなった気持ちが一気に悲しい気持ちになった。


俺は、佑都の言動にとても左右されやすいのだ。だって佑都のことしか頭にないから。


「なに一気にテンション下がってんの?」

「どうせ俺は気持ち悪いですよー。」

「言ってねえだろそんなこと。」

「言ったよ。俺の言うこと気持ち悪いって。」

「ああ、それは言ったよ。お前昼ドラ見過ぎなんだよ。」

「なんか昨日から新しいのはじまったらしいけどまじドロドロらしいよ。見るの楽しみ。」

「キモ。俺の部屋で見んなよ。」


佑都は心底嫌そうに眉を顰めて俺にそう言ってきた。


話が随分飛んでしまったが、佑都は結局キモい、ウザいと言いながらも、俺の元へ来てくれる。


だから俺は、もっともっと、佑都依存症になるのだ。


食堂に到着すると、俺たちは結構注目を浴びた。『神谷様、』と口々に佑都の名前が噂されている。


佑都は居心地が悪そうに、眉を顰めている。


「頼んでくるから席座ってていいよ。」

「…サンキュー。うどんがいい。」

「はーい。」


佑都の希望を聞いて、佑都は奥のテーブルへ向かっていった。


佑都は人混み嫌いなんだから、生徒会用のテーブルを使えばいいものの、何故か一般席の空席を探す。


「なんで生徒会用んとこ行かねーの?」


佑都のうどんと、俺の頼んだ日替わり定食を持って佑都が座るテーブルへ置きながら、疑問に思ったことを問いかける。


「…あそこに行く方が目立つだろ。」


…ああ、そういうことね。

理解した俺はうどんとお箸を佑都の前に置いて、それから着席した。


生徒会役員席は、常に視線を浴びている席だから、佑都はきっと、それが嫌なのだ。


「…ここにいてても目立ってるけどね。」

「…なんか言った?」

「…んーん、なんにも。」


全然視線なんて向けられていない、と思ってるのだろう。

ジロジロとたくさんの人からこっちを伺われているのに、ホッとするようにうどんを啜る佑都が、たまらなく愛しい。

離れたくないな。

佑都、友達とずっと喧嘩してろよ。





「…なんなんだよあれ。」

「…風紀委員長、光となにかありました…?」


昼休み、再び夏木の元に訪れた俺に、夏木の友人、松波が窺うように問いかけてきた。


俺のことを軽くあしらうような態度を見せる夏木の頼みに対し、思わず『お前が言いに行け』と口を滑らせてしまった直後、俺はやってしまった、と思った。ついカッとなって言ってしまったことだった。

あいつが直接言いに行くなんて、きっと良からぬことまで言いそうだから、そんなこと本気で言っているわけではない。


なのにその俺の言葉に夏木はあっさり頷いてしまったから、俺は遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。


不完全燃焼で終えてしまったやり取りに、もやもやしたから、俺は再び夏木の元に訪れたのだが、夏木の俺を見る目はとてもうざったそうだった。


そうしてまたもやもやとした気持ちが増えたところで、もっと最悪なことに神谷がその場に現れた。

その声に夏木は俺の手を振り払い、神谷の元へ駆け寄る。


あいつは俺のことなんか、眼中にないな。と思った。いや、そもそも俺はなにがしたいのだろう。

夏木のことが気になってるのは確かだが、だからってもやもやして、これじゃあほんとうに俺はあいつのことが好きにでもなってしまったみたいだ。

まだ数回しか会話をしたことのない後輩相手に、あり得ないだろ。


なのにこのなんとも言えないもやもや感。気持ち悪い。


「あいつって神谷相手だと猫かぶってんの?」


俺のことはキツイ目で見るくせに、神谷を前ではまるで人が変わったかのように、あいつは表情を変えるのだ。


「猫かぶってないですよ。猫かぶってるように見えますか?」

「ああ、見えるな。神谷は知ってんのかよ、あいつのあの腹黒さ。」

「……光、腹黒いですか?」


問いかけても、問いかけても、何故か夏木の友人は不思議そうな顔をして問い返してくる。


「腹黒いだろ。」

「…光はとても素直な子ですよ?」

「素直?あいつが?」


素直、ってのはありえねえだろ。と思いながら松波の言葉を待つと、松波は「はい、とても素直な子です。」と言い切った。


「光は、佑都先輩以外の人には関心がないのだと思います。だから、風紀委員長への態度はきっと光のありのままの態度、佑都先輩への態度もまた、光のありのままの態度です。

とっても素直だと思いませんか?」


松波は俺にそう言って、にっこりと笑った。


遠回しに俺になんかあいつは興味がない、と言われているようで、俺はカッと頭が熱くなった。


別に俺はただちょっと気になってただけなのに、なにも言っていないのに、勝手に俺はもうふられているような気になってしまって、なんだかほんとうに、さらに、俺はもやもやとした思いを抱えることになって、

とても気分がむしゃくしゃした。


ますます自分が分からなくなった。


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