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お昼前から文化祭に来ているのに永遠の姿は見当たらないし、それなのにもう会うつもりはない侑里には何度も遭遇しちゃいそうになって、さっき食べた焼き鳥は硬くて冷めててまずかったし、なんのために来たのか分からなくなってきてもう帰ろうかな…。って思っていた時、美味しそうに廊下でたこ焼きを頬張っている人たちをたくさん見かけた。
近付かないようにしていた侑里のクラスの隣の教室で、中を覗くと「うまい」「美味しい」と口々に言いながらいろんな人がたこ焼きを食べている。
まだ全然ご飯を食べていなかったから、そんな光景を見たらグーっとお腹が鳴り、250円というお手頃価格のたこ焼きを食べてみることにした。
文化祭の出し物なんて正直全然期待していなかったけど、一口食べただけで分かるしっかり効いたダシの味と、とろっとした食感に、あたしは一緒に食べていた友達と目を見合わせた。
「えっ、めちゃくちゃ美味しいんだけど。」
「うんうん、美味しい!私たこ焼き食べたの久しぶり〜!」
ぱくぱくと口に入れてしまうたこ焼きを褒め称えながら、黒板に書かれた【 2年特進クラス 】という文字を見て納得する。さぞ頭の良い人たちが作っているのだろう。販売員たちも真面目で賢そうな人たちばかり。
周りを見渡し、そんなどうでもいいことを考えながら、たこ焼きを夢中で頬張る。お腹が空いていたから、余計に美味しく感じてしまった。
目的の人は見つけられなかったけど、美味しいたこ焼きを食べたから、もういいかな…。そもそも“永遠”に会ったところで自分は何をしたかったんだっけ…。
自分の評価を変えたところでどうするの?もうその次こそほんとに会うことのない人なのに。
「…あれ?…なんか見たことある人おると思ったら…」
自分の行動がだんだんバカバカしくなってきてしまい、投げやりな気持ちになっていた時、あたしの頭上で声が聞こえて、たこ焼きのパックをおぼんに乗せた男の子に、まじまじと顔を見つめられた。
…えっ?…誰?なに?知り合い?
えっ、誰だっけ…??
確かに見たことあるような…、ないような。
「えっ?……えっ??」
でもやっぱり誰かわからなかった。
くりっとした目に、薄く整えられた眉、清潔感のあるさっぱりした黒髪は、サラッとしていて艶がある。
見たことあるなら多分忘れることは無さそうな、かっこかわいい男の子。何も塗っていないのに、すべすべの綺麗な肌が羨ましい。
困惑しながら見上げていたら、にっこり笑って「たこ焼き美味しい?」って問いかけられた。笑うとチラリと歯が見えて、その笑みに少し釘付けになる。
「あっ…うん、美味しい…。」
でもその男の子は、あたしがそう頷くと、「よかったよかった。ほんじゃ」って。あっさり立ち去ろうとした。
その『ほんじゃ』っていう一言がちょっと冷めた感じに聞こえて、あたしはハッと思い出してしまった。おかしなことに、その『ほんじゃ』って言葉だけで分かってしまったのだ。
この声、この顔、この羨ましいすべすべの肌。
「あっ!?…ちょっと待って!?…あんた“永遠”!?」
そうだ、この男の子、“永遠”だ。
あたしが今日ここに来た、目的の人物。
やっと見つけた。
「あ、そやで?ここ俺のクラスやねんけど。」
「…うわ、全然気付かなかった…。」
…でもいざまた対面すると、永遠の素っ気ない態度にムッとしてしまう。印象を取り戻したいはずなのに、顰め面になってしまう。
「…あっ、…髪切ったから?」
「え?髪?…あぁ、髪切ったで?そんな印象変わる?」
それでも会話を続けようと気付いたことを口にすると、永遠は返事をしてくれた。
「うん、すごい変わる…。そっちの方が良い…。」
「え?ほんまに?」
意外にも普通に返事をしてくれて嬉しい。またあのキツイ態度で、キツイ言葉を吐かれたらどうしようって思ってたから。
「…もしかしてこれ作ったのもあんた?」
「うん、そうそう。」
「…そうなんだ、美味しいって言っちゃった…。」
「は?なんやねん、その俺って分かってたら言わんかった、みたいな態度。」
「…だって、…あんたムカつくんだもん…。」
やっぱり関西弁はやだな…。キツく聞こえちゃう。素っ気なく言われたような気がして、あたしも思わず言い返してしまった。
一度嫌われたら、好意の取り戻し方が分からない。もうずっと嫌われたまんまなんだろうか。
キツい永遠の態度は軽くトラウマで、ちょっと泣きそうになった時、永遠は口調を少し和らげて言ってくれた。
「芽依ちゃんこの前はごめんな。俺の言い方多分キツかったわ。」
びっくりした…、そんな言葉を言ってもらえるのは予想外だ。もうあたしに言ったことなんて忘れてると思ってた。
それでも、一言謝っただけで終わらされるのは嫌だ。あたしはもっともっと心に深く傷を負ったんだから。
「…どうせ口では謝りながらも心の中であたしのことおめでたい頭してるとか思ってるんでしょ。」
「…うわ、俺が言ったことめっちゃ覚えてるやん。ほんまにごめんな。売り言葉に買い言葉で言っただけやからそんな深く捉えんといて。」
「やだ。一生覚えてるし。悪いと思ってるんだったら償って。」
あたしにもっと優しくして。
優しい態度を取って。
あたしのことを好きになって。
そんなことを言っても、またおめでたい頭だって言われちゃうから、それとは反対に思いっきり素っ気ない態度で返したら、永遠は「…えぇ?」って困惑するような声を漏らした。
「文化祭のスイーツ全部奢って。ぜーんぶ永遠持ち。そしたらあたしに言ったことは許してあげる。」
「えぇ…?ほな別に許して要らんわ。」
…なんなのよ!この人ほんとにわかんない!じゃあなんで謝ってくれたの?あたしと仲良くする気はないの?どうしたら仲良くしてくれる?
「連絡先教えるから用事終わったら連絡して。」
せめて連絡先くらいは聞いて帰らないと気が済まなくて、スマホを出したがその直後、永遠の元へゆっくり歩み寄ってきた男の子が、そっと永遠の首に腕を回した。見たことのある、かっこいい男の子…光星くんだった。
「ごめんね。」
彼は突然、謝罪の言葉を口にした。何に対しての『ごめんね』か分からなくて困惑していたら、続けて光星くんが口を開く。
「永遠くんこの後まだ用事あるから…。」
「ね。」って永遠の顔を覗き込み、永遠が持っているおぼんを奪ってすぐに去って行く光星くん。永遠に対しては妙に優しげな態度にちょっと嫉妬する。あたしには全然優しくしてくれなかったのに…。
「…そういうことやねん、ごめんな?」
「はっ…?いやわかんない、わかんないから。どういうこと?」
そして永遠も、突然へらへらと笑って顔の前で片手を立て、軽い調子で謝りながら、急にテンションを上げてスキップしながらさっさとあたしの前から立ち去り、光星くんの後を追いかけていった。
べたべたとじゃれつくように光星くんにくっついている永遠は、楽しそうに満面の笑みを浮かべている。あたしの前では無愛想なのに。友達の前ではそんな顔するんだね。って、ちょっと納得いかなくてムカムカしてくる。
あたしに言ったことに対しては謝ってくれたけど、ただそれだけ。結局あたしのことは嫌いなまんまなのかというと、そういうわけでは無さそう。
『べつにどうでもいい』みたいな…、あたしが感じた永遠の態度は、ただただあたしに対して“無関心”。
あたしはそれもまたちょっと腹立たしくて、なんとか永遠の関心が自分に向かないものか?なんて考えていて、気付いた時には永遠に囚われてしまっている。
恋愛は向いてないくせに、人への執着心はそこそこ強くて、あたしは初めて自分のことを嫌いになってしまいそうだった。
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