中本の決意 [ 45/50 ]

「あ〜…やっぱ倖多可愛いなぁ…。」


体育の授業中、新見くんの方へ視線を送りながら中本がぼそりと呟く。その顔付きはなんとも言い難い、残念そうな…?寂しそうな?表情だった。

それは多分、失恋からくる悲嘆にくれた表情で、俺はそんな中本の肩をポンポン、と慰めるように叩いてやる。


「俺倖多とちゃんと友達になれる自信ねえや…。」


新見くんに悪事がバレて、失恋してからの中本は随分弱気な奴になってしまった。それまでの中本はわりと自信家な感じだったのに、人の性格を変えてしまう失恋の威力半端ない。


「無理そうなら中本の方から距離置けば?新見くんもそのへん察してくれるんじゃね?」

「…うーん。」


中本は俺の言葉に相槌を打ちながら、悩んでいるようだった。とは言え、中本の方から距離を置くとかいう以前に、人気者の新見くんはクラスメイトに囲まれながら体育の授業を受けている。

中本が新見くんとせめて友達のポジションで居続けたいと思うのなら、自分から行かない限りそのポジションさえも危ぶまれる。

現に、体育が終わった後話しかけるタイミングも無く新見くんはクラスメイトの数人と校舎へ戻っていってしまった。今まではわりと単独行動が多かった新見くんにも、スポーツ大会が終わった後くらいからクラスに友達が何人かできたように思う。


「あいつらは倖多のことちゃんと友達だと思って近付いてんのかな…。」

「さあ?でも瀬戸の存在知りながらわざわざ手出したがる奴はSクラスに居ねえと思うけど。」

「……だよな。俺どうかしてた、瀬戸に敵うはずもねえのに…。」

「おい、いい加減その弱気な態度出すのやめろって、気持ち悪りぃな。俺だって中本に嗾けたりしたし、あの時はそういうムードだったんだから今更それ悔やんでもどうにもなんねえだろ。」


だんだん弱音ばっか吐いてる中本の話を聞くのがだるくなってきて、ちょっとキツく言い返したら中本に黙り込まれてしまった。あーもうめんどくせえな!

どんだけうじうじ弱音吐いてたってこいつに残されてる選択肢は、友達というポジションで居させてもらうか全てをすっぱり諦めて自分から離れるかの二択のみなんだよ!

それが、人気者で彼氏持ちな新見くんを好きになってしまった奴の運命だ。





「あ!小西居た!なぁなぁ、ちょっといい?」


休み時間になってすぐ、机の中に教科書を片付けていた俺の前に突然現れた新見くん。中本には偉そうに『距離置けば?』とか言っておいて、自分は新見くんの方から話しかけてもらっていて少しだけ中本に会わせる顔がない。

新見くんが現れてすぐにAクラスの奴らは新見くんに注目し始めたから、中本も気付いているだろう。


「ん?」と言葉を促すように新見くんに視線を向けると、新見くんからは「陸上部って今度大会あるって言ってたよな?」と問いかけられた。


「あ、もう終わった。」

「あれ!?でも祥哉先輩試合あるからって生徒会休んでるけど…?」

「あー、祥哉先輩は県大会の常連だし。」

「えっすご!じゃあ次あるのは県大会ってこと?」

「そうそう。」

「それって俺も見に行っていいやつ?」

「うん、普通に。スタンド誰でも出入りできるし。」

「おお!まじ!?」

「応援行くの?」

「隆が祥哉先輩の分の生徒会の仕事もやってるから、そんなに陸上部優先してどれほどの結果なのか見に行ってやろうかって言っててさぁ。」


楽しそうに話す新見くんの口から出てきたのは瀬戸の名前だった。興味津々に陸上の大会のことを聞いてきたと思ったら、結局は瀬戸の話に繋がっている。

一時は偽物カップルとかいろいろと言われてたけど、なんだかんだ言われてても当の本人たちはめちゃくちゃ仲良いよな。


「多分瀬戸先輩、祥哉先輩のこと舐めてるな。あの先輩普通に全国目指してるし陸部の中でも一人だけレベル違うし。」

「えっそうなんだ!すげー!隆にはまだ内緒にしとこ。また日程とか分かったら教えてー!」

「うん、了解。」


新見くんはそう言いながら、ひらりと手を振り教室を出て行った。あの見た目で頭も良く、人気者なのに威張らず、誰にでも気さくに話してくれる新見くんの態度には好感しかなく、俺までうっかり好きになってしまいそうになる。

ガチ恋製造機だな、なんて冗談を考えていたところにおずおずと俺の元へ歩み寄ってきた中本が、ちょっと不貞腐れたようにムスッとしながら「何話してたんだ?」と聞いてきた。


「陸上の大会の話。新見くん祥哉先輩の応援来るかも。」

「ふぅん。」

「俺らも仲良くしてたら、ひょっとして県大会まで行けたら応援来てくれるかもよ?」


恋人というポジションはどう頑張っても無理でもそれくらいなら、って中本を励ます意味で言ってみたが、「いや、県大会きつくね?」ってやる前から諦めモードだ。


「あっそう、じゃあ俺だけ県大会行って応援来てもらうわ。」

「はっ?なんだそれ!俺だって行けるんだったら行きたいに決まってんだろ!」

「だから目指そうぜ、って話になるところだったんだろーが。それがお前、きつくね?って、目指す気もねえじゃん。」

「いや待て、目指す!目指すから!!」


最初からそう言えよ。って呆れた目を中本に向けると、中本は「うん。そうだな。」って一人うんうん頷いている。

そして突然どういう心変わりだ?って思えるくらいガラリと態度を変え、「俺陸上本気で頑張ることにするわ!」ってはっきりとした口調で告げてくる。


「お、おう…、良いと思う。」

「あれこれ考えててもしょうがねえしな!」


それからと言うもの、中本の表情には明るさが徐々に戻っていき、失恋の傷を癒すように中本は部活に励むようになったのだった。


中本の決意 おわり


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