9 [ 10/112 ]

「か…か…かっこよかったよぉ……!ほんとかっこよかった……。光、ありがとう…!」


自分たちの教室へ帰ってきた柚鈴は、先程からそればかり口にしている。

しかも少し涙目なのは俺の気のせいではないのだろう。それほど佑都に会えたのが嬉しかったのか。

ただ出来たばかりの友達を、幼馴染みの元へ連れて行っただけでこんなに感謝されるとは。


「うーん、俺特に何もしてねぇけど。」

「したよ!した!光のおかげで『ウザかったらしばけよ?』って僕の目を見て…!ああ…僕、この言葉一生忘れない!」


おいおい柚鈴ちゃんよぉ…そんな台詞はすぐに忘れた方が良い。

だいたい『ウザかったら』って俺のこと言われてんだからね。俺ちょー微妙な心境!


「あ、ところで柚鈴ちゃん、昼飯はどうするつもり?」

「うーん…食堂行こうかなって思ってるんだけど……光は神谷先輩とだもんね…。」

「柚鈴ちゃんがもし誰とも約束してないなら、一緒に食べよーよ?」

「えっ!?!?いいのぉ!?」


俺の言葉に、柚鈴は目を輝かせて喜んだ。

興奮してか頬が火照って赤くなっている。あんた、まじで乙女か。


「同じ学年の友達ってまだ柚鈴ちゃんしか居ないから、できるだけ一緒に行動したいなぁと思ってね。」

「嬉しい!!僕も光と行動するよ!!だから神谷先輩の話いっぱい聞かせてね!?」

「………ネタならいっぱいあるぜ?」

「キャー!キャー!光最高ー!」


ニヤリと笑って言えば、柚鈴はバシバシと俺の背中を叩きながら暴れていた。



入学式翌日の授業はだいたい自己紹介や学校説明、行事説明、委員会説明などの話を聞きっぱなしで、うとうとと眠たくなる。

昼休みになる頃には、お腹も減ってさらに眠りそうになったところで、午前の授業終了のチャイムが鳴り響いた。


「ひっかるーーっ!!!」


チャイムが鳴った直後にしゅたたたたと素早く俺の元に駆け寄ってきた柚鈴が、俺の名を笑顔で呼ぶ。眠たい目を擦りながら、俺は柚鈴を見上げた。


「えらい元気だな、柚鈴ちゃん。俺超眠い。」

「早く行こ!!神谷先輩んとこ!!」

「あ、そうか。もう昼休みか。」


1年学校に通わなかっただけで、昼休みの時間の感覚がわからなくなっている。ぼーっと時計を眺めれば、時計の針は12時を過ぎたところだった。

るんるんと鼻歌混じりの柚鈴と階段を降りて、佑都のクラスの教室へ向かう。


「あ、佑都と猛きた。」


ちょうど2年の一番手前のクラスの教室の前を通ろうとしたところで、佑都と猛が廊下の奥から歩いてくるのが見えた。


「おーっす、光!とおともだちくん!」


猛が自分たちに気づいて、片手を挙げながら声をかけた。





「なんだ光、ねみぃの?」


昼休み、2年の廊下まで来ていた光と合流する。いつもうるさいくらいのテンションで話す光が、目をグリグリと手で擦って口を閉ざしていたから、そう問いかけた。


「ねむーい。佑都〜おんぶして〜。」

「あほか!はよ歩けこの寝坊助!」


ちょっと大人しいからって普通に声をかけた俺がバカだった。俺の首に両腕を回して、ズルズルと引っ張られるように歩く光をとりあえずしばく。

光を連れて歩くと、ジロジロと突き刺さるような視線を感じる。実際今もこうして光を引きずるように歩いているだけで、あからさまにこちらを見てくるさまざまな視線を感じた。


「まじでこいつ、目立ちすぎだろ…おい猛、お前どうにかしろよ。」

「えぇ、佑都自分が目立ってることいい加減気付こうよ!……まあ確かに光も目立ってるけど。」

「あ、あそこの席空いてる。猛、こいつ連れて行って来い。ダッシュ。」


食堂に到着し、尚いっそ突き刺さる視線が増えたため、猛に光を預けた。


「だあぁ!またかよ!光、行くぞ!ダッシュ!」

「えぇ、俺も?なに佑都自分だけのんびりしてんの?」


『えぇ、俺も?』っつーか自分から進んで席取れよ後輩だろお前。と思いながらも、笑顔で見送ってやった。猛には毎度お世話になっている。


「さて、俺らはのんびり行こうか。」


先ほどから、おろおろとしては顔を赤らめたりと忙しない様子の光の友人に語りかける。


「は、は…はい!」


ボッと火が出そうなほど真っ赤になりながら、返事をした光の友人。お気の毒に。光の友人になったのならば、これから大変だろうと彼を労わるように接する。


「えーっと、名前なんだっけ?」

「な…名前ですか!?まっ…松波 ゆ柚鈴です…!」

「松波ゆゆず?変わった名前だな。」

「えっ、ちが…えっと…。」


そう言えば光が『ゆずちゃん』と呼んでいた気がする。確かにちゃん付けしても違和感が無いくらいに可愛らしい少年だ。


「じゃあ、“ゆゆ”…とか?」

「え…!?」

「呼び名。どうだ、悪くないだろ。」


自信満々に告げれば、松波少年はさらに顔を赤くした。大丈夫なのか?熱ある?これは異常な赤さだ。


「と、ても、良いです……っ!」


けれど、はっきりと返って来たその返事に、俺は満足気に頷いた。


「じゃあ決まり。“ゆゆ”な。」

「……………佑都…先輩…。」

「ん?」

「………って呼んでもいいですか…?」

「ああ、別になんでも。」


俺の返事に“ゆゆ”はとても嬉しそうな表情で笑った。そんなゆゆは、子猫のような、りすのような…とにかく小動物のような生き物のようで、そのふわふわな髪を無意識にわしゃわしゃとかき混ぜていた。


「…光と…仲良くしてやってな。」


一応あいつも、寂しがり屋なところがあるから。
そう、ゆゆに言えば、ゆゆは元気良く「はい!」と、やはり顔は赤いまま、返事をした。



[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -