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「香月先輩、これ先輩に渡しといてくれってさっきの人に渡されました。」


監督に荷物持ちをさせられて遅れて競技場を出てきた後輩が、俺にそう言って見覚えのあるキーホルダーを差し出してきた。


「えっ?…ちょっ、うわぁ!いらんてぇ!!」


思わずそれを見た瞬間、俺は後輩の手からキーホルダーをはたき落としてしまいそうになったが、それは中学時代の自分の私物だったものでもある。鞄につけていたサッカーボール型のキーホルダーを元カノが欲しがったため、あげたものだ。

サッカーボールには元カノの字で俺の名前が書かれているが、今でもその文字は消えずに薄く残っている。

こんなものを今更返されても困るし、要らないのなら捨てれば良いだけの話。なのに今更渡してくるということは、『今でもこれを大事に持っていた』と言われているような気がして、元カノの俺への執着心を感じてしまいゾッとする。それとも単に俺への嫌がらせか。とにかく俺にとっては不快にしか感じないことだ。


なかなかそのキーホルダーを受け取らない俺に後輩は困惑しながらチラッと横にいた玲央に目を向けると、玲央も困った顔をしながら後輩の手からキーホルダーを手に取った。


「元カノどういうつもりなんだ?より戻そうって言われてんの?」

「知らん。俺もう関係ないもん。」

「…あ、なんかのID書いてある。ラインかな?連絡してこいってことじゃない?」

「はっ!?するわけないやん!!もうすでにブロックしてあんのに!!」


玲央が適当に言ったことに対して俺が大袈裟に拒絶するから、玲央は困り顔から一変し、ふっと笑ってきた。「要らないなら寮のゴミ箱に捨てといたら。」って言いながら、俺の鞄のファスナーを開けてぽいっと投げ入れてくる。


「うわぁ!!やめろよ!いらんのに!!」

「ふふっ…バイ菌みたいな扱いだな。」

「も〜嫌やねん!思い出したくなかったのに!」

「そんなに嫌な思い出でもあんの?」


玲央に聞かれて返事に困る。
嫌な思い出って聞かれたら、そこまで嫌な思い出ばかりでもないから、思い出したくなかったのだ。



芽依の存在を知ったのは、中学1年の半ば。サッカー部の先輩が仲良くしていて、やたら美人な先輩に目を奪われてしまった事は今でもはっきり覚えている。

話しかけたのは俺からだ。その時の俺を見たら、また永遠に『チャラい』とか言われるかもしれないけど、先輩と仲良くなりたくてグイグイ俺から話しかけた。

話しかけたら笑顔で返事を返してくれるのが嬉しくて、姿を見かけるたびに走って話しかけにいった。

『好き』『付き合ってほしい』って言ったのは多分1回や2回ではない。先輩はモテていたから、俺なんて最初は眼中には無かったと思う。

でも2年になって、身長がグンと伸び始めた頃、先輩は俺の告白に初めて頷いてくれた。先輩が『いいよ』って言ってくれた時、死ぬほど嬉しかった事も忘れられない思い出になっている。

そして俺には初めて彼女ができた。それは、美人で憧れだった先輩だ。先輩に彼氏ができて残念がっていた男はいっぱいいた。そんな人達の中から、先輩は俺を選んでくれたのだ。

生まれて初めてキスした相手も、勿論初めての彼女である先輩。嬉しくて、舞い上がって、一生大事にしよう、なんてことも子供ながらに思っていた。

付き合いたての頃は毎日が幸せだった。


でも、そんな幸せが長く続くことはなかった。


俺がサッカーの練習をしている中、先輩は男と練習風景を眺めていた。彼氏の練習風景を眺めるだけならいい。でも男と見ているのは意味が分からない。

俺がそれを嫌だと言ったら、『向こうから勝手に近付いてきただけ』だと言う。まあモテる先輩のことだから分からないこともない。でも、大事なサッカーの練習中に嫌な気持ちになるから、そんな光景を俺の目に映してほしく無かった。


しかし先輩は俺と居ない時、いつでも男を侍らせるように誰かと一緒に居た。俺と一緒にいる時はかわいいかわいい俺の彼女なのに、口では俺のことを好きと言いながら、俺が嫌がることは一回も辞めてくれなかった。


そうしているうちに先輩には本格的に進路を決める時期が来て、俺に向かってぺらっと口にする。


『あたしと同じ高校受験して』

『サッカーやるならべつにどの学校でもよくない?』


彼女のこの発言で、俺の気持ちは一瞬でプツッと切れてしまったのだ。俺は彼女のことを大事にしようとしていたのに、彼女が俺の気持ちを大事にしてくれない。


それからというもの、俺は彼女のことを冷めて、冷めて、冷めまくり、結局俺の口から『別れよ』って言った瞬間、泣きつかれた。

泣かれても俺の気が変わることなんてなく、俺は彼女を突き放した。『泣いたら許してもらえる』って思ってそうな、か弱い女の部分を出してきた彼女にもっと嫌気が差した。


ただかわいい顔をして泣くだけでは無く、なんで俺が芽衣を振ったのかをちゃんと考えて、理解して、変わってくれるならまだ突き放すこともなかったと思う。

でも芽依は俺に振られたことで同情を誘うように男の前で悲しそうな顔をし、慰めてもらっていた。


…なんで俺は、あんな女に夢中だったんだろうって、自分が情けなくなった。



「……元カノの事好きやった頃の自分嫌いやねん。顔だけで惚れて、見る目ないし、デレデレしてた自分が気持ち悪すぎる。」


過去のことを思い出し、ポツリと口にする俺に玲央が苦笑いする。


「…すげー美人だったもんな。」

「見た目はな。美人で憧れの先輩ってだけで終わっといたら良かったわ。」

「侑里って歳上好きなんだな。」

「そうみたいやな。俺も最近自分でも思ったわ。」


今の恋も、中学の恋と同じこと繰り返してるなぁ…と思わなくもない。一目惚れして、仲良くなりたくて必死で、なんとかして好きになってもらいたい。

永菜の手強さは、当時の先輩と同じくらいだ。


「もう人選びには失敗したくないと思ってたけど、人に惚れるのって一瞬やねんなぁ…。だって永菜かわいすぎるんやもん…元カノの比じゃないわ。永菜がもし俺の彼女になってくれたらどんな付き合いになるんかなぁ。」

「それは付き合ってみなきゃ分かんないことだからな。」

「せやなぁ…。そもそも全然仲良くなれへんねんけど。恋愛対象にも見てもらえてないし。付き合うなんて夢のまた夢な話やなぁ…。」


元カノの話から話題は現在の恋の話になり、玲央にそう話しながら、俺の心の中にはなかなか上手くいかない恋への不満やモヤモヤが、どんどん積もっていくのだった。


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