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『侑里くんテスト勉強しなやばいんで今日は諦めて帰ってもらえませんか?』
『侑里くん彼女いるんですけど。』
『良いやん、侑里。紹介したったら?』
『チッ……鬱陶しいな、はよ諦めろよ。』
初対面の男の子にこんなキツい態度を取られたのは初めてだ。チヤホヤしてくれないどころか、あたしに対して鬱陶しそうに、冷ややかな目を向けてくる。
この男の子の感情があたしには理解できなくて、芽依に構ってほしくてわざと気を引くような態度を取ってるの?って真面目に考えたりもした。
侑里がなかなかあたしと会って話をしてくれないから、サッカー部の侑里の先輩と仲良くなって協力してもらえることになった。
『可愛い子たち連れてくる』って言ったら、簡単に侑里と浅見光星くんを休日呼び寄せてくれる優しくて優秀な男の子たち。彼らにお似合いそうな女の子を誘っていき、あたしは光星くんに話しかける。
その日は侑里との仲を元通りにするのを第一の目的としていたけど、光星くんと仲良くなるのが第二の目的。
でもそんなあたしの目的は、ふたつとも上手くはいかなかった。
『芽依は結局自分が一番好きやんな。俺のこと口では好きって言いながらも芽依からは全然その気持ちが感じられへんねん。それが、俺が芽依を振った理由。』
あたしが侑里に言われた言葉は、口では『そんなことない』なんて言いながらも正にその通りだった。芽依は、芽依が一番好き。これは一生変わることはない。
それでも、侑里が言うことなら、言う通りにしてあげる。…そう思ったのに。
『…じゃあ、連絡先侑里だけにしたらまた付き合ってくれるの?』
『そんなん今更されても困るけど。もう彼女もおるのに。中学の時にしてくれてたらなんか変わってたかもな。』
あたしは侑里にそう言われ、元通りの関係には戻れなかった。
結局侑里との関係は修復できず、傷付いた心を慰めて欲しくて光星くんに縋り付いても、彼があたしを優しく慰めてくれる気配は少しも無かった。
当てが外れて、一人だんだん惨めになってくる。
そんな時、不意にカラオケルームの扉がガチャッと開かれた。
『ほらな?こんな事になると思ったわ。』
そう言いながら、ズカズカと部屋に入ってくる男の子。傲慢な態度で『ちょっと』と肩を叩かれて、腹が立つ。
『…なんなの?もう来ないでよ。』
『ちゃうって、光星迎えに来たんやって。もう侑里との話終わったんやからいいやろ、光星返して。』
何回あたしの邪魔をすれば気が済むの?
なんで毎回あたしの前に現れるの?
構われたくてわざとやってるの?
『あんたいっつもあたしの邪魔してなにがしたいの?自分があたしに構われないからってあたしの気でも引きたいの?』
あたしは本気で困惑して、本気でそう思ったから口にしただけの言葉だった。
『えっ?』
あたしの言葉にその男の子は、キョトンとした顔をした後、おかしそうにクスクスとバカにするように笑うから、あたしはみんなの前で大恥をかかされた。
『…ふふっ、おもろ。お前おめでたい頭してんなぁ。悪いけど俺いくら顔が可愛くても嫌がってる友達に付き纏ってくるような女は嫌いやねん。』
“おめでたい頭”
“ 嫌がってる友達に付き纏ってくるような女は嫌い”
あたしの頭の中で、永遠にその言葉が回り続ける。彼はあたしに“構われたい”とかそんな気なんてさらさらないのは、その彼がはっきり口にした言葉のおかげですぐに分かった。
そりゃあ、“友達に付き纏ってくるような嫌いな女”が自分に『構われないからってあたしの気でも引きたいの?』なんて言ってきたら、その女に“おめでたい頭”と言いたくなるのも理解できる。
……でも、
そんな言い方しなくたっていいじゃない。
彼の言葉が、あたしの心をズタボロにした。
あたしの自尊心も深く傷付けられ、それ以降彼の言葉がずっとあたしを苦しめる。
侑里に嫌われたことなど一瞬でどうでも良くなり、今度は“永遠”の言葉が頭の中を埋め尽くした。
『おめでたい頭』
『嫌がってる友達に付き纏ってくるような女は嫌いやねん』
もう二度と会わないかもしれない人の言葉だけど、それでも一生苦しめられるのは嫌で、また侑里の時と同じように、あたしは“永遠”のあたしを見る目を、評価を、変えたくなった。
そして、どうにか“永遠”に会えないかと、方法を考えた結果が、文化祭へ行くことだった。
入場券はサッカー部の人があっさりとくれたから、あたしは高校の友達を誘って『誘われたから来た』というような顔をして普通に文化祭を回ってみる。
侑里には会わないように、“スポーツクラス”や“サッカー部”の文字は避けた。けれど困ったことに、永遠のクラスが分からない。
小柄だから、侑里と同じスポーツクラスとは思えない。年は侑里と同じだろうから、スポーツクラス以外の2年の教室を順に回っていく。
でも、永遠の姿はまったく見当たらなかった。
永遠の姿は見当たらないのに、校舎内を歩いていたら、彼女らしき女の子と手を繋いで歩いている侑里の後ろ姿を見つけてしまった。
背が高くて、小柄な彼女の顔を覗き込むように優しく笑って話しかける、その後ろ姿だけでもすぐに侑里だと分かった。
親しげで、仲良さそうに話しながら歩いている。
本当に彼女居たんだね…。てっきりあたしを遠ざけたい嘘だと思ってたのに。
今はもうすっかりあたしのことなんて眼中にないことが寂しいな。彼女と楽しそうにしている侑里の姿を見てしまったことで、“自分じゃダメなんだ”って、あれだけ高かった自尊心がスーッと下がっていってしまった。
多分あたしは、恋愛は向いてないんだろうな。
自分をうんと可愛がってくれて、優しくしてくれる人なら彼氏にしてあげてもいい…なんて、自分が一番大好きなあたしは、はなから“与えられること”しか考えていないから。
そんな、与えられてばっかな関係が上手くいくわけがない。
あたしが侑里に振られる理由なんて、ただ自覚したくなかっただけで、とっくに自分でも分かっていた。
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