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俺がこの学校に転校してきて球技大会に続いて2回目の学校行事、文化祭の日がやって来た。

いつもより早くに起きて、クラスTシャツと制服のズボンに着替えて、鼻歌を歌いながらうきうきで学校に行く支度をしていた俺を見て、母親が「朝っぱらからなんか楽しそうやなぁ」なんて言って笑っている。


球技大会の時と比べて仲良くなれた人も増えたから、みんなで協力し合いながら迎えられる文化祭が楽しみで楽しみでしょうがなかったのだ。

いつも通り光星と待ち合わせをして学校へ行き、調理室に直行する。そして、文化祭開幕に合わせてたこ焼きを販売できるように、さっそく調理係のみんなでたこ焼きを作り始めた。


今日この日のために『何を入れたら美味しいか』とか、『粉と水の割合がどれくらいならとろとろのたこ焼きになるか』とかみんなでいろいろ考えて、焼き加減も重要だから何度も練習して味見をしまくったたこ焼きだ。きっと上手くいくはず。そんな自信を持ちながら、みんなで朝から張り切って文化祭の出し物を用意する。


開会式が終わり、文化祭が始まってからも調理室でたこ焼きを作り続けていた俺たち調理係は、「たこ焼き売れてるかな?」って教室の様子が気になってちょっとそわそわする。


けれど文化祭開始から一時間ほど過ぎた時、調理室から教室へたこ焼きを運んでくれる係のクラスメイトが興奮気味で調理室に顔を出し、たこ焼きを焼いていた俺の元へ駆け寄ってきて声をかけてくれた。


「片桐くんやばいよ!!たこ焼きめちゃくちゃ売れてるよ!!」

「えっほんま!?」

「うん!予定分すぐ売れちゃいそうだから明日の分の材料も使っちゃって良いって先生が言ってた!」


クラスメイトのそんな報告を聞き、俺は嬉しくてマスクの下でにやにやと笑ってしまった。


予定では午前中のうちに用意していた材料分を焼き終えて午後で売り切るはずだったのに、そんなことを言われたらお昼になっても作り続けることになり、忙しい時間が続きそうだ。


それからも代わり代わりに調理室までたこ焼きを取りに来てくれるクラスメイトが「すごいよ、もう売れた」とか、「めちゃくちゃ評判良いよ」とか、「スポクラの人がバカ食いしてる」とかいろんな報告をしてくれから、俺たち調理係の疲れなんて吹っ飛ぶくらいみんなテンションが上がっていく。

俺も暑いしちょっと手が疲れてきたけど、それ以上にこの時間が楽しくて楽しくてたまらなかった。


自分が頑張った成果が出るのも嬉しいけど、クラスメイトがみんな楽しそうに俺に話しかけてくれるのがすごく嬉しい。

学校を転校してもうすぐ半年、慣れない環境で最初はあんまり馴染めずに居たけど、今では俺の口調に釣られて関西弁で話してしまう人とかも居て、それが面白くてみんなで笑ったりもしている。

たこ焼きを提案した時は、でしゃばって嫌がられたらどうしようとか、ウザがられたらどうしようって不安もあったけど、言って良かった。このクラスに馴染めたことが、俺はなにより嬉しかった。



「片桐くん〜、お腹減ってない?これ差し入れ〜!」


そう言えば、お腹は減っていたと思うけどたこ焼き作りを頑張りたくて、夢中で焼いていたら自分の身体のくせに空腹なのも忘れていた。そんな時、浮田くんとか数人のクラスメイトが各クラスで買ってきた文化祭の出し物を持ってきてくれて、美味しそうな食べ物を見た瞬間にグーと腹が鳴る。


「えっ!いいの?やったぁ!ありがとう!!」

「教室に居る僕らが普通科の友達とかに『特進のたこ焼きめっちゃ美味しい!』って直接褒められるからちょっと得意げになっちゃうよね〜。作ってるの調理係なのに。」

「そうそう、『これどうやって作ってんの?』って聞かれたけど俺作ってないからわかんねーっての。どうやって作ってんの?」


差し入れを持ってきてくれたクラスメイトたちは、そんな話をしながらたこ焼き器の中に生地を流し込み、どさどさと溢れるくらい具材を放り込む俺の手元を眺め始めた。


生地が固まってきたら、ひっくり返しながら周りに溢れた生地を中に押し込み、たこ焼きを丸くしていく。くるくる、くるくる、と何度もひっくり返して生焼けにならないようにじっくり時間をかけて焼き続ける。


焼けたたこ焼きをパックに詰めて、ソースやマヨネーズを塗ってくれるのは他の調理係の人がやってくれるから、俺はまた続けて他の調理係の人が用意してくれていた生地をたこ焼き器に流し始めると、一連の流れを見ていたクラスメイトが「ほぉ〜」と声を出しながらパチパチと拍手してくれた。


「すげえわ。片桐くんガチってんな。」

「家でめちゃくちゃ練習した?」

「うん、ちょっと俺はもう味見しすぎてたこ焼き食べるの飽きてしもたわ。」


聞かれたことに頷き、正直なことを口にすると、「どんだけ家でたこ焼き作ったんだよ」って言って笑われてしまった。だって俺がたこ焼きを提案したからには絶対美味しいものを作りたかったから、練習していないと落ち着かなかったのだ。


その後もちょこちょこクラスメイトが来てくれて話しかけてくれたり、光星、侑里や、文化祭に来てくれた姉も調理室を覗きに来てくれたりして、俺は朝からずっと調理室に篭りっぱなしだったけど、それだけでも十分、楽しい時間を過ごせたのだった。


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