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自分の分と真田先輩の分のコーヒーを机に置いて、俺もソファへ腰を下ろす。

真田先輩は「ありがとうございます!!!」と勢いよく頭を下げた。そんなに深々とお礼を言われるようなことはしていないのに。


「真田先輩、俺さっき会長に言われたんです。真田先輩とコミュニケーション取れって。」

「…そうだったのですか。」


そう頷いた真田先輩は、コーヒーに口をつけ、「美味しいです。」と顔を綻ばせた。

「よかったです。」と、コミュニケーションを取るために、返事を返す。さて、何を話そうか。と考えた時に浮かんだのは昨日のことだ。


「先輩、昨日はすんませんでした。俺すげーむしゃくしゃしてて先輩に失礼な態度取りましたよね。」


昨日、とは、昨日の昼休み。真田先輩は俺にゆゆを怪我させたことに対して“俺に”謝罪をしたのだ。その前に勇大と口論になって、むしゃくしゃ苛々していた俺は、その苛々を真田先輩にぶつけてしまった。何故俺に謝るのか。怪我をしたのはゆゆなのに。


しかし冷静に考えれば、あの時の俺まじ失礼だったよな。

そう思って真田先輩に謝ったけれど、真田先輩はブルブルと首を左右に振った。


「謝らないでください…!神谷様のおっしゃられたことはごもっともなのですから…!そして僕は、自分の浅はかさを自覚しました。反省しております…。」


あー…うん。…あの。…困ったな。

両手をギュッと握りしめて、縮こまっている真田先輩。なかなか難しい。この人とコミュニケーション取るの。


「…はあ。」とため息を吐くと、真田先輩の肩がびくりと跳ねた。え、…あの。ひょっとして俺にビビってんのか?いや俺のため息吐くタイミングが悪かったのか?

きっとそうだな。ため息には気を付けよう。


「真田先輩。先輩が俺にそんな態度じゃ俺困ります。もっと普通にしてください。普通にしてくれたら、俺は真田先輩ともっと話をできる気がします。これはどうか俺のためだと思って…どうか普通にしてください。」


“俺のため”…とそんな言い方をするのはずるいが、そう言わないと真田先輩は必ず首を振るだろう。

しかし、“俺のため”と言ったその言葉に、真田先輩はとても困ったように苦笑した。


「普通に…と言いますと、ずばりどのように神谷様に接すればいいのでしょう…お恥ずかしいのですが、僕は神谷様の前だと緊張してしまいます…。今のこの態度が…、僕にとっては精一杯かと…。」


真田先輩の返答に、今度は俺が苦笑した。
普通に、とは、まあ例をあげるとしたら会長と俺のような感じ。
会長は、今思うと結構話しやすい。
先輩後輩ということを忘れてしまいそうなくらい話しやすい。
理想は俺と会長のような感じ。

しかしまあ真田先輩にそこまで求めるのは無理だろう。そもそも《俺と会長》と《俺と真田先輩》といったら、全然関係が違いすぎる。

自分でいうのもおかしいが、真田先輩は俺のことを慕っている。それに比べて会長は俺のことなど慕っていないし、俺も会長のことを慕ってない。だから会長とは普通に話せる。


少し無理な例を挙げたが、つまり自然体でいて欲しい。


「相手が俺だからって、敬いすぎないでほしいです。俺は普通の高校生です。あまり敬われすぎるといい気はしません。ましてや相手は先輩。俺が敬うべき立場です。

それと、正直に言うと“神谷様”って呼ばれるのは嫌です。からかわれてる気がしてなりません。勿論真田先輩たちが俺をからかっていないことは分かってます。でも嫌です。

“神谷くん”、ではダメなんでしょうか?無理なお願いを言っているかもしれませんが、先輩たちが俺のことを思ってくれてるのなら、どうか“神谷様”ではなく“神谷くん”、と呼んでほしいです。」


言った。言ったぞ。今俺結構本音を言った。常日頃から思っている、嫌なことも言った。口が渇いた。唇が乾燥して嫌だ。とまあ唇の乾燥はさておき。コーヒーを一口口にする。

さて、真田先輩に俺の思いは届いたのか。

真田先輩の表情を伺おうと視線を向けると、先輩の目には涙が溜まっていた。しかし泣かないように、と我慢しているように見える。膝の上にある手がぷるぷる小さく震えてる。

…ああ、少し言い過ぎてしまっただろうか。いっぺんに言う必要は無かったかもしれない。

と、自分の発言を少し悔やむ。

暫しの沈黙のあと、真田先輩は小さな声で俺の名を呼んだ。


「…神谷、くん…。」

「はい。」

「…呼び慣れません。無礼ではありませんか…?これで、大丈夫でしょうか…?」


とても不安そうな真田先輩の表情。
戸惑いの色も見える。
しかし先輩のその態度のどこが無礼だというのか。

俺は、その先輩の不安を取り除くように、顔面に笑みを貼り付けながら返事をした。


「そっちの方が全然良いです。」


先輩の顔はみるみるうちに赤くなっていき、その場で縮こまる。


「…じゃあ、これから神谷くん、と、お呼びします。親衛隊員にも、そうさせます。…そちらの方が、神谷様、あっ…神谷くんは、良いのですよね…?」

「はい。よろしくお願いしますね。」


ヘラリと笑って見せると、真田先輩は肩の力が抜けたように、小さく「ふぅ…」と息を吐き、そして先輩も口が渇いたのか、コーヒーを一口口にした。


「…美味しいです。」

「それはよかった。」


真田先輩を安心させるように笑うのは結構疲れるので、俺はじわりじわりと笑みを崩した。


俺はそもそも愛想笑いが苦手なんだ。


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