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二学期が始まって、席替えが行われたため残念ながら永遠くんと席が離れてしまった。幸い俺の席は、前から二列目の席に座る永遠くんを後ろから眺められる席だったけど微妙に遠くて残念だ。
永遠くんは隣の席の調理係で仲良くなったクラスメイトと楽しそうに会話している。ほんの少しだけモヤッとした気持ちになってしまうけど、心が狭い自分は嫌だから、なんとかこの気持ちを抑えたい。
文化祭準備は順調に進んでおり、準備用に設けられたホームルームの時間になると永遠くんを含む調理係の人たちがいつ、どこで、食材をどのくらい買うかの話し合いを行なっている。できるだけ安く買うために話し合いにも抜かりない。
俺は手が空いていたから、宣伝用に使う板の色塗りをしている浮田の手伝いでもしてやろうかと浮田の席の前の空席に腰掛けた。
「片桐くん人気者だねぇ。調理係の人たちみんな楽しそう。」
「…うん。まあ大体予想はできたよ。」
椅子ごと後ろに向けて浮田と向かい合うと、浮田からすぐに永遠くんの話を持ち出される。
「あ、塗ってくれる?じゃあそこをこの色でお願いしていい?」
「オッケー。」
筆を手に持ち、机の上にあったパレットに絵の具を出して、たこ焼きのイラストの色を塗る。浮田が描いたイラストなのか、タコがたこ焼きを持った絵が地味に上手い。
「片桐くんと喋ってたら関西弁移る〜!とか言ってエセ関西弁使い始める奴いて笑えるんだけど。」
「あー…それわかる。俺も移る。」
「浅見くんが?それはちょっと聞いてみたいなぁ。」
「てか香月がさ、急に『ちゃうねん』から会話始める時あるんだけどあれだけはまじで理解できねえわ。なんでいきなり『ちゃうねん』から始まるわけ?」
「え?どういうこと?」
「誰も何も言ってねえのにまじでいきなり何か思い出したように『ちゃうねん、聞いて』とか言いだすんだよ。何がちゃうねん、って突っ込みたくなる。」
「あははは!なにそれどういうこと?何かよくわかんないけど浅見くんの関西弁がすごいレア!」
永遠くん、香月、そして永遠くんのお姉さん、三人に囲まれて1日過ごしていた時の俺は、自分の話し方が少し迷子になりそうだった。その時の事を話したくなって浮田に聞いてもらっていたら、浮田はわけわからなさそうにしているものの爆笑してくれる。
続けて永遠くんもよく『ちゃうちゃう』ばっか言ってるなぁ…なんて笑い話をしていた時だった。背後から突然首に腕を回され、誰かにガバッと抱きつかれた。
“誰かに”っていうか、そんなことをする人は一人しか居ない。
「光星くんっ、楽しそうになに話してんの?」
そう俺に声をかけながら永遠くんに顔を覗き込まれる。キスできそうなくらい近い距離に、カチンと身体が固まり身動きが取れなくなった。浮田も軽く驚くように無言でそんな永遠くんに目を向けており、照れ臭さで俺は自分の顔面が赤面しそうでサッと顔を横にずらした。
「…永遠くん話し合い終わった?」
「うん、あとは前日に食材買って上手に作れたら完璧。」
「…そっか。……あの、永遠くん?」
「ん?」
「腕を……、」
『離して』…とは言い辛く、けれど浮田が見ている前でずっと抱きつかれたままっていうのも恥ずかしくて困っていたら、永遠くんの腕はスッと離れていった。
「光星今日の帰り一緒にスーパー回るの付き合ってくれへん?タコの値段調べたいねん。」
「うん、いいよ。」
俺にそれだけ聞いてから、永遠くんはすぐに自分の席に戻っていく。
「僕ってもしかして片桐くんにちょっと敵視されちゃってる?」
「えっ…、いや…そんなことは…。」
「いっつも浅見くんと二人で話してたら片桐くんがちょっとムッとしながら僕たちのところ来るんだよね〜。かわい〜、嫉妬だ嫉妬。」
浮田はそう言ってニヤニヤしながら、ツンツンと俺の腕をつついてきた。永遠くんが浮田に嫉妬……。それは俺が言うのもなんだけどあながち間違いでも無さそうで、俺は嫉妬してくれるかわいい永遠くんににやけそうになる口元を手で隠した。
放課後はそんなかわいい永遠くんと一緒にスーパー巡りをする。スーパーによって食材の値段は随分変わってくるため、永遠くんは下調べも抜かりない。スマホを手にして、タコだけでなく他の食材の値段もしっかりメモしながら店内を歩き回る永遠くんの後ろをついて歩く。
その姿は“かわいい”というよりは、やっぱり“かっこいい”とも言える雰囲気でモヤモヤしてしまう。…早く永遠くんの髪伸びろ。
俺がずっとそんなことを考えているのが態度に出てしまっていたのか、永遠くんは髪型を気にするように前髪を摘んでクイッと軽く引っ張りながら「んん…。」と不満そうな声を出した。
「…光星あんまり俺に『かわいい』って言ってくれへんようになったな…。」
「えっ…、言ってるよ?…かわいいよ?」
まさかの永遠くんの方から思わぬ事を言われてちょっと動揺してしまった。自分の中では言い過ぎなくらい言ってるつもりだったんだけど、永遠くんが髪切ってからは言わなくなっちゃってたのかな…。
「…頭も全然撫でてくれへんし。」
ボソッと不満そうに口にする永遠くんの表情は、ちょっと拗ねるような、泣きそうな顔にも見える。…やばい、言われてから気付いたけど多分それは合っている。
俺はあの永遠くんのサラッとした髪が好きだった。触りすぎていた自覚さえある。しかし永遠くんの髪が短くなってからまじで全然触っていなかった。
慌てて永遠くんの頭を抱き寄せて今更わしゃわしゃと撫でたが、もう遅かったみたいだ。
むすっとした顔をし続ける永遠くんに、「髪型でそんな態度変えられると思わへんかったわ…。」とボソッと言われてしまった。それは多分、俺が無自覚に取ってしまっていた態度だったようだ。
「えぇ…っ、そんなつもりはなかったんだけど…。ごめんね…?似合ってるよ…?」
タコ売り場の前で永遠くんの頭をよしよし撫でながら謝っていたから、買い物中のおばさまに変な目を向けられてしまった。そっと永遠くんとは距離を取り、顔を覗き込むと、相変わらずのむすっとした顔でじっと目を見つめられる。口には出さないだけで、普通にかわいいと思ってるんだけどなぁ…。
「…次からあんまり髪切りすぎひんようにするから伸びるまで待ってて…。」
「えぇ…っ、今の髪型もほんとに似合ってるからね…?」
「光星見てたらわかんねん、あー前の方が良かったんやなぁって…。」
「うっ…。」
しょぼんと落ち込んだような顔をして言われたものの、否定も出来ず言葉に詰まってしまった。永遠くんには結構いろいろ俺の考えてる事がバレてしまう…。
「俺男のくせに光星にはずっとかわいいって思っててほしいみたい…。」
永遠くんはそう言って、もうタコ売り場に用はないというように背を向けて歩き始めたから、俺は永遠くんの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪を撫でながら歩いた。
「今ちょっと俺のことめんどくさい奴って思ったやろ。」
「えっまさか!ぜんぜん!かわいいです。」
ほんとにほんとに思ってることを口に出しながら、わしゃわしゃと髪を撫で続けたら、永遠くんはようやく表情を緩めてにこっと笑ってくれた。
「光星知ってる?髪って撫でられると伸びるスピード速なんねんで。」
「えっまじ?じゃあいっぱい撫でるわ。」
ぺらっと冗談を言う永遠くんに乗っかって、その後はかわいい永遠くんの髪をたくさん撫でまくった。
心の中で思ってるだけじゃ不安にさせるから、もっと『かわいい』も言葉にしていこう。
…いやでもやっぱり俺としては、めちゃくちゃ口に出してると思ってたんだけど。自分と相手では全然感じ方が違うんだろうな。
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