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調理室の壁にかかった掛時計で時刻を確認すると、もうすぐお昼の1時を過ぎようとしていた。
随分時間が経ってしまった。たこ焼きを焼くのに夢中で、それでもみんなが俺に話しかけてくれるから楽しくて楽しくて、あっという間に文化祭1日目の半分以上が終わってしまった。
文化祭は3時まで。あと2時間あればたこ焼き全部売り切れるかなって考えながら、本日最後の生地をたこ焼き器に流し込む。
そして、本日最後のたこ焼きをくるくるとひっくり返していたところで、調理室に顔を出した光星がなにも言わずにすーっと俺のところへ歩み寄って来た。静かに俺の横に立ち、たこ焼きをひっくり返す俺の手元を見下ろしている。
「ん?光星どうしたん?」
何か用事かと思って俺から問いかけたがそういうわけでもなさそうで、「んー」と声を出した後、そっと俺の頭を撫でてきた。
「あ、もしかして寂しかった?」
大人しい光星になんとなく思いついたことを言えば、光星はふっと微笑して「うん。」と頷き、ちょっと遠慮気味に小声で「寂しかった。」って返してくる。ぴたっと身体がくっつくくらい俺の側に立つ光星がかわいい。今日はずっと別行動だったからほんとに寂しがってくれてそう。
「待ってな、これ焼けたら終わりやから。」
一日中焼きっぱなしだとさすがにもうかなり慣れてしまい、ちょっと雑にひっくり返しても綺麗に丸まってくれる俺の作ったたこ焼きちゃんたち。
「永遠くんたこ焼き焼くのめちゃくちゃ上達したな。」
「うん、でもそろそろ手首痛くなってきたわ。まだ明日もあるのに。」
「大丈夫?無理しないでね。」
「全然大丈夫。楽しい。最後に焼けたたこ焼きはせっかくやから俺が教室まで持って行ってくるわ。」
「じゃあ俺はこのへん片付けてから教室行くね。」
「うん、ありがとう。」
綺麗に焼けたたこ焼きをパックに入れ、自分でソースとマヨネーズをかける。せっかく作ったのにまだ食べてくれている人達の様子を少しも見れていないから、出来上がったたこ焼きのパックをお盆に乗せて、最後だけ自分で教室へ運びに向かった。
賑やかな文化祭中の廊下を通り、特進クラスの教室に近付くと、廊下でもたこ焼きを食べてくれている人に遭遇する。その横を通り過ぎたら後ろから「うまっ」っていう声が聞こえてきて、ついつい顔がにやけてしまった。俺今日にやにやしすぎやなぁ。
「あっ!永遠くん、たこ焼き食ったわ!めちゃくちゃ美味かった!」
スポーツクラスの教室の前を通ると、チョコバナナの宣伝をしていた佐久間に会ってわざわざ俺に声をかけてくれた。
「ほんま?ありがとう!!」
「2パック半食べた。」
「えっ、めっちゃ食べてくれてる…、ありがとう…。」
2パック半って15個?ありがたいけど、運動部の食欲すご…って、お礼を言いながらもちょっと引いたような返事になってしまっていたら、佐久間はそんな俺の反応を見てへらっと笑っていた。
一時は憎らしかった存在の佐久間とも、普通に会話ができている事がさらに俺の感情を高まらせ、どんどん高揚する気持ちで教室の中を覗くと、「あっ!片桐くん来た!」「片桐くんお疲れ様!」って、クラスメイトがたくさん俺に声をかけてくれた。
「お疲れー!たこ焼きラスト持ってきた!」
「おー!!もうラスト!?」
「はやくない!?」
「一応これで材料全部使い切ったで?」
「やっば!!売れるのめちゃくちゃ早いんだけど!」
クラスメイトとそんなやり取りをしながら教室の中に入っていくと、中は賑やかな雰囲気で用意されていた椅子に座って、在校生は勿論のこと、外部からのお客さんもたこ焼きを食べてくれている。
もぐもぐと美味しそうに食べてくれている人を見ると、頑張った甲斐あったなぁ…って、さらに俺の顔はにやにやとにやけてしまった。
調理室から持ってきたラストのたこ焼きも販売している机に並べようと、教室の奥へ歩みを進める。しかしその途中、ふと見たことある顔の女の子がたこ焼きに齧り付いている姿を目にした。
パッと目を惹く可愛い顔立ちに、綺麗な髪。スタイルも良く、モデルのような“見た目だけなら”飛びっきり良い女の子だ。
「…あれ?…なんか見たことある人おると思ったら…」
ついついその子の姿を見たら口からペラッと声が出てしまったが、“その子”とは、もう二度と顔を合わせることはないだろうと思っていた侑里の元カノ、芽依ちゃんだった。
相変わらず当たり前のように近くにいる男たちからの視線を集めて、俺のクラスのたこ焼きをもぐもぐ食べてくれている。
「えっ?……えっ??」
しかしその芽依ちゃんは俺の声を聞き、俺を見上げると、困惑するように二度見してきた。
…あ、もしかして会いたくない奴に会ってしまって気まずい感じ?でも侑里が通ってる高校でその侑里の友達である俺もいるかもしれんって事は分かって来てるはず。
…けど、そのわりには、嫌悪感とかは見せずに愛想笑いのようなよく分からない顔で俺の顔をまじまじと見つめてくる。
なんとなく『誰こいつ?』っていう目で見られてるような気もするけど、さては俺の存在はすでに忘れ去られてる?
まあカラオケでの出来事からもう一ヶ月以上経ってるしな。それに俺と顔を合わせたのもほんの数回だけやし。それならそれで俺にとってはその方が好都合か。って思ってしまい、すぐに俺は態度を切り替えて、あのカラオケ屋で取った態度とは真逆なくらい愛想良く「たこ焼き美味しい?」って聞いてみた。
いつもいろんな男に話しかけられているだろうから、そんな大勢の中の一人のナンパ男ぶるように。
だってこんな自分のクラスの教室で、せっかく仲良くなれてきたクラスメイトの前で女の子と言い合いみたいなことは絶対にしたくないし、ただでさえ芽依ちゃんには敵視されているだろうから、“あの時の侑里の友達”だと気付かれないなら、絶対その方が良いと思ったからだ。
すると芽依ちゃんは俺の問いかけにコクリと頷きなが、「あっ…うん、美味しい…。」としおらしい態度で返事をしてくれる。きっと男の前ではいつもしおらしい子なんだろう。
俺は自分があの時の侑里の友達だと気付かれていないのをいいことに、たこ焼きを『美味しい』って言ってもらえて満足しながら「よかったよかった。ほんじゃ」って、さっさと会話を終わらせて背を向けようとした。
…のだが、一歩間に合わなかったようで、その直後ハッとした表情を浮かべた芽依ちゃんが俺の顔をまじまじと見つめながら、ちょっとキツめの声で口を開いた。
「あっ!?…ちょっと待って!?…あんた“永遠”!?」
…あぁあぁ、気付かれてしもたか…。
俺って分かった瞬間の芽依ちゃんの俺を見る目は、キッと睨みつけるような、憎らしいものを見る目だった。
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