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こうして数十分後向井の部屋に到着した俺らだが、玄関にはすでに3足、男もんのローファーが並べてあり、ん?と眉を寄せる。


「誰か来てんのか?」

「あ、そうみたい。同室のツレかなぁ?」


おいまじかよ。騒がしいの勘弁だぞ。…と思ったのも束の間、


「あ〜、傑おっかえりー!」

「よっ、待ってましたー。」

「これ負けたやつ飯奢りだから!お前も混れ!」


共同スペースとしてできている中央の部屋で、制服を着崩しリラックスモードの男3人が、小型ゲーム機をそれぞれ持ちながらテンション高らかに向井を歓迎した。


「ごめんねぇ〜今日はパス!」

「は?なんで?…って!神谷様じゃーん!!」

「わっ、まじだ!神谷様だ!」

「おいおいどして神谷様が!!」

「…チッ。なにこいつら、ウゼー。」


揃いも揃って『神谷様、神谷様』って。俺をおちょくってんのか?おい。つーかバカにされてんだろ、俺。


「あばばばば、神谷様がご機嫌ななめ!」

「ちょ、めっちゃ睨まれてる!めっちゃ睨まれてる!」

「原因、お前らの佑都への呼び方な。」

「あ、猛も来てたんだ。」

「おお!うーっす猛。」

「うーっす。」


なんだ、猛のダチかよ。
つーか帰る。俺帰る。

俺は無言で向井らから背を向けた。


「え、ちょ、帰んの?」

「え!やだ!佑都きゅん帰んないで!!おいこらお前らのせいだぞバカ!」


向井は焦って俺を引きとめようとするが、俺は決めた。絶対帰る。


「えぇ、なんで帰んのよ神谷様。」

「神谷様もやろーよ、ゲーム。」

「だからお前らのその呼び方がダメなんだってば。」


猛は呆れたように奴らに言うが、まったくそのとおりだ。なんなんだ、そのふざけた呼び方。気分が悪すぎて仕方が無い。


「えー、だって神谷様じゃん。」

「親衛隊のやつらが『神谷様、神谷様』つってたし。」

「そうそう。つーか今神谷様の親衛隊員、超殺気立ってるけど大丈夫?」

「………は?……親衛隊?」


ちょっと待て。

今聞き捨てならないことを聞いてしまったような。いや、待て。待て、待て。ちょっと動揺しているんだが。落ち着け俺。


「おいー、それ佑都に言うことじゃないから。」

「え、なんで?だって神谷佑都親衛隊のことだぞ?」

「つっても非公認な。佑都は親衛隊がいるとか知らないし。な?」


いやいやいや…『な?』って猛よぉ、お前自分は知ってるような口ぶりだなおい。


「まじかよ。まさか本人が知らねぇとか…。」

「つーか結構人数多いぞ、あれ。副会長の親衛隊くらいいくんじゃね?」

「余裕だろ!佑都きゅんの人気は副会長より絶対上だもんね!」


向井傑、お前もー黙ってろよ。と向井を睨むと、「キャッ」と頬に両手を当てながら気持ち悪いくらい高い声を出した。…いや可愛くねぇから。もー向井傑帰れ。…っつってもここは向井傑の部屋である。


「気が変わった。ちょっと混ぜろよ。つーか話聞かせろ。」


俺だけ何も知らないなんて納得できない。

俺は向井を追い越して部屋に入り、お構い無しに向井の同室者とその連れが寛いでいたカーペットの床に腰を降ろし、胡座をかいた。



「で?」


仏頂面で話を切り出す。
さっさと誰か説明しろ、と。


「やーべぇ、神谷様俺の隣に座ってるよ。」

「まだそれ言うか、お前。」

「あ、ちなみにそれ俺の同室者ね!名前は凛(りん)ちゃん。」


向井傑、その紹介今不要。

つか凛ちゃんって。えらく可愛いその名前は、やや吊り目で気がキツそうなその顔には似合わなさすぎる……ってことで少々ウケた。


「……凛ちゃんて。」

「おい傑!名前て言うな!?俺凛斗(りんと)だし!!」


少々笑い混じりに言えば、向井の同室者“凛ちゃん”は恥ずかしそうに向井を責めた。これは結構面白い。


「はいはい。もーお前凛ちゃんでいいから。」


俺をふざけた呼び方した仕返し。


「凛ちゃん、詳しく教えて?さっきの話。」


からかうように言ったつもりが、何故かその場がシーンと静まった。は?なによこの空気。


「……佑都くん……今の反則!!!」

「は?」

「神谷様えげつねぇわまじ。」

「…は?」

「もう俺、凛ちゃんでいいや…。」

「意味がわからん。」


誰かこの状況説明してくれ。


「佑都…自覚が無いって時に恐ろしいよ、凄くね。」


とうとう俺が唯一頼りにしている猛まで、意味不明なことを言い始める始末である。


「もう泣いていい?まじ意味わかんねんだけど…お前らまじなんなの、俺をなんだと思ってんの?」

「え?神谷様。」


ケロっとした顔で答えた俺の正面に座る名も知らぬ男を、物凄くどつきたくなった。


「なあ猛、あいつしばいていい?」

「落ち着け佑都!しばいていいから!」


あ、しばいていいんだ。

って言っても立ち上がらないと届かないからそんな面倒なことはしない。


「ひょー、神谷様おっかねぇなぁ。」

「将也(まさや)、その神谷様っての、まじやめたげて。」


しつこく俺を『神谷様』とふざけた呼び方を続ける正面の男に見兼ねた猛が俺の代わりにそう言ってくれた。ほんと猛は良い奴だ。


「えぇ、じゃあ神谷くん?あ、それとも俺も傑みたいに佑都くんって呼「神谷か佑都でいいから」…え!呼び捨てOK?喜んで佑都って呼んじゃうよ?」


喜ばれる意味がわからない。

寧ろふざけた呼び方を辞めてくれたことで俺の方が喜ばしい。


ひとまずその『神谷様』とか言うふざけた呼び方は、親衛隊とやらからきていることは理解できた。

俺の正面に座る向井の同室者、凛ちゃんの友達の、名は将也(まさや)というらしいが、その将也と、その隣に座る同じく凛ちゃんの友達、名を聞けば勇大(ゆうだい)と言うらしい彼らの『神谷様』呼びはとりあえず辞めさせることができた。

さて、そろそろまじで本題に入ってもらわねば。イライラして隣に座る凛ちゃんをしばいてしまいそうである。


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