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9月の上旬、どの学年も文化祭の準備を着々と行っている学校内は、立て看板や装飾品などで賑やかな雰囲気になっていた。

隣のスポクラの教室には、バナナの着ぐるみを着た香月がウロウロしていることがある。別に準備中にまで着なくてもいいのに、本人は気に入っているのかバナナの姿で特進のクラスにまで遊びに来ていたから、周りからクスクスと笑われていた。


「永遠ちゃ〜ん、永菜に文化祭の入場券渡してくれた?」

「うん、渡したで。光星のお兄さんとバイトの先輩と行くって言うてたわ。」

「はっ?男と一緒に来るとか聞いてへんぞ。」

「てかきしょいからバナナの格好でこっち来んといて。」


バナナの姿で話しかけてくる香月は永遠くんに気持ち悪がるような目を向けられ、シッシと振り払われているが、香月はそれでもお構い無しでバナナの姿で永遠くんの頭をぐりぐり撫でる。肝が据わった奴である。


「バイトの先輩ってあれやろ、トウヤくん。」

「侑里と合流するまでの間だけやんか。男子校に姉ちゃん一人で来る方が危ないやろ。」

「…それもそうやけど。」

「そやから姉ちゃんに頼まれて俺が持ってる入場券はトウヤくんにあげといたわ。そしたら姉ちゃんが侑里と合流したあと光星のお兄さんもトウヤくんおったら二人で回れるしな。」


香月に話していた続きに、俺の方に視線を向けてそんな話をしてくれる永遠くんに頷く。


「香月、心配しなくても大丈夫だよ。俺の兄貴居ても空気みたいなもんだから。元々文化祭とか行く気無かったけどトウヤくんに誘われたから行くって言ってた程度だから。」

「そうなん?…ほなまあええけど。あのイケメンすぎる浅見の兄ちゃんと仲良くされると不安になるしな…。」

「そんなバナナの格好しながら言われてもなぁ…。隣にバナナとイケメンおったら確実にイケメンの方が良く見えてしまうやろうから気ぃ付けや。」

「ええわ。あのイケメンにはどうやっても敵わんから俺はバナナで勝負する。」


香月はそう言いながらのしのしとガリ股で帰っていったが、バナナが長すぎて教室の出入り口に引っかかっており、出入り口の近くに居た人に笑われていた。


「ぶふっ…!なんやねんあいつ、ほんま笑かしてきよるなぁ。」

「クククッ…うん、まじでウケる。」


べつに周囲を笑わそうとしているのではなく、自分が着たくて着ているんだろうけど、香月を見てクスクスと笑っている特進クラスの人たちに「香月くんってあんな人だった?」と言われていた。

俺もそう言いたくなる気持ちはよく分かる。絶対香月も永遠くんもお互い仲良くなってから本来の性格を全開で出すようになった。その仲の良い二人の間には俺が入っていけない時が多々ある。

悔しいけど、それを悔しがってもしょうがない。俺は永遠くんと付き合えてはいるけど、永遠くんの中で友情での一番は多分香月だろうなぁって分かる。今はその友情、恋情を、俺はちゃんと分けて考えることができている。…ちょっとは進歩できてるな。と、心の中で自分をこっそり自賛した。



俺たち特進クラスのたこ焼きの値段をギリギリまで悩み、考えまくっていた永遠くんは、最終的に6個250円という価格で決定する。絶対に300円以下にしたくて、でもクオリティも下げたくないからと200円までは下げられずに決めた価格らしい。永遠くんが決めたのなら誰も文句は言うまい。



文化祭前日まで迫ると、午後から文化祭の最終準備の時間となり、黒板には【 特進クラス たこ焼き 250円 】という文字の周りに絵を描くのが得意らしい浮田がチョークを使ってカラフルにたこ焼きやタコのイラストを描きまくっている。調理係以外の人たちは教室の机の上にテーブルクロスを敷いたり、椅子を並べて教室で食事ができるようにセッティングをしたりしてそれっぽい雰囲気が出来上がってきた。

文化祭用にレンタルしたたこ焼き器を使って永遠くんが試しに作ってみたらしいたこ焼きは、とろとろしていてめちゃくちゃ美味しくて、俺たち特進クラスの生徒からは大好評だ。美味しいたこ焼きを味見させてもらい、皆クラスの出し物に自信が持てて、その後の準備にも力が入った。


ホームルームの時刻を少しオーバーした頃に文化祭準備は無事終わり解散となったが、永遠くんは調理係の人たちと買ってきた食材のレシートやお金のチェックをするために一人熱心に教卓の上にそれらを並べて、メモを取っている。

俺たちだけになった教室で、俺は手伝えることもなく永遠くんの手元を眺めながらよしよしと頭を撫でる。邪魔するなって怒られる?でもかわいくて、大好きだから、横から顔を覗き込んでチュッと唇にキスをした。

すると永遠くんは「もうちょっと待っててな。」って、俺を見てにこっと微笑んでくれた。ううん、ぜんぜん待つから。慌てなくていいからね。って、よしよしと永遠くんの頭を撫で続けた。


教室の外では、隣のスポクラが騒がしく教室を出入りしている音が聞こえてくる。デカすぎる関西弁の声は間違いなく香月だろうな。今日は部活は無いのだろうか。

そんなことを考えていたら、チラッと特進の教室を覗いてきたある人物が一人、教室の中に入ってきた。佐久間だった。

俺の方を見て佐久間はふっと笑い、「光星可愛がってんなー」と言ってまた笑ってきた。どういう意味で言われてるのかすぐに分かった。俺の手が永遠くんの頭の上にあったからだ。


佐久間の声が聞こえ、永遠くんはふっと顔を上げる。しかしその表情はにこりともしない、ぎこちない表情だ。


「6個250円?すげえな。俺らんとこバナナ半分150円なんだけど。」

「は?高くね?」

「トッピングとか用意してたら頑張ってもそれくらいになるらしい。」


佐久間は俺たちのクラスの黒板を眺めながら自分のクラスの出し物の話をしてきた。まあ確かにそうか。と納得しながら話を聞いていたら、「さすが特進は違うな。」って永遠くんの前で佐久間はわざとらしく特進クラスを褒めてくる。


そんな佐久間の言葉に永遠くんの表情にはふっと柔らかい笑みが浮かんだ。


「そういうスポーツクラスはバナナの着ぐるみ着てうろうろしてる奴おって宣伝ばっちりやん。」


そう口にする永遠くんの発言は、下手すれば軽くスポクラをバカにしているような内容にも聞こえるものの、佐久間は「ぶはっ」と吹き出した。


「そうなんだよな。あれただ香月が勝手に着ぐるみ着てウロウロしてるだけなのになんかバナナいるって噂になってて実際宣伝になってんだよな。」

「侑里くんすごいやん。全部計算した上でウロウロしてるんちゃう?」

「いや絶対違うだろ、あいつ多分なんも考えてねえだろ!?」


永遠くんが本気でそう思って言ったのかは不明だが、俺が永遠くんの発言を盛大に否定すると、二人揃って笑っていた。


その後も一言二言会話をした後、佐久間は「明日たこ焼き食いにくるわ」と言って隣の教室に帰っていった。佐久間が出て行った後の教室で、永遠くんは徐に口を開く。


「佐久間の態度もう普通やったな。」

「うん、一応佐久間が謝ってくれたあと何回か顔合わせた時も普通に挨拶程度は交わせてたから。」

「そうなんや。ほなよかったわ。」


永遠くんはそう言って、安心するようにふっと微笑む。

ずっと気にしてくれてたのかな?俺も佐久間の方から永遠くんと居る時に普通に話しに来てくれるとは思わなかったから、自分でもちょっとホッとした。


穏やかな気持ちで迎えられる文化祭に俺は次第にわくわくしてきて心が躍り、そんな気持ちを体現するように永遠くんの頭をよしよしと撫でながら、またチュッとキスをする。


「文化祭楽しみだな。」

「うん、俺も。」


球技大会に、文化祭に、それに体育祭。永遠くんと一緒の学校行事を、全部全部楽しみたい。


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