31 [ 32/101 ]
◆
7月に入ったと同時に、テスト週間がやってきた。放課後になると俺と永遠くん以外にも残って勉強しているクラスメイトが数人居て、実はもうめちゃくちゃ賢いことがクラスメイトにバレている永遠くんは、難問の解説を求められている。
いつのまにかクラスにもすっかり馴染みまくっていて、普通に本来の調子でクラスメイトと会話している永遠くんはちょっとひょうきんな感じで、みんな永遠くんとのやり取りにクスクス笑って楽しそうだ。
今は永遠くんが黒板を使って真面目な空気で問題の解説をしてくれていた最中、特進クラスの教室の扉が、突然ガラッと勢い良く開かれた。
「うわ、びっくりした…っ」
何事だ、と一斉に皆の視線は扉の方へ向けられ、黒板前でチョークを持って立っていた永遠くんも驚きながら前方の扉へ振り返ると、Tシャツにハーフパンツを穿いて練習着姿で汗だくの香月がズカズカと永遠くんの元へ歩み寄っていく。
「侑里やん。どうしたん?練習は?」
「さっき終わった。はよ帰って勉強しろって。」
「ふぅん、ほな一緒に勉強する?」
時刻は17時になる少し前だった。永遠くんの言葉に、香月は首を縦に全力で頷いている。しかしなんとなく様子が変だ。眉間に深い皺を寄せて怖い顔をしていたから、「香月?」と名前を呼んでみたら、俺の方へ視線を向けた香月がぽつりと口を開いた。
「最悪や…また元カノが学校来てるらしい…。」
「えっ、まじ?」
「時間作ってってさっき先輩づてで言われたんやけど俺どうしたら良いと思う?」
「うわっちょっと、汗だくでこっちこんといて。」
縋り付くように永遠くんの方へ歩み寄っていく香月に、永遠くんはシッシと手を振り払いながら一歩、二歩、後ずさる。
「侑里がもう話したくないんやったら無視したらいいんちゃう?」
「うん、俺もそれで良いと思う。」
永遠くんが俺の方を向きながらそう提案しているから俺もその意見にうんうんと頷きながら同意すると、香月は永遠くんの目の前にある教卓前の席の椅子を引き、腰掛けながら大人しく俺たちのその会話を聞き始める。
「時間経ったらそのうち諦めて帰るだろ。」
「うん、そうやな。モテる男は大変やなぁ、光星もそんな執着心強そうな子には目ぇつけられんように気ぃつけてな〜。」
永遠くんがにこにこ笑いながら俺にそんなことを言ってきたと思ったら、その直後ハッとした顔をして「あっそれ俺やわ!」とさらににこにこしながら自分を指差している。
かっ、…かわいすぎる…。寧ろ俺への執着心をずっと持ったままで居てほしい。
クラスメイトには俺と永遠くんが付き合っているとは知られていないはずなのに、まるでもう知ってます、みたいな顔をして永遠くんの言動を笑っている。
でも、みんなが笑っている空気の中でも香月は一人笑えなさそうに、静かに永遠くんの方を眺めながら座っていた。
結局そのまま香月は特進の教室に居続け、教室に残っても良い時刻18時ギリギリまで真面目にテスト勉強をしていた。
夏は日が沈むのが遅くなってきたとは言え、空の色は徐々に薄暗くなってきており、さすがに香月の元カノももう帰っているだろうと話しながら永遠くんと香月と俺の3人で校舎を出る。
駐輪場へ行き、自転車を取ってから校門まで自転車を押しながら歩き、「じゃあな香月」「侑里また明日」って香月に声をかけてから俺も永遠くんも自転車に乗り校門を出る。
そして自転車を走らせて帰ろうとしていた時だった。
「待って待って待って、まだ帰らんといて!」
突然香月がやたら焦ったような声を出し、永遠くんの自転車の荷台部分を掴みながら引き止めた。
「えっちょっ、なに?どうしたん?」
香月に荷台を押さえられ、びっくりして振り返る永遠くんに、香月はある一部分に向けて顎をクイクイと動かす。香月の顎が示す方向を何事だと見てみれば、校門から少しだけ離れた場所で女の子一人と男数人で賑やかに喋っている光景だった。恐らくあの女の子は、香月の元カノなのだろう。
そのことに気付き、永遠くんは俺たちが帰る方向とは逆の学生寮の方へ自転車の向きをぐるりと変え、香月を隠すように真横で止まるが、一歩遅かったようで「あっ!香月!」と一緒に居た男の一人が香月の存在に気付き名を呼んだ。
香月は分かりやすく嫌そうな顔を男に向けるが、その男は「ちょっと来て!」と言って香月を手招きしている。
「侑里、嫌やったら行かんでいいやろ。」
「…でもあの人先輩やで、高校の…。」
「ほんまにちょっとなわけないやん、行ったら時間取られんで。」
先輩を前にして困っている香月と、香月のシャツを掴んで引き止める永遠くん。そんなやり取りをしている間に、女の子が一人向こうからこっちに向かって歩み寄ってきてしまった。
「侑里、ちょっとくらい話させてよ。」
周りの男から一人離れて香月の方へ歩み寄ってきた女の子がそう口を開くと、香月は「無理です」ときっぱり断る。
香月の目の前ということは、女の子がいる場所は永遠くんの目の前でもあり、永遠くんはジッと香月の元カノを観察するように近距離で見つめている。
永遠くん心の中で『可愛い〜』とか思いながら見てそうでちょっと嫌だ。
「無理じゃない。」
「無理です。」
「侑里相変わらずかっこいいね。サッカーの試合見てたらまた中学の頃の侑里とのこと思い出して忘れられなくなっちゃった。侑里がいっつも嬉しそうに走って挨拶してくれてたの好きだったなー。」
香月を前にして、思い出を語り始める元カノ。まるで自分が可愛いことを分かっているかのようににっこり可愛らしい笑みを浮かべて香月を見上げる。そんな言葉を言えば、香月が照れるとでも思ってそう。また香月の気持ちが揺らぐとでも思ってそうだ。
だけど香月はそんな元カノの態度とは真逆に、どんどん嫌そうな顰め面になっていき、最後は元カノからそっぽ向いた。
「ねぇ、お願い。無視しないで。10分で良いから時間ちょうだい…?」
なんだか少し泣きそうにも見える、悲しそうな顔をして、香月の元カノは香月を見上げ続ける。
そんなとても無視し辛い香月の元カノのお願いの言葉に、返事をしたのは香月ではなく、ジッと女の子の顔を見つめていた永遠くんだった。
[*prev] [next#]