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「あ、そやで?ここ俺のクラスやねんけど。」


そもそも会いたくないならもうこの学校には来るな、というような上から目線な態度で頷くと、芽依ちゃんは俺を見上げて絶句している。


「…うわ、全然気付かなかった…。」


自分に話しかけてきた男があの時の侑里の友達だと分かった瞬間に、めちゃくちゃ顔を顰められる。まあ当然の反応だとは思う。

けれどここは俺のクラスの教室だ。そんな目で見られても困る。ていうか元カレが通う学校によく何度も来れるなぁ。って心の中で思うものの、もう余計なことは言わないようにしよう。また侑里や光星に何かちょっかいかけるなら口は挟ませてもらうけど。


「…あっ、…髪切ったから?」

「え?髪?…あぁ、髪切ったで?そんな印象変わる?」

「うん、すごい変わる…。そっちの方が良い…。」

「え?ほんまに?」


意外とそういうのは普通に褒めてくれるんやな。って芽依ちゃんの方から俺の髪型を見て予想外な言葉をくれて、会話が続く。


引っ越してから一度だけ髪を切った事はあったがすぐに伸びてきてしまうから、次は冬頃まで切らないつもりで散髪屋でバッサリ切ってきた光星にはかなり不評な髪型だ。

直接『似合わない』とか何か言われたわけではないものの、なんとなく光星の顔を見ていれば分かる。首がスースーして、目元もスッキリして、自分にとっては楽な髪型だけど今までの俺とは違った雰囲気なのは確かで、残念ながら光星は髪を切る前の俺の方が好みだったようだ。

芽依ちゃんがすぐに俺だと気付かなかったのも、髪型の所為だと考えてみたら分からないこともない。


「…もしかしてこれ作ったのもあんた?」

「うん、そうそう。」


今度は俺が手に持っているおぼんに目を向けながら、芽依ちゃんの方から話を続けてきた。意外にも会話が続いてしまい、たこ焼き待ちしているであろう販売員から視線を向けられている気配がする。たこ焼きの数が減ってきたのだろうか。


「…そうなんだ、美味しいって言っちゃった…。」

「は?なんやねん、その俺って分かってたら言わんかった、みたいな態度。」

「…だって、…あんたムカつくんだもん…。」


うん。知ってるけど。俺と会話をしているうちにだんだん芽依ちゃんの表情は拗ねたような、つんとした表情になっていってしまった。ちょっと泣きそうな顔に見えなくもない。

そんな顔をされたら、自分がものすごく悪いことをしたような気になってきてしまった。実際、あの時のことを思い返せば、確かに俺は女の子相手にちょっと言いすぎてしまったかもしれない。

いくら侑里に付き纏っていて、光星にまで近付かれて俺にとって鬱陶しかった相手でも、一旦それらは頭の片隅に置き、『よくよく考えてみれば自分も悪かったかもしれない』と時間が経った今だからこそ思い直せることを、俺は今更ながらに謝ることにする。


「芽依ちゃんこの前はごめんな。俺の言い方多分キツかったわ。」


『お前おめでたい頭してんなぁ。』とか、『いくら顔が可愛くても嫌がってる友達に付き纏ってくるような女は嫌いやねん。』とか。自分でも自分の言った言葉を覚えているくらいだ。相手の方がもっと忘れられない言葉として頭に残っているかもしれない。


自分にとってはサラッと口から出ただけの言葉でも、相手をめちゃくちゃ傷付けてしまっていたかもしれない。


相手にも否はあったと俺は思う。でもとりあえず俺の言葉は言い過ぎだっただろうとそのことを謝ったら、芽依ちゃんはまたツンとした顔をしながら俺を見上げてきた。


「…どうせ口では謝りながらも心の中であたしのことおめでたい頭してるとか思ってるんでしょ。」

「…うわ、俺が言ったことめっちゃ覚えてるやん。ほんまにごめんな。売り言葉に買い言葉で言っただけやからそんな深く捉えんといて。」

「やだ。一生覚えてるし。悪いと思ってるんだったら償って。」

「…えぇ?」


『償って』???


俺が言ったことは悪いと思ったから謝ったけど、謝ったら謝ったでさらに“俺の方が悪い奴”みたいな態度を出されてそれはそれでちょっとどうなのか?とも思ったりする。

芽依ちゃんの方だってかなり非があったやろ。…って心の中ではめちゃくちゃ思ってるけど、めんどくさいからもう口には出さない。

でも芽依ちゃんは下手に出た俺に向かってさらに偉そうな態度で言ってきた。


「文化祭のスイーツ全部奢って。ぜーんぶ永遠持ち。そしたらあたしに言ったことは許してあげる。」

「えぇ…?ほな別に許して要らんわ。」


なんで俺が奢らなあかんの?しかもサラッと『永遠』とか呼ばんといてくれる?って軽く引きながら芽依ちゃんの発言に対してボソッと言い返すが、芽依ちゃんはさらにスマホを取り出し、俺に向けながらまた口を開いた。


「連絡先教えるから用事終わったら連絡して。」


…はぁ?今度は連絡先?

俺に奢らす気満々やん……って、女王様のような芽依ちゃんのさすがすぎる男の対応にドン引きしていた時だった。


突然背後から俺の首に腕を回され、誰かにぎゅっと抱きしめられた。ふわっと微かに良い匂いがして、それがすぐに光星の匂いだと分かる。

そもそも俺を抱きしめる人も光星くらいだけど、こんなところで、こんな場で抱きしめられるとも思わず、ちょっとびっくりしながら光星の顔を見上げたら、光星は困り顔で芽依ちゃんに向かって「ごめんね。」って謝罪の言葉を口にする。


何の『ごめんね』???


俺も、多分芽依ちゃんも、同じように疑問に思ったことだろう。呆気に取られていた芽依ちゃんに向かって、光星はさらに言葉を続けた。


「永遠くんこの後まだ用事あるから…。」


それだけ言って、「ね。」って俺の顔を覗き込んできた光星は、その後俺の手からたこ焼きが乗ったお盆を奪い、販売用の机に運んでいった。そして何事もなかったような顔をして机にたこ焼きを並べている。


すごい。光星くんが芽依ちゃんに牽制?…みたいなことしてきた。俺この後もう用事なんか無いのに。

いつも控えめな態度の光星にしては大胆な行動で、俺はさっさとたこ焼きを並べている光星を見て、にやにやと顔がにやけてしまう。


「…そういうことやねん、ごめんな?」

「はっ…?いやわかんない、わかんないから。どういうこと?」


ギョッとした顔で聞き返してくる芽依ちゃんだが、薄情にも俺はもうそれ以上芽依ちゃんと話す気は無く、たこ焼きを並べている光星の元へるんるんとスキップしながら追いかけ、光星の背中に抱き付きにいった。

ずっと調理室に篭ってたこ焼きを作りっぱなしだったから、そろそろ俺も光星不足でイチャイチャしたくなってしまったみたいだ。


「たこ焼き全部売れるかなぁ?」

「すぐ売れるよ。寧ろ俺も買いたいくらいだから売れ残ってたら俺が買い占めよっかな。」

「えぇ?光星くんはわざわざ買わんでもいつでも俺が作ってあげるやん。」


すりすりすり、と光星の背中に頬擦りしながら話していたら、たこ焼きを並べ終えた光星がくるっと振り向いてよしよしと俺の頭を撫でてくれる。

近くにいたクラスメイトたちにニヤニヤした目を向けられていた気もするけど、光星が全然気にしてなかったから、俺も気付かないふりして光星にその後もくっつき続けた。


せっかくだから頑張って作ったたこ焼きが売り切れる瞬間が見たくて、販売用の机の側に立ち、売れていくのを眺めていたら、まだ1時間以上残っているのに結構あっさり最後の一つが売れていく。


その瞬間、パチパチパチと手を叩くクラスメイトも居れば、「バンザーイ!」と万歳をするクラスメイトも居る。

俺も釣られて万歳したら、自然とその万歳はハイタッチに変わり、クラスのみんなでたこ焼きの完売を喜んだ。

ほんとに、頑張った甲斐あったなぁ…って、ちょっとだけ涙が出そうだった。


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