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「お、なんか可愛い子来てるぞ。」

「つか片方新入生代表の子じゃねぇ?」

「あ、まじだ。…ってことは…」

「神谷か。神谷に用だな。」

「だな。…ああ、羨ましい。」





休み時間。教室内が少し騒がしくなった。

読んでいた参考書から目を離し、顔をあげる。

……げっ。入り口になんか居る。


「キャー!神谷先輩見つけたわよ、松波さん!」


そして、馬鹿な声が聞こえた。カマ口調に少し上擦った気持ち悪い男の声。


「あっはっは、光だー。なんか男の子連れてんぞ」


俺の席まで喋りに来ていた猛が、楽しげに笑った。

猛の言葉で気付いたが、光は男子生徒を1人連れていた。あいつ友達できたのか。まさかその報告しに来たとかではないだろうな?と光を見る。


「神谷せんぱーい。ちょっと良いですかー?」


するとあいつは、わざとらしく俺の名を呼び、ずかずかと躊躇いなく男子生徒の腕を引っ張って教室内へ足を進めた。


「待って、待って光…!」


光に引っ張られている生徒は、顔を真っ赤にしながら焦って光の後を歩いている。

おいおい強引だな。と呆れていると、2人は俺の目の前までやって来た。


「はじめまして、神谷先輩。」

「いやいや、この場に及んでその演技いらねぇから。……つか光うっぜ!」

「演技?失礼な!俺は良い後輩を演じようと思っ「自分で『演じよう』っつっんじゃねぇか」…ハッ!」


だめだ、やっぱ馬鹿だこいつ。


「ところでどうしたの光、その子は?」

「あ、このうさぎちゃん、さっき知り合ったクラスメイトの男の子。名前は松波 柚鈴ちゃん。“くん”より“ちゃん”が似合う激かわ系男子。」


猛に尋ねられ光は、腕を掴んでいた生徒を一歩前に出るように背を押し、その生徒を俺の目の前に立たせた。


「は…は!はじめまして…!!」


その生徒は、ピシッと背筋を伸ばし、より一層顔を赤くしてそれだけ言った。


「光の被害者その2か。因みにその1は俺。」

「え、あ、えっと、」

「あ、遠慮せずにウザかったらしばけよ?」

「ちょっとちょっとちょっと、柚鈴ちゃんに余計なこと吹き込まないでー!」

「因みになんかされたら俺がこいつの大事にしてるもの破壊してやるから。」

「ちょちょちょ待てーい!」


言わずもがな大事にしてるものとは、昼ドラDVDである。



「あ、ところで佑都、昼ごはんは食堂?」

「別に決めてねぇけど。」

「じゃあ食堂な!迎えに来・て・ね?」


光はそう言って、可愛くもないのに首をコテンと横に倒し、首元で両手を合わせた。


「は?なんでわざわざお前迎えに上まで上がらなきゃなんねぇんだよ。つーかお前と昼も一緒かよ。」

「私と昼飯一緒じゃ嫌だって言うの!?」

「うっぜ、光ちょーうぜぇ。まじ割るぞ。」

「ご、ごごごめんってば。じゃあ俺がそっち行くから食堂で一緒に食べようよ。」

「最初っからそう言えよ。」


多少騒がしくなりそうだけど、まあ昼飯くらいは許してやろうと大目に見る。

しかしコイツ、同学年の奴と親しくする気あるのだろうか。

昼飯を食べる時間はクラスメイトと交流する時間の一つだろうと思うのだが。

まあそれ言ったところで、余計なお世話だろうけど。


「じゃあまた後で〜!」


と緩い笑みを浮かべながら、いまだに顔を真っ赤に染めているクラスメイトを連れて、光は去っていった。

結局あいつ、何しに来たんだ。

食堂行こうと言いに来たのか?
そんなメールで済むものを。


「天真爛漫だなぁ、光は。」


あー面白かった。と笑っている猛。

笑っていられるのも今のうちだ。

あいつは何れ、なにか仕出かすぞ。と過去の光の行動を思い出す。


小学生の頃、学芸会で俺が不服にも主役に選ばれてしまったことがあった。

その時のヒロイン役が、面白半分で立候補した光だ。女装して女役演じて、アドリブでハグシーンを入れてきやがった。

そんな光に俺はグーパンチを頬に入れ、姫を殴った王子という結末でお話が終わってしまったのだ。クラスメイトはいい思い出ができたと笑っていたから良いものの。危うく劇を無茶苦茶にするところだった。


そして中学生の時。ある年の合唱コンクールで、指揮者に立候補した光は、超ダイナミックな指揮を披露し、体育館を爆笑の渦で包んだのだ。

当然、賞など貰えず、ただ光の自己満足で終了した。後から聞けば、オーケストラの指揮者の真似をしたのだとか。


学外学習でミュージカルを見学しに行った時には、『俺もあそこに混じってくる』と席を立とうとした光を全力で阻止した。


幼い頃から好奇心旺盛で、目立ちたがり屋だった光。俺はそんな光の御守り役で、クラス替えがあっても光とはよく同じクラスにされていた。


「お前、十数年間ずっとあいつと過ごしてきた俺の身になってみろよ、まじ笑えねぇぞ。」

「でも佑都、なんだかんだ言って放っておけないだろ?」


猛は溜息混じりの俺にそう返し、やっぱり楽しそうに笑っている。確かに放っておけないというのは否定しない。高校に進学して丸一年会わなくなり、実は少し、ほんの少しだけ、気になっていた。光が高校で何か仕出かしてはいないかと。



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