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佑都と光、そして真田先輩が出て行った教室内には、暫くの間静寂が訪れていた。


「…佑都くん、お腹押さえてた。勇大に殴られた顔じゃなくて、お腹押さえて痛そうにしてたよ。」

「……うん。」


泣きそうな顔をして、最初に口を開いたのは傑だった。

俺も、それに気付いていた。
それに気付いて、あれ、おかしいなって思った。

そこで真田先輩が現れて、佑都の身体を気遣っていたから、やっぱりおかしいなと思った。


「…佑都くん、生徒会室で寝てたって多分嘘だよ。」

「…うん。」

「…それに佑都くんの幼馴染み、あの子にも多分なんかあったよ。カッターシャツ変だった。」

「…うん。」


傑は普段、お惚けた性格をしているが、案外周りを冷静に見ている。そんな傑が話している間、勇大はずっとムスッとしながらそっぽ向いていた。

勇大の性格からして、あの様子は拗ねているのだ。光に、そして真田先輩に、あれこれと言い返され、あっさりと自分の考えを否定され、指摘されたのだから。


しかし正直、今勇大には構っていられない。それは多分、傑も同じ気持ちだろう。その証拠に傑の表情は、心から佑都のことが心配で心配でたまらないといった表情だ。みんなも知っての通り、傑は前から佑都のことが大好きだったから。


「…どうしたらまた、佑都くん俺らに話してくれるかな。愚痴でもなんでもいいから、俺は佑都くんの話をなんでも聞いてあげたいよ。」

「…うん。俺も。」

「……俺だって。」


傑の言葉に頷くと、ずっと黙って話を聞いていた凛斗も頷いた。

みんな、気持ちは同じなのだ。
真田先輩も言っていたように、佑都が俺らに愚痴を言おうとしてくれたこと、きっと嬉しかったはずだ。勇大だって、きっとそうだ。



「…勇大さ、…意地はってる場合じゃねえよ。お前自分の考え否定されてムキになってるだけだって。」

「あああうるせえなどいつもこいつも!!!んなこと自分が一番分かってんだよ!!!」


勇大は将也に図星を突かれたのか、イライラしたように近くの机を蹴り倒した。ガタンと派手な音がして倒れる机に、傑がビクリと肩を震わす。

こうやって物に当たる性格、なんとかならないかな。…今はそんなことどうでもいいけど。



「…分かってんならやる事は決まってるよな。勇大はまず佑都に一言謝罪をするべきだ。
いくらカッとなったからって、顔殴るのは良くねえだろ。

一言だけでも謝罪すれば、なにか変わるかもしんねえぞ。」

「無理に決まってんだろ。お前俺が自分から謝りに行ける性格してると思ってんのか?」

「思ってねえよ。でもだからこそ、お前から謝りに行ったら、佑都お前のこと見直すんじゃねえか?」

「…チッ。」


将也の言葉に勇大は、不機嫌そうな顔をしたまま舌打ちをし、そしてそのまま黙り込んだ。


勇大は、少し冷静になって考えてみれば良いと思う。


ここから先は自分で物事を考えて解決しなければ、きっとまた同じことを繰り返すだろう。

俺は勇大に手助けなんか一切しないし、勇大の次の言動で、ひょっとしたら俺は勇大を見限るかもしれない。


自分で招いた困難は、自分で解決してもらわなければ。


そんな気持ちで俺は、勇大を視界に入れるのはやめ、光に手を引かれて出て行った佑都の様子を思い出していた。


やっぱり佑都の様子も、そして光の様子も、どこかおかしかったから。





「佑都の隊長さん、明日からがんばります!って張り切ってたね。」

「ああ、今日真田先輩といろいろ話したからな。」

「…いろいろ?ってなに?」


俺の部屋に帰ってきて、勝手に俺の部屋着に着替えて、寛ぎながら弁当を食べている光は、からあげをお箸に挟んだまま俺の方を見て問いかけた。


「ああ、ああ、落ちる落ちる。」

「あっ」

「ほらもー。落ちた。」


からあげは光の箸から抜け出して、コロコロと絨毯の上に転がった。


「3秒ルール!」

「あーあもう絨毯汚すなよな。」


もぐもぐと落ちたからあげを食べる光は、「で?なんの話したの?」とまた俺を見て問いかけた。


「あー…親衛隊のこととか?

会長に隊長とはコミュニケーション取れって言われたからいろいろ話したんだよ。まーよかったよいろいろ話して。相談しやすくなったし。」

「別に俺が佑都の相談聞いてあげるのに…。」


俺の話を聞いた光は、ちょっと拗ねたようにムッとしながら、エビフライの上にタルタルソースをかけ始める。


「そりゃお前に相談できることなら相談するけど、俺は的確なアドバイスが欲しいんだよ。」

「よし。この夏木 光くん、的確なアドバイスをしてみせます。」

「よし。じゃあ相談するけど、俺明日からあいつらに顔合わせづらい。どうしたらいいと思う?」

「放っとけばいいと思うよ。」


うわ、絶対言うと思った。
どこが的確なアドバイスなんだよ。


「放っておけばいいのは勇大だけだろ。」

「ああそうそう、俺はそれが言いたかったの。」

「絶対嘘だな。お前に相談はダメだな。」

「えぇぇ〜!!!」


光が唇を尖らせて不満そうな声をあげたときだ。俺の部屋の、インターホンの音が鳴り響いた。


「ん?誰か来た?」

「ぽいな。」


重たい腰を上げて、玄関に向かう。

そろりと扉を開けると、そこに立っていたのは猛だった。


「…おお、猛か。どうした?」

「あー…今日の授業のノート。写したいかなって思って。」

「え、持ってきてくれたのか?うわ、すっげえありがたい、写したい写したい。」

「…別に今日無理して写さなくてもいいからな。…佑都、なんかあったんだろ…?」


そう言ってノートを差し出す猛は、心配そうな顔で俺に視線を向けてきた。

ああやっぱり。猛はきっと俺のことを、凄く心配してくれているな。と思い、先程一言謝っただけで背を向けたことに少し申し訳なく感じた。

俺が勇大に殴られた意味を考えるとしたら、あまりに呆気なかったその態度だろう。

しかしムカつく。
思い出したらムカつくな。
思い返すのはやめよう。


「…上がってくか?…あ、光来てるけど。」

「…あ、じゃあ上がらせてもらう。」


猛が持ってきたノートを受け取りながら、俺は猛を部屋の中へ促した。


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