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「侑里くんテスト勉強しなやばいんで今日は諦めて帰ってもらえませんか?」


にこにこ愛想良く笑みを浮かべながら口を挟んだ永遠くんへ、香月の元カノはスッと目を向ける。その顔付きは少し冷淡だったが、すぐにそんな表情はころっと笑みに変え、語尾にハートマークでもつきそうなくらい可愛らしく返事をした。


「えっ?やだ〜。侑里と話したくてわざわざ電車乗って会いに来たんだもん。」


その瞬間、笑顔だった永遠くんの表情はサッと真顔に変わり、俺の頭の中では『ブチッ』と音が鳴り響き、勝手に永遠くんがキレた想像をしてしまった。


「じゃあ侑里が今度デートしてくれるって言うなら今日は帰ってあげてもいいよ?」

「侑里くん彼女いるんですけど。」


もう愛想笑いをするのはやめて、淡々とした態度で永遠くんは再び口を挟み、平然とそんな嘘をつく。

咄嗟に香月は少し目を見開いて焦るように永遠くんを見下ろすが、それと同時に香月の元カノは「あははっ」と声高らかに笑った。


「はいはい、彼女ね。どんな子?ほんとにいるのならあたしも紹介してほしいな。」


にこっと笑って香月を見上げる香月の元カノはその言葉を最初から信じてはいないようで、余裕たっぷりな態度を貫き続ける。

しかし永遠くんも、香月の元カノの言葉を聞いて負けじとまた口を挟んだ。


「良いやん、侑里。紹介したったら?」


そんな事を口にする永遠くんの表情は意地悪く笑っており、香月はあからさまに動揺するように狼狽えている。

そして今まで余裕たっぷりに笑みを浮かべていた香月の元カノは、永遠くんの発言が気に入らなかったのかキッと本性を表すかのようなキツイ視線を永遠くんに送った。


「ちょっと、あたしは侑里と話したいのにさっきから部外者が口挟んでこないで。」

「チッ……鬱陶しいな、はよ諦めろよ。」


香月の元カノから向けられた言葉に、永遠くんは小さく舌打ちをして、ボソッと低い声でそう口にしながら香月の元カノを冷酷な表情で睨みつけているから、俺の頭の中ではまた『ブッチブチブチィッ…』と永遠くんがキレまくってる音が聞こえてくる。勿論、俺が勝手に想像しているだけの音だ。


「まぁまぁまぁまぁ…!」


ああ…やばそう…、永遠くんほんとにキレてそうだな….って、そう感じた俺は、咄嗟に自転車から降りて永遠くんの元へ歩み寄った。

いっつも人に言ってしまったあとの自分の発言を永遠くんが気にしてたりすることを知っているから、永遠くんが後悔する前に俺がストッパーになってやれるならそうしたい。

必然的に香月の元カノの目の前にも来ることになり、突然間に割って入った俺が今度は香月の元カノに睨まれる。


「もう今日は暗くなってきたんでお姉さんそろそろ帰らなきゃ危ないですよ?」


また香月以外の人物に口を挟まれたことに苛立ったのか、香月の元カノはジッと黙って俺を見上げてきた。しかしころっと表情を変え、にっこり笑みを浮かべながら口を開く。


「え〜、やだ。まだ帰りたくない。」


まるでわがままな子供みたいなことを言っている香月の元カノの声を聞き、俺は永遠くんの様子を窺うようにチラッと永遠くんへ視線を向けると、永遠くんの眉間には深すぎる皺が寄せられており、またもや俺の頭の中で『ブッッチブチブチブチッ…ブチィッ…!』と永遠くんがキレている音が聞こえてくる気がしてしまった。

慌てて「やだじゃありませんよ…」とどうにかこの人に早く帰ってもらえるように言葉を探していたら、今度は俺を見上げたまま香月の元カノはクスクスと笑ってくる。

突然俺を見て楽しそうに笑っているもんだから、なんなんだよ…と困惑していると、香月と永遠くんはアイコンタクトを取りながら肩を竦めている。


「侑里、もうはよ帰って勉強した方がいいわ。時間がもったいない。」

「おう…、せやな…。」

「寮まで送って行くわ。」

「いいん?ありがとう。」

「ええっ!?ちょっ永遠くん!?俺を置いてくなよ…!」


永遠くんと香月は急にそんな会話をしながら寮の方向へ進み始めてしまった。慌てて俺も追いかけようと自転車を取りに戻るが、香月の元カノにくいっとシャツを掴まれる。


「ねぇ、侑里彼女居るってほんとなの?」

「…えっ…?あ…、ほんとです。」

「ふぅん、…嘘くさぁい。」


俺を見上げたままにっこり笑ってそう言ってくるから、どう反応して良いか困る。でも永遠くんが言った発言なのだから、俺もはっきり肯定しておくべきだ。


「ほんとですほんとです。」

「あ、そうだ。侑里と連絡取りたいんだけど侑里あたしと取ってくれないからあなた代わりに連絡役してくれない?」

「え…、いや、それはちょっと…。」


俺の連絡先を教えろと言うことのようで、スカートのポケットからスマホを取り出し、差し出されたから早急に断ろうとしていたら、早くも寮に行って香月を送ってきた後、永遠くんが猛スピードで自転車を漕いで戻ってきた。


「光星なにしてんねん!!はよ帰るで!!」

「あっはいっ!!ごめんなさい…!!」


やっぱり永遠くんはぶっちぶちのブチギレ状態だったようで、自転車を漕ぎ続けながら一度も止まることなく、俺に向かってそう怒鳴りつけながら、俺の横をシャーッと通り過ぎていった。


俺は慌てて自転車に乗りその永遠くんの後を追いかけるが、ママチャリのくせにめちゃくちゃ早い。もう永遠くんの居る位置は俺の数メートル先だ。


永遠くんが近くの信号に引っかかっていたところでようやく追いついたが、永遠くんはチラッと振り向き後方の様子を確認している。その目は確実に香月の元カノを軽蔑するような、冷ややかな目だ。


「あの人光星目の前にした瞬間あからさまに態度変えはったで。侑里に復縁迫りに来てるんちゃうんかい!!なに光星の前でまでぶりぶりしてんねん、ただの男好きか!?ほんまええ加減にせえよボケが!!」

「…う、うん…そうだな。……うんうん、そうだそうだ。」


…ああっ…、俺のかわいいかわいい永遠くんが…っ、ぷりぷりを通り越してブチブチキレていらっしゃる……。

やっぱり俺の脳内で聞いたブチブチ音は正しかったようで、帰り道自転車を漕ぎながら、それはもう香月の元カノに対して永遠くんは怒りを露わにしまくっていた。


「さっきなに話してたん!?俺が寮から戻ってきた時なんか喋ってたやろ!」

「香月と連絡取りたいから俺が連絡役になってくれって。」

「はあ!?連絡役!?断ったやんなぁ!?」

「もっ、勿論勿論…!」


てか断ってる時に永遠くんが戻ってきてくれたけど、これでもし押しに負けて連絡先交換してしまっていたらと思うと、それこそ俺が永遠くんにブチギレられそうで考えただけでもゾッとする。


「なにが連絡役やねん!!上手いこと言うてあいつ俺の光星くんにまで手ぇ出そうとしてるんちゃうやろなぁ!?」

「ふふっ……」


『俺の光星くん』だって。…怒ってると思って話聞いてたのに不意にそんなこと言われたらちょっと照れるな。

…あっ、いやいや、なんでもありません、べつににやけてません。…って、永遠くんがぷりぷり怒ってる時に俺がへらへらしてたら俺までとばっちりを受けて永遠くんに怒られてしまいそうな気がして、その後俺はきゅっと表情を引き締め続けた。


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