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「俺ちょっと職員室に用あるし行ってくるわ。」


昼休み、昼食を食べ終え食堂を出ようとしていたところで、永遠くんはそう言って俺と香月をその場に残してスタスタと歩いていった。

何の疑いもなさそうに香月は永遠くんを見届けたあと、俺の方へ顔を向けてきてぎゅっと顔を顰める。…と思いきやその顔は泣きそうな表情にも見えて、「んん?」と困惑しながら香月の顔をまじまじと見ていたら、突然香月は「浅見ぃ〜!」と俺の名前を大声で呼びながらガバッと大胆に抱きついてきた。


「いやお前キモイって、こんなところでやめろよ。」

「ひどっ!永遠みたいなこと言うなよ!!」


俺よりデカい香月に抱きつかれても気色悪いだけで香月から離れようと頭を引くが、香月は暫く俺を離さなかった。


一体なんなんだと大人しく香月の好きにさせておいたらようやく香月は抱擁を緩め、「昨日めっちゃ楽しかった…」と声を震わせながら口にしてくる。


「…ふふっ、そういうことか。とりあえず話聞くから離れてくんねえ?」


つまり香月の抱擁は喜びを身体で体現していただけだ。こいつにやけてたのは永遠くんにバレてたけど、それでも嬉しいのをかなり我慢してたんだろうなぁと感心してポンポンと香月の頭を撫でるように叩いた。


遠回りをしてへ教室へと戻るように歩き始めると、それと同時に香月も話し始める。


「永菜に会ったこと永遠に内緒にしてくれるなら、永菜これからも俺と会ってくれるって。」

「あー…まあそんなことだろうと思った。」

「永遠俺のこと怪しんでるやんな…?」

「かなりな。」


怪しんでるどころかもうバレてるけど、それには気付いていないのがちょっと香月らしい。


「永遠にもほんまはめちゃくちゃ話したいけど、でも永菜との約束は絶対守りたい。友達より女選ぶみたいでちょっと嫌やけど…。」

「ふふっ…確かに。」

「でも永菜の気持ちも分かる。俺が永遠に永菜の話しまくってたから、永遠は俺の協力してくれて永菜に俺の事話すやろ?ほんでまた家で永菜が言うてたことを永遠は俺に話してくれるやろ?自分の弟を通じてそういうことされるのは永菜嫌やったと思う。」


それは、永遠くんも言っていたことだ。『お姉さんの気持ちが分かる』と。だから永遠くんは、香月にお姉さんとのことを隠されていることに気付いていても責める気はない。それが、永遠くんから香月とお姉さんへの思いやりだから。


「永遠くんもお姉さんの気持ちは分かってると思うよ。永遠くん人の気持ちに敏感だから。」

「永遠は優しいもんな。永菜が試合のあと俺にラインくれたのだって永遠のおかげやのに…俺永遠に嫌な思いさせてるかもしれん…。永菜に好かれたいのに必死になっていつのまにか永遠に嫌われたらどうしよ…。」

「いきなり隠すんじゃなくて、一言“表明”って感じで話すのはどうだ?そしたら、永遠くんももう香月の恋愛のことはノータッチでいいんだ、って思うだろ?」

「…おお、なるほど。」


俺の言葉を聞き香月はくしゃくしゃと自分の髪を掻きむしり、また少し泣きそうな顔をする。今度のその顔は、自分の行動を悔やむような、そんな表情だ。


「俺ってやっぱあほやなぁ〜。…そうやんな、永菜に会ったこと言わんといてってお願いされたので頭いっぱいになってた。永遠にはそういう伝え方をすればいいんか。」

「…まあ、香月の気持ちも分かるよ。好きな人からのお願いは絶対だからな。」

「…んん。」


いつもなら乗っかってきそうな俺の言葉も、香月は泣きそうな顔を崩さず大人しく相槌を打つだけ。香月の中では永遠くんへの行いを、かなり悔いているように思う。


「お前永遠くんに嫌われる心配してるんだったら大丈夫だぞ?お前のことは永遠くんもかなり信頼してるから。」

「…それ永菜からも聞いた。せやから俺は永遠からの信頼失うのが余計怖いねん。」

「信頼を失う時って、多分相手のことを考えなくなった時だと俺は思うんだけど。香月はまだそれだけ永遠くんのこと考えていられるんだから大丈夫だろ。」

「…んん、…そうかなぁ。…ありがとう。

浅見に話聞いてもらって良かったわ。」


俺の言葉にそう返事をした香月の表情は、少しだけ明るさを取り戻していた。俺は、香月にそう思ってもらえたのなら良かった。


『ギブアンドテイクが大事』


以前永遠くんからそんな言葉を聞いたことがあるけど、佐久間とのことがあってから俺はその言葉が身に染みるようになった。

見返りを求めようとすると上手くはいかないけど、大事なのは与えられたものを相手にも返そうとする“自分の気持ち”だと思う。

そうすることで、徐々に信頼を築くことができる。

だから、人間関係に“ギブアンドテイク”が大事なのだと、俺は思った。



香月と話を終えて教室に戻ると、すでに永遠くんが自分の席に着いて勉強している。そっと近付き、永遠くんの手元を覗き込むと、そこには香月に渡すであろうテスト対策プリントがあった。


ほらな、心配しなくても永遠くんは香月のこと俺が嫉妬するくらい好きだ。


「おお、光星おかえり。侑里と話してきた?」

「うん。面白かったわ。」

「えっなに話した?めっちゃ気になる!」


どうしようかな。
香月と話したことをどこまで永遠くんに話そうか。


少し悩みながら、「隠し事してる自覚あるみたいで永遠くんのことすげー気にしまくってた」って言うと、永遠くんは「侑里くん面白いなぁ、あんなバレバレな態度見せといて。」って言いながら、いたずらっ子のような顔を見せて笑っていた。


それにしても永遠くんは、人のことをほんとうによく見ている。

俺も、永遠様には隠し事はできないだろうなぁ…と、肝に銘じたのだった。


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