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最初こそ目敏い永遠くんしか気付かなかったものの、週が明けてからの香月の態度の変化は俺から見ても一目瞭然だった。

不自然なくらい永遠くんのお姉さんのことを話さなくなり、気持ち悪いくらいご機嫌で、まるで永遠くんのことが好きみたいに永遠くんにべったりになっている。


「永遠〜見て〜小テスト5点やってん。」

「は?5点?何点満点?」

「10点満点。」

「半分やないか!!」


休み時間になると永遠くんの元へやって来て、ぺらりと1枚のプリントを永遠くんに差し出している香月。そして永遠くんの髪にすりすりと頬擦りしながら、肩に腕を回していた。

俺は自分の席から立ち上がり、ペシッと香月の頭を叩くと香月はサッと永遠くんの頭から頬を離す。じろっと睨みつけたら、へらへらしながら肩からも腕を離した。

永遠くんはこの小テストのプリントを毎回香月から回収し、試験対策用に問題を改変してから香月に返却している。


「永遠のおかげで最近頑張ってるなって英語の先生に褒めてもらえたわ。」

「5点で?」

「ちゃうで?5点ってすごいんやで?俺の隣の席のやつ3点やったもん。」

「隣の席のやつの点数見てドヤるな。」

「も〜、永遠ちゃんは厳しいなぁ。」


そう言いながらまた永遠くんの頭に頬擦りしようとした寸前でハッとしてくれたようで、その代わりに俺の肩に腕を回して俺の後頭部にぐりぐり額を押し付けてきた。


「うげ…。なんなんだよお前、暑苦しいな。」

「お?すんすんすん…浅見の髪も良い匂いやな。」

「うわっ!侑里キモイてぇ!!!光星くんに近付かんといて!」


小テストに目を落としていた永遠くんだったが、チラッとこっちを見上げてきたと思ったらすぐにグイッと香月のシャツを引っ張り、俺から香月を引き離した後にバシッと香月の身体を叩いていた。

『香月侑里』と言えば今やこの学校の有名人で、サッカーに詳しい人からは軽くスター扱いを受けているくらい凄い選手なのに、永遠くんと香月のまるで師弟関係のようなやり取りを周囲からはいつも物珍しそうに見られている。


「…あいつなんやねん、ひっつき虫みたいにベタベタと…。」


そして休み時間終了のチャイムが鳴り、自分のクラスに戻っていく香月の後ろ姿を眺めながら、永遠くんは表向きは普段通り接しているものの、香月の態度にかなり不審がっていた。



その次の休み時間になると、「これ侑里に渡してきて」と俺は永遠くんにお使いを頼まれた。それは、先程の香月から受け取った小テストを早くも改変したものだ。さすが永遠くん、仕事が早い。

ではなぜそれを自分で渡しに行くのではなく俺に頼んだかと言うと、香月とお姉さんとのことで“探り”を入れるためである。


『さりげなく姉ちゃんの話題出してみてな。昨日お姉さんどこ行ってたんだろうな…みたいな。ちょっと心配する感じで。』


永遠くんにそんな注文もされ、俺は休み時間がなくなってしまわないうちにさっさとスポクラの教室を覗いた。

すると出入り口付近に居た佐久間と目が合ってしまい、気まずいのも嫌なので「おう」と軽く手を挙げてみる。佐久間からも俺と同じような反応が返ってきたことにホッと安心し、香月の姿を探した。

以前は立ち寄りたくなかったスポクラの教室がもう今は平気になったのは香月のおかげだ。俺もどこかで香月に恩を返したいと思っている。


香月の席はわりと真ん中の方で、机に向かってシャーペンを動かし、何か書いている様子の香月の姿を見つけて歩み寄る。

無言で香月の手元を見下ろし、何を書いているのか見ていたら、香月は数秒後にハッと驚いたような顔をして俺を見上げた。


「うわっびっくりしたぁ、お前なんか言えよ。」

「ごめん、何か真面目にやってたから。」


香月の手元には、永遠くんが作ったテスト対策プリントがあった。放課後は部活、寮に帰ってもきっと疲れてるだろうから、香月は休み時間に勉強しているのだろう。


「なんや?浅見だけ?永遠は?」

「永遠くん今手が離せないらしい。これ香月に渡してきて、って。」


俺はそう適当なことを言って、香月に小テストのプリントを差し出した。


「おお、ありがとう。永遠凄いなぁ、この問題解けるようにしといたら絶対テストに出るからって言われて勉強した問題ほんまに中間テストで出てきてん。」


香月はそう永遠くんを称賛するように話す。
香月の永遠くんを見る目は尊敬や親愛というような好意を含み、可愛がるような言動も目立っていて俺は時に嫉妬してしまうほどだ。


そんな私情が俺にはあるから、俺は香月の愛情は一直線にお姉さんにだけ向けておいてほしいと思っている。

お姉さんとのこと、俺にまでは隠さなくて良いから。永遠くんのことは俺が考えておくから。香月が今どういう心境で永遠くんに接しているのかを、俺ははっきり香月の口から聞きたいと思った。

だから、さりげなく探る、なんて、俺には無理だった。



「なぁ香月、昨日楽しかったか?」


俺は意味深に見えるくらい笑みを濃くして香月にそう問いかけると、香月の表情はピクリとも動かなくなり、固まった。


「大丈夫、永遠くんには言わねえから。」


俺の発言に、香月は考えるように口に手を当て、チラッと俺を見上げてきた。


「…ほんまに言わへん?」

「うん、大丈夫。」


言う、言わないの前に、永遠くんはもう気付いている。だから、香月が不自然に隠そうとする姿は、永遠くんが見ていて辛いはず。


「また昼休みにでも二人で話せる?…永遠に怪しまれるかな。」

「大丈夫、なんとかするわ。」


香月がそこまで悩まなくても、永遠くんのことなら大丈夫。

香月と約束を取り付けて、「じゃあまたあとで」と立ち去ろうとすると、「浅見!」と呼ばれてまた香月の方へ振り返る。


「ありがとう!」


ふっと柔らかい表情でお礼を言ってくる香月に、俺も笑みを返しながら頷く。律儀なやつだ。俺が聞きたいから聞いてるのに。


きっと香月のことだから、永遠くんに話せないことに対して、もどかしさを感じているだろうなと思う。


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