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片桐永菜、趣味は恋愛ドラマを見ることと料理。かわいいかわいい二つ年下の弟が一人。好きな男の人のタイプはいっぱい笑って楽しく話ができる人。次の誕生日がきたら19歳になる、大学生だ。
自分のことを大事にしてくれる、恋愛ドラマに出てくるような彼氏という存在に憧れている、恋愛に夢見がちな女だが、今までそんな人が居たことはない。
気になる人ができて、告白されて付き合ってみようかと悩んでいるうちに、気になる人はすでに他の女の子にも目を付けていた。『私だけ違ったんかい』って一瞬で夢が覚めたみたいに、その人のことを気になってた気持ちがスッと消えていく。
でもその気になってた人は、もしかしたら私に悩むのではなく、即答して欲しかったのかも。私が付き合おうかどうしようか、って悩んでる時間に、相手はもう次の恋に進もうとしていて、私に対しては冷めちゃったのかも。
相手の気持ちを考えてみたら、そんなふうに思えてみたりもする。
良い恋愛をするためにじっくり相手を見極めているその瞬間に、ひょっとしたら良い恋愛を逃している可能性もあるかもしれない。恋愛には、タイミングも凄く大事だなぁと思った。
だから、次に気になる人ができた時は、“タイミング”は絶対逃さないようにしようって、決めている。
大学生になると同時に引っ越しをして、今まで育ってきた土地を離れて暮らすようになり、新しい生活には不安ばかり。
友達はなかなか出来ず、知り合いも居ない、唯一ホッとできる時間は家に帰って家族と話している時。
早く知り合いが欲しくて、弟の友達のお兄さんが同じ大学だと知り紹介してもらえるようお願いした。弟には嫌がられてしまったけど、このチャンスを逃すわけにはいかないと私は必死だった。
弟の友達の協力もあり知り合えた一星さんは、まるでドラマに出てきそうなイケメン俳優かと思えるくらいかっこいい。こんな人がもし彼氏だったら…そんなことを考えたこともある。物静かで大人っぽいけど、たまに見せる笑みや照れたような表情が可愛らしい。弟には言えないけど、正直ときめく瞬間は山ほどあった。
けれど、彼は静かすぎる。私は人と話すことが好きで、もっともっと誰かと“会話”がしたかったから、学校とバイト先、たった二箇所の場所で私はその後もいろんな出会いを求めた。
そしてある日、私のバイト先に弟が友達を連れてきた。背が高くて、服装や体付きからして見るからにスポーツをやってそうな男の子。…にしては、一見爽やかそうには見えるものの、遊んでそうなチャラい黒髪。サッカー部と聞き、ちょっと納得。女の子の友達が山ほど居そう。
そんな弟の友達、香月侑里が、出会って早々誑かすように声をかけてくる。こんな男は、高校生の頃も、大学生になってからも結構居た。いくら相手から話しかけてきてくれたとしてもこんな人はお断りだ。だってこういう人は、私以外の女の子にもきっと声をかけているはず。
況してや香月侑里は弟の友達。友達の姉に声をかけてくるなんて、チャラすぎる。それが、彼に対して抱いていた最初の印象だった。
『なぁなぁ、永菜って呼んでいい?』
そして弟が初めて彼を家に連れてきて、二人きりになった時、彼はいきなり私にそう言ってきた。
『え?あかん。』
『なんで!?』
なんで?ちゃうやろ、友達の姉やで?年上やで?なにいきなり呼び捨てしようとしてんねん。って思いながらもその時はまだ私も猫を被っていたから何も言い返さなかった。
でも続けて彼は私に言う。
『お姉さんって呼ぶのおかしいやん。』
『おかしくないよ、普通やで。光星くんもそう呼んでくれてるよ。』
『いや、おかしい。俺は嫌です。』
そんなことを言いながら、許可してないのに彼は私を『永菜』と呼び続ける。ふーん、凄いやん。そうやっていろんな子に呼び捨てで呼んでるんやろ。って勝手に想像しながら、私の中の彼のイメージはどんどん悪くなっていった。
私の中の彼のイメージが悪くなる一方で、弟が私の前で彼を褒める。私の前だけでなく、お母さんにも『侑里サッカー部のくせにバスケめちゃくちゃ上手かった』とか、『侑里あほやけど運動神経めっちゃ良い』とか、『侑里が、』『侑里が、』って家でよく彼の話をしている。
弟がそんなに慕い、褒めるのだから、そんなに悪い奴でもないのかもしれない。そんなふうに、ほんの少しだけ思ってみたりもしてみる。
そして初めて見に行った彼が出ているサッカーの試合では、まんまと彼にときめかされた。フィールド上を駆け巡り、ボールを蹴って、パスして、シュートする姿を見てなんとも思わないわけがない。サッカーを頑張っている侑里くんは、めちゃくちゃかっこよかった。
でも私は弟の前でそんな感情を素直に出せなかった。理由は単純。恥ずかしいから。
弟の友達のサッカーをしている姿にまんまとときめいてしまうなんて、恥ずかしすぎる。弟にそれを知られるのが一番恥ずかしい。
私にとって永遠はずっとかわいい弟だったから、ずっと姉として永遠を可愛がってきた。そんなかわいい弟の前で、気恥ずかしさもあって、姉としての態度を崩すことはできなかった。
そんな、弟の存在を気にしながらの恋愛なんて、私には無理だ。だから最初はもうさっさと諦めて欲しくて侑里くんにはずっと冷めた態度を取り続けていたけど、それでも彼はまっすぐ私を見続ける。
『待っててくれてありがとう。』
『永菜今日来てくれてありがとう。』
『永菜っ!!来てくれたん!?』
『ありがとう!!』
いっつも彼が嬉しそうに私のことを見てくるから、声をかけてくれるから、私はそれが照れ臭くて、弟の前では必死に感情が顔に出ないように気を引き締めた。
いっつも彼の目はまっすぐ私のことを見ているから、私はその目に、態度に、熱意に、確実に惹かれ始めてしまっていた。
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