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航がアルバイトを始めたその日、同じくるいも大学近くの喫茶店で初出勤を迎えていた。

その店をアルバイト先に選んだのは、時給も良く、大学の近くで講義後徒歩ですぐに行けるから便利だ、という理由で。


面接では履歴書を出して名前を言ったところですぐに採用。すぐにでも働きに来て欲しいと頭を下げられ、どうやら店長に気に入られてしまった矢田 るい。

顔良し、頭良し、礼儀も正しく、従業員一同良い子が入ったと大喜びだった。


制服に着替えて初出勤の日、従業員の目にはハートマークが浮かんでいる。


「矢田くんすっごい似合ってる!」

「ほんとですか、ありがとうございます。」


ちょっと照れ臭そうに笑ったその表情だけで、従業員のハートを射抜くのは楽勝だった。従業員でこれだから、ちょっと時間潰しに、とふらりと立ち寄った女性客のハートを射抜くのも楽勝である。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「…やん!イケメン…。」


見惚れすぎて、ご注文内容を聞き出すのも一苦労。しかし、スマートに接客をこなす矢田 るいには、なんの問題も無かった。


「こちら、午後限定のオススメメニューですがいかがでしょうか。」

「じゃあそれでっ…!」


こうして、ふらりと立ち寄った女性客をリピーターへと変えてしまう。最高の客寄せイケメン従業員をゲットした喫茶店だが、そんなに上手くはいかなかった。



「……すみません、短い間ですがいろいろとお世話になったので少し申し辛いんですけど、今日で辞めさせてください…。」

「えっ!?どうしたの、なにか困ったことでもあったかな!?」


突然辞めさせてください、と頭を下げてきた矢田 るいに、店長は顔を青くした。せっかく売り上げもあがってきて良い感じなのに!ここで辞められたら困る!

ここはなんとしてでも引き止めたい。しかし理由を聞いた店長は、引き止めることが出来なかった。


「多分お客さんだと思うんですけど、帰り道によく話しかけられたりして…。ちょっと別のバイト探そうと思います…。」


どうやらリピーターと化したお客様が、リピーターを越してストーカー化していたようだ。こんなことがあってまで引き止めるなんてできない。


「…そっか。残念だけど、また働いてもらえるならいつでも待ってるから。」

「…すみません。」


こうして、彼は申し訳無さそうに去って行った。


「クッソー…バイト決まんねぇ…っ」


求人情報誌片手に、矢田 るいは密かに悩んでいた。





「いらっしゃいませー!あっ!」

「きたきた!王子が来たわよっ!」


今日も、女性従業員たちの密かな楽しみ、王子の登場に彼女たちはさっそくテンションを上げてきた。


アルバイトを始めて数日経過した友岡 航は、そんな彼女たちの様子に「ん?王子?」と不思議そうにしながらも、黙々と商品を棚に陳列していた。

レジ業務はまだ少し不安そうにしているが、品出しはイキイキと、そしてテキパキと行ってくれる。早くも友岡 航は、ここでの業務に馴染んでいた。

そんな航の元に、噂の王子が近付いた。


「いらっしゃいませー…、あ!」


振り返った航は、嬉しそうに王子を見る。


「バイト辞めてきた?」

「うん、辞めてきた。」

「よしよし。ひとまず安心だな。」


会話までは聞こえないものの、あの王子と新人アルバイトの友岡くんが話している。女性従業員たちは、業務そっちのけで彼らの様子に夢中だった。


「えっ!航くんが王子となんか話してる!」

「えっ!航くん王子と知り合い!?」

「えっ!なに話してんの気になる!」


とりあえずおまえら働け。

しかし親し気に王子と会話していることから、どうやらこの新人アルバイトの友岡くん、あの噂の王子と知り合いのようだ。


「俺もここで働かせてもらおうかなー…。」

「ダメダメ、同じとこはダメ。」

「なんで?」

「仕事よりるいのことが気になるから。」

「わっ、ますますここで働きたくなってきた。」

「接客業は避けた方が良いんじゃねえの!」

「接客業避けてたらバイト全然見つかんねえよ。」

「じゃあ牛丼屋とかにすれば?」

「なんで牛丼屋?」

「なんとなく。」


王子と会話をはじめて数分。なかなか終わる気配の無い会話に女性従業員が興味津々でちっとも働かないから、と、そろそろ会話をやめてもらおうと友岡くんと王子の元へ歩み寄る。


「友岡くん、」

「あっ!すみません!」


声をかけるとすぐさま注意されたと思ったのか、手を動かしはじめた友岡くん。そんな友岡くんの隣に立つ王子は、近くで見れば見るほど整った容姿をしているから、女性従業員も夢中になるわけである。

軽く会釈をしてきた王子が、「じゃあ航頑張って」と声をかけて去っていった。


「驚いたなぁ、友岡くん王子と知り合いなんだ?」

「…王子?」

「いやあ、かっこいいかっこいいってすっかりここの従業員の人気者だよ。」

「えっ…そうなんすか。」


友岡くんに王子の話をすれば、ちょっとだけ驚いた様子を見せていた。


「仲良いの?」

「あー…まあ。」


問いかけると困ったように、でも少し照れ臭そうにぽりぽりと頬を掻いている友岡くん。


「あとで質問攻めに合うと思うから覚悟してた方がいいと思う。」

「…うわ、まじすか。」


笑い混じりに言えば、友岡くんはちょっと顔を引きつらせていた。


その後やっぱり、女性従業員たちは友岡くんに王子のことを聞きまくっていた。


「王子、彼女はいるの!?」


おいおばさんそんなこと聞いてどうする。と突っ込みたくなることまで。しかし友岡くんは、キッパリと断言していた。


「います。」


それを聞いたおばさんは、無意味に落ち込んでいた。おまえ旦那いるだろ。


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