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『…ふふっ、おもろ。お前おめでたい頭してんなぁ。悪いけど俺いくら顔が可愛くても嫌がってる友達に付き纏ってくるような女は嫌いやねん。』
あの時、あたしを見下げるような目で、あの男の子に言われた言葉が、いまだにあたしの頭に残っていて、思い出すのも嫌だった。
男の子にこんなにひどい態度を取られたのがこれが初めてだったから、その男の子の態度に、言葉に、あたしの心はズタズタに傷つけられた。
物心ついた時から、芽依は自分のことが大好き。その次に好きなのが芽依を可愛がってくれるお父さんお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃん、芽依に近付いてきてチヤホヤしてくれる見た目麗しい男の子。芽依のことを『可愛い』って言って優しくしてくれる人なら、女の子も嫌いじゃない。
とにかく自分を引き立たせてくれる人が好き。かっこいい人が隣に居たら、芽依まで注目されるでしょ?だから、見た目麗しい男の子ならいつも側に置いておきたい。
そうやって、ずっとチヤホヤされながら生きてきたから、キツイ言葉を向けられるなんてもってのほか。キツイ言葉を言う人も嫌い。だから、あたしの周りは、みんな優しい人ばかり。
彼氏という存在は特別欲しいとは思わないけど、自分をうんと可愛がってくれて、優しくしてくれる人なら彼氏にしてあげてもいいかな。……って、中学の頃からあたしの恋愛観はそんな感じ。
あたしが中学2年生の頃、一つ下の学年のサッカー部に関西弁でチームメイトに怒鳴っている男がいた。『怖い人…』という目で見ていた記憶がある。
『お前俺のパス取る気なかったやろ!!なんでもっと走らんねん、練習で手ぇ抜いてたらずっと下手くそなままやぞ!!』
相手を睨み付け、チームメイトにキツい口調で吐き捨てている。それが、あたしが初めて侑里を見た時の事だ。第一印象は、“できれば近付きたくない、近付いてほしくもない、関西弁の怖い人”だった。
でもその人が、ある日あたしを見て口にした。
『えっ…かわいい。』
ぽーっとした顔で見つめられ、あたしは心の中でほくそ笑んだ。あの怖い男の子まで、あたしのことをチヤホヤしてくれる。最高の引き立て役。
それからは名前を聞かれ、『芽依先輩』『芽依先輩』ってあたしの姿を見ては駆け寄ってくる。『好きです。』『付き合ってください。』って、周りに人が居てもお構い無し。そうやって侑里があたしを追いかけてくれるから、あたしの自尊心はどんどん高まっていった。
侑里が中学2年に上がり、あたしが3年になった頃、侑里が2年なのにもうサッカー部のレギュラーで活躍していることを知った。口だけの男ではないようだ。
背はぐんと高くなり、パッと目を引く存在感。同じ学年の女の子に絡まれている光景をよく目にするようになる。どうやらあたしの知らなかったところでそこそこモテているらしい。
“自分の所有物に手を出されたくない”…そんな感じに近い思いを抱いたあたしは、侑里からのアプローチに頷いた。
『いいよ。付き合う?』
その時の侑里の嬉しそうな表情は、今でもはっきり覚えている。“怖い人”だと思っていた人が、あたしを見てすごく嬉しそうな顔をしてくれる。『かわいい』『かわいい』と言って、すごく優しくしてくれる。
“彼氏”という存在がいるのも、悪くないと思った。
けれどあたしは侑里との付き合いが順調に続いていたと思っていたのに、侑里はあたしに不満げな表情を見せるようになってきた。
『あの男誰?』
『なんで俺が練習してる時いっつも男と一緒に居るん?』
『俺以外の男と一緒に居るのやめて。』
なんでそんなことに不満を持つの?
“芽依の彼氏”っていうポジションで居られるだけでも十分じゃないの?手も繋いで、キスもした。侑里が望んだことは叶えてあげてるのに、それでも不満?
あたしには、“侑里の不満”がまったく理解できなかった。
そして、あれだけあたしのことを追いかけて、これでもかというくらいあたしのことを『好き』という態度を見せていた侑里が、あっさりとあたしのことを振った。
ショックだった。意味がわからなかった。
『なんであたしが振られなきゃいけないの?』って、本当にショックで、涙が出て、そんなあたしのことを周りの男の子たちはいっぱい慰めてくれたのが救いだった。
納得いかなくて、侑里に何度も問い詰めた。でも、問い詰めれば問い詰めるほど、どんどん侑里のあたしを見る目は冷たくなっていった。
嫌悪感まで出されるようになってしまい、ショックだった。多分、“侑里に”嫌われる事がショックなんじゃなくて、“芽依”が人に嫌われた事がショックだった。
あれだけあたしのことを『かわいい』『かわいい』、『好き』『好き』って言ってくれていた人がどうして?ガラッと変わってしまった侑里の態度が、あたしは本当にショックだった。
結局侑里の態度はずっと変わらないまま、あたしが先に中学を卒業する。
卒業後、母校のサッカー部は全国に出場し、それなりの成績を残しているということを耳にした。
そんなサッカー部のエースが、彼だった。あたしの元カレ。すごいでしょ?
…あーあ、別れたくなかったなぁ。…って、あたしの心の中でずっと侑里の存在がチラついている。
フラれて、嫌われたことが本当にショックで、悲しくて、そんな感情からあたしは自分でも気付かないうちに、侑里に執着心を抱いていたのだった。
高3の夏、侑里が通う高校のサッカー部が勝ち進んでいるという話を耳にした。次決勝、勝てば全国。相変わらず、サッカーに一生懸命なあたしの元カレ。
久しぶりに会ったらまた『かわいい』って言ってくれないかなぁ?久しぶりに会ったら、あたしを見て気持ちが変わらないかな?って、ちょっと期待しながら決勝戦を見に行った。
相変わらずチームの中心で活躍している彼は、めちゃくちゃかっこよくなっている。また、よりを戻したい。また前みたいに、優しくしてほしい。芽依を、好きになってほしい。
けれど、あたしの思いとは裏腹に、侑里の態度は全然変わってなかった。
それどころかその態度はさらに酷くなっていて、嫌そうな目で見られてしまい、やっぱりショックを受けてしまった。それでも嫌われっぱなしは嫌だから、また侑里のあたしへの好意をどうしても取り戻したい。ずっとそんな気持ちだった。
侑里が通う学校にも会いに行ったのに、侑里は会って話すらしてくれない。侑里が一緒に居た友達も、あたしに対してちょっと嫌味な感じの男の子。
二重瞼のぱちりとした目に、スッと通った鼻筋。ぷくっとした小さな唇に、綺麗な肌。男の子なのに、可愛らしくてちょっとムカつく。
あたしはちゃんと毎日しっかり手入れもしてキープしてるのに、どうしてなにも手入れもしてなさそうなすっぴんの男の子がそんなに綺麗な肌をしているの?
自尊心が高いあたしは、自分より人が“優れている”部分を見るのが嫌い。いつでも自分が一番であってほしいのだ。
けれどもう一人の侑里の友達は、あたしの大好きな見た目麗しいかっこいい男の子だった。あたしの隣に立っていて欲しい。
浅見光星くん。
彼は、もう一人の友達と違って優しそう。
彼なら、あたしのために協力してくれるかも。もし優しくしてくれるなら、彼氏としても“有り”。
侑里のあたしを見る目がずっと変わらないのなら、もういい。その代わり、浅見光星くんと仲良くなっちゃうからね。あとからやっぱり芽依が好きって言ってきても遅いからね。
そんなふうに考えていたのに、あの可愛らしい男の子が、いっつもあたしの邪魔をした。
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