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待ってました!というように俺は矢田くんからの連絡を受けてすぐ、駆け足で電車に飛び乗った。
大学の授業をすでに終えて暇を持て余していた俺は、いつ矢田くんに呼び出されてもいいように最寄駅の近くのコンビニで立ち読みしていたところだ。
矢田くんは航とデートの約束があるらしく、航と待ち合わせをする前に茉莉花ちゃんをどうにかしてほしいと俺に言う。
お安い御用だ、俺が茉莉花ちゃんとデートしてみせる。
ササッと手櫛で髪を整え、パパッと服についた埃を払い、気合い十分で矢田くんに言われた場所に向かうと、人混みの中にも関わらず一際目立つ美男美女をすぐに見つけて歩み寄った。
クソ、やはり俺もあの美貌が欲しい。
茉莉花ちゃんに腕を掴まれて心底嫌そうに眉を顰めた人生を歩んでみたい。
「矢田くん、おっす。」
「お〜!!!モリゾー!!!待ってたよ。」
俺が矢田くんに声をかけた瞬間、矢田くんは心底助かった、というように満面の笑みを浮かべた。
「あれ、…また力弥くんだ。」
「呼ばれて飛び出る力弥です。」
茉莉花ちゃんにそう言いながら視線を向けるも、つまらない、と言いたげにすぐに視線を逸らされてしまった。
「俺これから用事あるからこいつ頼むわ!!!」
「ひどい!またあたしから逃げるの!?用事って絶対彼女に会うんでしょ!あたしも行く!」
矢田くんは昨日みたいにさっさと立ち去るつもりだったようだが、茉莉花ちゃんはがっしりと矢田くんの二の腕を両手で掴んでしまった。
クソ、俺も茉莉花ちゃんに二の腕掴まれたい。
しかし二の腕を掴まれてしまった矢田くんはうざったそうに茉莉花ちゃんを見下ろす。おいおい茉莉花ちゃん…そんな男もうやめちまえ、俺にしな。
と、俺はどう出ようか暫し考えていたところで、「は?」とよく知る人物の唖然とする声が聞こえて視線を向ければ、なんと最悪なタイミングだこと…物凄くこっちに近付きたくなさそうに嫌そうな顔をした航が、しぶしぶ歩み寄ってきたのだった。
あちゃー、と言いたげに額に手を当てる矢田くんに、見知らぬ人物に『誰?』と言いたげな茉莉花ちゃんの視線。
うわ、これ修羅場?矢田くんどうする?と様子を窺っていると、この状況で最初に口を開いたのは航だった。
「…え、ガチかよ…。ちょーまじ許して…、無理無理…、るい取られたら俺泣くって。」
ボソボソ、航にしては覇気の無い声で独り言を言いながら、矢田くんの袖をやんわり引っ張ってきた航に、茉莉花ちゃんは『え?』と聞き返したそうに小首を傾げた。
そんな不意をついて、バッと勢い良く茉莉花ちゃんの腕を振り払った矢田くんは、航の肩に手を添える。
「取られない、絶対取られないって。取られるわけねーじゃん、俺こんなに好きなのに。」
矢田くんは航に優しくそう言って、微笑みかけた。
『どういうこと?』という茉莉花ちゃんの視線がチラリと俺に向けられる。
「はぁ…、仕方ねえな…。茉莉花ちゃん、このことは俺が詳しく説明してやるよ。だからちょっとそこのカフェにでも入ろうか。」
そう言いながら俺は茉莉花ちゃんの背に手を添えると、思いっきり睨まれた。やっぱり俺じゃダメなのか!?そうなのか!?
俺からの説明などまったく求めていなさそうな茉莉花ちゃんは、「るいくんその人は…?」と矢田くんに説明を求めた。ま、そうだよな。俺はすっこんでろってか。
けれどその矢田くんへの問いかけに、航が一歩前に出て茉莉花ちゃんの前に立ちはだかった。
「ごめんな、茉莉花ちゃん。こいつに沙希の彼氏のフリさせたの俺なんだ。」
「…え、」
突如正直なことを話した航に、茉莉花ちゃんの瞳が少し動揺したように揺れる。
「興味本位でひどいことしてごめんな。」
すっげー不服そうだけど謝る航に、茉莉花ちゃんは未だ戸惑いの表情だ。まさか敵が男だったとは微塵も思ってなかったんだろうな。
「…え、あの…、じゃあるいくんの彼女って…、」
「俺だよ。びっくりしただろ、男だし。…あ、今簡単に奪えそうって思っただろ。」
憎たらしくそんなことを口にする航に、茉莉花ちゃんはゆるゆると控えめに首を振った。
「…え、なに…ちょっと…、るいくんの彼女がブスって言ったの誰?だからあたし、対抗心持ちまくって…、バカみたい…。」
あ、それは俺ですね。
「じゃあ、あなたが沙希の友達ってこと?沙希教えてくれたら良かったのに…」
茉莉花ちゃんはそう言いながら、チラリと上目遣いで航を見始めた。おいおい、俺を前にしている時と見る目がちげーぞ。イケメンならなんでもいいのかよぉ!!!
クソ、矢田くんは許せるけど航がイケメン扱いされるのはクソ腹立つぜ。
「え〜…なんか複雑〜…2人ともかっこいい〜…。」
もじもじ、チラチラ、航を前にしていきなり乙女になりだした茉莉花ちゃんにちょちょいと矢田くんが間に立った。
「おい、航に上目遣いやめろ。お前が手ぇ出していいのはこいつ。茉莉花ちゃんのこと可愛い可愛いっつって気に入ったみたいだからあとは2人で仲良くやってくれよ。」
ここで突然俺に話を振ってきた矢田くんは、航の手を握り今にも立ち去りそうだ。
「…え、」
そして、引き攣った顔をする茉莉花ちゃんの視線が俺に向けられる。
「…え、や、なんか、ごめんなさい。」
茉莉花ちゃんはその後そそくさと帰っていった。
クソ、航お前のその面俺によこせ。
ああ、俺もイケメンになりたい。
引き攣った顔をする茉莉花ちゃんに、なんだか申し訳なくなってきた。
けれど俺は、諦めない。
いつでもどこでも森園 力弥は、美女を欲しているのでどうか俺に紹介してくれ。
美女を欲するモリゾー おわり
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