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永菜を連れて特進の教室の前まで来ると、昼時ということもあって人がさらに増えている。


「えっ!永遠のクラスめっちゃ人多いやん!」

「やば、先に他のとこ行ってみます?…あっ、でも売り切れるかな?弟さんのクラスのたこ焼き食べたいですよねぇ?」

「うん、食べたいなぁ…。」


文化祭には無関心そうだったが、意外にもたこ焼きには興味津々な浅見の兄貴の声を聞き、浅見は「ちょっと調理室の様子見に行って貰えそうなら貰ってくるから待っといて」と声をかけてから足早に去っていった。


浅見が戻ってくるまでの間、永菜たちは俺のクラスのチョコバナナを食べてくれることになり、教室の中を覗くと特進クラスの賑わいに比べるとガランとしているものの、数人椅子に座ってのんびりチョコバナナを食べてくれている。


「あっ!レオくんや〜!こんにちは〜!」


教室で店番してくれているのは玲央で、さっそく永菜が愛想の良い笑みを浮かべて声をかけた。


「あ!永遠くんのお姉さん!こんにちは〜!」

「えっ?特進の永遠くん?のお姉さん?似てますね〜!」

「ちょいちょいちょいちょい!」


玲央はにこにこと笑みを浮かべて永菜に挨拶を返すがそれはさておき、玲央の隣で一緒に店番してくれていたクラスメイトまで永菜に興味津々で絡み始めたから、永菜が絡まれるのを阻止しようとズイッと間に立って邪魔をする。


「一応言っとくけど俺の彼女やからな?」

「えぇっ!?まじかぁ〜…。」

「おい、あからさまに残念そうな顔すんな。」


クラスメイトの驚きの声を聞き、近くに居たクラスメイトも「なに?」「え?香月の彼女?」「まじ?」と近付いてきてしまい、少々永菜が見せ物状態になってしまった。しかしまあ、自分の彼女が『かわいい』と言われまくっていて悪い気はしない。

困りながらも愛想笑いを浮かべてくれている永菜は玲央からチョコバナナを受け取っている。


「あ、浅見のお兄さんとトウヤくんも良かったらどうですか?」


遠慮気味にちょっと離れたところで立っていた二人にもそう声をかけたら、「えっ浅見くんのお兄さん!?」と今度はクソイケメンな浅見の兄貴に目を向け、スポクラの奴らは同じ男でありながら、そのイケメン度に圧倒されていた。


浅見の兄貴とトウヤくんにもチョコバナナを買ってもらえて、教室で食べてもらっていたところで、早くも浅見がたこ焼きのパックをまた10個ほど持って調理室から戻ってくる。


「これ香月にも永遠くんから。」

「え?くれんの?」

「うん、失敗作だって。」


浅見が永菜と浅見の兄貴とトウヤくんに10パックの中の3つを渡したあと、ひとつだけパックの中に型崩れしたたこ焼きがぎっしり詰まったものを俺に差し出してきた。


「失敗作!?」

「味は大丈夫なはずだから安心して、だと。もうだいぶ冷めちゃってるけど。」

「どれどれ、ほなちょっと味見したろか。」


どうせ宣伝をサボっててもあんまりバレないので、プラカードを壁に立て掛けて永遠が言う失敗作のたこ焼きに爪楊枝を刺して食べてみると、とろっとした食感で数回噛んだ後にすぐ飲み込んでしまった。


「うわ、これもう飲み物やん。めっちゃ美味い。」


今のは多分タコは入ってなくて、チーズ味がした。続いて食べたたこ焼きにはウインナーらしきものが入っている。中身の具材はさまざまのようだ。これは佐久間が『何個でもいける』と言っていた気持ちがよく分かった。


「えっ!うまぁ…!クオリティ高っ!」

「美味いな。」


トウヤくんと浅見の兄貴もめちゃくちゃ美味そうに食べており、二人の会話を聞きながら永菜も「うんうん」と満足そうに頷きながらたこ焼きを食べている。永菜はきっと永遠に味見させられてすでに家で食べている味なのだろう。


「さすが私の弟やな〜。良いたこ焼き器で焼いてるからか知らんけど家で食べるよりも美味しいわ。」

「レンタルしたごっついやつで焼いとったで?」

「え〜そうなん?あとで調理室覗きに行きたいなぁ。怒られるかな?」

「ちょっとくらいやったら良いんちゃう?」


永菜はどうやら“レンタルしたごっついやつ”が気になるようで、午後からはクラスメイトにプラカードを託し、俺が自由になったところで浅見の兄貴たちとも別れて、永菜と一緒に調理室へ行ってみることにした。



調理室へ続く廊下は人気が少なく、控えめにコソコソと俺の背中に隠れるように歩く永菜を調理室まで連れてきて、そろりと扉を開けて中を覗いてみる。

午前に比べて調理室を使っている生徒は随分減ったようだが、その中で特進クラスは永遠を中心に相変わらずたこ焼きを作り続けていた。永遠以外の調理係のメンバーは代わり代わりやっているのか、午前と午後で顔ぶれが変わっている。


「永遠っ…!永遠!」


こそっと永遠の名前を呼ぶ永菜の声に気付いた永遠が顔を向けると、永菜はひらりと手を振った。


「おつかれ…!」


永菜の声を聞き、永遠は手を止めてこっちに歩いてきてくれた。


「あっつ〜疲れたぁ。」

「永遠失敗作ありがとう、むっちゃ美味かったわ。」

「あ、食べてくれた?ありがとう。はよ食べな傷んでしまうしもったいなかったからな。」

「ずっと焼いてるん?」

「ううん、たまにクラスの人が差し入れ持ってきてくれるから休んでるで。侑里のクラスのバナナも貰ったわ。」

「おお、どやった?」

「美味しかった。」


そう話しながら「ふぅ」と口につけていたマスクを下にずらして、タオルで汗を拭って休憩する永遠。調理室にずっと居ながらしっかり飲み食いはしているらしい。


「どんな感じで作ってるん?見ていい?」

「うん、いいよ。ちょっとだけな。」


今は人が少ないから、と調理室の中へ招いてくれた永遠に永菜はコソコソと永遠の後をついていった。すると、永遠の家に来ていた調理係の人が永菜に気付き、「あっ!」と声を出してぺこっと頭を下げている。


「おつかれさま〜…!」


小声でそう声をかけ手を振る永菜に、その調理係の人はマスクを付けていても目元だけでにこっと嬉しそうにしているのが分かった。永遠の家で練習した時にすっかり打ち解けてしまったようだ。


「あとそれだけ焼いたら今日の分は終わりやわ。」

「すごい!本格的なやつで焼いてるんやなぁ。」

「特進売り上げやばいんちゃう?」

「うん、明日の分の材料ももう使ったしな。また放課後買い出し行かなあかんけど。」

「明日の方が日曜やし多分もっと人来るぞ?」

「そやねんなぁ。先生から多めに食材買っとけって言われてるけどどんだけ作らせる気やねん。」


永遠は俺の言葉に返事をしながらへらっと笑い、ぷらぷらと手首を揺らしている。

「なぁ?」とクラスメイトに同意を求める永遠に、調理係の人たちはうんうんと頷き、「一日の予定の倍作ってるもんな」と言って調理係のみんなで笑っていた。

疲れているわりには楽しそうで、きっと彼らは自分たちの作ったものが好評で、やり甲斐もあって嬉しいのだ。


あんまり長居しても邪魔になるから、「じゃあ頑張ってな」と声を掛けてから調理室を出て、その後は永菜と文化祭中の校内を順に回っていく。


クレープやパンケーキ、焼き鳥にフランクフルトなど、どのクラスの出し物も悪くはなかったけど味は普通で、贔屓目なしに永遠が作る2年特進クラスのたこ焼きだけレベチだなって永菜と話していた。

そりゃ夏休み前から張り切ってたもんなぁ…って、クラスメイトを集めてたこ焼きのレシピを考え、家でも練習しまくっていた永遠の姿を思い返したら納得の出来栄えだ。


やっぱり永遠はすごいなぁ…って、元々尊敬していた友人のことを、俺はまたさらに尊敬した。


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