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お母さん、お父さん、それからりと。ほくほくと湯気が出て美味しそうな夕御飯を前にして、険悪なムードで三人は睨み合っていた。

三人…というか、主にお母さんとりとが。


きっかけはりとの一言からだった。


『俺大学行ったら一人暮らししていいよな?』


それはもう決定しているような言い方で話すりとの不意打ちの発言に、お母さんは暫しキョトンとした顔でりとを見た。

そして次第に呆れたような表情を浮かべ、お母さんは「なに言ってんのよ。」とだけ言って、話すことはなにも無いというような態度でそっぽ向く。


「いやいや。こっから大学まで何時間かかると思ってんの?実家から通えって?」

「全然通えない距離じゃないでしょ。ていうかそんなこと受かってから考えたら?」

「受かってから考えてたら遅いだろーが!!」


そうお母さんに向かって怒鳴りながら、りとはバンッ!!とテーブルを叩いた。丁度その時お父さんが仕事から帰ってきたようで、『ガチャ』と玄関から鍵を開ける音がする。

「ただいまー」と言いながら部屋に入ってきたお父さんは、ただならぬお母さんとりとの険悪な雰囲気をすぐさま察したようで、「ん?どうした?」と首を傾げて二人の顔を交互に見た。


「父さん、俺大学行ったら一人暮らししたいんだけど。」

「ん?おお、すれば?」

「ちょっと!そんな簡単に言わないで!!」


あっさりと了承してしまったお父さんに向かって、今度はお母さんが声を上げた。


「一人暮らしって簡単に言うけど、家賃や生活費はどうするの?りとが自分で全部出せるの?」

「なんで俺の時はそんなこと聞くわけ?兄貴だって父さんに払ってもらってんじゃねえの?航とルームシェアだから兄貴は良いの?」

「あれ?りともしかして知らない?お兄ちゃん高校三年間学費免除でずっとお金かかってないのよ?るいを引き合いに出す前になんでりとはダメなのか、少しは考えてみたら?」


わざとらしく煽るようなお母さんの話し方に、りとは唇を尖らせ、むすっとした顔で黙り込んだ。


「りとが一人暮らしなんかしたらろくなご飯食べないでしょ。毎食カップラーメン食べるに決まってる。」

「…自炊するし。」

「続く気がしないわ。」


フン、と素っ気ない態度で言い放ったお母さんに、りとは相変わらずのむすっとした不機嫌顔プラスちょっと不満そうにお母さんを睨みつける。


「…じゃあ兄貴んとこに世話になる。」


平行線のまま続きそうだった話が、ここでりとの予想外な発言により、お母さんは拍子抜けするように「えぇ?」と聞き返した。


おいおいりとよ…それはいくらなんでもお兄ちゃんが嫌がるでしょ。と思っていると、お母さんは「じゃあお兄ちゃんに聞いてみなさい。」と言ってあっさりと話を終わらせた。


険悪なムードのままりなたちは夕飯を終え、お父さんとりとは食器洗いをしているお母さんの目を盗んでコソコソ会話をしている。


「くっそ、こうなったら兄貴を味方につけてやる。」

「そうしろそうしろ。麻衣ちゃんはるいには甘いからなぁ。」


りとはお父さんと会話をしながらスマホを持ち、凄まじい速さでなにやら文字を打っている。お兄ちゃんにラインでも送るつもりなのだろう。





【 こんばんは。今日は兄貴にお知らせが。俺が大学生になった時に一人暮らしをするのを却下されたので兄貴のところにお世話になるつもりです。母さんもそれなら良さそうな反応です。よろしくお願いしますぺこり 】


「はあっ!?」


バイト終わりにロッカーからスマホを取り出し、スマホの通知を確認すると、珍しいやつからラインが届いているなと思いながら開けてびっくり。なんだよこれ!??

なにがお世話になるつもりです、だ!?冗談じゃねえ!!

思わずバイト先のロッカールームで叫んでしまった俺に、従業員の視線が一斉に向けられた。

けれど視線なんて気にしていられず、ラインメッセージをガン見していた俺のすぐ隣でロッカーから鞄を取り出し途中だった会長が「どうした??」とスマホを覗き込んでくる。


数秒後にりとからのラインに目を通したらしい会長は、「弟から?ぺこり、って…。おもろいな。」と笑っている。


「笑い事じゃないですよ!!やべえ…、こんなん絶対阻止しないと…!!」

「弟もお前がそう思うの分かってて言ってんじゃねえの?航とお前に挟まれて暮らすのなんて普通に考えて嫌だろ〜。」


会長は冗談のように捉えているようだけど、俺はりとの真意はどうであれ、『とにかく阻止しないと』ということで頭がいっぱいになった。

帰る支度をして会長と共にバイト先の店を出ると、俺はすぐさまりとの携帯番号をスマホ画面に表示させ、電話をかける。

俺の隣で「矢田必死だな〜。」と言いながら呑気にチョコ菓子を食べている会長にジト目を向けると、会長はケラケラ楽しそうに笑う。


「あっおいりと!?お前なんだよあのライン!」


りとにかけた電話が繋がると、俺はすぐに電話越しのりとに向かって問い詰めた。


『あ、読んでくれた?そういうことだから兄貴にお世話になろうと思って。』

「いやいや、無理。絶対嫌。なんでそうなんの?」

『だって母さんが一人暮らしさせてくれねーんだもん。』

「実家から通えよ!!」

『毎日何時間もかけて大学通うなんて無理に決まってんだろ。朝起きれねーよ。遅刻する。』


……こいつ、本気だ…。

会長…、全然冗談じゃねえよこいつ…!と思いながらチラリと会長に視線を向けると、会長は何故か俺を見て「ぶはっ」と吹き出した。


「矢田のそんな顔初めて見たわ。」


俺が今どんな顔をしているのかは知らねえけど、会長は俺を見て肩を震わせて笑っている。


「…それなら学生寮とかさ、なんかあんじゃん!?」

『え〜、寮入るくらいなら兄貴んとこでよくね?』

「よくねえよ!!」


阻止することに必死になりすぎて、夜道に響く俺の声に、会長がシー、と口の前で指を立てながらまた笑っている。


「だいたいな、母さんが一人暮らしさせてくれないってお前に原因があるからだろ!?俺でも分かるわ!お前に一人暮らしなんかさせたら絶対荒れた生活するに決まってんだよ!!お前のことを思っての母さんの判断なんだから通学が遠いとかそんくらい我儘言わねーで我慢しろ!」


そう一気に捲し立てるように喋った後、りとからの返事を待つように口を閉じるが、暫くりとからの返事は無い。


「おい!聞いてんのか!?」と呼びかけると、りとは不満気に口を開いた。


『でも俺を住まわせたくないのだって兄貴の我儘だろ?母さんは兄貴のとこなら良いっつってんのに。』


…ギクリ。反論し辛い事を言われてしまい、返す言葉が見当たらない。

そりゃそうだ、学生の身分で航との生活ができているのは親のおかげだ。その親に弟も一緒に住めと頼まれたら断るわけにはいかない。


…でも。やっぱり。どう考えても。

絶対に嫌だろ!!!!!

りとがいたら航とセッ、…ゴホン。

……いちゃいちゃできねーだろうが!!!


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